軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

144話 灼かれた月光

誰にも負けない男になる、そして、世界の王になる。

それが俺の産まれた理由だった。

世界が大嫌いだった。

落ちぶれた下級騎士の家計、放蕩の限りを尽くす王族の治める国は騎士といえど、食うモンにも困る始末。

飯がねえから、ガキの頃から朝から夜まで働いた。

日の出前に家を出て、ひたすら土塁を積む毎日、学もねえ実績もねえガキに出来るのは、ただひたすら意味も分からずに目の前の土を掘って、土を積むそれだけの仕事。

王国には迷宮がある。

その迷宮への道を整備する為の土方仕事はいくらでもあった。

だが、ガキはとにかく舐められる。

本来もらえる金額の9割を仕事の世話役にパクられて、俺に渡されるのはカスみてえな金だけ。

そんなのばかりだ。

俺サマはガキの頃から知っていた。

この世界は地獄だ。

強い奴が弱い奴を苛め抜いて、苛め抜いてそれが全部許されるカスの世界。

だから。なんて言い訳はしねえ。

ある日、俺サマは気付いた。

土方仕事で一緒になった冒険者の野郎どもに囲まれて、襲われた時だ。

ガキが好きな変態共だ。俺は囲まれ、押さえつけられ、死ぬよりも屈辱な目に遭いかけた。

その時、ふと気づいたんだ。

そいつらが脱いだ鎧や、外した剣。

ボロ宿の床に奴らが脱ぎ捨てた代物を見て。

こいつらいい装備を付けてんなって。

あの剣も鎧も土塁を何年運べば手に届くって代物だった。

でも、同時に思った、なんでこんな弱い奴らがこんなイイモノ持ってんだって。

だから、試してみた。殺そうとしてみたんだ。

まあ、ここで殺されても別に文句はなかった、生きる事に執着なんてなかったからなァ。

幸い、俺サマは、強かった、誰にも負けないくらいに。

結果は簡単。俺様の貞操は守られ、ついでに冒険者は死んで、俺の稼ぎになった。

それからは人を殺して、金を稼いだ。

いつも家か、適当な寝床に帰るときは、真っ暗な夜だった。

夜はきらいだ、真っ暗なのも嫌いだ。

殺した雑魚共の声が聞こえる、爺さんに手放すなって言われたバケツ兜をかぶって誤魔化したりもした。

でも、夜のアレだけは好きだった。

月だ。

世界がこんなにも暗いのに。

だが、俺はあの女に出会ってしまった。

暗い真夜中みたいな女だ。

全て焼き尽す漆黒の太陽みたいな女だ。夜と灼熱が悪意を持ったような女だ。

でもよォ、ああ、最悪だ。

――ああ、俺はそいつが月明りに見えちまったんだ。

そいつは救いようがない邪悪で、救いようがない自己中。人が生きていくうえで大事な良識なんて欠片も持ち合わせていない。

――あら、貴方、幸運ですね。

でも俺はそいつに見つけられちまった。

でも、俺を見つけてくれたのはそいつだった。

ああ、俺はそいつに魅せられてしまった。

暗い夜の中、一筋の道を照らす月光を、そいつの中に見てしまった。

――ねえ、ウィス、試してみたくないですか? わたくし達がどこまでいけるのか。このクソったれの世界に、どこまで爪を立てる事が出来るか

――わたくしはね、王になりたいんです。

ああ。ちくしょう、見てみたくなったんだ。

そいつが、世界の王になる瞬間を。

俺じゃなくて、そいつが――。

「夜を焼き尽くす、月を、見た」

「貴様……」

身体が痛い。

焼き抉られた腹が熱い。だが、動ける。

「ああ、幸運にも、ってか」

立て、立て、立つ。

剣が輝く、我が家に伝わるがらくたの剣。

いつかヒトがこの世界の頂点に立つ為に、造られた一族。

いつか世界がヒトを滅ぼすと決めた時に、厄災に立ち向かう為の武器。

ああ、全部、全部今使っちまおう。

俺の目の前には竜がいる。どうあがいても人間風情じゃ勝てない存在。

ふざけやがって、俺サマを遊び半分で殺しかけるたァ、ほんと化け物だぜ。

「……なるほど、英雄……よもや、ヒトは、ふかか、そなたのような者もはらむのか」

「そうです、お姉さま。英雄、ヒトが辿り着いた、貴女達、上位種に立ち向かう為の決戦兵器。ふふふ、ヒトはね、必ず勝つようにできて居るのですよ」

「バカ姫がァ、てめえ、全部計算していたなァ……」

頭ん中、声がァする。

あのバケツ兜を持ってた時も、たまに聞こえてた声。

――認証開始、敵性存在を”概念級”の神性生物と断定。

――人類保護プログラム起動――対異常存在:アジヤマタダヒト戦闘ドクトリン流用

――戦闘データ解析、敵戦闘力、極高。討滅不可能。

解――対神聖生物兵装による封印を提唱。

「ふふ、なんの事でしょう、わたくしはただ、賭けただけです。貴方の宿命、貴方の血、貴方の意思に」

その女はただ、笑うだけ。

ああ、初めて会った日と同じ。

――それはそうと、貴方、今お暇ですか? 近くに、殺してもいい人間の住処があるんです。一緒に殺しに行きませんか? ふふ、暇つぶしのサイドクエストですよう

盗賊共の死骸の山、真っ赤な血に濡れたアジトの玉座に脚を組んで、笑っていた時。

あの時と同じ笑顔で。

「ええ、幸運にも。その賭けには勝ったようですね」

「がははははア!! 竜殿ォ!! 本番はこっからだぜえ!! 悪いがそこを退いてもらう!! 俺の王を世界の王にする為に!!」

「良い。その資格、オレが断じてやろう、ぞ」

綺麗な金の竜がオレ様達を見下ろしていた。

◇◇◇◇

『ぶもおおおおおおおおおおおお!!』

「う、お!」

どす、どす、どす!

ミノタウロス、四足歩行モード。

祭りの会場、衆目を集めつつ遠山鳴人が街を行く。

嫌な予感がする。

所々に見られる戦いの余波。

嫌な予感がする。

進めば進むほど、街の喧騒は消え、傷ついた街並みが目立つ。

嫌な予感がする。

竜が負ける筈がない、遠山鳴人はあの竜の強さを知っている。

だが、遠山鳴人は知っている。

たいてい、そういう希望は――。

「……ナルヒト、か?」

裏切られる。

破壊された街並み、所どころに燃え残る金の炎。

ぽつんと、がれきに背をもたれるアリス。

その腹には――月の光で満たされた大剣が突き刺さっていた。

「おまっ、待っ……なん、で」

「っ、ふかか、何、問題ない……少し、油断した……だが、見よ……」

血まみれのアリスの指先が力なく周囲を指さす。

そこには、街の人々がいる。

「あ、ああ、竜、竜様が……!」

「私、見た、あの大男の攻撃から、竜様が全部、守って」

「生きてる……あんな、熱い光を浴びたのに……」

彼ら街の人々の身体はぼんやりと金色の炎に包まれている。

それは温かく、まるで、彼らを守っているように見える。

その証拠に、金色の炎を纏っている者に、外傷は一切見られない。

崩れた家から這い出た者、がれきの下敷きになっていた者、小さな子供や老人。

それら全員に一切の傷もない。

竜は、選んだ。

己の命に届く敵を前にして、敵を屠る上位存在”蒐集竜”としてではなく。

「……オレは、弱い、な」

街を、人を守る帝国の護り竜、アリス・ドラル・フレアテイルとして戦った。

その結果、竜は獲物を取り逃がした。

その命を失う事はないまでも、完全に戦闘能力を失っていた。

「ドラ子、お前、それ、ケガ……クソ、聖女は……っ、イモータルは……!」

「BUMO……」

バケツヘルムのスリット(隙間)、狭い視界の中から確認しても、竜の傷は深い。

ミノタウロス君も心配そうにこちらのぞき込んでいる。

「良い……ナルヒト、オレがしくじった……オレの事は良い」

「バカ、お前何言ってんだ! 血が、クソ……この剣、ダメだ、抜いたら逆に血が噴き出る……」

「良いと、げほっ、言っている……そ、れより、ナルヒト、銭ゲバは、どうなった?」

「あの銭は大丈夫だ! 息を吹き返した! 誰も死んじゃいねえ!」

「ふかか、さすが、ナルヒトだ。……余計に、情けない、な……お前は、なすべきを成したというのに……オレは、このザマ、だ……躊躇いが、あった。甘さが、あった。オレは、どんどん、弱くなっていく……お前は、強くなっていくのに……」

「良い、ドラ子、それ以上喋るな――」「故に、腕の2本しか、取ってやれなんだ」「――え?」

ドラ子の形のいい指先が指す先、そこにあるのは、腕だ。

筋骨隆々の男の腕、女の柔らかそうな細い腕。

それらが、血だまりの上に浮かんでいる。

「……情けない、オレは、竜なのに……住処に友に臣下に手を出した下郎を討つ事も、かなわぬ」

「あー、意識高いな、じゃない、お前やっぱすげえよ、ドラ子、ばっちりダメージ与えてるじゃねえか」

「殺せぬのなら、意味はない……ナルヒト、恥を忍んで頼みたい、もし、お前に、余力があるなら、奴を、フォルトナを追ってくれ……あやつは、ダメだ。もう、生かしておけぬ……奴は、このままだと、帝国を……」

「良い、ドラ子、休め。あとは、俺が……あ?」

かた、カタカタカタカタ。

心臓が震える、遠山の胸から、白いキリが漏れる。

キリは血だまり、竜が切り落とした英雄と王の腕に纏わりつく。

なぜか遠山にはその姿が匂いを嗅いでいるように見えた。

警察犬が、証拠品を、いや、違う。

犬が飼い主の為に何か探し物をしているかのような。

――ワン。

「っ!?」

バケツの中、鳴き声、犬の声が響いて。

「っ、あが」

ずきん!!

頭に激痛。骨が凍り付き、ひび割れたような痛みだ。

――Sensing paranormals Removes contaminating cells System Angel Voice Online Multiple hostile paranormals detected in the vicinity.VS Paranormal System Starts transition to Stage 2

【キリヤイバの存在をバケツヘルムが阻害しています】

声が聞こえる、声が聞こえる。

兜の中で、何かの声が反響し続けている。

――Gird yourselves with the armor of God that you may be able to stand against the wiles of the devil.

「るせ、え……」

「ナルヒト……? どう、した? いや、待て、お前、何故、そんな兜を……?」

遠山は頭を地面に打ち付ける、何度か叩いていると痛みも声も消えた。

「いや、問題ねえ、只のトラブルだ。わかった、ドラ子、お前をまずは医者に見せる、それからすぐに奴らを追う、奴らはどっちに逃げ、た……」

遠山が、言葉を止める。

ドラ子に奴らの逃げた先を聞くまでもないのかもしれない。

キリが一筋。

それはまるで遠山に道を示すかのように、か細くしかし、はっきりと。

そして。

ひゅううううう。

風が吹く。そのキリはしかし、その風になびく事はない。

音もせず、その女は遠山と竜の目の前に現れた。

「……思ったより遅かったね、竜殺し」

「お前、は……」

「……チッ、面倒な時に面倒な奴が来たものだ」

もこもこの白を基調とした冬季衣装、

深いブーツ、意図的に耳を覆うようなデザインのかぶり帽子。

こんな状況なのに、まるで花畑にいるかのように錯覚してしまう妖精のような顔。

「……嫌われたものだね、全く」

塔級冒険者、ウェンフィルバーナがこちらに歩み寄っていた。

◇◇◇◇

「はあっ、はあっ、はあっ、ァァァァァぁァァァァァァァァ……」

「おい、死ぬな、死ぬな、死ぬなよ!!」

ばからっ、ばからっ、ばからっ!

首無しの馬が引く馬車が、御者もなしに街を爆走する。

その馬車、キャビンの中は、生暖かい血の匂いにまみれている。

「あは、っ、血。血が止まりません、ァ八! うぃす、ウィス、ウィスウィ~ス!! 見た、見ました? 見ましたよね!? お姉さま、あの竜!! あは!! 街を人をあの方以外のすべてを人質にしても、私達、あは!! 敗走してますよおおおおおおお!」

「うるせええええ! 瀕死のくせに笑ってんじゃねえええええええ! クソ、ぎゃは! ぎゃははははははは、確かになァ!! いや、強すぎだぜ! 竜! 家宝の剣どころか、利き腕もっていかれちまったァ!!」

大笑いする女と男。

フォルトナは右腕を、ウィスは左腕を蒐集竜へ戦いを挑んだ代価として奪われた。

覚醒した英雄、天使の領域に手を賭けた異常存在。

その2人をもってしても、竜の命1つ取る事は敵わず。

「あははははははは! かんっぱいですよ! お姉さま! あああああ、殺したかったなあああ、お姉様の竜殺しになりたかったなあああああああああ」

「くっそおおおおおおおおお、まっじで悔しいぜぇ、なんで腹ぶち抜いてしっぽ引きちぎっても普通に斬り返してくんだよ、あの化け物トカゲはよおおおおおお。ぎゃはははははははははは! あー、マジで死ぬ死ぬ死ぬ!」

彼らの傷口から血が止まる事はない。

金の焔が混じった斬撃の傷は癒える事はない。

肉を焼き続ける苦痛と確実に歩み寄る死の感覚が彼女達を逆にハイにする。

馬車のキャビンには空き瓶が転がる。

王宮の宝物庫からくすねていた霊薬――薬王の回復薬と呼ばれる特別な薬が彼女達の命をぎりぎりで留めている。

「負けです! 負け! わたくし達のね! あっはははははは!」

フォルトナは血で黒く汚れたローブを翻し、素足のままキャビンに背をもたれる。

彼女の肉体は常人のそれ、竜の付けた傷に耐えられるべくもない。

小さな顔、人形のように整った少女の顔は青く、しかし脂汗を浮かべた必死の顔。

故にこの場で今、最も死に近いのは彼女だ。

それなのに、彼女はどこまでも愉快げに嗤う。

「ここで竜の暗殺がかなわなかった時点で、あの執事や人知竜が戻ってきた時点で絶対に勝てません! なので、ここは発想の逆転! アガトラは一旦パス! ここは一気に取りましょうか」

「何をだよ!? ああ糞いってえええええええ」

「世界の王」

「――へえ」

ウィスは一瞬で、痛がるのをやめて真顔になる。

世界を壊せるやもしれない暴、己の力のすべてを捧げた唯1人の王を見て。

「このまま帝都まで爆走して――皇帝陛下をぶっ殺しに行きましょう」

女は、笑う。

片腕をなくし、血を流し、幸運をもってしても止まらぬ傷。

燃え盛る命の炎を燃やして。

世界の王を獲る為に。