軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

513 クマさん、セレイユの家に行く

さて、どうしたものか。やんわりと断れなかった。

わたし一人なら気にしないで断るところだけど、貴族であるノアもいる。貴族同士の関係もあることだろうし、わたしの立場はノアの護衛で、学生でもある。

そして、セレイユは貴族であるノアに声をかけている。下手にわたしが口を挟んで、面倒くさいことになっても困る。

「ノアが決めていいよ」

ここは貴族であるノアの判断に任せることにする。

「……分かりました。それでは一日だけ、セレイユ様にお世話になります。ユナさんもそれでいいですか?」

「ノアが決めたことなら、いいけど」

「ノアール、一日とは言わずに、街を出るまでいてもいいのよ」

「そこまでご迷惑をお掛けするわけにはいきません」

「迷惑なんて」

「ですが、セレイユ様の厚意をお断りするわけにもいきません。なので、一日だけお世話になります。それに長い間お世話になると、セレイユ様とお姉様が試合になったとき、どちらを応援したらいいのか、困りますから」

ノアはやんわりと長居はできない旨を伝える。

これは、わたしとセレイユの気持ちを考えて、一日としたってことかな? これが貴族の対応ってことかな?

小さくてもノアも貴族ってことだね。

「分かりました。それでは今日一日、おもてなしをいたしますね」

セレイユも妥協した感じになった。

まあ、わたしとしても、上手な妥協点になったと思う。

「それでは街の散策をしているときに、ご迷惑おかけしましたので、わたくしが街を案内いたしますね」

わたしたちは、セレイユをガイドにして、街を散策することになった。

街を散策し、お店を覗いたり、屋台などでつまみ食いをしたりする。代金はセレイユが払ってくれる。

なんだろう。いつも、支払いはわたしがしているから、他人に自分の分まで支払ってもらうのは新鮮だ。

宿屋には一晩戻らない旨を伝える。宿代は、セレイユの顔もあり、戻ってくることになったが、わたしはもう一日泊まる旨を伝え、代金を受け取らないようにする。

代金は交流会が終わる翌日分までしか支払っていない。交流会が終わったあと、余った一日でゆっくりと遊ぶのもいい。

わたしたちは日が沈む前にセレイユの家に行く。流石に領主の屋敷ってこともあり、セレイユの家は大きかった。

「歩いて疲れたでしょう。お風呂の用意をさせますので、部屋で休んでいてください」

お屋敷の中に入ると、セレイユは使用人の一人を呼び、わたしたちの部屋の案内を頼む。

わたしたちは、セレイユと別れ、メイドさんに部屋に案内される。

「広いね」

大きなベッドが二つある。

ノアの希望もあって、わたしとノアは同じ部屋になっている。

「ユナさん、申し訳ありません」

「いきなり、どうしたの?」

「ユナさんが、セレイユ様のお屋敷に来たくないことは分かっていましたので」

「別に気にしないでいいよ。ただ、知って間もない人の家に泊まるのは気疲れするからね」

友達もいなかったわたしは、友達の家に泊まったことはない。一番落ち着くのは我が家だ。今ではクマハウスが一番落ち着く。

「はい、わたしも同じです。でも、セレイユ様の気持ちも分かりますので、一日だけにしてもらったんです。わたしもセレイユ様がクリモニアに来ましたら、宿屋に泊まらせずに家にお呼びすると思います」

まあ、普通に考えたらそうなるかな。知り合いの貴族が街にいたら、家に誘うと思う。その辺りの判断は貴族であるノアに任せる。

ノアは部屋を見渡し、窓を開ける。

「あれはセレイユ様?」

わたしはノアの言葉で窓に向かい、外を見る。そこには、先ほど別れたセレイユが剣を振っていた。

────────────────────

負けた。わたしより、背が低く、力が無さそうな女の子に負けた。

剣を振るう。

練習が足りない。自分に才能がないのは分かっている。でも、練習すれば強くなれると信じていた。そのおかげもあって、わたしは強くなった。

……そう思っていた。でも、わたしは負けた。

初めは貴族であるノアールが、護衛も付けずに、遠くの街に王都の学生と一緒にいると思っていました。ですが、わたしより小さい女の子が護衛だという。

その言葉はあまりにも信じられないことでした。わたしは少し考え、近々、危険なことが起きるかもしれないので、わたしはノアールに護衛を付けるように申し出ました。

でも、制服を着た彼女が強いから、護衛は大丈夫だと言います。

彼女は、ノアールの言葉を証明するために、わたしとの勝負を申し出ました。

魔法でも剣の勝負でも負けるつもりはありませんでした。それだけの練習をしてきたつもりです。

でも、勝負の結果、わたしは負けました。

僅差とかいう差ではありませんでした。あの幼い顔をして、わたしより遥か上にいました。

わたしは強くならないといけない。

もう、時間がない。

あのことが夢でなければ、もうすぐあの男がわたしの前に現れる。

わたしのお母様は、わたしが5歳のときに亡くなりました。正確にはある男に殺された。

当時5歳だったわたしは、その出来事のことをあまり覚えていない。

お母様を殺したのは男だった。男は、わたしとお母様の前に現れ、お母様と何か会話をしたあと、お母様は殺された。お母様と男がどんな会話をしたかは記憶にない。ただ、目の前でお母様が殺されたことだけを覚えている。

お母様は、男に娘の命だけは奪わないようにお願いしていた。死ぬ寸前まで、わたしに向かって「逃げて」と言っていた。

でも、わたしは、逃げないで、お母様の体に抱きついていた。そんなわたしに男が話しかけてきた。

「可愛い、娘さんだ。お母さんのように美しくなりそうですね」

男が何を言っているのか、分からなかった。

ただ、笑みを浮かべた口元が記憶に残っている。

「あの男への復讐もあなたと引き換えなら、いいでしょう。それではあなたが16歳になったときに迎えにきます。それまで、わたしのために美しく成長してください」

その男はお母様を殺した血みどろの手で、わたしの頬を撫でた。わたしの体が震えた。

「ですが、保険は必要ですね。あなたに弟がいますね」

わたしには弟がいる。初めての弟。わたしが笑うと、嬉しそうに笑う弟。

「今の会話はわたしとあなただけの秘密ってことでお願いします。もし、他人に話せば、可愛い弟が母親と同じようになるかもしれませんよ」

男の手が伸び、ヌルっとしたお母様の血が頬に塗られる。

その感触は未だに夢に出てくることがある。

男は立ち去り、わたしは気を失って倒れた。

次に目が覚めたときはベッドの上だった。

当時のわたしはかなり情緒不安定だった。寝ればうなされ、1人でいることを怖がり、男のことを思い出すと体が震える。

それでも、わたしは憶えていることをお父様に話した。そのときにお父様が泣いていたことを覚えている。お父様はお母様を殺した人物を捜そうとしましたが、見つけることはできませんでした。

でも、一つだけお父様に言わなかったことがあった。それはわたしが16歳になったときに、男がわたしの前に現れるかもしれないこと。子供ながら、弟がお母様のように血まみれになって殺されるかもしれないと思うと、口にできなかった。

あれから10年が過ぎた。

今となっては、夢だったのか、記憶違いだったのか、本当にあったことなのか、10年も経つと記憶は曖昧になっている。あれから男は一度もわたしの前に現れたことはない。もう、現れないかもしれない。そんな気持ちになる。

ただ、16歳になったとき、お母様を殺した男が目の前に現れたなら……。

剣を強く握りしめる。

そのために頑張ってきた。剣を振るってきた。魔法も学んだ。

16歳の誕生日になれば、良くも悪くも、この縛られた呪いから解き放たれると思う。

……わたしは、どちらを望んでいるだろうか。

その答えは出ない。

ただ、今は剣を振るう。

────────────────────

窓の外にセレイユを見つけたわたしとノアは外に向かう。

庭ではわたしたちが来たことも気づかないで、セレイユが剣を無心に振っている。

声をかけようか迷っていると、剣を振るうのをやめ、わたしたちと目が合う。

「二人ともどうしたのですか?」

「部屋からセレイユ様の姿が見えましたので。セレイユ様は練習ですか?」

ノアがここに来た理由を説明する。

「申し訳ありません。おもてなしをすると言って、ユナとの試合で自分の不甲斐なさに剣を振りたくなりまして」

「お邪魔でしたか?」

「いえ、気にしないでください。お風呂の前に軽く汗を流したかったのも理由の一つですから」

セレイユはわたしのほうを見る。

「ユナ、軽く手合わせをお願いできませんか? もちろん、試合というわけではありません。突きもなし、変則的な攻撃もしません。普通に打ち合うだけです」

セレイユが真面目な目で頼んでくる。

「本当に打ち合うだけだよ。セレイユが本気になったと思ったら止めるよ」

「ありがとうございます」

セレイユは練習用の剣を一本わたしに渡してくれる。試合で使った木刀とは違い、鉄の剣だ。重いはずだけど、クマさんパペットによって軽く持つことができる。

「それでは、よろしくお願いします」

セレイユは、剣を構えると、軽く打ち込んでくる。それをわたしは受け止める。二、三度打ち込むと、セレイユは少し後ろに下がる。

「次はユナが打ち込んでください」

わたしは言われるままに普通に剣を振り下ろす。鉄の剣と剣の音が響く。

交互に無言で行われる。本当に打ち合うだけだ。

そして、何度か打ち合いをすると、セレイユは剣を下ろす。

「ありがとうございました。それにしてもユナはやっぱり凄いですね。実は力を込めて打ち込んでいたのですよ。普通の女の子なら、剣を落としますよ」

「まあ、鍛えているからね」

「この二の腕で、そう言われても信じられません」

セレイユはわたしに近づくと、わたしの二の腕をプヨプヨとさせる。

「ふふ、それではみんなでお風呂に入りましょう。ノアール、髪を洗ってあげますよ」

「いえ、セレイユ様にそんなことは」

「わたくし、ノアールのような妹が欲しかったんです」

「セレイユ様には弟が」

「もちろん、弟も可愛いですが、妹はもっと可愛いでしょう。最近、弟は我儘を言うことが多くなりまして、困ります」

「わたしも、我儘ぐらい言いますよ」

「ノアールの我儘だったら、許せてしまいそうですね。ああ、このことは弟には内緒ですよ」

セレイユは微笑みながら唇に指を当てる。