作品タイトル不明
515話 強制ダイエット
「セ、セトナ学長! ニトイ副学長が、連れ去られてしまいましたが!?」
「そうですね……」
「そ、そうですねって、いいのですか……?」
騒然とする職員室。
雰囲気を一変させたロキが、抵抗するニトイを掴み上げてそのまま消える様を、この場に居合わせた職員全員が目の当たりにしていた。
誰がどう見ても只事ではない。
学内派閥『ニトイ派』に属する教師の一人が、その場で立ち尽くす学長に声を掛けるが。
「一応、判別するという話は聞いていましたから」
「え?」
「それに彼は、あのマリーに情報を売ったと、そう口にしていました。もしそれが事実であれば、副学長は過去に類を見ないほどの国賊になる……既に国王陛下もこの件を承知しているのかもしれません」
「し、しかし……!」
「それに私が王宮へ事態を告げに出向いている間、生徒を誰よりも守るべき立場にもかかわらず現場の指揮を放棄し、生徒を盾にして身を隠していたなどという報告も複数入っています」
「……」
「今後生徒達からも情報を集めた上で国に報告しようと思っていましたが……もし事実なら確実に処分が下るわけですから、現場にいた彼が事情を理解し、先んじて動いてくれたのかもしれませんね」
「そう、でしたか……」
「それより――」
続く言葉を失った一人の男性教師に、セトナ学長はゆっくりと視線を向ける。
「彼がもし今後も学院の生徒を続けるのなら、引き続き担任はあなたになるのです。一国の王であり我が国の英雄に対して、くれぐれも粗相がないようお願いしますよ?」
「……も、もちろん、です」
授業には一切出てこないのだから、まだマシと言えなくもない。
しかしそれでも異世界人であり、王などという立場の者が自分の受け持ち生徒になるなど、こんな不運があってたまるか。
そう男は己の運命を呪いながらも、かつての出来事を回想する。
もう既にやらかしてしまっている気もするが……
そんな事実、口が裂けてもこの場では言えない。
それにもし、副学長に協力したことまで発覚してしまったら――。
額に汗を浮かべる男の様子を、セトナ学長は静かに見つめていた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
当初は俺一人で処理してしまおうと考えていたが、身分を伏せての入学が決定した時、ウォズニアク王は俺の存在に対して緘口令を敷いていると言っていた。
つまり俺の情報を漏らしたというだけの問題に留まらず、王の命令に背いたという相当重そうな罪をこのカタツムリは背負っていることになるわけで。
(そうなると、自分達で始末をつけたがるだろうからなぁ……)
裏切ってマリーの手駒となり、途方もない損失をフレイビル王国に負わせたアトスターク侯爵の時と同じ。
生きたまま連れていくと、案の定ウォズニアク王とハーゼンさんは目の色を変えた。
「わ、私はただ、学院を守ろうとしただけで……お、おぉ、ッ……ぅぐ……お、許しをぉおお……!!」
ここ最近は適度にやらかしてくれる、厳つい顔をした高所恐怖症のおっさんくらいにしか思っていなかったけど、このような場面を見ると最初の頃の印象を思い出す。
(怖いねぇ……)
直接カタツムリに手を掛けているのは、慣れた道具の扱い方からしても、明らかに拷問や尋問の類いを専門とする人。
ただその横で仁王立ちしたまま睨みつけるハーゼンさんは、普通の人なら確実にチビるくらいの怒気と威圧感を放っていた。
「ちなみにこれが、怪しい反応を示した職員の一覧です」
そんな姿を座って眺めるウォズニアク王に、俺は1枚の木板を差し出す。
「本当に済まぬな、ロキ王。宮殿内にも奴隷術に掛からない者が3人ほどいた。早ければ今日のうちにも割り出すことができそうだ」
「それは良かった。ただ注意してくださいよ。マリーの性格を考えれば内通者が一人とは限りませんし、奴隷術に掛かるのなら『白』と、そう判断するのは少々軽忽だと思いますので。現に目の前のアレは奴隷術に掛かってしまうわけですから」
「うむ……潜り込まれていたということは、今までのやり方では穴があるということ。うちの宰相を中心に奴隷術による判別を行なってみたが、他にも炙り出しのための方法を検討せねばならんな」
内通者の割り出しが【探査】一発で解決するのなら、どこの国だってそこまで頭を悩ませたりはしない。
便利なようで扱いは非常に難しく、その精度は確認したい内容が簡潔であればあるほど増し、より多くの注文を付けるほど甘く、そして曖昧になってくる。
しかも経験上、過去にまで遡ってしまうのは間違いないのだから、反応があったからと言って安易に裁けば冤罪も生まれるわけだし……
それに【隠蔽】で発覚を未然に防ぐのは当然として、そもそも【探査】の網に引っかからないようにする方法だってなくはないのだ。
裏工作が得意そうなマリーの場合、俺が思い付く以上の方法を取っている可能性もありそうで、それが怖い。
そんなことを話しながら考えていると、一区切りついたのか。
ハーゼンさんが険しい表情のままこちらに歩み寄ってきた。
「他に気になることがあればさらに詰めますが、いかがでしょうか」
そう言われ、俺にも見えるよう差し向けられた木板をウォズニアク王と二人で眺める。
「「……」」
いつ、どこで、どのようにしてマリーの下につき、何を求められて今まで行動に移したのか。
書かれている内容を見て、俺は思わず頭を抱えそうになる。
あまりにも露骨過ぎる内容だ。
反乱軍が攻め入ったタイミングを考えても、まさかと思っていた嫌な予感はこれでほぼほぼ的中だろう。
「少し、代わりましょうか」
「え? ロキ王……?」
戸惑うハーゼンさんを後目に、涙と鼻水で濡れ、ご自慢のカタツムリがミミズのようになってしまっている副学長の下へ向かう。
だいぶ足の肉を削がれたせいか、既に立つことができず、鎖に繋がれた両手を支えに項垂れていたが……
俺が目線を合わせるようにしゃがみ込むと、副学長は分かりやすく肩を震わした。
「現王政が崩れ、別の者が上に立てば今まで築き上げた地位が崩れ去るかもしれない。だからあなたは地位の保障と引き換えに、大金を生む場所なら大事にしそうなマリーに自ら下ったわけですよね? 僕という手土産を抱えて」
「……」
「黙っていると、余計に強制ダイエットが進むと思いますけど」
「あひッ……そっ、そう、です……」
「その結果マリーから返答があり、学院内での行動や交友関係、それに読んでいる本の種別まで、僕に関連することは事細かに報告されたようですが……それ以外の調査は命じられなかったのですか?」
「それ、以外……?」
「ええ、例えば学院内にいる教師陣の戦力や、アルバート王国に所属する生徒の数にそれぞれの家柄など、攻め込むに当たって必要であろう、しかし宮殿内に潜んだ内通者では判断が難しそうな、学院の内部情報に関してです」
「そ、そのようなことは一度も……ただ、ロ、ロキ王様に関係する情報を、寄越せとしか……ですから、私も裏切られたのです……忌々しいあの女に――」
「口、毟りますよ」
「ヒェッ……」
分からないな。
こう聞けば、マリーは学院を潰すつもりなどなかったように思える。
が、大きく指針を変えた。
いや――、初めから俺の情報だけを強請っていたのだから、様子見から切り替えたのか?
「4度目……」
「?」
「あなたは4度、マリーに僕の情報を流したということですけど、最後の4度目はどんな内容を報告したんですか?」
「さ、最後は……ロキ王様が2度目の試験を受けられ、目立たぬよう合格されたこと……あとは、月に200冊を超える勢いで、本を読まれていることくらいしか……」
「……」
マリーがこの男に求めたことを知れば、そのまま狙いや警戒している部分も透けてくる。
そう思っていたが……なるほど。
クルシーズ高等貴族院に入学する以上、俺に本を読む目的があったことくらい向こうだって察しが付いていただろう。
しかしそれが主目的であり、学院生活の延長を図ってでも読み漁ろうとしたその行動を嫌った。
そう考えると、傭兵や一部の侵入者がなぜ図書院を燃やそうとしていたのかも説明がつく。
つまり、マリーにとって重要な情報がこの学院には眠っているということ。
その知識に俺が触れないよう、本とともに学院を捨てる判断までした……
10年以上前とはいえ、かつて抱えていた蔵書を全て奪ったマリーからすれば、大半は手元にある知識だ。
その方が得だと判断したならばあり得る話か。
そして、ついでとばかりに在籍する生徒達と、あの特攻がマリーの指示ということなら、反乱軍も丸ごと利用した。
そう考えれば、反乱軍も知らなかった王都の混乱と、なぜか出回っていたあの噂にも納得できる。
はぁ――……
「もうお察しかと思いますけど……すみません。王都にここまでの被害が出たのは、僕が学院に出入りしていたからでしょうね」
結局マリーは、標的をガルムという国ではなく俺に切り替えた。
だからこそ、学院や市街地にあそこまでの被害が出てしまった。
「断じてロキ王が謝ることではない。切っ掛けはこの男であり、原因はその情報を基に動いたマリーであろう。ロキ王がいなければ内紛は解決することなく、いずれはお互いが正義を掲げたままアルバートに呑まれていたのは間違いないのだ」
「陛下の仰る通りです。ロキ王に護っていただいた学院は軽傷で済み、我らが対応した市街地は広域に被害が出てしまった。それはマリーの策に踊らされ、対処しきれなかった我らの力不足ゆえの結果です」
「……そうだとしてもですよ」
根本の原因が自分ではないことくらい分かっちゃいるが、だからと言ってすんなり納得できる問題でもない。
俺への嫌がらせのために、周囲の無関係な人達まで――、いや、それだけじゃないか。
自国の人間であろうと平気で死に追いやる、マリーという存在を必ず消す。
その程度しか、詫びる内容など思い浮かばないが……
「急いだ方がいいかな……」
盗んでもガルムは元に戻しているのだから、効果は薄いと理解しているだろう。
それでもマリーには、本を奪い去るという強硬手段がまだ残されている。
それに万が一、ガルムが蔵書全てを復元させた方法を知られれば、知識を得る機会が完全に失われてしまう可能性だってあるのだ。
マリーには俺が生徒であることがバレている以上、このまま学院内の図書院に通い続けて平気なのか?
周囲の安全性を考慮すれば、そんな疑問も強く湧いてくるが……
兎にも角にも、情報は早く得ておいた方が無難。
そのために何か打てる手はあるのか。
俺の指定した追加情報を聞き出すためにハーゼンさん達が拷問を再開し始めた横で、ウォズニアク王との協議はその後も小一時間ほど続いた。