軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127話 ホット・ホット・ホット

「よっと、んん~、この頬に当たる熱気、街のいたるところから聞こえてくるたのしげな音楽、これはリュートとフルートかな。う~ん、いい音楽だ。ヒトをヒトたらしめるものの一つはやはりミュージックを愛するかどうか、だよ」

黒いさんかく帽子から零れる長い銀の髪がさらさらと彼女の動きに合わせて揺れた。

「よお、人知竜。……来てくれたんだな」

「すぷぷ、もちろんさ。そろそろ君がボクに会いたいんじゃないかと思ってね」

2日ぶりの再会。

ガコガコのガチガチになり魔術学院を呼び出して遠山の前から逃げ出したポンコツドラゴンと同じ存在には見えないその表情。

「おー。言うねえ。ああ、でもその通りだよ、人知竜。っとにギリギリだった。なあ、 ラザール」

「え」

「どした、客だ、客。ようやく1号さんのご来店だ。人知竜、悪い、すぐに用意するからそこの席にかけて待ってて貰えるか?」

「うん、わかったよ。ああ、そうだ。パンは2つ、頼もうかな、1人でご飯を食べるのは寂しくてねえい、店員さん、キミも一緒に食べて欲しいな」

用意していたガラガラのテラス席に人知竜が腰かける。遠山にむけていたずら気味に微笑んで。

「いや、ここそういうお店じゃないんで」

「すぷぷ、え~、そんなこと言わないでよ。お得意様の機嫌を取るのも客商売ってもんじゃあないかい?」

「手ごわいな……いいか? ラザール」

今、ここはお客様第一号のへそを曲げるのは美味しくない、遠山はラザールに了解を取る。

「あ、ああ、もちろんだ。よし! ニコ、ソーセージの準備を! リダとルカは石窯に火を! ペロとシロは……そのままいい子にしてなさい!」

「「「「「「はーい!」」」」」」

「よし、じゃあ、俺も何か手伝いを」「ナルヒトはそこで人知竜様のお相手を頼む」「え、でも――」

「頼む」

「あ、はい」

有無を言わさないラザールの圧に珍しく遠山が押されてうなずく。振り向くとニコニコ顔の人知竜がおいでおいでと手を振っている。

「すぷぷ、ラザール君に弱いねえい、キミは」

「ああ、アンタのおかげでしょんぼりトカゲからパントカゲに戻ってくれたからな。さっきまでなんかもう、尻尾が地面と張り付いちまうのかと思ったよ」

ラザールの指示に従う遠山が人知竜の向かいに座る。

気付けば、祭りの喧噪は静まり帰っている。この付近にいる人々全てが、人知の竜に視線と思考を全て奪われたからだ。

「おや、それは一大事だ。ラザールベーカリーの重要な人材なのだから、メンタルケアは欠かせないよねえい」

「確かにな、それにしても、アンタのこれ、すごいな。どうやったんだ?」

遠山は上を見上げる。未だ、夜。輝く星々の間をまた魔術師たちが飛び交いだして。

「おっと、しまった。元に戻すのを忘れてたよ。ーー証明完了」

パチン。彼女がまた形の良い指を鳴らす。

それだけで、昼が帰ってきた。夜の帷、輝く星々や月が消え失せ、青空の中、雲と太陽が。

「マジか」

昼と夜がまた一瞬で切り替わった。

「登場のシチュエーションは大切だろう? ボクの子ども達が色々意見を出してくれてねえい。ありがとうね、みんな」

「「「「「」」」」」

空に浮かぶ魔術師たちに手を振る人知竜、彼女の動きに全ての魔術師が固まり、音もなく泣き出していた。

「ええ……なにこれ」

「ふふ、いい子達だろう? 可愛いボクの教え子であり、血肉を分けた子供たちさ。キミにも仲良くしてあげてほしいねえい」

「あれが、人知竜様の……」「処……」「人知竜様をおかしくさせた存在」「死……」「どうや……殺……」「始末……」「事故……見せ……」「竜祭……チャンス」

「あの、なんか不穏な言葉が、肝心な所だけ聞こえてるですが」

「すぷぷ、大丈夫さ。キミは誰にも殺されない。ボクが保証しよう。トオヤマナルヒトくん、キミの強さを」

「「「「ギリィ」」」」

「やめてやめて。アンタが俺を褒めるたびにほら、空を浮いてる連中の視線が凄いことになってるから。上見て、上」

「それにしても凄い人だねえい。さすがは竜祭り。あの幼竜め。中々に人望があるじゃあないかい。まあ、アレは生まれながらの王の器を持つ竜だからねえい。ヒュームがこれほど魅せられるのも無理はない、か」

「ほんっと竜って人の話聞かねえな。ドラ子が王? まあ、確かに態度だけなら王様よりも偉そうな奴だけど」

「ああ、その辺を全くキミは知らないんだねえい。ふむ、どうしたものか……」

「アンタ、そういうの詳しそうだな。まあ、確かにこっちに来てからずっと生きるか死ぬかのトラブル続き。結局、俺、何も知らねえんだよなあ……」

「こっち……ね。なるほどねえい。ふむ、ふむふむ。……記憶を断片的にしか引き継げないというのは、中々に厄介だねえい……いやむしろ、ノイズの影響が強すぎるのか。耳男……ほんっとにロクなことしない存在だよ」

「あ? なんて?」

「いや、こっちの話さ。それにしても、トオヤマ君。キミ、もしかしてこうなることを予想してたのかい?」

「あ〜、悪い。気分悪いよな。結果的には利用することになっちまった」

「ふふん。気にするなよ。どちらにせよボクはここに来ていたさ。ただ、キミが本当にアテにしていた奴は……どうやらまだ現れていないらしいね」

「おー……まあ、なんか避けられて、る。らしいんだよ」

「どしたん、話聞くよ」

「うわ、やめろよ、その絡み方。なんかわかんねえけど背筋が震える」

「すぷぷ。だめかぁ。……まあ、大丈夫だよ。ボクも竜だからわかる」

「うん?」

「我々は本当に自らが欲しいモノは絶対に手放さない。力も牙も翼も炎も。我らの全ては自らの欲望を叶える為にあるのだから」

「アンタもやっぱドラゴンだな」

「嫌いかい?」

「いや、ドラゴンは好きだ、かっこいいからな」

「……………………しゅぷ」

「人知竜様、賢人会議を思い出して下され。恐らくこの者の言葉に含意はございませぬ」

しゅびん。空間が歪み、一瞬で鎧マントの誰かが現われて、人知竜に耳打ちしたあと、また丸まるように消えた。

「うお、誰、誰なの? え、消え……」

「ごほん。おっと、すまないねえい。ま、トオヤマくん、あの幼竜のことなら大丈夫さ。キミは、きちんと彼女の友人として以前、迎えに行っただろう? それが、大事なことなのさ」

「……それならいいんだけどな」

「お待たせしましたディス!!」

大きな声、ストルだ。お盆の上には焼きあがったパンが一つ。

「おっと」

「うお、どした、ストル。声でかいよ。お前はもっと自分の声がでかいことを自覚してだな」

「知りませんディス。どうぞ、お客様」

ストルが遠山の声につーんとそっぽを向く。バッジが足りない時の強い手持ちのような反応。

「おや……? ふふん。いい目をするようになったねえい、正義の幼体。何かあったのかな」

「いえ、特に。派手な登場ディスね。そんなに目立ちたがり屋でしたか?」

そして、若干また人知竜とストルの雰囲気が悪い。冷たい目のストルと、余裕の表情の人知竜。

「すぷぷ。参ったねえい。別に目立つつもりは、あまりなかったんだが。まあ、トオヤマ君の為さ。どうしたんだい? 何かイラついているようにも見えるなあ」

「お、おい、人知竜、ストル?」

「フン。貴女は今、 わ(・) た(・) し(・) の(・) 審問官の味方なのでしょう? で、あれば特に、何も」

「そうかい? それなら良かった。ボクは 彼(・) の(・) 良き隣人でもあるからねえい。あと、彼は別にキミのものでもなんでもないことだけは、キミィ、弁えておきたまえよ」

「ええ、お言葉のままに。わたしは 彼(・) の(・) 剣(・) で(・) す(・) か(・) ら(・) 」

「え、ちょっと、2人とも? 近くない? なんで、メンチきりあってんの? やめよ、ほんとやめて、店先でさあ。なあ、ラザール」

遠山が頼れる仲間その1に助けを――。

「すまない、今ソーセージ焼いてるんだ」

「さっきはニコに任せてたのに!?」

だめらしい、こっちを見てくれさえしてくれない。

「まあ、いいさ。おや、これは綺麗なパンだ。もう食べていいのかい?」

「……トオヤマ」

「あ、ああ。いや、悪い人知竜、それまだ完成じゃねえんだ。 ラザール焼き上がりそうか?」

「ああ、完成だ」

「おい、アレなんだ?」「パン、だよな?」「え、あんな形のパンとかあったか?」「はじめて見た……」「それにあんな長くて綺麗な肉詰めもみたことねえよ」

「……」

徐々に人知竜への大衆からの注目が彼女の前のパンに注がれて言っている、良い傾向だ。

「ああ、いい目をするねえい、すぷぷ。このボクですら、キミにとっては……キミには関係ない。進むんだよねえい」

「うお、なに、どした、人知竜。なんかすごい餅みたいな顔してんぞ。まあ、いいや」

「おっと失礼、気にしないで。おや、良い匂いだ。これはかなり良い香辛料を使っているねえい。それに、へえ、いい焼き上がりだ」

「お、分かるか? ある肉屋のおっさんと共同開発してな。いや、これが中々難しくてよー、結果的にコツは氷で冷やしながらミンチ肉を詰めることということに気付いたりしてだな。ちょっといいか、人知竜」

「ん? ああ、もちろん」

「これをこうして、っと。ラザール、レタス、じゃなかった。レベツとかいう葉物野菜頼む、あとケチャップ、瓶詰めした奴あるよな?」

遠山が机に置いてあるナイフを手に取る。あらかじめ生地に切れ込みを入れていたパンは、ザクザクのバケットのような表面にも関わらず簡単にぶちりと開いた。

ラザールから渡されたキラキラツヤツヤの野菜をささっとパンに挟んでいく。

「……へえ」

人知竜がわずかに身を乗り出した。

「よいしょ」

石窯の隣、薪と炭で焼き上げたソーセージはトングで挟むと肉汁がじゅうう、とわずかに音を立て。

「……へえ」

人知竜が形の良すぎる鼻をピクリと動かす。

「よっと」

そのパンは、ある歴史、ある世界の中でたまたま思い付きで生まれたものだった。

ある男は、それまで手づかみで食べられていたアツアツの腸詰めをどうにか食べやすく出来ないかと考えた。そして、思いついた。

せや、ソーセージをパンに挟めば喰いやすいやろ、と。

それはヒュームには許されていない閃きと思考。

もっとこの世を便利に効率よく生きたいと願ってやまないある生き物の特性のほんの一端がこのパンを生みだした。

その生き物は強欲だ、その生き物は願う、その生き物は醜く、その生き物は美しく、その生き物は、世界を己がままに変えていく。

その生き物の名前は――。

「お待たせしました、魔術学院の人知竜様、当店、ラザールベーカリーのパン職人とその従業員が真心を込めてあなたの為に焼き上げたものです」

遠山鳴人(人間) が竜へ。人間の食べ物を。

「へえ……!」

ほかほかと湯気を立てるソーセージ、それをふんわり受け止めるレタスに似た薄緑のみずみずしい葉物野菜。

天使粉と塩、麦酒の搾りかすのみで構成された生地は、ドワーフ製の水蒸気を利用した石窯で焼くことにより、ザグザグパリパリのバゲッドパンとなって。

知識の眷属の権能を最高の無駄使いをすることによって得た古今東西のパンの知識。才能あふれるリザドニアンの腕前の集合体。

ヒュームにはもはや無い試行と思考の権利によって、再び蘇ったもの。

「ホット・ドッグ。正式販売開始だ」

「へえ〜〜!! ふむ、ふむふむふむ。 すぷぷ、興味深いねえい……ああ、これがホットドッグかぁ……おや、ボクはこれを知っている……? ふむ、どの人知竜の記憶だろうねえい……」

「あ? なんか言ったか? それより良ければ冷めないうちにどうぞ」

「おっと、ごめんね。独り言さ。へえ……すんすん、天使粉の祝福による酸っぱい匂いがまるでしないんだ、新しい、新しいねえ……おーい、マルドゥ2代目君、少しおいで」

「は、人知竜様。マルドゥ、ここに」

「キミの専攻は確か、食物と魔術式による世界真理への到達、だったねえい。どうだい? こんなパン見たことあるかい?」

「お恐れながら申し上げます、我が母よ。 初(・) め(・) て(・) 見(・) ま(・) し(・) た(・) 、(・) こ(・) の(・) よ(・) う(・) な(・) パ(・) ン(・) は(・) 。(・) 思(・) い(・) つ(・) い(・) た(・) こ(・) と(・) も(・) あ(・) り(・) ま(・) せ(・) ぬ(・) 」

「……」

「ふむ、そうだろう、そうだろう。ボクも似たようなものさ。だが、不思議だねえい。みれば分かる、これはとてもシンプルなものだ。言ってしまえば、パンに腸詰めを挟んだだけ。そう、とても簡単で、とてもシンプルだ。な、の、に。君たちヒュームは今までこれを思いつけなかった……そして、トオヤマくんはこれを思いついた、いや、知っていた、の方が正しいか。ふうむ、面白いねえい」

「……我が母よ、これはやはり、我々には未だ、天使の枷が……」

「だろうねえい。……停滞と迂遠の縛り。さて、教会はどこまでそれを理解しているのかーー」「人知竜」「しゅぷ」

ぐいっと、遠山が人知竜に顔を近付ける。先ほどまで魔術師の祖として考察を続けていた彼女の顔が奇妙な鳴き声とともに固まる。

「人知竜、これ絶対ソーセージが熱いうちに食った方が美味いぞ」

「あ、う、うん。そうだねえい。確かにせっかく作ってくれたものだし。へえ、ずっしり、これは、その、どうやって食べるんだい?」

「え? ああ、そのまま齧り付いて大丈夫だ。パンの噛み応えがいいタイプだから、ソーセージを噛みちぎった勢いで、パンも齧り切る感じかな」

「か、かぶりつく、か。ふーん……え、えっと、こう、かな?」

人知竜が目をパチパチさせながらホットドッグを口の前に構える。これでいいのかい? と首を傾げて。

「そーそー、そのまま食べる感じかな。あ、レタス、じゃねえや、レベツとか少々溢しても大丈夫だぞ」

「そ、そっか。じ、じゃあ……」

「どした?」

「…………そ、その、あまり、そんなマジマジ見られると、少し恥ずかしいかなーって。す、ぷぷ。ごめんねえい」

わずかに顔を赤くした人知竜が頬をかきながら困ったように笑う。遠隔の魔術式を使用し、リアルタイムで遠山と人知竜の会話を観察していた魔術師たちの半数が、脳を破壊された。

「あ、悪い。デリカシーなかったな、少し外すよ」

「あ、いやいや、ここにいてくれるのはいいんだ。ただ、あんまり、その見ないでね」

「……?」

遠山がラザールに視線で疑問を問いかける。マジか、コイツと言った顔のパントカゲが大きなジェスチャーで、そこに、いろ、黙って。と伝えてきた。

「そ、それじゃ、頂くねえい。あ、あーん」

「「「「「「アッ」」」」」」

「「「「「「おお……」」」」々

自分であーんと言うそのあざとさに、全ての魔術師が心臓の異常な動作を覚え、いつのまにかラザールベーカリーの前に集うアガトラの市民たちが息を呑んで、それを見つめる。

「召し上がれ」

美術品よりも、美を意識して造られたばかりのその美しい生き物が、口をあけて、がぶり。

「ーー」

固まった。

人知竜が、動かない。

フレメール反応を起こした猫ちゃんのように目をくわっと開いて、ホットドッグにかじりついたまま、動かない。

「えっ」

「えっ」

遠山とラザールが同時に呟く。どっちだ、どっちなんだ? 事前のチェックでホットドッグがこの世界の連中にも受け入れられる味だとは確認している。

だが、もしかして、人知竜は竜、だ。味覚や好みが、まさか、違っーー。

もぐり。

「お?」

もぐり、もぐもぐ。

「おお?」

固まっていた人知竜の口が、またモゴモゴ動き始める。闇色の目は見開いたまま、キョロキョロとホットドッグの方を向いたり、遠山を見たり、忙しそうだ。

もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。気付けばいつのまにかすごい速度でホットドッグが小さくなっていく。小さくて、白いほっぺたが膨らんでいる。

初めてアーモンドを食べたリスさんみたいな勢いだ。

こくん。

彼女の細く、薄い喉がこっくり動く。パンカス一つ、レベツの一欠片も溢さずに、いつのまにか、ホットドッグが消えてーー。

「…………」

「え、え? ら、ラザール? ラザールくん、こ、これは、ど、どっちなんだ?」

「わ、分からない、アンタにわからないなら俺が分かるわけが無い……! ど、どっちだ?」

美味いのか、美味くないのか。ぶっちゃけこれからの人知竜の反応でラザールベーカリーの未来が決まると言ってもいい。

「…………も」

「「も???」」

震える指を一本立て、人知竜から声が漏れた。

遠山とラザールが息を呑んで、人知竜を見つめて。

「も、もう一個、頂けるかな……?」

「ラザールくん!」

「心得た!」

影と霧が舞うような速度で、再び人知竜の前に用意されるホットドッグ。ソーセージからは湯気が立ち、添えられた野菜は瑞々しく、パンはザクー「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ、こくん」

人知竜が、今度はもう遠山の目線も気にせずにリスやハムスター以上の速度でホットドッグを平らげてーー。

「…………い」

「うん?」

俯く人知竜の呟きに、遠山ががたんと椅子から立ち上がる。

「……いよ」

「……! うんうん」

その途切れそうな声を聞き取ろうと体を寄せて。

「美味しいイイイイイイイイイイイイイイ!!!! なにこれ、なにこれえええええええええ!! 新しい、新しいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、え、美味しいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ。ロ、ロロロロロロロロロロシュルルルルルルルルルルルルルルルルルルるルォオオオオオおオオオおオオオおオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

「うおらば!?」

歓声は、咆哮へ。竜の声を間近で浴びた遠山が吹き飛ばされてひっくり返る。

「アッ!? しま、しまった、つい、竜の声が……! と、トオヤマくん! ぶ、無事かい!? 大丈夫なのかい!?」

「お、おお、すげえなドラゴン。どっから声出てんだ? いや、でも、いいな、マジドラゴンボイス……」

ファンタジーオタクが少し興奮気味に声を震わしながら起き上がる、腹の底がしびれるようなその声、本能を刺激される。

「よ、よかった……無事かい? いや、でも、本当に、本当に驚いたよ! なんだい、なんだい、このパンは!! 新しい! 非常に新しい知見だよう! まず驚嘆すべきはこのパンの香り to

食感! 祝福特有の酸っぱい匂いがなく、とてもやさしくそれでいて香ばしい麦の香り! そして食感は最初はざっくり、あとからもちもち! これはふむ! その石窯が秘密かな? 水か何かを入れることが出来る仕組みなのかなあ? 水蒸気によって一気に高温で焼き上げることにより生地の外はこんがり固く、そして中身はふんわり柔らかく! またこの腸詰めも素晴らしい! パリッとした後にじゅわっと肉汁があふれ出す! 香辛料、はカルダミと黒胡椒、それにバージルの葉を乾燥させたものかい? 全く臭みがないうえに、なんだいなんだい、このじゅわじゅわは! 腸詰というものはパサつくのが当たり前、麦酒と一緒に食べるのが前提だと思っていたがこれは違うねえい! 腸詰めをかじったあとに零れる肉汁をパンの生地とこのレベツの葉が受け止める! これによりさらに腸詰の肉の味がパンや野菜にしみ込み、食べれば食べるほどおいしく完成しく!! 料理は魔術に似通うものがあるが、これほどとは! おそれいったよ。すぷぷ、いや、でもこれはパン生地にも何か秘密があるねえい、ふむ、むむむむむ」

昏い目をキラキラさせながら早口で喚き、さらに頭を悩まし始める人知竜。あまりの変わりように遠山達は固まって。

「し、知りたい! このパンの秘密を……知りたい、解き明かしたい……マルドゥ2代目くん、キミもひとつ食べなさい、これは素晴らしいよ」

「は、我らが母よ。リザドニアンの店主殿、この老輩にも同じものを一ついただけるかな?」

「あ、ああ、すぐに用意するよ」

ラザールがささっと一つまたホットドッグを用意し、紙に包んでそれを鎧マントに渡す。

「ほう、……みれば見るほどシンプル、しかしそれゆえに美しい、では失礼して」

がぶり。ロマンスグレーのきりっとした老婆がホットドッグを頬張る。微塵も曲がっていない見事な直立不動のまま、がぶり、がぶり、目を見開いたまま、あっという間にそれを平らげて――。

「っ!!?」

がくり、老婆の騎士がその場に膝をつく。先ほどまでの鉄面皮は崩れ、口元を押さえ息を荒く――。

「あ、ご、ご婦人! どうされましたか! ま、まさか口に合わなかった――」

ジェントルトカゲが慌てて、老婆の騎士の元へ駆け寄って。

「び、美味が、すぎる。な、んだ、これは」

「え」

「すぷぷ」

その反応に、人知竜がぺろり、真っ赤な舌を白い唇に這わせた。

「なんと、なんという、味……魔術式による現実の浸食やスキルや秘蹟による貼り付けでもないのか、この現象が……? これが、パン……? だとしたら、我々が今まで口にした来たものは、いったい……」

はあ、はあ、と肩を震わして身震いする老婆の騎士、おどおどしているラザールへその鋭い視線を向け――。

「職人殿!!!」

「わっ、は、はい」

「貴公! このパンを、いや、これはどのように思いつかれた!? 作りは単r純だ、だが、あり得ない! 我々はこのような発想やひらめきを枷によって許されていないのに、どうやって」

「か。かせ? いや、そのアイデアは彼だ。造ったのは俺だが……」

「素晴らしい!!」

「わ」

ぎゅっと、ラザールの手を握る老婆の騎士、感極まっている。

「すぷぷ、マルドゥ君がここまで感情をあらわにするのは珍しいねえい。いや、トオヤマくん、見事だよ、恐れ入った。本当にねえい。……もう一個もらえるかな?」

「ひひひ、毎度あり」

気付けばラザールベーカリーの周りには本当に大勢の人々が集っている。天体ショーを行った魔術学院の竜を眺めに来たものはみんな、視てしまったのだ。

あのおとぎ話の存在、伝説の中の存在であった竜が、普通に目の前にいて、なおかつその奇妙な屋台の初めてみるパンを絶賛しているのを。

ざわ、ざわ。ざわ。

空気が、変わり始めた。

「ああ、本当に美味しいねえい、もう、飲み物だよう、これは……ああ、そうだ、トオヤマ君、上を飛んでいる子たちも呼んでいいかな? あの子たちにも食べさせてあげたい、もちろん、お代はあるからねえい」

ニコニコ顔でホットドッグを頬張る人知竜の言葉に遠山がラザールの方を見る。パントカゲが空を見上げて、それから在庫の材料の確認をして、助手である子どもたちに目配せして。

こくり、うなずいた。

「問題ない、大歓迎だ」

「ああ、それは素敵だ――。おいで、ボクの子たち。今日はお祭だ、探求も争いも陰謀も、今日はお休み。ほら、ボクがご馳走しよう。このパンは美味しいよ」

空を飛ぶ魔術師たちに人知竜が語り掛ける。一斉に魔術師たちの動きが止まって。

「え」「なに、それ」「今、なんか幻聴が聞こえ、え?」「人知竜様が、語り掛けて……」「うそだ、ゆめだ、ゆめだゆめだ」「人知竜様がこっちを見ているような」「賢人会議のみなさまは……」「だめだ、固まってる」「まんま鎧でワロタ」

困惑している。彼らにとっては正しく、そう、遠山の世界の認識で語ればキリスト教の信者が立川に住んでいるロン毛様から直接一緒にパン食べようよといわれているようなものだ。

その現実は、魔術師たちから思考を奪う。なかなかみんな、空をふよふよ浮いたまま動けない。

魔術師の到達点、その身体を式そのものに変換した歴代の学院長たちでさえ、唯一老いることを選んだ変わり者であり、人知竜の一番のお気に入りである二代目学院長のマルドゥ以外は、魔術鎧の姿のまま、カタカタと小刻みに震えているだけで。

誰も、人知竜の言葉に動けず――

「……ボクと一緒に食べるの嫌、なの?」

「「「「「「「「「「「「食べまあああああああああああああああああああああああああああああああああす!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」

魔術師の声が空を震わせた。

一斉に空から降りてくる魔術師達、屋台の前にお行儀良く並んでいる。

「リダ、ルカ、2分後、石窯に水を入れてくれ! ニコ、その調子でソーセージの焼き上げを頼む! ニコとペロはレベツをちぎって水にさらしてくれ!」

「「「「「はーい!」」」」」

「ら、ラザール、わたしは何をしたら、いいディスか?」

「ストルは並んでいる人に出来た物を運んでいってくれ、そこのお盆を使って!」

「は、はいディス!」

「ら、ラザールさん、あのー僕もなんか……」

遠山も、よよよとラザールの元に揉み手しながら近寄って――。

「ナルヒトは人知竜様のお相手を!」

「あ、はい」

にべもなくラザールに突き返される。まるで高校の文化祭で出店をやるときに結局役割を何も振られずに、なんやかんや変質者とのトラブルに巻き込まれたあの日を思い出す居場所のなさだ。

「すぷぷ、キミの一味は面白いねえい。誰1人キミに委縮することなくみんなが機能している。良い景色だねえい」

「ああ、どうも。なんかすみっこに追いやられてる気がするけど」

「これが、人知竜様も食べたホット・ドッグ……か」

「こんなパン、見た事ない?」

「なんて、良い匂い……」

ホット・ドッグがどんどん屋台に並ぶ魔術師たちの手に渡っていく。紙袋に包まれたホットドッグを不思議そうに眺めたり、香りをかいだりしている。

人知竜がそれを目を細めて、優しく見守っている。その姿は少し、良かった。

そして、魔術師たちが紙に包んだホットドッグを構えて、がぶり。

「えっ」

「うあ」

「ほっ!?」

「むお!?」

魔術師たちがホットドッグにかぶりついた瞬間、驚愕の声を上げる。まだこの世界にない味、取り上げられた可能性の味に目を見張った。

魔術師たちの感嘆の声が屋台広場に拡がる。

屋台は盛況、ラザールの尻尾もふりふり、子供たちからは不安な表情は消え失せている。

そして――。

「あ、あの、すみません、こ、ここのパン、まだ注文できますか?」

魔術師ではない観衆からもついにファーストペンギンが現れる。なんの変哲もない町娘、でもこのアガトラを構成する大切な住人が、ラザールへと注文を。

これが本当の客の1人目。コネでもなんでもない、ラザールベーカリーに興味を持って商品を購入してくれた1人目の顧客。

「え、あ、ああ、もちろんです、その、メニューは一つしかないのですが――」

「あ、大丈夫です、その、魔術師の人たちが食べてるそれを、私も……このパンの名前って」

おずおずと、少女が屋台の周りで舌つづみを打ったり食レポしてる愉快な人種を眺めて。

「ホットドッグです、お嬢さん」

にっこり、ラザールが善意100%の穏やかな笑顔を浮かべて。

「あ……じゃあ、その、ホットドッグひとつお願い、します……」

顔を赤くして俯く少女、またラザールが一人のいたいけな少女の性癖を狂わしてしまった。あーあ。

「あ、あいつ、また俺の知らない所でモテてる……」

「すぷぷ。良い光景だねえい」

「いや、助かったよ。人知竜、ほんと、賭けてたんだぜ」

「ふうん……?」

遠山が意図して笑顔を作る、その微笑みをみた人知竜からすんっと、表情が抜け落ちた。

竜の顔。目の前の存在がいかにこちらに好意的でも。やはり生き物としては別種だと理解させられるそんな顔――。

「――果たしてボクは賭けの本命だったのかな」

彼女の昏い目に、遠山が映っていた。

「あ?」

人知竜が言っていることが何かは分からない。でも、遠山鳴人の心臓はドキリと嫌な動きをした。

魔術師たちの感嘆の声の中、人知竜の視線に固まる遠山、竜祭りは続いていく。

◇◇◇◇

ヒトの歓声と、ヒトの熱は嫌いではなかった。

だから、この祭りも嫌いではなかった。

でも、もう、分からない。

奴のことはよく知っているし、分かっているつもりだった。奴は狡猾で抜け目がない。だがそのくせ情に妙に流される所や、甘い所もある。それが面白かった。

だから、オレは知っていたのだ。竜祭りではきっと奴はオレの力を、蒐集竜としてのオレを必要としていると。

奴がパン屋をするのは知っていた。だが、奴は必要以上の助けをよしとしないことも知っていた。

だがオレにだって、打算があった。ヒュームはそう甘くない、きっと最初は奴らの商売はうまくいかない、そこでこのオレの登場だ。オレこう見えてかなり有名な竜なのだ、だから、そのパン屋の成功にはきっと、 オレ(竜) が必要だ、と。そ

だから、きっと、仲直りできると。

「――ふかか」

だが、もうそれは必要なかったらしい。

奴らの屋台は大盛況。ふかか、ふむ、ふむふむ。やるではないか、ナルヒト。そうか、そうかそうか、あの老竜めか。なるほど奴なら確かにオレに勝ることは決してないが、それなりに人心もとりなせよう。

ふかか、けっこう、けっこう、それでこそ、ナルヒトだ、うむうむ。そうでなくては、うむ。オレは誇らしいぞ。うむ。我が竜殺しはそうでなくては――。

あれ、あれれ?

ああ。そうか。

竜の目が遠く、屋台広場の盛況を捕える、そこにはあのパンを頬張って笑う竜と、竜殺しが、楽しそうに、していて。

ああ、そうか。

別に貴様は、ナルヒトは――オレじゃなくても、良かったのか。

「焼き菓子、焦がさずに焼けたのにな……」