軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 うそつき

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「久しぶり」と素知らぬ振りをして俺は此花に声をかけた。

それから琴音ちゃんに顔を向けて、「琴音ちゃんも。おっきくなったね」

「今度二年生」と琴音ちゃんはピースをした。大きくなったというピースなのか二年生の『二』を意味しているのかよくわからない。 掛詞(かけことば) だろうか。

「相羽くん、私たちに気づかない振りして逃げたでしょ?」

「恥ずかしくてね。どこで俺に気づいた?」

「ロータリーでお爺さんと話しているところ」

「此花、メンタル強いな。よく俺に話しかけられた」

「だから、琴音に突撃させたの」

なるほど。

「妹をダシに使うなよ」

てへ、と此花は笑った。

琴音ちゃんは意味が分かっていないらしい。純粋に此花が俺を見つけて自分が声をかけただけという認識のようだ。

「お爺さんとお別れしてた? もしかして引っ越すの?」

「都内の実家にね。一人暮らしになるけど」

「急に辞めちゃったからびっくりしたよ。何も言ってくれないってみんな怒ってたんだよ。笹本くんなんかカンカンだった」

此花は頬を膨らませた。

笹本のおふくろがさ、とはとても言えない。笹本は知っているのかな?

「あいつ元気? 後遺症出てない?」

「心配ないみたい。相羽くんのお陰だって偶に言ってた。でも、お母さんとは折り合い悪そう」

でしょうねえ。

俺はニヤリとしてしまった。保護者会長は無事務めあげられたのだろうか?

「私にぐらい言ってくれたって良かったんじゃない?」

私にぐらい、と言われても此花と俺は何か特別な関係にあったわけではないだろう。

どういう関係かというとただの元クラスメイトだ。

補足すると高校在学中の俺が一番長い時間行動を共にして一番会話をした相手でもある。

そう考えると俺が誰かに学校を辞めるという話をするとしたら確かに此花ぐらいだった。

「私のIDブロックしたでしょ。全然既読つかないし」

普段俺がスマホで連絡を取る相手は漁協関係者か祖父母だけだ。

その際は基本的に通話かメールだった。通話が九割で漁協事務所のパソコン宛のメールが一割だ。メッセージアプリは使わない。

そのため俺のスマホにはもともとメッセージアプリを入れていなかったのだけれども文化祭で撮った写真を送るためという口実で、当時、此花にインストールさせられた。

写真を送るだけならばメールでも良いだろう、と思ったが、メッセージアプリのほうが使いやすいからという此花の主張に押し切られた。どちらも大して使わないので俺にはあまり違いが実感できない。

俺から此花にメッセージを送る用事はないし、此花からも学校帰りに保育園に行く待ち合わせの関係で二、三回連絡があったぐらいだ。

ホームルームが長引きそうだから先に行って、とか、せいぜいその程度の連絡。

もしかしたら俺が高校を辞めたと知った後に連絡をくれていたのだろうか?

俺は理事長に退学届を提出した日のうちに心機一転、高校関係の連絡先や写真はすべてスマホから削除していた。メッセージアプリもその時消している。

もちろん此花のメイド服姿の写真も既にない。

「ごめん。もう使わないと思ったからアプリも何もかも全部消しちゃった。連絡くれてた?」

「信じらんない。そりゃ連絡するでしょ!」

その時、ホームに電車が入って来た。

俺と同じホームにいるということは此花たちもこの電車に乗るはずだ。

「どこ行くの?」

俺は琴音ちゃんに尋ねた。

「映画館」

琴音ちゃんは元気に答えた。

薬を飲んで小学生になってしまった高校生探偵のアニメだった。

映画館がある駅は俺が乗り換える予定の駅でもある。

電車内は空いていた。

俺と此花の間に琴音ちゃんを挟んで七人掛けの椅子に悠々座った。

「何で学校辞めちゃったの?」

此花は神妙な口調だった。その後で慌てたように付け加える。

「言いたくない話ならば無理して言わなくてもいいけれど」

「大した話じゃないよ。俺は一年二年って特待生だったから学費とか色々免除されてたんだ。でも三年生では特待生になれなかったから一番はお金の問題」

本当の話なんかできるわけないだろう。

「待って待って。相羽くんがなれないなら誰も特待生なんかなれっこないじゃない。何で?」

「成績だけ良くても俺は人間が悪いらしい。教師から嫌われてた」

「うわ」

「だから高卒認定取って大学受けりゃいいと思って辞めた」

「じゃ、実家に戻るのは大学に通うため?」

「そう」

「わたしも四月から東京の大学行くの。一人暮らし」

「へえ」

「どこ、って聞かないの? 同じ大学かも知れないよ」

「確かに。どこ?」

此花は花の名前の付いた女子大学の名前を口にした。有名なお嬢様大学だ。

おもいきり俺の実家の最寄り駅にある大学だった。あえて言わないけれど。

「女子大じゃんか。同じ大学のわけないだろ。それより此花に、お嬢様のイメージ全然ないんだけど」

「謝れ」

「ごめんあそばせ」

おほほほほ、と、俺は笑った。

「それ何か違うと思う。相羽くんは、どこの大学?」

俺は自分が通う大学名を口にした。日本で一番頭がいいと言われている国立大学だ。

「すご」

此花はあんぐりと口を開いた。

「誰か 青嶺(せいれい) から行く奴いるかな?」

「絶対いないと思う」

目的の駅に電車が到着した。

俺たちは一緒に電車を降りた。

琴音ちゃんが俺の左手をぎゅっと握って来た。

「先生も一緒に見に行こうよ」

琴音ちゃんからのお誘いだ。

「時間あるの?」

此花も聞いてきた。

これは、行けるなら一緒に行こう、という意味だよな?

俺の時間を心配する振りして、無理して来ないでよね、という遠回しのお断りの意味じゃないよな?

ラノベやマンガだったら間違いなくヒロイン姉妹と行動を共にする流れだ。

最終的に疲れて眠っちゃった妹を背負って、いい感じに二人で帰るところまでがセットだった。何ならその後は家まで上がり込む。

都内の実家には今日中に辿り着けばいいだけなので俺には映画を見るぐらいの時間はあった。

俺は俺の顔を期待して見上げている琴音ちゃんを見下ろした。

「ごめんね。もう行かないといけないんだ」

「そっか」

琴音ちゃんは、しゅんとしてしまった。

俺は改札口まで此花と琴音ちゃんを見送った。

乗り換えのため俺の行き先は別のホームになるから駅構内からは出ない。ここでお別れだ。

「先生またね」

琴音ちゃんが俺に手を振った。

「うん、またね」

俺も手を振り返した。

『また』って、いつだろう?

「相羽くん、今度は東京で。地元なんだから案内してよね」

「地元って言っても俺がいたのは中坊の頃だからな。遊びに行くところなんか知らないよ」

「とりあえず、ご飯行こうよ」

「わかった」

俺は軽く返事をした。

此花が俺の目を見たまま動きを止めた。

言葉を発さずに此花の唇だけが動いた。

『うそつき』

そう言っていた。

『連絡先も聞こうとしないくせに』

おっしゃるとおりだ。

けれども俺は此花が通う大学の最寄り駅に住んでいる。

縁さえあれば、また会う機会はあるはずだった。

多分。

此花とは縁があるほうだと俺は思っている。