作品タイトル不明
507話 『悪』の定義
都合良く、反乱軍の高官達は大半が先頭に集まっていた。
が、外部戦力と思しきスキル構成をした人物は、少なくとも見える範囲にはいない。
その事を理解したところで、ダムラット辺境伯が口を開いた。
「噂に聞く第五の異世界人が私を知っていようとはな……して、そなたが我らの前に突如として現れた理由は?」
「いくつか確認したいことがありまして」
「確認したいこと?」
「ええ、あなた方反乱軍の目的は理解しているつもりですが、今回、このタイミングで侵攻の指示を出したのはマリーですか?」
なぜ、あそこまで精神的に追い込んだのに、それでも攻めてこられるのか。
この唐突な質問に対し、辺境伯は警戒をそのままに眉を顰める。
「……」
「違うなら違うで構いません。ただ親アルバート派と名乗って内戦を続けていたくらいですし、正解なら隠す意味もないと思いますけど」
「確かに、そうであるな。その通り、マリーの指示だ」
「……ということは、東部の戦線に外部戦力を投入してきたのもマリーですか」
「ふむ、情報は伝わっているか……左様、我らがあまりにも時間を掛け過ぎたのでな」
そう言って、なぜか少し満足げに顎ヒゲを扱く辺境伯。
悪霊騒ぎを知ってマリーが結果を急いだのかは分からないが、ここまでは一つの違和感を除けば最も可能性の高い、ある意味想定通りの回答だ。
となると、問題はここから。
この問いにどう返すかで、対処の仕方も大きく変わってくる。
だから辺境伯だけでなく、上等な鎧を纏った指揮官の面々にまで視線を向けた。
僅かな表情の変化でさえも、見逃さないように。
「ちなみに今、王都の中がどのような状況になっているかはご存じで?」
「状況だと? そなたがこのように待ち構えていたということは、王政派の連中が住民の避難指示でも進めながら待ち構えているのではないのか?」
「……市街地ではいくつもの火の手が上がり、学院は傭兵や兵に扮した住民、それに解放された囚人など、既に数千という規模で襲われていますが?」
「は?」
「傭兵に、囚人……? 何を、言ってるんですか……?」
「そ、その通りだ! なぜ我らが到着する前からこのようなことが……予定通りこちらが突破した状況は伝わっているならば、ハーゼン騎士総団長が真っ先に無関係な者達の避難を進めているはずだろう!?」
「学院に甚大な被害が出れば確実にガルムは終わる……反乱軍と乏しめられてまでこの国の未来を残そうとした我らは、いったい今まで何を……」
だが、これは違うなと。
表情や吐き出す言葉からすぐに理解した。
辺境伯だけではなく、蒼白した指揮官の面々も、今王都の中で起こっている現状を知らない。
傭兵を雇い、陽動や混乱を招くために指示を出したということはなく、それどころか事前に王都攻めを気付かせ、被害を最小限に抑えようとしていた節もある。
となると、やはりダメだな。
先ほどから衝動は強く、フツフツと余計な感情が込み上げてくるも、これはダメ。
この中に反応の拾えない外部戦力も紛れているのだろうが、少なくとも王政派と長らく戦ってきた反乱軍の兵士達は、俺の考える『悪』の定義から明らかに外れていると再認識する。
しかし――そうなると、今王都内で起きていることはなんなんだ?
現王政派の打倒をより確かなものとするために、反乱軍の嫌がりそうな手は敢えて伝えず、裏でマリーが推し進めた……
そういうことだと思うが、ならばなぜ、マリーはわざわざ学院まで標的にしたのかが分からなくなる。
囚人は反乱軍の通り道にするためだとか言っていたが、当人達がこの調子なら、仮に周囲の石壁が崩壊していようと学院の中など通り抜けたりはしないだろう。
それに辺境伯を新たなガルムのトップに据えたところで、大陸中から目の敵にされれば確かにこの国は終わりそうだし、マリーが金を生む学院を無駄に手放すとも思えない。
微妙にズレが生じているような、この気持ち悪い感覚……
しっくりこないが、しかし今は目の前にあるこちらの問題を先に片付けるべきか。
「学院の方はご安心を。全員を、というわけではありませんし建物も大きな被害が出ていたりしますが、ほとんどの生徒は無事ですので」
「ま、真か!?」
「ええ、そのための壁でもありますから」
そう言って後ろを指差すと、納得はしていないようだがいくらか表情が和らぐ。
だが、それも束の間。
次の言葉で、すぐに表情は険しいモノへと変化した。
「ただ僕は学院の警護に当たっていたので、市街地の状況がどうなっているのかまでは分かりません。早めに確認しておきたいというのもあるので、単刀直入にお伝えしますけど、マリーになんてついていないでとっとと王政派に戻ったらどうですか?」
「……それを、なぜ第五の異世界人であるそなたが言う。まさか、あのウォズニアク王が現状を脱却するため、そなたに庇護でも求めたのか?」
「そうですね。断りましたけど」
「んなっ……で、ではなぜここにおる! なぜ、学院の警護などをする!?」
「傭兵として仕事を引き受けたからですよ。当初は勇者タクヤに頼るつもりだったようですけど、あそこが提示している条件を呑んだのでは、マリーが喜ぶだけかなと思ったので」
「……ウォズニアク王が……陛下が、そのようなことを仰せになられていたのか……?」
まただ。
何かを誤認しているのか。
正しく状況を掴めていないであろうことから起きている、気持ちの悪いズレ。
愛想が尽きて反乱軍でも主導しているのかと思いきや、どうもそういうわけではなさそうに思える。
「……本当は忠誠を完全に失ったようには見えず、マリーを呼び捨てにするようなあなた方と、一つに纏まることを望んでいましたけどね。だからこそ王政派は戦力の削り合いなどという第三国の喜びそうな道は選ばず、根気よくあなた方を説得し続けていたのでしょうし」
「「「……」」」
「それに今回の件でも十分理解されたでしょう。あなた方には知らされていない策が王都の中で実行されている。解放した囚人や、どこかから集めてきた鎧で捨て駒の偽装兵を生み出し、無関係の子供達を容赦なく殺そうとする卑劣な策が。それでも親アルバート派を名乗り、マリーに付くんですか?」
長い沈黙。
それぞれが苦渋の色を浮かべるも、絞り出すように声を発したのは辺境伯だった。
「……改めて、問う」
「?」
「そなたはガルムの後ろ盾になることを断ったのだな?」
「はい、そうですね」
「ならば答えは決まっている……付かざる、を得ないのだ……我らには、それしか……ガルムには、親アルバート派と名乗るしかもう残された道がないのだ!!」
「……そうなると、僕も強行策に出るしかなくなるんですけど」
「学院を守ってくれたことが事実であれば感謝はしておるが、それでも止むを得ん。元から退路など考えてもいない。ガルムの未来を掴むため、ここでそなたが敵として立ちはだかるならば打ち倒し、そして前に進むのみよ!」
「「「ウォオオオオオオッ!!」」」
空気が、震えた。
そう感じるほどの裂帛の叫び。
それは伝播し、次々と武器を掲げ、即座に後方まで臨戦態勢へと入っていく。
この並々ならぬ決意と覚悟は、俺のまだ把握できていない事情があるからなのだろう。
俺が後ろ盾になれば問題は解消されるという話ならば、おおよその見当くらいはつくが……
だがこの場で聞ける雰囲気も、答えてくれるような雰囲気もなく、そのような問答を繰り返している時間もない。
やはりスキルレベルが上がろうと所詮はジョブ系。
俺に大した【交渉】のセンスは無いらしい。
はぁ――……
「武器を向けないでくださいよ。こちらも必死に耐えているんですから」
「なんだと……?」
言いながらも、再び宙を舞う。
やはり、どこかに混ざっているであろう外部戦力は沈黙したまま。
行動に移すこともないのなら、もうさほど気にする必要はないか。
――【魔力纏術】――魔力『1000』
ろくに回復もできておらず、魔力はスカスカ。
それでもまだ、このくらいの策は実行できる。
下は予想通り騒がしくなるも、今はただ、視線を一点に俺自身へ。
人によってはかなり尾を引くかもしれないが……
とびきりキツいのをお見舞いすれば、しばらくは時間を稼ぐこともできるだろう。
――【拡声】――
『武器を放さないあなた方に、本当の"呪い"がなんなのか教えてあげますよ』
――【恐怖】――
『しばらく、この場で、死んでいてください』