軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

529 クマさん、素直に従う

セレイユと話をしていて、クマの着ぐるみに着替えるタイミングを逃した。

フードを被った人物は、わたしたちに向かって歩いてくる。

先ほどのセレイユに向けられた台詞と、現れた方角を考えれば、このフードを被った怪しい男がセレイユの目的の人物であり、弟のキースをさらった人物。

そして、声からして男だということが分かる。

でも、このフードの感じ、どこかで見たことがあるような。

どこだったかな?

頭の片隅に引っ掛かるが、思い出せない。

「そちらのクマと一緒にいるお嬢さんはどなたですかな? わたしは一人で来てくださいと、書いたはずですが、約束と違うようですが」

フードを被った男がわたしに視線を向ける。

「それは……」

セレイユはわたしを見ながら、困った表情を浮かべる。

「つまり、わたしも約束を破ってもいいってことでしょうか?」

男は笑いながら、セレイユに尋ねる。

セレイユが反論しようとしたが、言葉を飲み込む。だから、わたしが代わりに、フードの男の言葉に答える。

「わたしはセレイユの友人。セレイユが慌てて一人で街の外に出るのを見かけたから、追いかけて来ただけだよ。セレイユが、どうして一人で街を出たのか、どうしてここに来たのかも、人に会うことも知らなかったよ。だから、セレイユが約束を破ったわけじゃないよ」

街を出たときは知らなかったから、嘘は言っていない。

聞いたのは、ついさっきのことだ。

「まあ、いいでしょう。学生が一人増えたところで、問題はありません。それに、わたしとセレイユ嬢の10年ぶりの再会です。心が広いわたしは許しましょう」

フードを被っているが、笑みを浮かべる男の口元が見える。

くまゆるもいるよ。と言いたいが、止めておく。

「10年。それじゃ、やっぱり、あなたがお母様を殺した」

セレイユは声をしぼりだすように尋ねる。

「ええ、わたしがあなたの母親を殺した男です」

男はそう言って、自らフードを取る。フードの下からは30代後半ぐらいの男の顔が出る。顔は痩せ細っている。

「幼かったあなたは、わたしの顔は憶えていないでしょうが」

「顔は憶えていませんが、その笑った口は憶えています。そして、あなたが、お母様を殺し、その血塗られた手でわたしに触った不愉快なことも」

「ふふ、それは光栄ですね」

男はセレイユの嫌味にも笑みを浮かべる。

セレイユの拳に力が入るのが分かる。

「それで、キースは無事なんですか」

「今は生きていますよ。今後、どうなるかはあなた次第ですが」

男は笑う。

今、ここで男を殴り、この場で取り押さえ、キースのことを聞きだすのは簡単にできると思う。でも、この男に仲間がいないとは限らない。

キースの現状が分からないことには、ここで手を出すのは得策ではない。それが分かっているのか、セレイユも我慢している。

セレイユの表情や握りしめられている手を見れば分かる。

「キースはどこにいるのですか。約束どおりに来たのですから、キースを返してください」

「約束ですか……」

男はわたしに視線を向ける。

「それは問題ないって」

「冗談です。それでは、弟さんをお返しするため、弟さんのところに案内しましょう。ただし、そちらのお嬢さんも、一緒に来てもらいますよ」

逃がしてくれるなら、クマの着ぐるみに着替えて、先回りしようと思っていたけど、ダメみたいだ。

もし、わたしに演技力でもあれば、泣きながら「わたしは助けてください」「わたしは関係ないです」「わたし、誰にも言いません。だから、帰してください」とか、言えたかもしれない。

でも、あいにく、そんな演技力もなければ、か弱い言葉を言うのは抵抗がある。恥ずかしいとも言う。

「彼女は関係ないでしょう! わたしが居ればいいんでしょう!」

セレイユは無関係なわたしだけでも帰そうとする。

「ここにいる時点で、関係なくはないでしょう。あなたが彼女に知られたミスです。それに、ここで彼女に街に報告されると、いろいろと面倒ですからね。それとも、あなたはセレイユ嬢を見捨てて、逃げますか? セレイユ嬢の友人さん」

男は「見捨てて」と「友人さん」の部分を強調して、嫌な笑みをわたしに向ける。

でも、状況はなんとなく、把握できた。

セレイユの母親を殺した男が現れ、弟のキースを攫って、セレイユを呼び出した。

でも、分からないのは、どうして、セレイユを呼び出したかだ。

セレイユの口ぶりからすると、母親が殺されたときに一緒にいたみたいだけど。10年前はセレイユも幼い。その幼いセレイユが男の恨みを買うとは思えない。

それに、どうして、10年経つ今?

現状では情報が少ない。どっちにしろ、わたしの行動は変わらない。

理由が何にしろ、セレイユを守って、男を殴って、キースを助け出す。それだけだ。

でも、今、男を怒らせるのは、得策ではない。

「わかったよ。わたしも一緒に行けばいいんでしょう」

「ユナ!?」

わたしの言葉にセレイユは驚く。

逃げようと思えば、くまゆるとくまきゅうがいるから、いつでも逃げることはできる。今、わたしだけ逃げれば、セレイユとキースがどうなるか分からない。なら、一緒にいたほうがいい。キースの居場所さえ分かれば、どうにかなる。不安はクマの着ぐるみを着ていないことぐらいだ。

まあ、いざとなれば、着ようと思えば、いつでも着ることはできる。

「物分かりのいいお嬢さんで、助かります」

「ユナ……」

「セレイユも気にしないでいいよ。わたしも一緒に行くよ。ここで逃げれば、弟がどうなるか分からないでしょう?」

まあ、ついていっていいと言うなら、一緒についていくだけだ。

「本当に、物分かりがよくて助かります。もし、逃げるようなことがあれば、弟さんは殺さなければいけませんでした」

男は簡単に殺すという。本当にセレイユの母親を殺していれば、やりかねない。

でも、男の言葉が本当なら、キースはまだ生きているってことだ。多少の怪我なら治すこともできるから、生きてさえいれば、救い出すチャンスはある。だから、危険がない限りは男に従うことにする。

「それでは、キースはどこにいるんですか?」

「ここから、少し離れた場所にいます。今のところは無事ですが、あなた方の行動次第で、どうなるか分かりませんが」

男は嫌な笑みを浮かべる。

ああ、その小馬鹿にした顔を殴りたい。

小馬鹿にしたような笑いも態度もイラつかせるし、自分のほうが有利だと分かっている余裕から出るのだろう。

殴りたいけど、今は我慢、我慢。

人は我慢できる生き物だ。

わたしはギュッと拳を握りしめて、我慢をする。

「それにしても、お嬢さんは、クマを連れているなんて、凄いですね」

男が珍しそうに、わたしの側にいるくまゆるを見る。

馬の代わりに、クマに乗る人間なんて、わたしぐらいなものだろう。

「わたしの大切な、家族だからね」

「それでは、その家族はここでお別れです」

「まさか、殺すってこと?」

わたしは男を睨みつける。

「わたしは紳士です。お嬢さん方の前でそんな酷いことはしません。今は……」

何か、含みがある言い方をする。

「ただ、乗って逃げ出されても困りますので、ここからは歩いていきます。馬とクマは、そこの木にでも、縛りつけておいてくれでもしたら、かまいません。断るなら、ここで始末させていただきますが」

男は右手に火の魔法を作り出す。

くまゆるは大丈夫だけど、セレイユの馬はそうはいかない。

「分かったよ」

「ユナ、申し訳ありません」

セレイユは謝る。セレイユは悪くない。

セレイユは馬のロープで手綱を木に回すと逃げないようにする。わたしも真似をするようにロープを出し、くまゆるの首に付け、木に回す。一応、それっぽくする。

「くまゆる。少しだけ、ごめんね」

「くぅ~ん」

くまゆるは悲しそうに鳴く。

でも、少しだけだ。

「これでいい?」

「本当に大人しいクマですね。時間があれば調べてみたいですが、今は時間がないので諦めましょう。それでは、弟さんのところに案内しますので、ついてきてください」

男はわたしたちの行動に満足したのか、わたしたちに背を向けると歩き出す。

「ああ、後ろから襲わないでくださいね。わたしにもしものことがあれば、弟さんの命はありませんので」

「わかりましたから、早く、弟のところに案内してください」

セレイユは悔しそうにしながらも、男の後を歩く。一番後ろをわたしが付いていくが、わたしは一瞬でくまゆるを送還して、何事もなかったように二人の後ろを歩く。

一瞬のことだったので、前を歩く二人はくまゆるを送還したことに気づかずに前を歩いている。

さて、どうしたものか。

探知スキルが使えれば、人の反応でキースの位置が分かるが、制服姿なので使うことができない。さらに言えば、魔物が近くにいる可能性もあるので、気をつけないといけない。

本当に、クマの着ぐるみとくまゆる、くまきゅうの有り難みを、あらためて噛みしめる。

ただ、何度も言い続けてきたけど、どうして、わたし自身にそのスキルや力を与えてくれなかったのかと言いたい。

そうすれば、こんな苦労はなかったのに。

とりあえず、行動を起こすのは、キースの安否を確認してからだ。