作品タイトル不明
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ゼアト研究棟にてレオルドは積み上げられた設計図と符紋表、そして魔力流動の記録に囲まれながら、椅子の上で半分寝落ちしかけていた。
朝日が昇り、ゼアトに柔らかな日が差す。
天窓から差し込んでくる陽光にレオルドは目を覚ました。
「んん? 朝か……」
魔導通信装置の完成を喜んだあと、仮眠をとっていたレオルドはゆっくりと立ち上がり、凝り固まった体を解すように背筋を伸ばした。
「……レオルド様」
その声音に、レオルドの背筋が凍りついた。
「お、おはよう、シルヴィア。えっと、どうしてここに?」
「どうしても何も、もう朝ですので。それにしても随分と昨夜は張り切っていたようですね」
「え、いや、その、興が乗ってな。でも、一応、仮眠は――」
「……目の下の隈が物語っています」
ピシッと、シルヴィアの手元の書類が机に叩きつけられた。
「レオルド様。私もとやかく言うつもりはありません。ですが、もう少しご自愛ください。倒れたりでもしたらどうするのですか?」
「す、すまん……」
「悪いと思っているなら今後は控えてくださいね。それで、魔導通信装置は完成したのですか?」
机の上に置かれていた魔導通信装置の完成品に、ふとシルヴィアの目が留まる。
「……これが、魔導通信装置ですか?」
「ああ。徹夜で何とか完成したんだ。正式版だ。魔力同調、暗号結界、通話安定性、すべてクリアしてる。試験通信にも成功した」
「……本当に、これで遠く離れた相手とも会話ができるのですね?」
「できる。……これがあれば、戦場でも、災害でも、必要な時に必要な相手と連絡が取れる。命が救えるんだ」
レオルドの声は、わずかに掠れていたが、その瞳に揺らぎはなかった。
それを見て、シルヴィアはそっとため息をつき――
「……まったく。どうしてこう、貴方はいつも無理ばかりなさるのです」
そして優しく微笑んだ。
「では、準備を整えてください。これほどの成果ならば、王都に報告に行くべきですわ。今すぐに」
「え、今から?」
「はい。朝の内に転移して、そのまま王城へ。陛下に直接、お見せしましょう。よろしいですね?」
「……了解」
シルヴィアの後押しを受け、レオルドはようやく腰を上げた。
開発班の仲間たちは皆、床で潰れて眠っているところを叩き起こし、急いで三つほど作らせた。
「それじゃ、俺たちは陛下に魔導通信装置をお見せしてくる。お前たちはゆっくりしているといい」
そう言ってレオルドはシルヴィアとともに研究棟を後にする。
領主館へ戻ったレオルドは魔導通信装置を丁寧に革張りのケースに収め、執務服の上から外套を羽織る。
そして、シルヴィアとともに転移陣へと向かった。
――王城。
応接室には重厚な沈黙が流れていたが、扉が開かれると同時に空気が変わった。
レオルドが入室する。
その手には、革張りのケースがひとつ。
「レオルド。どうやら、また何かとんでもない物を持ってきたようだな?」
国王は軽く目を細め、口元に微笑を浮かべていた。
その横には宰相とリヒトーに加えて、今回はベイナードも控えている。
「はい。今回はその確認と、導入についてのご相談です」
レオルドは恭しく一礼し、ケースを国王の前に運んだ。
静かに開けられたその中には――
銀と青の符紋が刻まれた、小型の魔導装置。
レオルドたちが完成させた魔導通信装置は、見た目こそ古風であったが、その内部には最新の魔導技術が詰め込まれていた。
外見は、黒曜石を磨き上げたような漆黒の金属製。
掌に収まるほどの大きさで、まるで懐中時計のように丸く、表面には蓋が取り付けられている。
蓋には幾何学模様を模した装飾が刻まれており、外部からの衝撃や魔力干渉を防ぐ結界が施されていた。
蓋を開くと、中央に魔石がはめ込まれた透明な結晶核があり、これがこの装置の心臓部――魔力源である。
その周囲には 符紋(ボタン) が彫られた小さなボタンが円形に並んでおり、これが通信相手を指定するための入力装置となっている。
魔力を込めて符紋を押すことで、特定の相手と繋がる構造になっているのだ。
背面には封印結晶が埋め込まれており、これが暗号化と情報保護の役目を担っている。
さらにこの装置は、あらかじめ「登録された魔力」以外では動作しないよう設計されており、万が一、第三者が無断で操作しようとすれば、自動的に機能を停止するか、自爆機構が発動する仕組みとなっている。
これは機密保持のための最終防衛策でもあった。
全体的に外観は無骨でありながらも無駄がなく、実用性と堅牢性を重視した仕上がり。見た者の多くが「これは工芸品か?」と問うほど美しく、魔導技術の粋を集めた傑作と言えるだろう。
「……これは?」
「 魔導通信装置(マジックフォン) です。この装置を用いれば、王都とゼアト間でリアルタイム通話が可能となります」
「……なんとっ! それは本当か!?」
「はい。魔力回路による常時接続と、符紋による位置特定、さらに暗号化と認証結界で情報の漏洩を防いでおります」
「ほう……!」
国王は身を乗り出し、装置をまじまじと見つめる。
一方、ベイナードは警戒心を隠さずに問いかけた。
「これほどの技術が確かならば、軍用としても有用だ。だが、逆に言えば、悪用された場合の被害も甚大だろう?」
「その点については、これから対策していくしかないかと。一応、ゼアトのほうではシャルロットによる契約魔法で縛り付けることで情報の漏洩を防止していますが、流石に王国全土となると難しいでしょう。ですから、これもまた新たに規制や規格が必要になって来るかと思われます」
「なるほど……」
「あとは、悪用されないように魔力を登録し、登録した魔力以外を流せば機能停止、それでも強引に動かそうとすれば自爆する仕様になっています」
「ほう。それなら安心できるのか? 一応、聞いておくが暴発はしないんだろうな?」
「先程も言いましたが登録した魔力以外を流さない限りは大丈夫です」
ベイナードが呆れたように眉をひそめ、レオルドは少しだけ肩を竦めて続けた。
「開発班が少々、個性豊かでして……ですが、試作を重ねて、今は安定しております。ぜひ、陛下と団長に先行導入をお願いしたく存じます」
「ふむ……よかろう。国王としても、これは興味深い。何より、ゼアトの技術力がこれほどのものとは……」
国王は感嘆しながら、魔導通信装置を両手で受け取った。
「では、さっそく試してみようか。――レオルド、もう一つの装置は?」
「こちらに」
レオルドは第二機をベイナードに手渡す。
「この符紋を押すと陛下のと繋がります」
ベイナードは慎重に装置を起動し、 符紋(ボタン) を押した。
国王が持っている装置から着信音が響いた。
「……これは!」
「陛下、こちらの符紋を押してもらうと――」
レオルドの説明を受けながら国王は符紋を押すと、通話が始まった。
「これでよいのか?」
国王がレオルドにそう尋ねると、ベイナードの持っていた魔導通信装置から国王の声が聞こえてくる。
『これでよいのか?』
「お、おお!」
魔導通信装置から国王の声が聞こえてきたのを見てベイナードは驚きに目を見開いた。
「本当に、聞こえるな。はっきりとだ」
国王と団長が顔を見合わせる。
その表情には驚きと興奮が混ざっていた。
「見事だ。レオルド……。これが本当に量産され、各地に配備されれば、王国の通信体制は一変するだろう」
「はい。ですが、まずは王家と軍、それからゼアトの管轄下のみでの運用を提案します」
「妥当な判断だな。ベイナード、そなたの隊にも配備を急がせよ」
「了解いたしました」
王が装置を握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。
「回復薬、自動車、そして今度は通信か……。お前の働きには、毎度のことながら感心させられる。これからも頼むぞ」
「過分なお言葉、恐れ入ります」
レオルドは深々と頭を下げた。
その横顔には、疲れはあれど、確かな手応えが宿っていた。