作品タイトル不明
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ゼアトへ帰還した直後、レオルドとシルヴィアは休む間もなく、シャルロットのもとへと足を運んだ。
私室で寛いでいたシャルロットは椅子に腰掛けて、優雅にお茶を飲んでいる。
「おかえり~。どうだった? 王様の反応は~?」
「上々だ。ただ、それどころではなくなってきた」
レオルドは手短に魔導通信装置の導入許可と、第二王女マルグリットの出産祝い祝宴への招待、そしてゲームの記憶によるシルヴィア暗殺の可能性について語った。
それを聞いたシャルロットは真剣な表情へと変わる。
冗談の一つも飛ばさず、すぐに対策を練ることにした。
「了解。じゃあ早速、防衛計画を立てるわね。祝宴会場は王城の中庭――なら、転移や召喚系の妨害結界を張る必要があるわ」
「頼む。恐らくだが敵は変身能力を持っているか、擬態能力を持っているだろう」
「……候補を挙げるとすれば、ドッペルゲンガー、ガーゴイル、 呪影鬼(カースシェイド) ね。厄介だわ~。変身は見破れなくても、魔力の揺らぎなら感知できる可能性がある。転移結界とは別に、会場全体に感知陣を敷くわよ」
二人の会話を聞いていたシルヴィアがすっと手を上げた。
「私も当日、神聖結界を広げておきます。目立たない程度に制限して、警戒だけは緩めずに」
「うん、それで行こう。刺客は君を狙うだろうが、正面から襲ってくるとは限らない。宴の最中に――例えば毒、呪詛、魔術による間接的な攻撃もありうる」
「そうね。そこらもしっかり対策立てておきましょ~。私のほうで複合型の護符を作っておくわ。宴の直前に服の裏地に仕込んでおけば、毒も呪いも防げるはずよ~」
「助かる」
レオルドはシャルロットに礼を言い、話を続ける。
「念のため、ギルバートとイザベルにも監視任務を頼む。あいつらなら、他の貴族たちに紛れても不自然じゃないし、戦闘力もある」
「ん~、それならバルバロトとジェックスにも連絡しとく? 会場の外側を固めておけば、刺客の逃走も防げるし。カレンにジークフリートも付け加えておけば安心でしょ?」
「それも頼む。万が一に備えて、通信装置も予備を三台、俺が持って行く」
「ふふ、楽しくなってきたわね~。レオルド」
「シルヴィアの命が掛かってるんだ。楽しくないに決まってるだろ」
「それもそうね。流石に不謹慎だったわ~」
「いいさ。お前が気楽に笑っている方が安心できる。俺は楽しくないがお前が楽観的ならまだ余裕がある証拠だ」
「へ~、そう言ってくれるのね~」
そう言いながら、シャルロットは新たな魔法陣を展開した。
その笑顔は飄々としているが、瞳の奥には確かな緊張と覚悟が宿っていた。
「やるなら徹底的に。絶対にシルヴィアを守るわよ」
「ああ。俺たちで、絶対に止めてみせる」
「レオルド様、シャルお姉様……。私のためにありがとうございます」
シルヴィアは静かに頭を下げた。
だがその目には、涙ではなく、まっすぐな意志が宿っている。
「私はただ護られるだけの存在でいたくはありません。私も、戦います」
「……そうか。頼もしいな」
レオルドが優しく笑い、シャルロットも肩をすくめて見せる。
「ほんと、強くなったわね、シルヴィア」
「……シャルお姉様とレオルド様が傍にいてくれるからですわ」
「ふふっ、甘え上手になったわね~」
照れているシルヴィアを見て、笑みを浮かべるシャルロット。
和やかな雰囲気につい忘れてしまいそうになるが、今はシルヴィアの暗殺対策を練っている最中だ。
「レオルド。魔導通信装置と回復薬の在庫も王都へ送っておく?」
「いや、今はいい。まずは祝宴だ。あそこが最初の山場になる」
レオルドは真剣な面持ちで言いながら、魔導通信装置のひとつを懐にしまった。
「……まだ憶測でしかないが魔王の刺客が来るとしたら、あそこしかない。派手に暴れられたら王族たちも無事じゃ済まない」
「つまり、正面から堂々と現れる可能性もあるわけね」
「そうだ。そして、刺客はもしかしたらすでに王都に潜んでいるかもしれない」
「あっ!」
話の途中でいきなりシャルロットが大きな声を出す。
驚いたレオルドとシルヴィアはシャルロットに目を向けた。
「どうした? 何かあったのか?」
「思い出したのよ! オリビアとの会話を!」
「あ、そういえば王都で噂になっていることがあると前に話していましたね」
「そう、それそれ! もう一人の自分に遭遇するって噂はドッペルゲンガーの仕業なんじゃないかって!」
「なんだとっ!? もし、それが事実ならば、すでに王都はドッペルゲンガーだらけということか……」
「で、ですが王都にはレオルド様が神聖結界の代替えとして魔物避けの結界を開発されたはずです。ドッペルゲンガーが侵入できるはずないのでは?」
「最初から人間に化けていたら分からないわ。ドッペルゲンガーの特性は変身。つまり、人間に擬態していれば魔物避けの結界も通り抜けられる可能性があるってことよ~」
「で、では……本当に王都の中に魔物が潜んでいると?」
シルヴィアの声にわずかな震えが混じった。
無理もない。
王都の中枢――しかも王族が集まる祝宴の会場に、すでに魔王の刺客が潜伏しているかもしれないのだ。
「……ああ、可能性はある。むしろ、ないと考える方が危険だ」
レオルドは厳しい表情のまま言い切った。
「ドッペルゲンガーは姿形を完全に模倣できる。ただの変身ではない。記憶や癖まで真似られると言われている……となれば、すでに誰かと入れ替わっている可能性すらある」
「最悪なのは、そいつが近衛兵や宮廷魔術師、もしくは王族の誰かに化けているケースね~。姿を見ただけでは判別できないとなると、対処も難しいわ」
シャルロットは腕を組み、眉をひそめる。
「この状況……もはや、参加も取りやめなければならないかもしれん」
レオルドの言葉に、重たい沈黙が落ちた。
「――私が囮になります」
シルヴィアが静かに言った。
その声は震えておらず、凛とした決意に満ちていた。
「ば、馬鹿を言うな!」
「いいえ、レオルド様。もし刺客の目的が私であるなら、私を囮にすれば姿を現すはずです。……その瞬間を、皆で仕留めましょう」
「……っ! シルヴィア、何を言って――」
「そのための準備を、整えておくべきです」
シルヴィアの瞳が、真っ直ぐにレオルドを射抜いた。
レオルドはしばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと息を吐いた。
「ダメだ。魔王の狙いはシルヴィアだ。今回の祝宴に参加しなければ魔王も手を出してこないだろう」
「ですが、それではレオルド様の信頼が落ちてしまいますわ」
「祝宴には参加しないが祝いの品を送る。それだけでも十分だろう」
「確かにそうですが……」
「シルヴィア。俺は自分の面子よりも君が大事だ。君を失うくらいなら、俺はどれだけの非難を浴びることになろうとも構いはしない」
「でも、レオルド~。敵を炙り出すには丁度いい機会だと私は思うわよ~? 私と貴方がいればシルヴィアは安全でしょ? それとも守り切る自信がないのかしら?」
「見え透いた挑発をするな。何が何でもシルヴィアは守ってみせる。たとえ、魔王が相手でもな」
「だったら、ここらで魔王の尻尾を掴むべきじゃない?」
「……確かに未だ魔王の存在は掴めていない。だが、リスクが大きすぎる。シルヴィアの命を天秤にかけることなどできん」
レオルドの声は低く、しかし確固たる意志に満ちていた。
その言葉に、シャルロットは黙り込む。
彼女もまた、命を賭けることの重さを知っている。
だが、シルヴィアは微笑んでいた。
その笑みは、少女のものではなく、一人の覚悟ある王女のそれだった。
「レオルド様。私が囮になるのは、私自身の意思です」
「シルヴィア……」
「レオルド様が私を大切に思ってくださっているのは分かります。けれど、私もまた、国の未来を担う者。逃げてばかりではいられません」
「君は、優しすぎる」
「ええ。自覚はあります。けれど、それでも――私には、守りたいものがあるのです」
沈黙が落ちる。
シャルロットが小さく息を吐き、二人の間に割って入った。
「……決めるのはレオルド、貴方よ。でも、もし祝宴に出るなら私も全力で守る。シャルロット・グリンデの名に懸けて」
レオルドはゆっくりと目を閉じた。
長い沈黙ののち、静かに口を開く。
「分かった。出席しよう。だが、完璧な布陣を敷く。少しでも異変があれば、即座に撤退だ」
「はいっ!」
嬉しそうな顔でシルヴィアが力強く頷く。
「仕掛けも用意する。式場にはカレン、そしてモニカたちを忍ばせて、怪しい人物を炙り出す。シルヴィア、頼めるか?」
「はい。勿論ですわ。イザベルに言ってモニカたちを会場内に潜ませておきましょう」
「私も魔法陣や護符を設置しておくわね。誰に渡すかは相談しましょう~」
「ギルバートとイザベル、俺、君、それに……国王陛下に渡すのは難しいか」
「そうね。宰相か、リヒトーあたりが現実的じゃないかしら~」
「……よし、手はずを整えよう。シルヴィアは、絶対に俺たちで守る!」
その言葉には、もはや迷いはなかった。
祝宴という華やかな舞台。
だが、その裏で交錯するのは、光と闇の激突だった。
影の中に潜む魔王の爪が、今まさに蠢いている。
だが、それを迎え撃つ者たちの覚悟もまた――揺るぎなかった。