軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

344話 未練を断ち切り

王都ファルメンタの東では、高く聳える城壁の縁に腰掛け、遠くを見据えるように目を細める老婆が一人。

その視線の遥か先には予想通り、南北へと二手に分かれていく兵軍と、その手前で兵を守るように真っ直ぐ王都へ向かってくる何者かの姿があった。

誰が来るのかまでは分からない。

上手くいけば、呪具を使わずに済む可能性も僅かながらに残してはいたが……

最初は、その数が二人だけであったことに安堵した。

しかし、次第に鮮明になっていくその姿から、敵の一人が誰なのかをはっきりと認識した老婆は一度大きく天を仰ぎ――禍々しい首飾りを首に通してから城壁を飛び降りる。

「一番可能性が高いのはルエルかと思っていたけど、バリー、あんただったのかい」

「久しぶりだね、ニーヴァル嬢」

「老いぼれに向かってどんな嫌味だよ、まったく」

正面に立つ男は、ここが戦場とは思えぬ優雅な所作で、胸に手を当て一礼する。

「残念ながらルエル嬢は北部の担当でね。でもジオールじゃなくて安心したでしょ?」

「私からすれば、あんたも1位のジオールも大して変わりゃしないよ。横にいるデカい獣人は?」

「ヴァルツ傭兵ランク5位、名はモゥグだ。ここに『槌覚』がいると踏んでいたが、当ては外れたか?」

ニーヴァルへ逆に問い返したのは、全身が筋肉の塊にしか見えない、黒く巨大な牛頭の獣人。

その体格に見合った双斧を握り、大きな黒い瞳は周囲や城壁に視線を這わせていた。

「東だけ守ればいいってもんじゃないんだ。ラディットは他所を任せている」

「そうか。ならば貴様の首を飛ばしてから向かうとしよう」

「そうかい……ちなみに、ひとつだけ確認しておきたいことがある。バリー、これだけは答えな」

「ん? なにかな?」

「ヴァルツはいったい何に焦っている?」

当初から気になっていた違和感。

それを知っているであろう人物に尋ねるニーヴァル。

対してバリー・オーグは肩を竦める。

「……僕は傭兵、軍部の人間じゃないんだけどね」

「軍の所属ではなく、それでいて知っていそうだからアンタに聞いてんだよ。4位のルエルが目立つ敵もいない北部に配置されている時点で、南部だってジオールか、ファニーファニーか……最上位クラスの傭兵が動いてんだろう? いくらなんでも戦力が過剰過ぎるんだよ」

「……」

「あんたらの前にどれほどの餌がぶら下がってんのか知らないけどね。国益を考えれば明らかにヴァルツは損なことをしてるんだ。『特別な事情』があるって考えるのは普通のことだろう?」

「聡明なニーヴァル嬢にしては珍しい疑問だね。 ま(・) だ(・) 声(・) が(・) 掛(・) か(・) っ(・) て(・) い(・) な(・) い(・) と見える」

「なんだって?」

答えになっていない回答に、困惑するニーヴァル。

そんな姿を楽しそうに眺めながら、バリー・オーグは指を1本立てた。

「ふふっ、今ラグリースが窮地に追いやられている一番の理由は何かな?」

「……」

「他にも色々な要因が重なっているとは聞くけど、その問題が解消されてしまえば機会は失われる。だから貧困化が進むヴァルツは結果を急いだんだ。僕達上位ランカーに対して、戦勝後に得られるであろう様々な資産を報酬に割り当ててでもね」

「……抱えているのは戦力差……アンタら傭兵の、差……ああ、国交を開き、亜人を受け入れたことが、この戦争の原因だったってわけかい……」

「正解。もし『傭兵ギルド』がこの国にもできちゃったら、国力で劣るヴァルツはもう滅多なことでラグリースに勝機を見出せないでしょ?」

答えに辿り着き、だからこそニーヴァルは杖を強く握ったまま顔を歪める。

東との国交を開くこと――差別を解消することこそが、平和への道だと思っていた。

しかし実際は正反対であり……

自分の思い違いでロキを動かし、その結果ヴァルツが危機感を覚えたために、この戦争は起きたということになる。

あくまで機を早めただけであり、後のないヴァルツが兼ねてよりラグリースの地を狙っていたことに変わりはない。

その点は理解しつつも、聡明であり、そして平穏を好むが故に、動かなければ未来は戦争にまで発展しなかった可能性。

また戦争になったとしても、ここまで過剰な戦力は投入されず、多くの民が苦しまずに済んだ可能性まで考えてしまう。

そんな老婆の苦悩に満ちた表情に満足したのか――。

「言うべきか悩んだけど、最後に君のそんな顔が見られたのだから、情報提供の報酬としては十分だね」

「ふん、相変わらず趣味が悪いな。根本の原因は別だろうに」

モゥグの忠告には反応も示さず、口元に手を当て、零れ出る嗜虐的の笑みを必死に隠そうとするバリー・オーグ。

ドン――。

しかし、ニーヴァルが 自(・) ら(・) の(・) 胸(・) 元(・) を(・) 強(・) く(・) 叩(・) く(・) という、不可解な行動を取ったことで、場の空気は大きく変わる。

「ふぅ――……覚悟はしていたつもりだったんだけどね」

軍部の人間であり、その最高戦力として。

国が危機に瀕しているからこそ、命を投げ打ってでも抵抗し、多くを守る覚悟は持っていたはずだった。

最善のために、意味と結果を知りながら国宝を求めたのもそういうこと。

しかしニーヴァルとて所詮は人だ。

どうしてもと頼まれ、最後に孫娘達と会ってしまったがために、ほんの僅かながら芽生えたこの世への未練は心の隅に残り続けていた。

可能ならば、もう少しその成長を見守ってやりたかった。持ち得る知識をもっと伝えてやりたかった。

だから最後の最後。

呪具との結合だけは残していたが――

強く押したことによって棘が体内へ食い込み、胸元からは血が滲み始める。

「自分で蒔いた種だってんなら、覚悟を決める上で、これ以上のことはない」

武芸に秀でた者だからこそすぐに分かる、死を覚悟した者の眼差し。

「これがラグリースの最高戦力か。想像以上、火耐性特化にしておいて正解だったな」

「……」

老婆の身体からは青紫の魔力が迸り、その中でゆっくりと差し出される萎びた手を、二人は臨戦態勢に入りながらも静かに見つめていた。

「かかってきな。二人まとめて相手してやるよ」