作品タイトル不明
343話 開戦
放たれた矢や魔法で、人が惨たらしく死んでいく様に目を閉じ。
死を抗うように響き渡る断末魔の叫びを、自らの叫声でもって掻き消し。
舞う煙と共に城壁の上まで運ばれてくる、焼けた血肉の臭いに吐き気を催す。
大半の者達にとっては初めてとなる戦場。
死が身近にあるハンターや、凄惨な現場も相応に経験している兵士ならまだしも、多くの町民にとっては耐え難い感覚に襲われ続けていることは間違いなく。
それでも自分達の居場所を守るために、城壁の上から必死に抵抗を続ける。
「どこを狙おうが必ず当たるぞ! とにかく撃て撃てーッ!」
「ありったけの油を撒け! 焼いた木材でも構わんから投げ入れろ!」
「門が敵の死体で塞げそうよ!」
「同じところに立ち続けるな! 下から的にされるぞ!」
マルタの西門と北門の前にはそれぞれ5万のヴァルツ兵が群がり、その戦線は結果として一つに繋がるほど長く横へ横へと延びていた。
高さ10メートルを超える城壁に、鈎爪の付いた縄を投げ入れる者、壁に梯子を掛ける者、城壁そのものの破壊を試みる者。
様々な方法が取られ、そして懸命に抗う中で、少しずつ防壁に『穴』が開いてゆく。
「ま、まただ! またあっちで越えられたぞ!」
「北! ロズリン通りの近くだ! ハンターは増援を!」
突破してくるのは、やはり傭兵。
積み上がった死体を踏み台に城壁を駆け上がり、そのまま街の中へと素早く踏み込んでいく。
対処に追われるのは、侵入に備えて城壁の内側で待機していた近接組のハンター達だ。
罠(・) だ(・) と(・) 分(・) か(・) っ(・) て(・) い(・) て(・) も(・) 、街の中へ踏み込まれれば追わないわけにはいかない。
町民の避難を進めていたとは言え、残る者もいれば、間に合わなかった者達もいる。
それに突如として巻き起こったこの戦争の原因はいったいなんなのか。
その理由に長く亜人を排斥し続けた、その恨みによるモノだと予想する者達も多くいた。
国交が開かれ、亜人が少なからず国内に入ってきたものの、慣れない存在に強く敬遠する者達を多く見かけていたため、内心そう思われてもしょうがないのかと。
少なからず納得してしまうからこそ、自らが思い描くその"恨み"は恐怖へと変わっていく。
野放しにすれば何をされるか分からない。
ならば地の利を活かして侵入者は追跡し、被害が出る前に駆逐するしかない。
徐々に徐々に、元から多くはなかった戦力が分散していくマルタ内部。
その光景が見えているのか。
まるで透かすようにジッと城壁を睨みながら、南部侵攻軍の司令官を務める『槍覚のアトナー』は、部隊の後方で備える兵に合図を送った。
一方、街の南部は風に乗って西側からの喧騒が聞こえてくるのみ。
城壁の上には数名の見張りがいる程度で、攻城戦の様子はまるで見られなかった。
理由は南側にいた二つの存在が、不思議とその場を動かなかったためだ。
「さすが姉さん。予想通りなんか来ましたよ」
「でしょ? 一番強いアタシが目立つ場所で待ってれば、強そうなヤツがこうして来てくれんのよ」
「そのせいでアトナーの親分、凄い怒ってましたけどね」
「構いやしないよ。アタシが街の外まで引きつけてんだから、これで他は攻めやすくなるってもんでしょ」
呑気に話す二人の先には、城壁から飛び降りこちらに向かう二人の男。
黒い巨体は拳を摩り、もう一人は両手にそれぞれ剣を携えている。
その姿がはっきりしてくるにつれて――。
ファニーファニーは堪らない表情を浮かべながら舌舐めずりをし、エヴィンゲララはソッと、ファニーファニーの後方へ隠れるように移動する。
「姉さん。あれって良く見なくても、『撃腕のジルガ』じゃありません?」
「だねェ。私の次の次くらいに見た目が派手なヤツ、見間違えるわけもない。ふふっ、なんでこんな所にいんのか知らないけど、なんだい火仙の魔女くらいに大物じゃんか」
「いやいや、笑いごとじゃないですって。あの見た目は苦手なんで、姉さん相手してくださいよ。自分は横の爺さんと遊びますから」
「当然、ジルガは私が殺るけど――、エヴィゲラ」
「はい?」
「横のジジイも、たぶん、結構やるよ」
「ってことは、あの爺さんが話に出ていた貴族ってことですか?」
「さぁね、新種のボス目当てでこの街に来てるSランクハンターがそれなりにいるのかもしれないし、そんなもん、本人に聞くのが一番早いでしょ」
お互いがお互いを見据え、真っ直ぐに相手のもとへと歩みを進める。
そしてこれ以上踏み込めば開始される――そんなギリギリの間合いで、自然とお互いの足は止まった。
「久しぶりだねェ、ジルガ。上級ダンジョン以来じゃんか」
「ふん、またお前らのツラを拝むことになるとはな。派閥外の共闘を嫌うお前ら上位ランカーが仲良く参戦とは、ずいぶんヴァルツの傭兵も仲良くなったもんだ」
「ギギッ、今回は特別。ですよね、姉さん」
「そっ、ジルガ、あんたの首も間違いなく特別報奨に該当するだろうから、ここに来てくれて感謝するよ」
「特別報奨だと? そこまで金に困るとは、お前らも落ちたものだな」
「金で困るわけないじゃないですか。相変わらず脳みそまで筋肉のゴリラ野郎ですね」
「ふふっ、何をしても許されるアタシ専用の庭。そんなものが貰えるなら最高じゃない?」
「……」
戦争の理由を傭兵に聞いたところで分かりはしないだろう。
だが案の定、今の返答から他派閥の上位ランカーがこの戦争に参加していること。
それに恐らく金だけではないと思っていた上位ランカーの餌が、どこかの土地――、いや。
ヴァルツにとっては相当に諸刃の剣だが、もしかすれば獣人専用の自治区が貢献次第で与えられる可能性までレイモンド伯爵は考える。
それくらいに勝利後の戦果を大きく明け渡すような手札を切らなければ、多数の上位ランカーを戦争に参加させるなど現実的ではなかった。
そこまでして、ヴァルツはなぜ戦争を仕掛けたのか。
「で、ジルガ。なんでアンタがこんなとこにいんの?」
「あ? ここは俺の領地なんだから、いるのは当たり前だろうが」
「はあ? アンタの? 横にいるジジイがレイモンドとかいう伯爵様なんじゃなくて?」
「ジルガ・オフィスト・レイモンド。それが俺の名だ」
「う、うふふっ、アンタが貴族? その顔と図体で? うふっ、ふふふっ……笑わせんじゃないよ!!」
「姉さん、ジルガに先越されてるじゃないですか!」
「ムカつくねェ……よーし、決めた。アイツをぶっ殺して、アタシがこの土地を貰う」
「お前らみたいな、己の欲を満たすことしか考えていないような獣がこの地を? 身の程を弁えろ、害獣共が」
「うふふっ、だからおまえは負けるのさ。その程度の 濃(・) さ(・) でアタシに勝てると思うんじゃないよ」
「ハッ、色々と想定はしていたが、お前がバカで本当に助かった。血が濃過ぎて脳みそまで筋肉だったことに感謝するぜ」
「うふっ……ふふっ……ぶっ殺す!」
「死ぬのはてめぇだよ虎女ッ!」
パンッ!!
お互いの、巨大な拳と拳がぶつかり合う。
殺気を剥き出しにした獣同士の争い――その横で。
「では、近くにいたら巻き込まれますから、少し離れたところで私達も始めましょうか」
「あっ、今、俺の目が豆粒よりも小さいって思いましたよね? あーあ、絶対その目、潰しますから」
静かに、もう一組の戦闘も開始された。