作品タイトル不明
491話 同類
授業に出ることもなく、朝一番に図書院へ向かい、閉館ギリギリまで居座り続ける。
そんな生活を数日続け、徐々に右隅の小部屋が俺の定位置になってくると分かってくることもある。
まず1日の複製量。
これは現状のスキルだと、朝から晩までどんなに集中して進めても、本の冊数で言えば平均2冊程度。
出来上がった羊皮紙の厚みだと、小指の長さ程度を積み重ねるのが限界だった。
かつてリコさん達に依頼していた時は、2ヵ月で10冊程度。
そう考えれば転写速度の上がる【写本】と、手が勝手に動いてくれる【自動書記】を魔力消費も気にせず常時使用しているわけだから、これでもかなり速いことは間違いないのだが……
1ヵ月でおおよそ60冊。
ここの本は推定2000冊。
10日に1度は学院自体が休校するようだし、そうなると既に所持している本を差し引いたって、コンプリートまでに3年くらい掛かるじゃねーかと。
そんな事実に直面した俺は頭を抱え、作業しながら打開策を考え続けていた。
なんといっても自動だから、書いている間はその本を読みながら【魔力纏術】の修行をするくらい結構暇だからね。
手っ取り早いところで【写本】のレベルを上げれば速度が上がる――だからちょっと悩むも、【転換】の余剰経験値を使ってレベル4からレベル7に上げた。
時間は有限、必要経費だと思って割り切るしかなく、結果小指から中指を超えるくらいまで一日の転写量が伸びてくれた。
体感で言えば2倍弱、本で言えば4冊分くらいだ。
しかし、まだ足らない。全然足らない。
それでも1年半とか、Sランク狩場を掘り当てない限りはマッピングがひたすら止まることになるので、そこまで悠長に時間を掛けている余裕もなかった。
コッソリ拠点に未所持の本を持ち帰り、リコさんとケイラちゃんに頑張ってもらう手もあるが、そこまで速度が爆上がりするわけでもないし……
困りに困ってどうしようと。
辿り着いたアホみたいな作戦が【二刀流】だった。
いや、スキル使ってんのか分からないけど。
とりあえず本を2冊用意し、ペンを左右同時に持ち、2枚の羊皮紙を机に広げ、それぞれの目で1冊の本を眺めるという荒業を何度か繰り返していたらいけた。
いちいちページを捲るのに作業を止めないといけないので、単純に効率2倍というほどではないが、これで1日の転写量が掌くらいまで大きく伸びたのである。
まったく内容が頭に入っていないので、暇な時に読み直す必要はあるが、速度を追い求めるという目的で見れば快挙と言ってもいいくらいの閃きだ。
ちなみに調子こいて両足まで使い、狭い個室で一人四刀流とかほざいて大爆死したのは言うまでもない。
まず足の指でまともにペンが持てないし、インクは床にぶちまけるし、4冊も同時に本なんて読めるわけないしで、高い羊皮紙と時間を無駄にしたのだから二度とやることはないだろう。
まぁ失敗したおかげで【魔力纏術】を用いた疑似的な腕をもう1本作り、二刀流をしつつ左手で本を捲りながらさらなる最効率を目指すという謎の案も出てきたので、まったくの無駄というわけではなかったと思うが。
そんなこんなでひたすら時短を目指しても、今のところの作業完了予定は推定10ヵ月後とかだいぶ先のお話。
Sランク狩場が見つけられれば夜間のマッピングも進められるし、全てを自分でやらなくても、当面の読み物に困らないくらいのストックを抱えられたら、あとはガルム側に複製を代行してもらうという手もあったりはするけど……
少なくとも一期分だけで終わるような作業量ではないことが確定したので、試験も少しは頭の中に入れておいた方が良さそうなことがここ数日で分かってきた。
そして――。
「やぁ、おはよう」
「おはようございます」
分かったのは複製のペースだけではない。
同類と言っていいのかは分からないけど、俺と同じレベルで図書院に入り浸っている人間がもう一人いた。
朝から二人、開館するのを少し並んで待ち、閉館の声が掛かるまで居座り続ける。
そんなことをしていると、3日目には挨拶程度だが話しかけられるようになっていた。
――小雨が降る、この日も。
「ねえ、君って騎士科でしょ?」
「そうですけど」
制服の形状を見れば、学科は一目で判別できる。
上着が腰あたりまでで短ければ騎士科、お尻を隠す程度なら官吏科、ローブまではいかないが、膝くらいまでの長さがあれば魔導士科。
茶色の髪にいくつもの水滴を付けたこの人は、官吏科の先輩のようだった。
「騎士科で図書院に通い詰める人って珍しいね。しかも新入生っぽいし」
「そうなんですか?」
「騎士科は武闘館や外の修練場で身体を動かしている人達ばっかりだよ。君はやらなくていいの?」
そう言われて先輩に目をやると、薄い水色の瞳は俺を物珍しげに――、というよりは興味本位なのか?
見上げる視線は少し探っているようにも感じられた。
「身体を動かすことはいつどこでだってできますけど、本の知識を得る場はここしかありませんから」
「ふーん、親の言いなりでこの学院に来ているような人達とはちょっと違うんだね。騎士科なのに歴史書や魔導書なんかも手に取っているのはそのせい?」
「……人の読むモノを確認するために、先輩は個室を使わないんですか?」
「ははっ、私が個室を使わないのは狭い所が苦手ってだけ。それに君が私は個室を使わないと認識しているのと同じで、単純に珍しいなって思って見ていただけだからそんな気にしないでよ」
はぁ。
変なのに目をつけられたかな……
そう思っていると、入口の扉が開いた。
「またいつもの二人か。今日は食べ物を持ち込もうとしていないな?」
「大丈夫です」
「では時間になったらちゃんと自主的に退館するように。君達いつも"あとちょっと"って粘り過ぎだから」
「はーい」
「気を付けます」
荷物検査を受け、競い合うように二人同時に中へ入る。
のちにユマと名乗った、3年前から入学しているらしいこの少女。
図書院が開くまでのほんと数分ではあるが、同い歳の先輩から得られる情報により、図書院へ通うだけだった俺の学院生活にほんの少しの変化が訪れるのはもう少し先の話である。