作品タイトル不明
278話 本当の墓場
生成した光の玉を先行させ、先を照らしながらひたすら下る穴の内部を進んでいく。
穴は1.5メートルほどの幅のまま続いており、屈まなくても歩いていけるのは楽だったが、どうにも奥から漂う臭いが気になってしょうがない。
一言で言えば不快になる臭さなのだが、人生経験で嗅いだことのない臭いでもあった。
(薬品臭とも違うし、温泉の臭いともまた違うし……)
まぁそれでも剣を回収すれば済む話と、内心の不安を紛らわすように"すぐ帰るんだから"と自分に言い聞かせて足を進める。
【探査】が示す剣の場所と向かう方角は一緒なのだ。
ならば間違いなく――
「……凄い、な。これは」
数は分からない。
しかし『剣』という言葉で急に奥から反応が広がり、動揺しながら『武器』と【探査】の言葉を切り替えたらその数はさらに膨れ上がり、巨大な塊に近い反応を俺に示していた。
「この先が、もしかして本当の墓場か……?」
考えてみれば納得の話だ。
かつても散々ガルグイユに挑んだハンターはおり、そして敗れた者達は俺の武器のように、排水溝を担うこの穴の中へ流されていったのだろう。
ガルグイユに食われなければ、それ以外に行き場がないのだから。
そのまま慎重に進めば、俺の剣は岩の突起が支えになり、穴の途中で引っ掛かっていた。
長さ2メートル近い大剣だったからだろうな。
長剣程度なら何かに引っ掛かることもなく、そのまま奥へと流されていただろう。
進むほどに強くなる臭い。
しかし、もう少しで『宝の山』とも言える場所へ到達することもできる。
普段は地底湖に水が張っているのだろうし、たぶんここはボスを倒した者だからこそ辿り着ける場所のはず。
しかし、地底洞窟の終着地点だったボスフィールド――その先にある隠し部屋みたいな所であれば、 最(・) 悪(・) の(・) パ(・) タ(・) ー(・) ン(・) も当然あり得る。
行くか、引き返すか。
悩む振りはするが。
(……俺は、病気だ)
こんな悩みに意味がないことは分かっていた。
ここまで来てしまえば、俺は結局、好奇心に負ける。
絶対に死なないよう、亀のような歩みで穴の内部を進んだ。
いつでも転移できるように。
気配をすぐ察知できるように。
魔力の動きをすぐ捉えられるように。
大丈夫だ、大丈夫。まだ距離はある。ここを曲がってもまだ……
状況が状況なだけに、物音一つで肩が跳ね上がるほど、自分がビクついていることは理解していた。
でもいったいなぜ、洞窟を慎重に歩いているだけの自分が全身総毛立っているのかは分かっていなかった。
だからやっと、目的の空間が視界に入った時。
スキルを使ってなくてもおおよその危険度を理解し、ただただ目を見開きながら息を飲む。
先に見える空間はかなりの大きさだった。
構造までは分からないものの、武具が山のように積み重なっており、なぜか部屋には薄っすらと光が灯っている。
そして部屋の奥には、デカいという言葉では収まらないほどの巨大なドラゴンがいて――――、その姿はボロボロで、腐敗して溶けているようにも見えた。
でも、あれは、生きている。
なぜか分からないけど、それは確信できた。
眼球すらなく、動く素振りも一切見せないけど――あれば限りなく、過去一番にヤバい気がする。
(どうする? 使うか?)
戦うかどうかで悩む場面じゃない。
ただ強さを測るためにスキルを使うかどうか、それだけに数分思考を巡らすも。
やっぱり俺は、好奇心に負ける。
使った後に悔やむことが分かっていても、新たな『目標』との差を認識したくて―――
――【洞察】――
「ぁひ……ッ、ヒッ………ヒヒッ……うぐぇ……ッ!」
死にそうな気分になると分かっているのに、それでもやっぱり使うのだ。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「おう、戻ったか。どうだった? やれたか?」
「あーうん。無事倒せたよ。死体は丸々回収してきたから後で渡すね」
「お、おう……?」
「なんか、ちっとも嬉しそうじゃないね?」
「ふむ。深手を負ったようにも見えないが……何かあったのか?」
「はは……この世の地獄を見てきた感じ?」
「「「???」」」
拠点に帰ってきた時はすでに暗く、ちょうど3人は火を囲みながら食事をしていたところだった。
そんな時に俺が意味不明なことを言うのだから、そりゃ3人だって素っ頓狂な顔にもなるだろう。
でもアレは、言葉で表せるようなものでもないのだ。
自分自身の様々な死に際を一気に見せつけられるような、心を端から毟り取られていくような感覚。
力量差があればあるほど、その影響は強く、そして長く残る。
立ち直るまで俺はいったいあの穴でどれほど過ごしていたのか、自分でもよく分かっていない。
気付けば胃の中が空っぽになっていた。
でも今回で一つ勉強になったこともある。
それは【洞察】の判定基準だ。
何を目安に強さの判断をしているのかずっと疑問だったが、ガルグイユ戦を経て、少なくともスキルの性能というか――拡張性や相性までは考慮されていないような感覚があるのだ。
ガルグイユの【洞察】判定はかなり強いけど、たぶん良い勝負にはなるという曖昧なモノ。
不安を煽られるような印象を、ガルグイユからはそこまで感じなかったという方が分かりやすいかもしれない。
それは偵察時も、準備を整えた後の本戦前でも同じで。
そしていざ戦ってみれば、やっぱり強いんだけど案外余裕もあったというか、本当の死に物狂いで挑まなくても勝てる相手だったわけだ。
戦いながら、倒した後の素材状態を気にしていたくらいだしね。
戦場が水場で、俺が一番伸びていて使い慣れた【雷魔法】が有利に働いたこと。
ガルグイユにとって『必殺』となる固有スキルが、俺の【飛行】や【空間魔法】で大きく緩和できていたこと。
この辺りが余裕の生まれた原因だが、どうも【洞察】だとこの辺りの『相性』があまり重視されておらず、スキルよりは『ステータス数値』で強弱の判定をしている。
こんな印象が今回の結果で強くなった。
まぁなんとなくの予想でしかないんだけど。
死体を抱えたままでも魔力が自然回復していることを確認し、明日の朝にはカルラがよくいる解体場に死体を出すと伝えて俺は上台地へ。
夜ということもあって、女神様達は全員が家を作ったり自由にフラフラしていたので、断りを入れて俺は上台地用のお風呂準備に取り掛かった。
作るだけ作って自分で入ったことがなかったし、今日はなんとなく気分を変えたかったのだ。
我ながら凄い場所に作ったな~と思いながら水を張り、手頃な石をスキルでスーパー加熱。
少し温い湯に浸かり、ヌボーッと数えきれない星を眺めながら、今日見た腐敗のドラゴンを思い返す。
いったいアレはなんなのか。
一応隠れてはいるけど身体は隠れていないし、裏ボスという括りで捉えていいものなのか、まずそこから疑問が生まれてくる。
(中身全部ブチまけてもまだ吐いてたし、あの感覚はたぶん、ハンスさんよりもさらに強いよなぁ)
ヴァルツに入る前ではなく、今の俺の状態で、あそこまで強さの開きがあると自覚させられる存在。
何のためにあそこにいて、覗くことのできなかったスキルはどんなモノで、倒せば何かしらの素材として活用できるのか。
そして俺は、いつあの魔物と渡り合えるのか……
「なんだ。様子がおかしいように思えたが、随分と楽しそうだな?」
「え? そう見えた?」
声の方へ振り向けば、ちょうどリルがお風呂の淵に着地したところだった。
「顔は笑っていたぞ?」
「そっか……やっぱりそうなるんだよね」
「?」
ゲーマーなんてそんなもんだろう。
強さを追い求めるなんて最終的には自己満足の世界だが、それでも成果を発揮できる場があるなら嬉しいものだ。
まぁそれを生き死にを懸けたリアルの場に当てはめている時点で、俺の脳みそは終わっているわけだが。
「今日さ、凄い強い魔物を見たんだよね」
「例のボスじゃないのか?」
「その奥にいた別のヤツ。隠しボスってやつかなーあれは」
「そうか……よく、生きて帰ってこれたな」
「はは。会う前からなんか空気がおかしかったし、物凄く警戒してたしね」
「しかし、奥にいた別の魔物ということは、予定していた魔物を倒せたということだろう? 良かったな」
そう言われながらポンと頭に手を置かれ、恐怖ですっかり上書きされていた感情が再び込み上げてくる。
(そうだよ。俺は一人でレイドボスを倒せたんだ。長年放置されていたボスを、一人で――)
「へへ、ありがとね! ん~どうせなら皆いるし、市場にも出回らない希少ボス肉のパーティでもしちゃう? それに貰った【魂装】の仕様も、リルが元気になったら教えてあげようと思ってたんだよね!」
「な、なんだと!? ならば皆に伝えてこよう! 準備はしておくから、早く風呂から上がるのだぞ!」
ビューンと、勢いよく家の方へ走っていくリル。
なんとも騒がしいものである。
まぁ、危うく見逃す可能性もあったわけだし、隠しっぽいボスの居場所が分かったのは明らかに前進だ。
さすがにあそこまで到達するのは相当時間かかりそうだけど、でもいつかは――
空に浮かぶ、地球と何も変わらないように見える月をボーッと眺めながら、いつかは掴み取ってやろうと、俺はソッと手を伸ばした。