作品タイトル不明
367話 窮余の一策
「無事獲物が釣れたようだな」
「それはそうでしょ。彼はこの王都を救いに来たんだろうしね」
長く伸びた顎髭を摩りながらバリー・オーグの横に腰を下ろしたのは、中央侵攻軍を率いるガルファ総司令官。
彼らは日没と同時に始まったこの戦いを、城壁の上から【夜目】を通して眺めていた。
広範囲の魔法戦を想定してか、街の中には一切人影が見当たらず、異世界人からの攻撃もまず飛んでこない。
この安全地帯と言える場所で戦況を見守りながら、今後の動きを摺り合わせていく。
「ルエルはもう少しか」
「そうだね。って言っても殿を務めていればまだ2時間か3時間くらいはかかるだろうけど。当面はまだまだ元気なウチのユークリッドが担当かな。この手の 妨(・) 害(・) には最も適任だし」
「ルエルやバリーでは、攻撃を加える度に周囲の兵まで死んでしまうしな。ロブザレフ殿は?」
「一応反応しそうな話を振ってから、ユークリッドの鳥に迎え行かせたけどね。僕もあの爺さんには無理を言えないし、来るかは本人次第ってところじゃない?」
「ふむ……となると、一桁ランカーは2位、4位、7位、8位か。モゥグを失ったのは想定外の痛手だな」
「まさかニーヴァル嬢があそこまで粘るとは思わなかったからねぇ。僕まで魔力が底を尽きかけるなんて予想もしていなかった」
そう言いながらも、バリー・オーグはそっと自らの手を口に当てる。
ニーヴァルが最後の最後まで倒れなかったのは事実であり、魔力を想定より遥かに多く失ったのも事実。
しかしモゥグを都合の良い盾とし、見捨てることでニーヴァルの"首"を取り戻した上、モゥグの特殊付与武器まで奪ったのも事実であるが故に、バリー・オーグは内から湧き上がる笑みを抑えられなくなる。
そんな様子を知ってか知らでか、ガルファは視線を遠くで戦うロキに向けながらも懸念を示す。
「あの異世界人が逃げる心配はないのか?」
「本人も分かっているとは思うけど、それでも一応伝えておいたよ。この場から逃げた段階で、即刻ヴァルツ軍は王都の一斉攻撃に転ずるってね」
「"逃げた"か――、敢えて異世界人に解釈を委ねたな?」
「本当に王都を救いに来るくらいの 英雄思考(バカ) なら、はっきりと言葉にするより、その方が都合良さそうでしょ? まぁだからと言って、あの首飾りはさすがに使わないと思うけど」
「使って自ら逃げ道を塞ぎ、雑兵の死と引き換えに自滅でもしてくれれば楽なのだがな」
バリー・オーグが提案し、ガルファもやむを得ず同意した、異世界人から勝利をもぎ取る窮余の一策。
しかし唯一の難さえ払拭できれば、現環境下では必勝の方策にもなり得るモノであり、その懸念材料というのが対象であるロキの戦線離脱だった。
ユークリッドから南部での戦闘、そしてロキの手の内に関する報告を受けた時。
バリー・オーグは素直に"単独ではたぶん勝てない"と、強い危機感を覚えていた。
――当然の如く、ユークリッドの【心眼】は通らず。
――【飛行】だけでなく、【空間魔法】までほぼ確実に所持しており。
――事前情報にあった【雷魔法】以外にも、【風魔法】や【闇魔法】など手の内は広く。
――謎の現象"火纏い"は当然として、同じ類なのか"黒い焔"のようなモノまで纏い。
――あのファニーと近接戦闘で張り合い、殴られても普通に起き上がってくる。
――さらに獣へ姿を変えた直後、ファニーの身体を一瞬で消し飛ばし。
――エヴィンゲララが得意とする【土操術】まで使う。
もうこの時点で、軽く眩暈がするほど理解が追い付かず、バリー・オーグは手で制してユークリッドの報告を止めたくらいだった。
【土操術】など、前提となる【土魔法】がレベル8まで到達してようやく解放される、中級でも取得難易度のかなり高い魔法。
他にもなんのスキルが基になっているのか不明な攻撃方法がいくつもあり、いったいこの異世界人は何を主軸にしているのか。
直に見ていたユークリッドでさえも判断がつかない有様だった。
どれほどの手札を隠しているのかも分からず、まともに戦っては明らかに分が悪いと感じる相手。
しかしバリー・オーグは、ニーヴァルとの戦いから身をもって学んでいた。
もちろんこのような大前提は初めから理解していたことだが、目の前でモゥグが倒され、自らも想定以上の苦戦を強いられたとなれば、どうしたって意識に強く残りもする。
ならば、異世界人ロキにも同じことを――、消耗戦を仕掛ければいい。
バリー・オーグはそのように考えていた。
言うは易し行うは難し、強者相手にそう容易くできることではないものの、今回ばかりはその消耗戦に使える駒がこれ以上ないほど豊富に存在している。
いくら取るに足らない相手であろうと、腕を振らねば人は斬れない。
有象無象の徴兵連中から順に突撃させ、睡眠はもちろん、休息の時間も与えず、食事すら摂らせたりはしない。
絶え間なく攻撃を加え続け、異世界人の全てが尽きたところで 攻(・) 撃(・) の(・) 通(・) る(・) 者(・) が仕留めにかかる。
そしてその役目は、刃の通せぬ兵ではなく、傭兵の領分。
その中でも新しい『武器』を手に入れた自分が引き当てる確率は高いだろうと。
バリー・オーグは手に持つ"破天の杖"を眺めながら、思わず声に出して笑いそうになるところを必死に堪えた。
「さてと、魔力をしっかり回復しておきたいから、僕はそろそろ休ませてもらうよ。3時間くらいしたらまた戻るから、あとよろしくね」
「ああ、遠距離部隊と傭兵連中は温存させつつ様子を見るとしよう。あれだけ高威力の魔法を連発していれば、そう時間もかからぬ気はするがな」
どこで休息を取るつもりなのか。
街の中へ降りていくバリー・オーグを見届け、ガルファは再度、激しく人の影が舞う箇所へと視線を向ける。
バリー・オーグのいいように使われている――そのことは強く理解していた。
しかし勝利を確実に掴むのであれば、必要不可欠な戦力であることに間違いはなく、バリー・オーグの狙いを理解しつつも同意するしか方法がなかった。
王都を攻めている最中、神出鬼没なあの異世界人に上位傭兵を各個撃破でもされようものなら、最悪はこちらが詰む可能性もある。
戦力を大きく消耗しようと、ここで潰せるなら確実に潰し、後顧の憂いなく王都攻めに集中したい。
それに通り道は余さず潰して奪い、見張りも立ててきたはずだが、今日になって王都からの補給が途絶えたことも気になる。
確実性を優先しつつも、決して時間は掛けられない。
「いくら強いと言っても、体力と魔力に限りのある個人が、いったいどれほどの数を討てるというのか」
範囲魔法を連発してくれれば、それこそこちらの狙い通りというもの。
異世界人ということを考慮しても3万か、5万か。
十分おかしな数字ではあるが、しかしその程度で収まるならば、この後に控える王都攻略に支障をきたすことはない。
ガルファはそのように考え、雷鳴轟く空を暫し眺め続けた。