作品タイトル不明
404話 それなりの地獄
事切れたように脱力したままの辺境伯を引きずり、執事の爺さんに連れられたのは、両側と通路の反対側にも『白』の兵士が見張る、重々しい雰囲気の漂う部屋。
宮殿内に住んでいたばあさんの部屋と入り口の雰囲気は近く、一応客人扱いされているであろうことだけは窺える。
「お、お止めなさい!」
「あー剣は抜かないでくださいね。今だとすぐ殺してしまいそうなので」
「え……?」
主の悲惨な姿を目にして、反射的に剣を抜こうとした兵士に爺さんと俺で釘を刺す。
今はそのまま固まっていてくれると、お互いにとって都合が良い。
ノックの必要性も感じないためそのままドアを開ければ、爺さんの叫びが中まで伝わっていたのか。
30畳ほどはありそうな広い部屋にいた者達は、全員揃ってこちらに怪訝な視線を向けていた。
明らかに侯爵と分かる身なりのおっさんに、奥さんっぽいおばさんが3人、あとはそれなりの年齢に見える子供が7人か。
「数は11人……結構多いですね」
「レイムハルト辺境伯、これは何事か?」
「いきなり入ってくるなど、さすがに無礼が過ぎるのでは?」
「それより母上、辺境伯の様子が……」
様々に口走るも、俺に首根っこを掴まれたまま項垂れ、覇気の欠片もない辺境伯の姿に視線が集まる。
それぞれが違った顔色を浮かべ始めたが、まず全員死ぬだろうしどうだっていいな。
「一応確認させてください。あなた方は賊に扮していた者達がジュロイの人間だと知り、助かるために他を切り捨て真っ先に投降した。この流れで合っていますか?」
「随分と無礼だな。貴様は何者だ?」
「ロキと言いますが」
「……ほう? ニーヴァルのところに出入りしていると噂の異世界人か」
「ならばラグリース側の人間というわけですか」
オーバル侯爵と、先ほどからなぜか侯爵並みに態度がデカい、一番老けたおばさんの言葉に反応し、ドッとオーバル家の人間だけが沸く。
「え……? ということはまさか、ラグリースが勝ったのか!?」
「なんと……」
「レイムハルト辺境伯があの調子なのだからそういうことだろう」
「私達はこれで帰れるのですね!」
あぁ……
今この手の相手をするのは本当にキツい。
「質問に答えてください。あなた達は住民を捨て―――」
「レイムハルト辺境伯に預けているオーバル家の財産回収及び運搬の指揮と、屋敷までの護衛をあなたに命じます。よろしいですね?」
「?」
「返事くらいなさい。ヘディン王の命で我らの救出に来たのでしょう?」
いやいや、このクソババアは、いったい何を言っている……?
戦争の結末を知る前に投降しているのだろうから、今ラグリースがどうなっているのか。
俺とヘディン王の関係を知らないというのは分かる。
が、そこを踏まえたとしても、なぜコイツは、俺にさも当然の如く命じてくる?
分からない、分からない、まったく分からない――
――【多重発動】――
『"黒鎖"』『"黒鎖"』――『発動』
「えッ! な、何を!? 無礼者!!」
「な、何をしておるか! 早く止めろ!」
【闇魔法】によって両手から生み出した2本の黒い鎖はクソババアの手足を絡め取り、豚の丸焼きのように宙へ浮かしながら、少しずつ身体を捻っていく。
先ほど兵に試した時は1本だったため、捕縛して振り回す程度のことしかできなかったからな。
このような使い方に変えれば、先ほどから都合の良い部分しか聞こえていなさそうな耳も、きっと聞こえやすくなるだろう。
「まず一つ伺いたい。なぜあなたは僕に命じているのですか?」
「はっ、離しなさい! このような、許されぬ、こと……!」
横でオーバル侯爵や子供達が騒いでいるけど、答えを聞きたいのは本人からだ。
黙って見ていると、本気であることを理解したのか。
ようやく本人が焦ったように言葉を吐き出す、が。
「あなた、は! 救っ、たのなら、ラグリース、に仕えたと、いうことでしょう!? なら、ば……侯爵家、正妻で、ある…私の方、…立場……が上げぇ、ッで……ッ!?」
まだ意識はありそうだが、もう身体から気味の悪い音を鳴らすばかりで喋る余裕はなさそうだな。
「アホですね。早く喋れば良かったのに」
「早く止めんかぁああああ!!」
「ッ……ぐ…ぁ……が……ッ…」
「……止めましたけど、たぶん一番苦しいところですよ? ここで止めるなんてあなたも酷ですね」
「ちっ、違う! 逆だ逆! 戻すのだバカモンがっ!!」
ゴギギッ、ガギギボギッ……! ブチブチ……グギガゴギギギッ……ゲボッゲボボボッ……
「「「ヒッ!?」」」
「あーあ、ここからさらに逆回転とか……腹や背中から骨が飛び出てますし、穴という穴から汚いモノブチまけ過ぎなんですけど。いくら若い奥さんの方が良いからって、最後くらい優しくしてあげたらいいのに」
「ハッ……ハッ……な、何を、言っているのだ……」
「はぁ。もう喋れそうもないですし、次はあなたですね」
「はがぁッ!?」
「ち、父上ッ!?」
「バカの二の舞にならないよう注意してくださいよ。あなたは自身や家族の命を優先して、甥であるタナートさんに王都へ送る軍を押し付けた。これは合ってますか?」
「あがっ、あ、合ってる! 合ってる!」
「で、賊に扮したジュロイ側の兵に奇襲を掛けられ、わが身可愛さに領土を明け渡し、オーバル家の命だけは助かるようジュロイへ亡命したと?」
「いだっ! か、肩がッ!? そうだ! その通りだから! たず、げで……」
「いえ、それは聞いていた話と少々異なりますね」
「ん?」
ここで唐突にしゃべりだしたのは、散々連れ回していた執事の爺さん。
違うって、どういうことだ?
「私はただの亡命ではなく、相応の地位やオーバル家が抱える財産も保障しろと、作戦を指揮する者にそう伝えたと聞いております。その代わりに、領民の持つ資産は好きにしたらいい、と」
「は、がっ……き、さま……ッ!」
「へぇ、領民の資産と引き換えに……辺境伯、それは事実ですか?」
「じ、事実だ。守る気は、無かったが……」
「ッ!? レイ……ハル、ト……るさ、ぬ……」
はぁ……
どっちもクズ過ぎて、逆に笑えてくるな。
こんなアホ共はとっとと一網打尽にしたいけど、下手に潰せば治める領地に大きな影響が出てしまうから始末が悪い。
まぁ、未だに一切の謝罪も反省もないゴミっぷりだし、領地を自ら捨てたオーバル家は全員で問題ないか。
重責を背負わされ、多くを失ってもまだ奮闘しているタナートさん達の意向だってあるし、少しずつ少しずつ、捻じれながら腹の中身をブチ撒けて死んでいくのもそれなりに地獄だろう。
「我らに、このような苦しみを、与えるなどぉおごぉ……っ」
「な、なぜ、貴族である我らにこのようなことをする、のです……!?」
「我が王が、絶対に黙っ…て、オゴェゲエエエ……ッ!」
戯言が絶叫に変わっていく様を眺めながら、項垂れ、自分の順番を待つ男に声を掛ける。
「レイムハルト辺境伯、正直に答えてください」
「あ、あぁ」
「あなたの家族は、どこまでこの偽装作戦を知っているんですか?」
「まだ、私しか知らない……」
「まだ?」
「公にジュロイとして動けなかったためだ。我が領土の民を川の向こうへ送り、正式に領地としての恰好がついた時に伝えるつもりでいた……」
「なるほど」
【奴隷術】を使って確かめてもいいが。
たぶんこの顔は本当だろうなと、そんな気がした。
ならばいいか。
「もうお分かりかと思いますけど、あなたは最も罪を償うべき人間の一人。今目の前でゆっくり中身をぶちまけている人達と同じ運命を辿りますが、少なくともあの手紙の内容から、王都でもこの件に関わっている人間がいるでしょう?」
「あぁ、いる」
「その人間を洗いざらい吐き、お金は――、兵が横流しした金品はもう今更回収不可能なので、あの宝物庫の中身と抱えている書物関連、あとは現金をここの領地運営に支障が無い最低限だけ残して僕に渡せば、それ以外には手を出さないようにします」
「私の家族も、か?」
「ええ、もちろんくだらない報復でも考えるようなら、これ以上の地獄を見せますが」
「そ、その点は私から全てを余さずに伝えさせていただきます! 絶対に手を出してはならぬ国があり、王がいると……!」
爺さんは、ここでの全てを見ているからな。
正確に伝えてくれるなら、これ以上バカが生まれる可能性も低いか。
いや、貴族の思考は本当に理解不能だから、たぶん、としか言えないが。
その後、金の動きを把握している二人から資金を徴収。
宝物庫に閉じ込めていた商人や家に仕えていた人達を解放し、綺麗に吐いたレイムハルト辺境伯を少しだけ早く捩じ切れば、ジュロイ王国南部の領都『カルージュ』でやるべきことは終わりだ。
少しだけ悩むも、この程度の衝動なら問題無いと、その日は拠点に帰還し、果たしてリラックスが癒える効果に繋がるのか。
【結界魔法】『燐光』の中でゆっくり風呂に入りながら、レイムハルト辺境伯が憎しみの籠った声で呟いた男の処遇を思案する。
「計画を持ち出した元凶の男、軍部所属のロイエン子爵ねぇ……」