軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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◇◇◇◇

ゼアトの朝は早い。

そして今、レオルドにとってはとびきり早すぎる朝だった。

陽が昇るよりも前、レオルドはすでに執務室の山積みの書類に囲まれていた。

いつもなら、鍛錬に勤しんでいるのだが、その余裕すらない。

回復薬の製造基準、保管法、国家管理体制に関する覚書。

自動車の製造工場候補地、交通法の草案、市民への免許制度導入計画。

まるで戦場の最中だ。

「レオルド様、こちらが回復薬流通に関する貴族会議の要望書になります。加えて、聖教国から信仰の損壊の危険性について正式な懸念書が――」

「聖教国が文句を言うのは、いつものことだが奴らは自分たちが仕出かしたことを忘れたのか? 厚かましい連中だ。くそ喰らえ、と返しておけ」

「よろしいので? 本当にそう返事をしても」

「……信仰とは相容れない部分を削って、後日返答すると伝えておいてくれ」

「承知しました」

イザベルが駆け足で去っていくのを見送り、レオルドは軽く額を揉む。

祝宴の余韻など、もう遠い昔のことのようだ。

「……少し急ぎ過ぎたか。もっと休日がとれるように調整すればよかった」

そんな呟きが思わず零れた。

だが、すぐに自身を律し、次の書類に目を走らせる。

それは、各地の交通インフラ整備案に関する地図と予算書。

「インフラ整備は金になるが……時間がかかり過ぎるし、人手が足りん。土魔法使い、水魔法使い、風魔法使い、火魔法使いを大量に動員しなくては……!」

魔導自動車は、単に乗り物を作れば終わりではない。

街と街を繋ぐためには、舗装された広域道路、橋梁の補強、さらには休憩所となる中継拠点の整備が必要となる。

「……やはり、うちだけじゃ賄いきれないな。仕方がない。父上とフリューゲル公爵に助力を頼もう。いっそのこと、陛下にも頼むか」

レオルドは小さく笑った。

だが、その目に宿る光は鋭く、まるで一本の剣のようだった。

そして――

「レオルド様! 王立錬金協会の代表者が到着いたしました! 回復薬の製造レシピの共有と、統一基準について話し合いたいとのことです!」

「よし。迎え入れてくれ。シルヴィアも呼んで、同席させろ」

重責を担うということは、目立つだけでは済まない。

信頼を得て、制度を整えて、結果を出して――ようやく、人々の未来に繋がる。

だが、レオルドは逃げなかった。

誰よりも前を走り続け、誰よりも先を見据えている。

小さな一歩だが、少しずつ国を変えていくのだと、信じているのだ。

執務室の窓から、朝の光が差し込む。

だが、レオルドの手はその光よりも早く動いていた。

――カリカリ、パタン。

――カリカリ、パタン。

回復薬に関する返答書簡、魔導自動車の部品供給元への仕様変更依頼、南部交易都市からの問い合わせ文書、果ては王立図書館からの資料貸与申請への同意書まで。

書いても書いても終わらない。

「……手が六本、顔が三つあればいいのに」

ふと視線を上げれば、隣には送信用と書かれた木箱が満杯に積まれている。

書状は封蝋され、宛名の貴族名や都市名が丁寧に記されていた。

「これ全部、今夜のうちに届けなければならんのか……」

馬車と転移魔法陣、使い魔、それらを駆使しても、やり取りに丸一日かかる。

言葉ひとつ確認するだけで、時間がかかってしまうのだ。

「……携帯電話が欲しい」

レオルドは、思わず呟いた。

もはや切実な願望だった。

「……そうだな。円滑に情報を伝達するために作るべきだ! 携帯電話のような魔道具を作成するぞ!」

書簡に時間を取られすぎる現実。

どれだけ手を動かしても、一通のやり取りに半日から一日が潰れる。

その非効率さに、ついに堪忍袋の緒が切れた。

レオルドは早速、ゼアトが誇る最高の頭脳を持つ者たちを集めた。

シャルロット、ルドルフ、キャロライン、フローラの四人が一堂に揃う。

午後、執務室の奥にある会議室。

四人の天才が顔を揃えた。

「何か面白い話~? 私、今ちょうど暇だったのよ~」

「で、今度は何を作るおつもりで?」

「こう見えても忙しいのだがね……」

「回復薬のせいで色々と慌ただしいですからね~……」

レオルドは一拍おいて言った。

「通信機器だ。魔導式の携帯型通信装置を作りたい。遠距離でも即座に通話できるものを、な」

「ほう……! なるほど。書簡では手が回らなくなったか」

「というか、既に文明として非効率の極みですもんね。せめて幹部同士ぐらいはリアルタイムで連絡を取りたいです!」

キャロラインはレオルドの現状を察して、フローラは常々同じことを思っていたようで不満を漏らしている。

その隣で興味深そうにルドルフが顎を撫でる。

「……魔導式通話装置ですか。通信に使える魔法の系統は風と空間の複合、場合によっては精神感応型か……」

「いっそ、封空間に小型転送孔を繋ぐのはどう? 喋った声だけ耳元に届くみたいなやつ」

シャルロットが笑みを浮かべながら提案する。

「ただし、妨害されやすくなるわよ? 軍用規格にするなら、暗号化結界を重ねる必要があるわ~」

「問題ない。そもそも民間向けに開発する気は今のところない。まずは王家、ゼアト、研究所、それから軍の幹部だけでいい」

「了解。じゃあ試作品からやってみましょうか~♪」

「魔導通話装置……! 仮称マジックフォン、というところですな」

「誰がそんな名前にしろと言った……」

レオルドは頭を押さえたが、内心では微笑んでいた。

こうしてまた、ひとつ新たな発明が幕を開ける――。

「却下ですわっ!!!」

レオルドは 魔導通信装置(マジックフォン) についてシルヴィアに説明したら、製造の中止を求められた。

「レオルド様。今、ゼアトは自動車と回復薬の件で手が足りないくらい忙しいのですよ!? そこに魔導通信装置なるものを発表なさったら、どうなるかくらいお分かりですよね?」

「……もっと忙しくなる」

レオルドが肩を落として答えると、シルヴィアは満足げに頷いた。

「その通りです! 魔導通信装置は話を聞く限り、素晴らしい発明ですわ! しかし、あまりにも便利で需要の高い魔道具です。作るには時間も人も足りません! ですから、まずは自動車と回復薬が落ち着いてからではいかがですか?」

その言葉に、レオルドはしばらく沈黙した。

やがて、小さく息を吐き、頭を掻く。

「……わかった。すぐに発表はしない。ただ、開発そのものは進めさせてくれ。いざという時、間に合わなければ意味がない」

シルヴィアはじっと彼を見つめたあと、やや渋い顔で頷いた。

「……お仕事が増えるのは反対ですけど、そういうことなら仕方ありませんわ。でも! 試作は極秘裏に進めること! 外部に漏れたら次の祝宴どころか街ごと騒動になりますわよ?」

「了解。通信装置の件は、当面はお忍びプロジェクトにしておこう。シャルとルドルフには口止めしておく。……できれば、だけど」

「シャルお姉様の口封じは難易度が高すぎますわね」

二人は顔を見合わせて、苦笑した。

だが、ふとした沈黙ののち――シルヴィアの表情がわずかに和らぐ。

「……でも、レオルド様。魔導通信装置はとても魅力的な発明です。もしも、普及すればきっと世界はもっと豊かになるでしょう」

「おや、意外と乗り気だった?」

「今は否定しておきますけど、心の中では少しだけ……期待していますのよ」

「ふっ、ありがとう。君のそういうところ、本当に好きだよ」

「まぁ……! もう、調子に乗らないでください!」

そう言いながらも、シルヴィアの頬はほんのり赤く染まっていた。

こうして、 魔導通信装置(マジックフォン) 計画は極秘裏に進行を始めることとなる――

未来をつなぐ線が、静かに引かれ始める。

レオルドとシルヴィアが話していた、その時だった。

「レオルド様、今お時間いいかしら?」

凛とした女性の声が響き、執務室の扉が勢いよく開いた。

「テスタロッサ……?」

入ってきたのは、テスタロッサ。

片手に分厚い設計図の束を携えていた。

「これ、ルドルフ様から受け取った魔導通信装置の草案。読ませてもらったけど――素晴らしいわ。即座に開発へ移るべきです」

「え、いや、それは……」

レオルドが口ごもる。タイミングが悪かった。

すぐ隣で、まさにシルヴィアから説教を受けていた最中だったのだ。

シルヴィアはにこやかな笑顔を浮かべたまま、テスタロッサへと向き直る。

「まあ、テスタロッサ様。ご存じありませんでしたの? レオルド様は今、王国全土から殺到する自動車と回復薬の問い合わせで毎日寝る暇もないのですのよ?」

「……それは承知しています。でも、これはそれらと同等、あるいはそれ以上に重要となるでしょう。戦時下を想定した場合、迅速な通信こそ命を分ける鍵になることは殿下もご存じかと思いますが」

「戦時下、ですか……」

シルヴィアの目が鋭くなる。レオルドがひそかに後ずさった。

だが、テスタロッサは意に介さず、手に持った設計図をレオルドの机へと静かに置いた。

「暗号化、魔力伝導、秘匿結界、妨害遮断、すべて含めて草案は完成しています。これを早急に形にすべきです。王国の安全保障に関わる問題でしょう」

「それはわかってる……。でも、シルヴィアが――」

レオルドが助けを求めるように隣を見やると、シルヴィアはにっこりと笑った。

「レオルド様。責任を取りましょうね?」

「……はい」

その声は、世界を滅ぼす魔王よりも、ある意味で恐ろしいものだった。

レオルドは深く息を吐いた。

次に生み出す奇跡は、どうやらまた、波乱に満ちたものになりそうだった。