軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

149話 人知の竜VS耳 その2

その竜は、恐怖を知っている。

正確には自分ではない自分の記憶を同期、共有している。

ここではない世界、今ではない時間の中、摩耗していた、呆けていた、忘れていた。

まどろみのような、悪夢のような時間。

人を知りたい。何故かすらも分からない。ただその為にいくつもの残虐を行った。

世界を安寧に導く為の魔術を人を改造し、蹂躙する為に扱った。

ぼやけた記憶の中、その竜は何かに備えていた。

それは、まもなくここではない世界に訪れる大いなる試練。竜は呆けていながらも、どこまでも世界の守護者であった。

このままでは、人を知る前に人は滅びてしまう。

そのために、竜は様々な実験を繰り返した。

繰り返し、繰り返し、そしてついに実行した。

人を支配し、次の段階へ進める大実験。

その島への侵攻は、竜にとって最初の一歩に過ぎなかったのだが――

『ギャハハハ、ギャハハハ、ギャーハッハッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!』

人知竜は恐怖と出会い、敗北した。

それは人の容をした恐怖、殺しても殺してもなお、嗤い続け全てを蹂躙する恐ろしい化け物。

竜は破れ、葬り去られた。

いつの頃からか、共にいた奇妙な共生相手もその男に焼き尽くされ、もはやどこへ消えたかも分からない。

人知竜はその恐怖に、完全敗北を果たしたのだ。

故に、この魔術は人知竜にとってトラウマに等しい。

故に、この魔術は人知竜にとって――最強の象徴である。

「懐かしいだろう? 耳の怪物。君にもそちらのボクが世話になったようだねえい」

「OH!! LOMGTIME! NOSEE!!」

大斧の一撃を喰らい、真っ二つになった耳の怪物が真っ二つのままで嗤う。

耳の穴が笑顔のように吊り上がった。

ばちん!!

耳の怪物はすぐさま、真っ二つになった体を短い手で挟み込み、断面を押し付ける事で再生する。

この怪物に致命傷など存在しない。

「GYAHAHAHA!!」

何も気にせず、耳の怪物はその豪腕を人知の竜に向ける。

耳の怪物は本能的に、人知竜が己の攻撃を避ける事を知っている、伸ばした手、その手のひらからさらに腕を生やし二段構えの攻撃を準備。

人知竜が逃げる方向に本命の一撃を――「避ける、と思ったのかい? 右か、左か、それとも後ろか。君の攻撃を避ける、とでも?」

「!?」

耳の怪物は驚愕する、人知の竜、その華奢な銀髪の美竜は前に進む。

彼女はもう知っているのだ、こいつらは、この類の存在は逃げれば逃げるほど、波に乗せてしまう事を。

ぞぐっ。人知竜の胸を耳の怪物が貫く。

致命傷、竜は7つの命を以て生まれる――しかし、人知竜にはその命のストックが1つしかない。

「げほっ――ああ、痛いねえい、でも――まだまだ死なない」

「OHHO!! A」

ざぐ、ざぐ、ざぐ、ざぐ。

それは、魔術師の戦いではない。

人知竜は胸を貫かれながらも、斧で耳の怪物を叩き潰し続ける。

人知竜の持つ世界の法則やルールさえ書きかえてしまう魔力は全て、その肉体の強化に回される。

「あ、は! 痛い、痛い痛い痛い痛いねえい”””!! なぜ、君達はお前達はこんな事が出来る!? ああああ、痛い、痛い痛いいいいいいいいいいい!!」

「AHAHAH!! PAINPAINPAIN!! AHAHAHAAHAHAHAHAHHAHAHHHHHHHHHHHH」

ごぶ、ぶち、ぶちちち。

超至近距離、竜と部位が互いに互いの命を食んでいく。

人知竜の胸、腹、内臓を耳の怪物が素手でそのまま千切っていく。

千切られた傍から、人知竜は再生術式で肉体を癒し続ける、魔術式による限定的な不死、魔力が尽きるまで、人知竜は死なない。

「ああああああああああああ!! いい加減にして、貰おうかっ!!!」

「OBUUU!」

ごん、ごん、ゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!

竜もまた、何度も何度も斧で耳の怪物を叩き潰していく。

強化された竜の一撃で何度も何度も耳の怪物はひき肉になっていく。

互いに互いの攻撃を避ける気などさらさらない。

化け物と化け物の殺し合い。

本当の不死身と、見せかけの不死身。

人知竜にこの土俵の勝負での勝ち目などない、本人だってそれを理解っている。

だが、退く訳にはいかないのだ。

「この、前は、以前は、さあ、ここで退いて、負けたから、ねえい!!」

竜は既に知っている、これは力や技を比べる戦いではない。

頭のおかしさを競う戦いだ。

魔術式を使う、距離を取って攻撃する、そのような常識的な手段ではこいつ ら(・) は殺せない。

故に、人知竜が現在使っている再生術式を除けば、1つだけ。

「GYAHA! GYAHAHAHAHAHAHAHA!!」

「はは、ははははは! ああ、痛みが消えてきたねえ! 温かいねえ、自分の血が――ああ、どうしよう、だんだん――たのしくなってきちゃったねえ」

――前進の手斧。その効果――ある凡人の思考の模倣。

ただ、それだけ。

「このままじゃあ、ボクの負けだねえ、不死身の怪物ゥ!! じゃあ、どうすればいいと思うゥ!? あは、あは、すふふふふ、スプ、すぷ、すぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!! ――頂きます」

「OH!?」

ずりゅ。

銀髪の美竜の姿が悍ましい何かに変貌した。

歪な黒い角を生やした、腐りかけの竜――のような、何か。

それがひき肉になりながらも再生していた耳の怪物を、一口で飲み込み――

「ふう……ああ、知っているとも、これじゃ、きっと前回の焼き直しだろうねえ」

黒いローブの銀髪美人、その姿に戻った人知竜が少し膨れた自分の腹を撫でる。

彼女は冷静に狂って冷静に作戦を実行した。

それは耳の怪物を喰らい消化する――ではない。

それは既に、前回試し、失敗した。

しかし、人知竜は前進の手斧によって模倣したある男の思考によってその作戦の次の段階へ進む事が出来た。

封印しても、喰っても耳の怪物を討つ事は不可能だろう。

だが、一時的に動きを止める事は出来る。

ならば――そのまま、耳の怪物を喰らったまま、己を滅ぼせばどうなる?

ただ死ぬのではない、例えば超強力な魔術式で消滅、例えば己の身を別次元に封印。

いくらでもアイデアはある。

「ああ、耳の怪物、楽しい実験になりそうだねえい」

血だらけの美竜が己の腹を撫でながら嗤う、彼女もまた耳の怪物に並ぶ怪物。

彼女はこれから、ありとあらゆる方法での自死を試す事になるのだ。

トオヤマナルヒト。彼の物語には不要な怪物を滅する為、ただそれだけの為に。

だが、その前に――もう2匹、彼の物語から退場せしめる敵がいる。

「お待たせ、お2人さん」

「――ひっ」

「う、あ……」

幸運の王女、そして英雄の子孫。

竜が喰らうにふさわしい外敵が2匹。

「君達は……ボクの彼の物語、冒険には不要だねえ……」

人知竜の赤い眼が、王女と英雄を怪しく映す。

「さあて、ご両人。竜退治の時間だよ。君達は果たして――竜殺しになれるのかな」

耳の怪物が、人知竜の腹を突き破り再顕現するまで残り1:18秒25。

「すぷぷ」

竜が、嗤った。