軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110話 冒険者の舌 そのⅣ

「審問官……? 審問官!? あ、あり、ありえません! あなたが天使教会と繋がってるなんて! そ、そんな情報、どこにもーー」

目を見開き、唾を飛ばし、商人ギルドマスターが喚いて。

「ディス?」

その落ち着きのない視線が、ストルを捉えて固まる。

「う……み、水色の髪に水色の瞳……まさ、か、第一騎士、ストル・プーラ……? あの色町の違法娼館や、密輸業者を一夜で滅ぼした最優の教会騎士……カラスすら手を出さないっていう……」

「ディス、聞きましたか? トオヤマ。なにか私にいうことは?」

名声に気を良くしたらしいストルがむふーと鼻息を飛ばしつつ、遠山に視線を傾けた。

「はいはい、凄い凄い。わかりやすいマークで助かるよ、ストル」

「お、おいおいおいおい、待て待て待て待て。あー、会長さん。こりゃ、なんの話だよ。マジで聞いてねえぞ、天使教会とコトを争うなんざよ」

「ああ、その通りだ。商会の用心棒と荒事になった時の対処、依頼はそう聞いてるんだけど」

冒険者、一級。つまり、冒険者ギルドの中でも特別な化け物を除いた上での精鋭の彼らが焦り始める。

この街で、教会と争うということが何を意味するのか理解出来ない彼らではない。

「ひひひひ、運が悪かったな。まあ、あれだ。美味しい依頼には気をつけろってことだよ」

【スピーチ・チャレンジ(脅迫)が進行します】

「ぐ、この……」

「おっと、そこの冒険者、そろそろ私の審問官から槍を退けてくれませんディスか? ……思わず私も剣を抜いてしまいそうディス」

「教会騎士……舐めんなよ。いくらクソな依頼とは言え、依頼は依頼。こっちも仕事でな。はい、そうですかと放棄するわけにはいかねえんだよ」

「おや、おやおや。へえ、一端の口を叩きますディス。その口、果たして四肢が千切れた状態でも叩けるのか、わたし、気になるディス」

「こ、の……」

【一級冒険者達へのスピーチ・チャレンジ(脅迫)が進行します。"ストル・プーラ"が自勢力にいるため脅迫の成功率が大幅に上昇しています。またあなたの冒険都市全体からの評価が"竜殺しには手を出すな"となっている為、スピーチチャレンジの成功率が上昇しています。判定なしでスピーチチャレンジに成功します】

「ストル」

「……よろしいのディス?」

遠山の一言でストルから殺気が消える。冒険者達はストルではなく、遠山を見て心底理解出来ないものを見るような目つきを浮かべた。

「よろしいディス。大丈夫だ、このままお話を続けようぜ。冒険者のあんたらのメンツもある。このままでいい。あんたもその方がリラックスしてお話しできるよな? 商人ギルドマスター殿」

「…………証拠、は。あなた達が本当に天使教会の審問官たる証拠はーー」

遠山に視線を向けられたモロウ商会会長、スピナが平静を装いつつ、言葉を。

「こんなもんしかねえけど、いいか?」

遠山が懐から取り出したのは、教会印。主教から渡されていた身分証明の為の便利グッズだ。

「教会印……ーーあなた、それを偽造すればどうなるか理解しているのですか?」

「さあ? 本物だし問題ねえよ。ああ、そうだよな。今、あんたは色々考えてる。悪くない答え方だ。それは正しい。そう、お前が俺たちを審問官だと認めた瞬間、全て終わるもんな」

「う」

ここで、遠山達をすんなりと審問会と認めた場合、商人ギルドはつまり、教会の勢力にあのような態度をとっていたことになる。

知らなかった、で済むほど世の中甘くないのはどの世界でも同じだ。

「そうだ、頑張ってくれ。お前はもう頑張るしかないんだ。頭を回せ、舌を跳ねさせろ。お前達が生き残るにはもうそれしかない」

【スピーチチャレンジ(脅迫)が進行します。全ての条件を揃えている為、スピナ・モロウとの会話に多大なボーナスが発生します】

「……こ、の書類、どこ、からーー」

「ラザールくん?」

遠山がおどけて、ソファの背後に佇むラザールのほうへのけぞる。

「ふむ。発想は悪くない。決して一箇所には固めずそれぞれバラバラの位置に保管している。なおかつ警備も厳重、かつ隠し場所も地下だけのワンパターンだけでなく豊富。隠し戸棚、隠し床、シンプルな金庫、発想は悪くないさ」

「どうやって、それらを」

「悪事が得意なリザドニアンの企業秘密だ」

影の牙が、人差し指を立て、意地の悪い笑みを浮かべる。それは彼の友人のものとよく似ていた。

「ぐ、こ、の」

「さて、会長殿。この書類、アンタにとっては決して日の目に当てたくないもの、なのかな。ラザール?」

「そうだな、商売敵を蹴落とすために盗賊や山賊に街道を襲わせる指令の密書や、貴族への賄賂の詳細、おっと、王国の宮廷官吏とのやりとりの記録、ほう、ほうほう。関税やら積荷税に便宜を測ってもらっているらしいな」

「あ、くそ……」

「それに、これは驚いた。会長殿は豪胆だ。ナルヒト、この町で最もやってはならない悪手をなされていらっしゃるな。教会、天使教会への祝福税の報告を誤魔化している。本来納めるべき税金の半分ほどしか納めていない」

「あ………」

ラザールの言葉に、今度こそスピナの綺麗な顔がぐにゃあと歪む。

「ん……? ああ、なるほど、そういうことか。あの銭ゲバ……チッ、上手いこと使われたなこりゃ」

税金。その情報に対して遠山が目を細める。

どうやら、この状況はあの銭ゲバのーー

「どうした、ナルヒト」

「いや、なんでもねえ……さて、会長殿。状況はお互い理解出来たと思う、天使教会の審問会に、アンタはまずいものがバレてる。どうする? アンタの知ってる天使教会の主教と俺が知ってる主教が同じ人物なら、税の誤魔化しなんてのは、あの女の怒髪をつくと思うんだけどよ」

「……なにが、望みですか」

遠山の問いかけに俯くスピナがぼそりと言葉を漏らした。

その膝に押し当てた手は震えている。

「あ?」

「と、取引です、トオヤマナルヒト。み、見事と言うほかありません。まさか、ここまで、やるとは思ってませんでした。……我々、モロウ商会は、ドロモラ商会との取引に応じます。天使粉、でしたね? それも、適正、いや、値引きしてーー」

「あー? 天使粉?」

「は、はい! 貴方達が欲しがっている天使粉です! キロ単価、金貨一枚、いや、銀貨、5枚で!!」

泣き笑いのような表情で、スピナが必死に叫んで。

「あー……悪い、もうそれ、いらないんだわ」

「ーーは?」

遠山の言葉に、スピナは口を開いたまま固まった。

「ストル?」

「はい、ディス。こちらは、天使教会主教、カノサ・テイエル・フイルドからの信書ディス、読み上げても?」

ぱららら、ストルが懐から取り出した羊皮紙を広げる。

縦に、横に何度か向きを変えたあと、うんと頷いた。読めるらしい。

「頼むよ」

遠山がその様子にひとまずほっと息をつく。読めるらしい、よかった。

「ごほん。天使教会審問官、トオヤマナルヒトからの嘆願、及び要請を認めます。ドロモラ商会、及びラザールベーカリーの作るパンについては天使様の威光と教会と竜の繋がりを更に強くするものであると認めーー」

「は? は?」

突如、つらつらと語られる天使教会からの令文。それにもう商人ギルドマスターはついていけない。

「ここに、天使教会主教、カノサ・テイエル・フイルドの名の下に、ドロモラ商会への天使教会が保有する天使粉の供与を認めます。なお、これは無料ではなく教会がドロモラ商会に課す貸しとして記録に残すことをここに明記します……とのことです」

「アイツ……まあ、いい。会長殿、そういうことだ。天使粉なんだけど、やっぱいらねえわ」

銭ゲバらしすぎる令文に遠山が目を細める。ストルを一足先に教会に向かわせていたのはこの仕込みの為。

初めから、遠山鳴人はーー

「ーーは?」

「我々、天使教会は今、商人ギルドの背信を確認してしまった。審問会としてはすぐにでも、我が補佐官が見つけたこの証拠を親愛なる主教殿にお見せしたいところだ」

「ーーあ」

「理解しろ。お前達は今、教会を敵に回そうとしている。存亡の危機だ。天使教会は、いや、あの銭ゲバは金に関係することで己に不義を働いたものは決して許さない。祝福税を誤魔化したお前らがどうなるのか。もちろん理解しているよな?」

遠山鳴人は、ラザールを蔑ろにしたこの商会を真正面から叩き潰すつもりだった。

「うーーと、りひきは」

「いらないな。お前達に助けてもらう必要なんかどこにもない。さて、どうしたものか」

ラザールに密書を集めさせたのも、ストルへ主教に手紙を渡させに向かわせたのもこの一瞬のため。

「うそ、嘘嘘嘘、こんなの、ウソ、あなた達が、ほ、本当に、審問会? 本物の天使教会の懐ナイフ? そんな、馬鹿な」

「嘘かどうか、教会に聞いてみたらどうだ? さて、これ以上何もないようならもう行くよ。我々は忙しくてな、会長殿、そろそろこれ、外してくれないかな」

一撃で、モロウ商会を捻り潰す。

「あ、が、……天使、天使粉は」

「いらない。お前達のは必要ない」

【スピーチチャレンジ(脅迫)進行、スピナ・モロウは恐慌状態に陥りました。全ての交渉においてもはや彼女はあなたに太刀打ちすることすら出来ないでしょう】

「や、だ、やだ。だめ、そんなの」

「ガキ。教えてやる。お前らは間違えた、お前らは詰んだ。俺たちを見誤った。ラザールを舐めた、俺を舐めた。その代償は払ってもらうぜ」

「あ、あ、あ」

「もうこれ以上ないなら、終わりでいいな?」

依然、遠山は槍を突きつけられたまま。

だが、追い詰めている者、追い詰められている者の立場はまるで逆だ。

「あ、ぎ。ま、待って、ま、って」

「待って?」

「まって、下さい」

首を傾げる遠山に、びくりと小動物のような反応をスピナが見せる。

「悪いが忙しい。待たない、冒険者を引かせろ。会長」

「貴方の。望むものを!」

「……」

シン、部屋が一瞬沈黙に満ちる。

「も、も、モロウ商会は、あなたの望むものを用意します。お代もいりません。ですから、ど、どうか」

「何が出せる?」

「天使粉……いえ、そのほかにもパンを作るために必要な綺麗な水、道具……」

「それだけか? 命乞いにも全力を出せない奴と話をするのはめんどくさいな」

【スピーチチャレンジ(脅迫)進行。モロウ商会から物資や譲歩を多く引き出せそうです】

「ま、まって! 場所、場所です……」

「ふうん?」

「し、商人ギルドの権限で、貴方達の竜祭りの出店場所、それを便宜します」

「おっと、ようやく気になるのが出てきたな」

「トオヤマナルヒト、まさか、お前、最初から……」

全ての場を支配する遠山に、ドロモラが戦慄する。

本当に、心の底から敵でなくて、敵に回さなくて良かったと彼は安堵していた。

「他にもあるよな、モロウ商会。この街1番の商会ならこの街の購買者層、客にまつわるデータやらなんやら、そう言うのも、ある、よなあ?」

「……………わ、かりました。それを貴方達に供与致します」

商売人にとっては致命的。とりわけモロウ商会のような歴史と規模の大きな商会にとっては飯の種とも言えるものまでもはや、スピナは差し出さねばならない。

遅すぎたのだ。

「他には? まだ考えれねえか?」

目の前の男の危険性に気付くのが。

小細工でどうこう出来る相手ではもはやない、ということに。

「き、金銭的な供与も、投資も! モロウ商会に出来ることなら、全てーー」

ばっと、スピナが地面に跪く。頭を床にこすりつけ、平伏する。

見た目はまだ成人前の少女が、目つきと態度の悪い男のもとに跪くのはひどい絵面だった。

「ナルヒト、これ以上は……」

あまりにもな光景に善人トカゲがおずっと、遠山へ声をかける。

「バカ、ラザール。気を抜くな。……本番はこれからだ」

「なに?」

だが、遠山鳴人には見えている。この少女の狡猾さを、根っからの商売人であり、勝負師である本性が。

その少女がこれからもたらす危機を知っているのだ。

運命の知らせ。

ピコン

【警告ーー】

【非常に危険なクエストが開始されます。失敗すればラザール、ドロモラ、ストル・プーラが死亡ロストします】

【DEADクエスト 開始 クエスト名"News of the wind"】

【クエスト目標ーー】

「全て、全て。ええ、モロウ商会に出来ることは全てさせて頂きます」

地面に平伏すスピナの顔は見えない。

だが、その声は負け犬の声ではない。

「「ッ」」

2人。優秀な危機察知能力を持つ"影の牙"、そして超越者になりうる選ばれし者"第一の騎士"

滝のような汗を流し、2人が無意識にそれぞれナイフ、剣、己の獲物へ手を伸ばす。

「ストル、ラザール。待機」

遠山の言葉で一瞬2人が冷静さを取り戻し。

「召喚印、起動ーー」

その少女の指輪が光り出す。

「お、おい、これ」

「マジかよ」

風が、強く吹いている。

屋内に。

「契約者、モロウ商会、初代会長、ラナール・モロウの名の下に」

風。

「契約、勇者パーティ召喚」

「「「はーー」」」

ラザール、ドロモラ、ストルが驚愕に歪む。

「竜殺し。トオヤマナルヒト。いや、ほんとに焦りました。ええ、貴方の言う通りです。我々は貴方をみくびっていた。我々は、対応を失敗しました。天使教会に一泡吹かされ、完全に道を誤った」

平伏したままの少女が顔を上げる。

「完璧な手腕です。天使教会の威光と一級の冒険者にもおじけない実力と胆力。そして、我々の急所を一撃でもぎ取る勘の良さ。……商売人、失格ですね、私。少し調子に乗っていました」

ゆっくりとソファに座り直し、伸びをしながら、遠山へ目線を傾ける。

先ほどまで自分が地べたにはいつくばっていたことなど忘れたかのように。

「トオヤマ! これは!」

「いい、ストル」

「認めます。負けです。我々の。でも、このまま、貴方の一人勝ちは嫌です。我々は貴方に負けた。でもね、そういうの全てをひっくり返す方法、貴方ならよくご存知ですよね」

「お願いします、先生」

風が、止んだ。

そこには、彼女がいた。まるで、初めからその場所にいたように。

風が世界を渡り、どこへでも現れるのと同じように。

彼女もまた、どこにでも現れる。

「おや、おや、おやおやおやおや」

銀の髪が、揺れる。風に揺蕩うたびに鈴の音が鳴る、そんな気がした。

宝飾品のような瞳が、複雑なガラス細工のようにきめ細かく輝く虹彩が、遠山を映す。

「くくく。スピナ、君が助けを求めるなんて珍しいこともあると思えば、これは、これは。意外な人物と会うこともあるものだ」

遠山鳴人はその女を知っている。会うのはこれで3度目。最初はあのヘレルの塔で、次は冒険者ギルドで。

そして今度はモロウ商会で。

「ーーウェンフィルバーナ」

銀色の髪に白磁の肌。その耳は、やはり、丸い。エルフの耳ではない。

「塔級、冒険者……」

「……クソ、どうして、ここに」

「やあ、リザドニアンのラザール、それにこの前は見なかったね。その鎧は教会騎士? 全く節操なく味方を集めているものだ」

モコモコの民族衣装のようないでたちは相変わらず。

にこにこと人好きのする笑顔を美貌に映しつつ、ウェンフィルバーナが遠山の仲間達を眺める。

「アンタにゃ関係ねえだろ。塔級冒険者。悪いが今、仕事中でな。帰ってもらえないか?」

「くくく、そうかい。それは悪いことをした。でも、私もこれで仕事でね。スピナ。召喚のの印を鳴らした、という認識でいいんだね」

ウェンフィルバーナが、スピナへ語りかけて。

「はい、先生。大変恐縮ですが、お力を借りたく」

恭しく、スピナもまたソファから立ち上がり、ウェンフィルバーナに向けて膝をついた。

「仕事内容と報酬は?」

「報酬は、白金貨30枚。仕事内容は、そうですね。私の護衛と、 天(・) 使(・) 教(・) 会(・) 異(・) 端(・) 審(・) 問(・) 会(・) な(・) ど(・) 、(・) こ(・) こ(・) に(・) は(・) 来(・) な(・) か(・) っ(・) た(・) 、でお願いします」

「ーーへえ」

それだけで塔級冒険者と雇い主の契約は終わった。

「「「ッ」」」

生ける伝説が一瞥する。それだけで、ラザールとストルの身体が動かなくなる。

ドロモラは既に気絶している。

「…………本気か?」

遠山が静かに問いかける。

「はい。本気です。貴方も知っているでしょう? この世の全てを決めるのは最後には力です。貴方がどれだけコマをすすめても、枠外の力で、全て終わる」

「ああ、そりゃ同感だ」

「先生、お願いします」

「ふーん。まあ、いいよ。君の古い家族、モロウには昔世話になった。彼らを始末するに、白金貨30枚は少し安いが……まあ、割引ということにしておこうか」

「トオヤマ!」

「ナルヒト!」

「悪く思うなよ、竜殺し。そしてーー」

向けられる矢尻。超越者の圧力。

触れてしまえるような重たい殺意と、軽い動作。

突如現れた理不尽な力が、遠山達の道を壊そうとーー

【条件達成 キリヤイバカウントの進行によりあなたには"神性(霧)"が付与されています】

【神性(霧)による"人間"および"人類種"に対する絶対優位権が発動します】

だが、理不尽ならもう何度も味わっている。

あの夏の夢は、遠山鳴人をもうどうしようもない領域にまで追いやってしまった。

器から、最早漏れ出すほどに。

遠山の血は 白色(神の血) なのだから。

「調子に乗んなよ、小物が」

「「ッあ」」

異変、まず2人。

一気に青ざめる顔、震える手足。

遠山に向けられていた槍先が、ブレる。

「ラザール、ストル」

「「ーーっ!? 承知」」

遠山の声が響く。その瞬間、ウェンフィルバーナに見つめられ固まっていた2人が弾けるように動いた。

「へえ!」

ウェンフィルバーナが喜色ばんだ声をあげて。

「悪く思うな」

「なん、で、体動かな、がっ!?」

遠山に槍を突きつけていた冒険者、それとスピナの側に立っていた冒険者がふらつく。その瞬間に、ラザールとストルが動き、その2人を制圧する。

「寝てなさい、ディス」

「うおええ、気持ち悪い……竜殺し、なにしやが、っあ!?」

ラザールがふらついた槍の男の背後をとり、頸動脈をきゅっと絞める。ストルが地面に四つん這いになる冒険者の後頭部を殴り抜き、地面に沈める。

あっという間、一手で、モロウ商会の武力は審問会により鎮圧された。

「は?」

事態が理解出来ないスピナの目が丸く広がって。

「さてーー誰に向けて小癪な戯言を垂れ流しおるか、小娘」

遠山の、目。

茶色の瞳に、白いモヤが渦巻く虹彩がスピナ・モロウを見つめて。

【神性(霧)による威圧が発動します。判定なしで成功ーー】

「ーーァ」

ばた。

スピナ・モロウがソファに深く沈む。

遠山と目が合った瞬間、顔は青褪め、舌はだらりと垂れ下がり。まるでみてはならないものを見たかのように驚愕と恐怖を顔に浮かべて。

ヒトが、倒れる。

まるで上位生物が定命の者へそうするように。

ヒトが竜の威に気を失うのと同じように、遠山鳴人に敵意を向けられた者が動かなくなる。

「ーー驚いた。君、本当に」

あっという間だった。

塔級冒険者の威が場を飲み込んだと思った瞬間、遠山鳴人がその全てをひっくり返した。

「塔級冒険者、依頼主がそんなんになっても、まだアンタの仕事は続くのか?」

【スピーチチャレンジが進行します。塔級冒険者ウェンフィルバーナへの懐柔が発生します】

「ーーや、ら、れ、た」

ウェンフィルバーナが信じられないものをみたとばかりに目を見開く。

「やられた、これは、久しぶりに本気で出し抜かれた」

目をぱちり、ぱちり。

倒れた依頼主を眺めてウェンフィルバーナがつぶやく。

「うーん、困った。確かに依頼主がこれではね。おーい、スピナ、聞こえる?」

「…………」

もちろん、答えない。スピナ・モロウは白目を剥いたままだ。

「見事に眠ってる。本能で意識を失ったのか。君がよほど怖かったのか。ふむ、参った。これでは依頼は半分失敗。護衛は、失敗じゃないか」

「アンタと争う気はない。退くんなら見逃すぞ、冒険者」

「ーーはは、ははははははははははは!!! 見逃す!? ははははははは! これは! これは一本取られた! たしかに、そうだね! 目の前で依頼主を戦闘不能にされた間抜けな冒険者だ! あとはもう背中を見せて逃げるだけ、あははははは」

遠山の言葉に、ウェンフィルバーナが笑う。

超越者の遠慮ない笑い声は部屋を揺らし、ラザールやストルの顔色を悪くさせて。

「でも、こうは考えなかったかい? まだ、依頼の半分は残っている。天使教会審問会はここには来なかった、と言う奴」

にまっーと咲うその笑顔。

風が彼女の周りに渦巻き、部屋の書類を巻き上げる。

矢尻が、ソファに座ったままの遠山を狙って。

「お前」

「ん?」

風が舞う。

霧が揺蕩う。

部屋の中を、霧が、風が互いに食い合う。潰し合うーー

「それをラザールや、ストルに向けてみろ」

遠山は目を逸らさない。

「殺すぞ」

一言。

超越者がびくりと、みじろぎした。

長い、永い沈黙。

ラザールとストルは動けない。

たらりと、ストルの白い肌の上を汗がするりと滑って。

「…………白金貨30枚ではもう、割に合わないな」

【全てのスピーチチャレンジに成功しました】

先に殺気を収めたのは、射手の方だ。

渦巻く風が止まってゆく。

ヒラヒラと舞う書類が、右に左に揺れて、それから床に落ちる。

「負けたよ、竜殺し殿。くくく、久しぶりに依頼を失敗してしまった。依頼失敗の報告をした時の、冒険者ギルドのマスターの顔が楽しみだ。だが、これでも冒険者の端くれでね。気を失ってしまった依頼主とその仲間達は回収させてもらうよ」

「好きにしろ。もうそんな小物ども。どうでもいい。ああ、でもそうだ。そのガキが目を覚ましたら伝えてくれないか?」

「うん?」

ウェンフィルバーナが遠山の言葉に首を傾げて。

「お前を見ている、と」

「……君は恐ろしいヒトだね。トオヤマナルヒト」

そう呟いて、また風が吹く。

それが止む頃にはもう、部屋には遠山たちしかいなかった。

「い、い、生きてる……のか。あ、あれは、塔級冒険者、ウェンフィルバーナ、だよな」

「偉大なる歯にかけて……今度は、今度こそはダメかと……」

「……あれが、勇者パーティーの最後の生き残り。……生ける伝説……ディスか。ん? トオヤマ?」

意識を取り戻したらしいドロモラが大きく息を吐く。ラザールがしゃがみ込み、尻尾をべたりと地面に。ストルが壁によりかかり、額を抑えて、それから。

「コッワー……なんだありゃ、なんでもありの化け物かよ、見たかよ。目とかもう怖すぎだろ。あれぜってー性格悪いぜ」

遠山がヘラヘラと笑っていた。

「「「…………」」」

みんな、生きている。

【商人ギルドとのスピーチチャレンジを完遂しました。これにより"竜祭り"での周辺の商人からの嫌がらせの確率がぐんっと下がりました。またモロウ商会との関係が"恐怖"に変化しています。今後モロウ商会、及び商人ギルドとの取引が円滑に進むことでしょう】