軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.涙の意味は

ルーファスに胸ぐらを掴まれながらも、マーシャルは怒りをみなぎらせて言葉を続けた。

『召喚者が窮地に陥ったとき助けられないで、何が異世界人だ! 異世界の神め、とんだお荷物を押しつけやがった。私ははずれくじを引かされたんだっ!』

セリカが大きく目を見開いた。その瞳には、生々しい痛みと怯えが浮かんでいた。

『わ、私を召喚したのはフィルだよ……だって、最初に見たのはフィルの顔だもん。すごく嬉しそうで、幸せそうな顔だった。おどおどしてる私に、大丈夫だよって言ってくれた。丁寧に扱ってくれて、すごくすごく嬉しかった……』

涙をとめどなく溢れさせながら、セリカがマーシャルを睨みつける。

『わ、私は力が足りなくて、あなたの言うとおりにしなければならなかった。逆らえば殺されると思ったし、自分を守りたい気持ちもあったけど……頑張ったのはフィルのため。あなたではなく、フィルのためなんだから!』

心の痛みをそのまま声にしてセリカが叫ぶ。

『わ、悪いことをしているのはわかってたけど、フィルとの毎日はかけがえのないものだった。元いた世界では誰も私に期待しなかったし、大切にしてくれなかった。家族から好かれようとしても上手くいかなかった。心を打ち明けられる相手は誰もいなかった。つらい現実から逃避したくてたまらなくて……この世界に呼ばれたんだわ。私は異世界人としても劣等生だったけど。それなのにフィルは、実の親でもこれ以上愛せないんじゃないかなってくらい大事にしてくれた……』

マーシャルが「は!」と鼻を鳴らす。

『フィルバートがお前を大事にしたのは、過剰に想像力を働かせていたからだ。いつかお前が完璧な聖女になるってな。しかし残念だったな、もうフィルバートには会えないぞ。お前も私も、逃げ場所はどこにもない。断罪されておしまいだ。こうなったら最後の一秒まで、言いたいことを言ってやる!』

マーシャルの口の端が持ち上がった。ミネルバには、もはやこの男の存在そのものが暴力だと思えた。

ルーファスは全身に静かな怒りを湛えている。マーシャルの胸ぐらを掴んだまま好き放題に喋らせているのは、セリカが──そして恐らくはフィルバートが──自分の愚かさを振り返れるようにするためだろう。

ミネルバは、光の球の中のセリカを見つめるフィルバートの顔を見た。彼の表情から、さまざまな思いが駆け巡っているのが窺える。

『はずれくじのお前を、役に立つレベルにまで引き上げるのがどれほど大変だったか! そうだ、これも言っておくべきだな、お前がフィルバートに護符だと言って渡したものは、ただの呪いだ! 奴を守るどころか害にしかならない。いまごろあいつは、さぞかしお前を恨んでいるだろうよ。いいか、お前は元の世界でもこちらでも、誰からも愛を受け取る資格などないんだっ!』

『そんな、ひどい……騙したのね。レノックス男爵っていうのも嘘だったんでしょ、何もかも嘘まみれじゃない! わ、私があなたに、どんな悪いことをしたっていうのよ……っ!』

セリカの全身が震え、また涙がとめどなく溢れだした。

マーシャルは自分の計画が破綻した腹いせに、セリカの心を破壊し思いきり苦しめることにしたのだろう。

ミネルバは心の奥に、セリカへの同情心が芽生えるのを感じた。

彼女の思いやりのなさと残酷さには苦しめられたし、多くのものを奪われた。その記憶は一生消えないだろう。しかしこれ以上彼女が辱められるのを、ミネルバの心は望んでいない。

『言いたいことは言い終わったか、マーシャル。お前がどれほど愚かなのか、しっかりと見せて貰った』

ミネルバの気持ちが伝わったかのように、ルーファスが口を開いた。彼は空いている方の手で眉間を数回揉み、その手を拳の形にした。

『セリカはたしかに罪を犯した。しかし、女性が虐げられるのをそのままにしておくのは、私の流儀に反する』

ルーファスが拳を振り上げる。マーシャルは逃れようと身をよじったが、時すでに遅しだった。次の瞬間、ルーファスの拳が音を立ててマーシャルの顔に食い込んだ。マーシャルの口から苦痛の叫びがほとばしる。

『ルーファス殿下ってば、俄然殴る気が湧いちゃったんですねー。めったやたらに頭にきてたんですっきりしました! よかったですねマーカスさん、こいつの尻を蹴っ飛ばす手間が省けましたねっ!』

『どっちみち俺にやらせる気だったのかよ。いややろうと思ってたけど』

ロアンが快哉を叫ぶ横で、マーカスが苦笑した。

マーシャルが白目を剥き、膝ががくりと折れた。すっかり意識を失った体が、ごろんと床に転がる。

『さて、セリカ。残念ながらマーシャルの言葉には事実が含まれている。お前は捕縛され、罪を償わなければならない。フィルバートとも引き離され、贅沢な暮らしはできないだろう。いまここで、私に何か聞いておきたいことはあるか?』

ルーファスから視線を向けられて、セリカの体がびくんと跳ねた。彼女は涙を手で拭い、何かを考えるような顔つきになった。

『聞きたいことはいっぱいあるけど、ひとつだけ。フィルは無事ですか?』

『少なくとも体は無事だ。心が立ち直るかどうかはわからないが』

『生きてるならいいです。私の望みはそれだけ。あ、やっぱりもうひとつあります。悪いのは魔力を使った私だから、フィルのことは許してあげてください』

『それは無理だな。フィルバートも罪を償う以外に選択肢はない。奴は自分のことで頭がいっぱいで、誰が傷つこうとおかまいなしだった。常軌を逸した計画を考えたのがマーシャルだったとしても、相応の罰を受けるべきだ』

きっぱりとルーファスは言った。彼は『だが』とわずかに表情を緩ませた。

『マーシャルの思惑どおりに、フィルバートが立ち直ることなく自らの人生を決定的に破滅させるのか。それとも残された人生を無駄にせず、惨めなまま終わらないために努力するのか。グレイリング帝国には、成り行きを見守る程度の慈悲はある。私に答えられるのはそれだけだ』

ルーファスの口調から本気の思いが伝わってくる。ミネルバは切なくなって、ぎゅっと胸元を両手で握りしめた。

「う、うう……」

フィルバートの口から大きな呻き声が漏れる。いや、喉が詰まったようなそれは嗚咽に違いない。彼は拘束された両手に顔を埋めて、全身を震わせて泣いていた。

感情の大波に呑み込まれているのか、フィルバートの涙は時がたつにつれ激しさを増すばかりだった。