作品タイトル不明
141話 その名の下に
自分が弱くなっている自覚がある。
昔の自分ならば、きっともう全てを焼き払って終わっていただろうに。
「あははははは!! 見て、みて下さいな! ウィス! お姉様が、わたくしを私達を追いかけてきていますよ!」
「舌噛むから黙ってろバカ姫! なんって殺気だァ……上から見下ろされてるだけなのに、内臓を鷲掴みにされてるような……」
オレの眼下、街の大街道を馬車が駆け抜けていく。
全てはオレの甘さが招いた結果、全てはオレの中途半端さが原因のこと。
奴はオレの友を手にかけようとした。
竜の宝に手を出した罪人、竜の縄張りを荒らす不届者。
「ならば、フォルトナ。貴様の死はオレが招いてやらねばならんよな」
「ああ、お姉様、お姉様の心を感じます。あははは、たのしい! ウィス! わたくし、わたくし、久しぶりに生きててよかったって思えてます!」
「はいはい、そら良かったな……っ! うおおおお!?」
馬車が急停止、ふむ、街に当てないように焔を向けるのは難しいな。
「焔……! クソ! おい、バカ姫! 話が違うぞォ! 街中を走れば焼かれる事はないって!」
「あはははは! 見ましたか!? ウィス、なんて繊細な焔でしょう! 私たちだけを焼くような軌道! かの竜は、街に被害を出さないように動いています! お姉様……あああ、弱くなりましたねえ」
ゾクッ。
背筋が震える。
オレはこれを知っている。我が竜殺しと初めて出会い、そして殺された時の感覚と同じーー。
オレは知っている。
ヒトは時に、竜の命にすら届き得る牙を有すことを。
ヒトは決して侮れぬということを。
だが。
「良い、フォルトナ。やってみせよ。挑んでみよ、小さき定命の者よ」
「あは、お姉様……変わっていく貴女が寂しくて、昔の貴女が懐かしいけれど……それでも貴女は美しい。ですから、死んでくださいな」
「チッ、仕方ねえ。ここまできたらやるしかねェかァ。世界をひっくり返す試金石だ。竜殺し、名乗りをあげてみようかね」
オレを殺し得る存在から感じる殺気。
それが少し心地よい。
「ふかか」
溢れる笑みに、ああ、オレは思い知らされる。
暴力と支配への欲求を根源とする生物、竜。
「ああ、オレは、どこまで行っても、竜だ」
今はただ、その実感だけが心地よくて。
◇◇◇◇
◇◇◇
「離れて離れて!! はーい、電気通します!! 金属のアクセサリー持ってる人はいないね! はい、じゃあ、魔術師のお姉さんお願いします!」
「えっ、いや、ほ、ほんとに!? が、学長様、本当にこの目つきの悪くてなんか変なバケツヘルム被ってるおかしい方の言う事聞いても良いんですか!?」
「……うーん、開心魔術では嘘は言ってない……心臓の微細動による動作不良を、微弱な雷で無理やり止めて、正常な動きに戻す……理屈は確かに通ってる、全知、いや、人知竜様の人体考察本にも、人の身体には常に微弱な弱い雷が流れてるって言うし……」
「新たな知見……ああ、人知竜様のご友人は素敵だ……是非、その知が正しいものであるかを知りたい……」
「とにかく細かい話は後だ! ラライム! 学園きっての雷の魔術式の使い手のアンタにしか頼めない、ビリっとやんな!」
「あ。わわ。主教サマ、主教サマのお体を魔術師のペテン師どもに……でも、でも、後輩が言うなら……もう、それに賭けるしか……ああ、天使様」
「ぶも」
わちゃわちゃの闘技場。
瀕死の主教を囲むのは、ギュッとしているチベスナ。魔術師、わたわたしている主席聖女、そんな奴らを高い所から見下ろしているミノタウルス。
「ほ、本当にやっていいんですか!? 治癒の秘蹟持ちの聖女でもダメだったダメージを負ってるのに」
「細かいことは省くが、銭ゲバのこれはダメージじゃなくて状態異常だ! 電気ショックによる状態異常だ! なので先輩の治癒じゃどうにもならん!」
「ひう……わた、わたし、やくたたず……主教サマがこんな時に、何もできない……」
「あ、泣かした」「見た? 泣かしたよ」「すごい、これが人知竜様のご友人……」「あの聖女を言葉だけで……」
遠山の言葉にポロポロと涙を溢し始めるスヴィ、ヒソヒソとその様子を語る魔術師。謎に評判を固めていく遠山。
「待て、待て待て待て、今のはそーゆーんじゃないだろ。やめようよ、良くないよそういう。とにかく、今は電気! 電気ショックだ! 」
「で、でも、私、そんないきなり言われてもどんな量とか、どんな場所とか、匙加減全然わからないんですけど!」
鎧姿の魔術師、声からして女性だろう彼女が遠山に向けて声を上げる。
「そこは……確かに。俺も細かい電圧とかまでは……やべえな、聞き齧り知識で異世界知識無双はきつかったか?」
「……ふむ、ご友人、少し失礼を」
「あ? 何を……」
別の鎧姿の魔術師、ねっとりした妙に耳に残る声の男が遠山の顔の前に手を翳す。
「時間がないのでしょう……? ご友人のその、雷……言え、電気と呼ぶ概念のみを私の術式で抽出致しますので……」
「あ! ルート、ありがとう、それ助かる!」
鎧姿のネットリボイスの男の手のひらに紫色の光が灯る、
それはゆっくり、声の高い鎧姿の魔術師へと渡されて。
「ーーほう。これは、興味深い……素晴らしい、ご友人、贈り物をありがとうございます」
「なにこれ、AED……? 心室細動……電気ショック……? ああ、何これ凄い、人体に対する未だかつてない知見……! あはは、ルート、これは」
「ええ、我々魔術師が何よりも求める未知の知識……ですが、ラライム、その知識を理解したのならーー」
「ええ、分かってるーー。電気ショック療法は、時間が命……! 全部理解した、電流、電圧、新たな概念、雷に、こんな可能性が……!」
想像以上に話が早く、遠山がやりたい事が魔術師に伝わったらしい。
鎧姿の魔術師、その1人が主教の胸に手をやる。
「衣服を脱がせてる時間も勿体無い! ぶっつけ本番で行くよ! ーー術式、仮説構築開始」
ぴりりり。
青い雷が彼女の手元から迸る。
「あ」
「大丈夫だ、先輩」
不安そうなスヴィの背中を
どうん
「げっっっっっっっっほ!!!!! ウオッエ!! ウオエエエエエエエ!!! ゲホゲホ!!」
水揚げされた魚のように体を跳ねながら、起き上がるその体。
「あ、ああああああ!! しゅ、主教サマ!!」
「うそ、本当に起き上がった……」
「雷で……なんで…」
「流石です、3代目学長、遠雷のラライム、見事な術式操作でした……」
「アンタの記憶伝播のおかげでもあるよ、でも、1番奇妙なのは……」
「ええ、彼の持つ知識、です」
魔術師たちが、起き上がった主教の周りを囲む聖女と審問官を見つめる。
知識の輩たる魔術学院、その誰もが知らざる知識を持つその男。
「おおお、やった! 銭ゲバ!! ひひひ! お前、死んでないじゃん!」
「はあ、はあ……何が、何があったの……急に胸を殴られたかと思ったら、意識が……ぎゃ」
「主教サマ、主教サマ主教サマ!! 良かった、よかったよおおおおお、うわああああ」
「ちょ、スヴィ……はあ、大体予想がつく。私、殺されかけたのね」
泣き喚くスヴィを抱きしめつつ、主教の鋭い目は遠山を見つめる。
「予言はこれでひとつクリアだな」
「ゲホッ、まさか本当にこんな意味不明に死にかけるとは思わなかったっつの……でも、これで大義名分は充分ね」
「ああ、王国の王女様だろうが、なんだろうが、帝国の竜と天使教会のトップに手を下した、これでなんの憂もなく王族殺しが出来る訳だ」
「……死の予言は、ひとつじゃないわ。トオヤマナルヒト、アンタもーー」
「いつものことだ、気にするな」
主教の言葉に手をひらひらと振って遠山が答える。
ミノタウルスはすでに遠山の意を汲み取り、その大きな手のひらを乗り場のように差し出して。
「ドラ子を追う。あとのいざこざ、追撃、手勢、その他全て任したぞ、ボス」
「誰がボスよ、でも、任された。……アンタ、それ、大丈夫なの?」
バケツヘルムの遠山に、カノサが声を向けた。
彼女の目から見ても明らかに目の前の男は本調子ではなくて。
「余裕だ」
「あっそ。じゃあ、行きなさい。ーー天使教会主教、カノサ・テイエル・フイルドの名の下に」
ぐい。
古代種、ミノタウルスの手のひらから、肩へ飛び乗る男。
聖女に背中を支えられた死にかけの銭ゲバが、右手を向けて。
「異端審問官、トオヤマナルヒト。殺してきなさい」
「了解、テイエルフイルド」
竜殺しが、竜の加勢へ。