軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

508話 果たせた目的、果たせなかった目的

いったい何が起きているのか。

血の臭いに時折焦げ臭さが混ざり、周囲には夥しい量の死体が転がっているこの惨状。

相応の家柄に生まれ、今まで何不自由なく育てられてきた少年少女にとってはまるで理解が及ばず、現実感もないまま教師陣に誘導され、岩のような肌をした竜の背に移動していく。

我先にと一番の巨体に乗り込み、最も安全で見晴らしの良さそうな竜の首根に陣取ったこの少年も。

「くそっ……なんで俺がこんな目に……父上に報告してやる……絶対に……」

「「「……」」」

数人、行動を共にする子供達もいたが、先ほどから幾度となく呟かれる言葉に返す者はいない。

それこそ気が気ではなく、誰もそんな余裕はなかった。

今は姿の見えない、一人の少年。

貴族でもまったく知見のない、不思議な衣装を身に纏い、襲い掛かってくる連中を上空から次々と殺していたのは、間違いなく自分達が遊びの標的にしていたあの少年だった。

いくら戦闘技能に優れた生徒でも、本気で自分達を殺しにかかってくる相手との実戦となれば武器など握れず、群衆の中へ中へと、弱者を盾にするかのように隠れる者達も多くいたのだ。

実際は守られていたという事実があったとしても、加害意識のある者達はそれ以上にあっさりと人を殺し続けていた事実に恐怖が込み上げる。

それにあの少年は、巨竜に乗って現れた青髪の男とも親しげに話していた……

幸い学院内ではまともに会えなかったため、直接何かしたのは試験の時の長距離走くらいだが、しかし、面白半分に凍った池へ突き落とそうとしてしまった事実を本人は気付いているのか。

窮地を脱したというのに生きた心地がせず、くだらない虐めに参加していた者達は漏れなく消沈していた。

「よーし、そろそろ出発するぜ。相手次第じゃここも戦場になる可能性だってあるが、本当にあんたらは残るんだな?」

青髪の男が、竜の背に乗ることを拒否した大人達へ視線を向ける。

この場にいないことが判明している生徒を探し出し、保護するために残ると判断した、80名ほどの教師達。

お互いに、たぶんもう、生きている可能性は低いと。

そう分かっていながら、それでも教師達までここを去るわけにはいかなかった。

「ひ、一人とて、見捨てるわけにはいきませんので」

「そうか……ならあと数人の生徒くらい、あんたらが気張って守り抜いてみせろよ」

「承知しております。生徒達を、よろしくお願いします」

言いながら、残ることを選んだ教師陣が一斉に頭を下げた。

決して本人が名乗ったわけではないが、一部は『ハンス』と呼ばれていたことまで聞いており、この複数体の巨竜が何よりの証明になっている。

目の前にいるのは世界の4強と呼ばれる異世界人であり、エリオン共和国の元首。

カチコチに固まった教師陣は当然として、半数以上の生徒達も、この青髪の人物が何者なのかくらいは想像ができていた。

「おう、アイツとの約束だからな。このくらいは任せておけ」

そして、浮き上がる巨体。

方々から悲鳴が聞こえる中、次第に視界は広がり、閉ざされていた防壁の外に生徒達とハンスの目も向く。

東の地で、何が行われているのかも。

「おーおー、こいつは想像以上にやべぇな……」

「「「……」」」

この時、ただちに状況を把握したのは、竜頭に立ち、わざとらしく片手で目元を翳していたハンスのみ。

生徒達はおおよそでしか状況を掴めていなかったが、それでも東の大地を覆うように広がる赤馬と兵士の大軍くらいは、盲目でもなければ一目で分かる。

それに【遠視】スキルに多少なり自信のある者達は、少なからず何が起きているのかを理解し始めていた。

「なんだ? 相手が全員倒れているのか……?」

「いや、馬は動いているのも多いな……ただ、兵はもう全員死んでるんじゃないか?」

「私達を守ってくれていた人が、一人でやっつけてくれたの?」

「学院の生徒だって言ってるヤツもいたけど、アレは何者なんだよ? っていうか、どうやって馬を生かしたまま人だけ殺せるんだ?」

「「「……」」」

寮生活をしていては、いくら貴族という立場であろうと情報を得る機会は大きく減る。

子供であれば尚更だ。

すぐ近くには知っていそうな人物もいるが、何者か予想がついている生徒達は恐れ多くて声を掛けることすら躊躇われた。

まったく空気が読めず、予想も付いていないこの少年には関係ないようであったが。

「なぁ、青髪のおっさん! アイツ何者なんだよ!」

「リ、リードル君!?」

周囲がどよめくも。

ハンスは気にした様子もなく、高笑いしながら答えた。

「くははっ! んなもん、あとで本人に直接聞けよ。学友ってやつなんだろ?」

「違う! あんな平民と一緒にするな!」

「平民ねぇ……なるほど、そういうことかよ」

誰もロキの身分や立場を知っている様子がないことから、おおよその事情を理解したハンス。

だからこそ、忠告の意味でも釘を刺す。

「おう、そこの威勢が良い坊主。ガキだから許されている部分だってあんだろうし、親を引っ張り出すのだけは止めておけよ」

「はぁ?」

「お前の頼みの綱である父親がしゃしゃり出てくれば、話の展開次第では帰る家が無くなっちまうぜ? もっと大きな力に潰されてな」

「……?」

理解したのかしていないのか。

これ以上はハンスも後方に視線を向けることなく、

「シグがあんだけ警戒するわけだ……」

東の地を一瞥したあとは避難先を求め、西へと舵を取った。

▽ ▼ ▽ ▼ ▽

時間はほんの少し前。

王都ゲルメルトの北部に位置する山中で、二人の女性が苦し気に呻いていた。

「はぁ……はぁ……なんだっていうんだい、これは……」

「ぐっ……私にも、まったく見当が……【回復魔法】も、まったく効果が、ありませんね……」

「ふぅ――……反乱軍が綺麗に潰されちまってるんだ。あのガキが何かをやったのは間違いないんだろうけど」

問題は、何をやったのか。

数km離れたこの位置に何かしらの魔法を打ち込めるとは思えないし、間違いなくこちらには気付いていないはずなのだ。

にも拘わらず、攻撃とは違う、状態異常の影響を確実に受けていた。

その証拠に今も身体は小刻みに震え、足がふらつく。

横にいる女――アギーラに至っては、腰が抜けたのか未だ片膝を突き、立つことさえできずにいた。

「どうしますか、マリー。反乱軍はあの有様ですし、予定通り、何発か撃ちますか?」

「もう動けんのかい?」

「もう少し時間をもらえれば。なので急ぐようでしたら、射程範囲内までの移動と、即時退避は、あなたの転移にお任せすることになります」

「それは構わないが……」

そう、これも予定していたことだ。

理想はロキの討ち漏らした反乱軍が王都を掻き回し、その隙にさらなる混沌を生み出すことだったが、実力次第では綺麗に殲滅されてしまう可能性も捨てきれない。

だからこそ保険として、連れてきていたアギーラが姿を隠したまま王都の各所に広域魔法を放ち、反乱軍の代わりに大きな混乱を生み出す。

そのような準備もしていたが、問題はタイミングだ。

射程内に入るということは、相手の探査範囲内にも入りかねないということ。

マリー自身は問題ないとしても、アギーラの存在が探知されれば、同時に自分の存在まで把握されてしまう恐れもある。

それが考えうる最悪。

ならば、アギーラが回復するまで待つべきか。

そのような考えを巡らせていたところで――

「「……」」

突如、学院を覆うように聳え立つ崖の奥から数体の竜が浮かび上がってくる。

これほど離れていてもその存在感は凄まじく、それが誰の所有物であるのかすぐにマリーは理解した。

そして先ほどとは異なる震えが込み上げ、強く拳を握り込む。

「なんでハンスのヤツまでここにいるんだい……!」

こればかりはマリーの想定から完全に外れた動き。

横にいるアギーラも、冗談じゃないとばかりに強い難色を示す。

「……マリー。さすがにロキとハンス、2名の異世界人を相手にするなんて聞いていませんよ。これは明らかに契約違反でしょう」

「……」

あの男が誰かと組むわけがない。

頭ではそう分かっていても、望遠魔道具を通して見える光景は、多くの人影を背に乗せた竜が羽ばたいており、その先頭には見覚えのある青髪の男が立っているのだ。

どう考えても共闘して護りについているとしか思えないこの状況。

逃がした先でガキ共を襲うという手もなくはないが……

ここからの動きは、事前準備なしの強硬策になる。

その後のリスクを考えればとても上策とは言い難く、下手に踏み込めばロキとハンスの二人と同時に戦争をおっ始めることになりかねない。

【空間魔法】持ちを、同時に二人も――。

はぁ……

何かを諦めたような、深い、深い、マリーの溜息。

「……仕事は終わりだ、アギーラ。もう帰るよ」

「報酬さえ貰えるのなら喜んで。しかし、あなたがあっさり引くとは珍しいですね、マリー」

「ふん、同時に相手しても勝てはするだろうが、代わりにこちらの手札をほぼ全て使い切ることになる。そんな割に合わないことするわけがないだろう」

「ふふ、それでもあの二人を前にして"勝てる"と言えるんですから、あなたも大概ですよ」

「それに一番の目的は果たせたんだ。スキルを覗けないのは予想通りだったが……ふふ、ふふふっ、そのツラ、ようやく拝めたよ、ロキ」

今はまだ、抱える戦力を失うわけにはいかない。

いつか来る、その時まで……

「こうなっちまったら、暫くは北かね」

そう言い残し、二人の女性は誰に気付かれることもなく、この地を後にした。