作品タイトル不明
108話 冒険者の舌 そのⅡ
……
…
「ようこそ、いらっしゃいました。ああ、お早い再会で何よりです。ドロモラ氏」
応接室。細身の男が戸棚の宝石を磨きながらこちらを振り向く。
商会にたどり着いた後、案内された部屋は広い。
部屋の至る所に置いてあるショーケースには宝石やマネキンに付けられた装飾品が豊富に飾られている。
「やあ、支店長殿。なに、やはり色々考えたのだが、モロウ商会との取引は我々にとって必要不可欠と結論づけてね。……今日はまた別のツレがいるのだがよろしいかな」
ドロモラが声を穏やかに、遠山を紹介する。
「ほう! ああ、黒髪に奇妙な軽鎧、もしやあなたがかの有名な竜殺し殿ですかな」
香油で整えられた髪の毛、細身の体をきちりと包むウエストコート。服装から裕福なことが窺える。
「ーーどうも、はじめまして、えーっと」
「ミハエル・クラウスと申します。当商会アガトラ本店の支店長を任されております。どうぞ、お掛けになってください」
恭しく遠山に一礼する男。事前に聞いていたラザールへの態度とはかなり違うように感じた。
「いいソファですね」
勧められた座り心地を確かめ、遠山がさらりと告げる。ハリのある革は適度に弾力を返してくる。
「おや、わかりますかな。王国から仕入れた一品でして。流石は竜殺し殿。お目が高い」
「いえいえ、そんな。クラウスさんはこちらで働かれて長いんですか?」
「ええ、そうですね。そろそろ20年くらいにはなるかと。……それで、ドロモラ氏、いいお返事を聞かせて頂けるのでしょうか」
世間話をする気はないようだ。
対面に座る細身の男。モロウ商会本店支店長、ミハエル・クラウスがすっと細めた目をドロモラに向ける。
「ふむ。どうするかね、竜殺し。君の意見が聞きたい」
「そう、だな……たしかにここの商会の力は建物からよく分かる。竜祭りまでに必要な天使粉の調達なんてわけないだろうな。……流通に制限がかけられてる今、俺たちはどうしてもこのモロウ商会さんに力を貸してもらう必要があるわけだ」
遠山がティーカップを運んできてくれた店員さんに頭を下げながら答える。
遠山の言葉に満足したように支店長が頷いた。
「ええ、ええ、そうでしょうそうでしょう。さすがは噂に名高い竜殺し殿。よくお話がわかるお方で。ただ、私も正直なところ心苦しいのです。商機的なものがあるとはいえ、この天使粉の高騰、申し訳なく思っております。我々モロウ商会の会長もひどく心を痛めておりまして」
「へえ」
ピコン。
メッセージが流れる。遠山が表情を変えずに彼だけに見えるそれを確認した。
【スピーチ・チャレンジのヒントが追加されました。"モロウ商会には会長がいる。天使粉の独占は支店長の独断ではないらしい】
「ドロモラ氏、ちょうどいい。前回の折衷案は考えて頂けましたかな?」
「キロ単価金貨5枚の値下げだろう? それならーー」
ドロモラがソファから身を乗り出して。
「おやあ? 金貨5枚……? あー、あー! あれね、はは、いやあ、いやいやいや。ドロモラ氏、あれはね、この前の相場での話ですよ」
支店長が首を傾げて、大袈裟に声を上げた。
「なに?」
「いま、今はね、キロ単価金貨20枚です。ふ、ふふ。いや、いやいやいや、商売とは難しいものですねえ。あの時ああしてれば良かった、いや、私もねえ、そういうことたくさんありますよ」
笑い、それを堪えているように見える。
明らかにドロモラを舐めて、からかっていた。
「……まともな取引などする気はない。あくまで君達の狙いは我々の貴族階級への販路の奪取というわけか」
ヘラヘラとした敵意。
ドロモラが顔の皺を深くして。
「いやだなー、ドロモラ氏、そんな言い方はないじゃないですか。……いや、でもまあ、そうですね。本来であればあなたのような木っ端商人、我々の商会に踏み入れることすら出来ないですし、いいんじゃないですか?」
「随分と言うものだ。あなた達には礼儀というものがないらしいな」
「礼儀とは弱者が強者に対して行うべき責務ですよ。圧倒的な強者はね、何をしても許されるのです。こと、商売という場においてはね」
急に支店長の雰囲気が変わった。
傲慢な言葉、それはその男にとっての真実なのだろう。
「見解の相違だな。商売とはつまるところ信用と信用の交換に他ならない。あなたとは趣味が合いそうにない」
「ははは、だとしてもあなた達ドロモラ商会が竜祭りに参加する為には、どうしても大量の天使粉が必要でしょう? ああ、そうだ。こういうのはどうですか? あのリザドニアンのパンなど馬鹿げたことはやめて別の商材を探してみれば? いやあ、いい案だと思いますけどねえ」
「……一度手を組もうと決めた相手を、上手くいきそうにないからやはり辞めるなど恥ずかしいことが出来るものかよ」
忌々しげにドロモラがつぶやく。遠山はじっと、そのやりとりを見守る。
「はははは、田舎商人の本性が出ましたな。情などという安っぽいものに振り回されてるようであれば、当商会では丁稚すら務まらないでしょう」
「……」
もはやその男はドロモラに対する無礼を隠そうともしていない。よほど自分の立場の強さを信じ切っているらしい。
「さて、ではドロモラ氏。どうしますか? お決め頂けるんですよね?」
にや、にや。
骨張った顔にはりついた笑顔、それはどこまでも愉快そうにーー
「少しいいですか?」
遠山が声を上げる、その顔には割とさわやかな笑顔が同じく張り付いていた。
「おや、これは恐ろしき竜殺し殿。なにか?」
「いえ、良いコートだな、と。最近、友人の家の使用人が似たデザインのものを着ていたもので」
「……ほう」
その言葉の遠回しの意味が伝わったらしい。支店長が体の向きを遠山の方へ向ける。
友人の家の使用人。竜殺しとある竜が友好的な関係にあるとモロウ商会は理解しているらしい。
「強者、なるほど。確かに貴方たちの商会は強大ですね。この店構えを見れば分かる。工芸品や装飾品、青空市場で見れるものとは種類や出来が大違い、おまけに客層も良い。服装や会話からすると貴族もいるのでは?」
この商会に入った瞬間の顧客層や会話を遠山は注意深く監視していた。
現代でも似たような雰囲気を感じたことはある。高級デパートの外商がたまにバベル島のセレブ連中に商売しているのと同じ雰囲気だ。
「ええ、さすがは竜殺し殿。その通りです。当商会の歴史は古く、アガトラ建立時よりあったと聞きます。モロウ商会を歴代率いるモロウ一族も帝国建国時から、貴族に重用されてきた商家。帝国広しと言えど我が商会に並ぶ組織はありませんよ」
遠山の言葉に気をよくしたらしい支店長が口数を多くした。
「へえ、そりゃすごい。まさに歴史と由緒ある強力な商人。この街で商売を上手くやっていくには貴方達を敵に回すわけにはいかないわけだ」
「ええ、まさしく、その通りにて。竜殺し殿、貴方はやはり話が分かるお人のようだ。貴方のことを調べさせて頂きましたが、聞けばドロモラ商会の飛躍の要因も貴方だとか」
「なんのことですか?」
「ははは、駆け引きなどおやめください。ティタノスメヤ商材の事ですよ。いや、いやいやいや、一介の冒険者にしておくのは惜しい。ティタノスメヤという需要と供給が絶妙に合わない、しかし確実に商品価値を秘めている存在にいち早く気付き、それを利用した。……実は、私どもがドロモラ商会とこうして取引の場を設けたのも、貴方がいるからなのですよ」
「おい、君、この場でそんな話は」
「ドロモラ」
「…………」
遠山が視線でドロモラの言葉を止める。
その様子を支店長は満足げに見つめる。ドロモラ商会と遠山鳴人の距離が開くのは彼の意中なのだろう。
「賢い選択です。ええ、ええ。竜殺し殿、貴方のお気持ちはよくわかります。おそらくですが、貴方様は今、我々モロウ商会にあまりいい感情を抱いていないのでは?」
「あはは、それはストレートな話ですね。支店長さん。どうしてそう思うんですか?」
遠山はその言葉に注意深く耳を傾ける。
「決まっていますよ、竜殺し殿」
遠山鳴人にとっては、ここが分水嶺だった。
この男の返答次第で全て決まる。
取引の駆け引きとしてこの商人たちと手を組むか、それとも叩き潰すか。全てが。
「 テ(・) ィ(・) タ(・) ノ(・) ス(・) メ(・) ヤ(・) の(・) 仕(・) 入(・) れ(・) 販(・) 売(・) ル(・) ー(・) ト(・) の(・) 譲(・) 渡(・) 。そんなものを要求されて気分が悪くならない訳がない。ですが、どうかお許しを。これは駆け引きの妙にございます。先日、ドロモラ商会にあのような要求をしたのはひとえに貴方です。貴方をどうしても取引の場に引きずり出したかった。敬意、と受け取って頂ければ」
「ーーーー」
支店長の言葉に、認識に、 遠山鳴人の友人(ラザール) のことは一切登ってこなかった。
つまり、ラザールへの言葉は駆け引きの為ではないもの。ただのこの男の本音だったのだろう。
ああ、もういい。
遠山鳴人は選択する。
ピコン
【スピーチ・チャレンジが開始されます】
【新たな技能を複数習得しています。スピーチ・チャレンジを優位に進めることが可能です】
こいつらは、要らない。必要ない。
「竜殺し殿、この度、モロウ商会から貴方への提案がございます」
「ーー提案、ですか」
「はい、当商会の会長にして、商人ギルドのマスター、スピナ・モロウは貴方に強い興味を抱いています。これは良い話ですよ、竜殺し殿」
「話が見えないな。支店長さん、つまり、どういうことだ?」
「貴方を我が商会に迎え入れたい。当商会会長にして、商人ギルドマスター、スピナ・モロウの意思です、認めているのですよ、彼女は。貴方の価値を」
臆面もなく、細身の男。モロウ商会本店支店長、ミハエル・クラウスが言い放つ。
「人生は選択の連続です。こんな機会そうそうにない。200年ぶりの竜殺しといえど、貴方は奴隷の身の出のはず。これはチャンスなのですよ。竜殺し殿」
深まる笑顔、恩着せがましい言葉。自分の吊り下げた餌に魚が食らいつくに決まっていると過信した顔。
【INT値が6以上なのでアイデアロールが発生します。スピーチ・チャレンジヒント"ミハエル・クラウス"の発言】
遠山鳴人は考える。目の前の男の潰し方、いや、このモロウ商会とやらの殺し方を。
「チャンス、ですか」
「…………」
「ええ、チャンスです。ヒトにはそれぞれ能力を発揮出来る居場所がある。あー、まあ、中には先日ここに来たリザドニアンのようにどこに行っても忌み嫌われる使えない劣等もいるのですがね。少なくとも、貴方の居場所はそこではない」
「貴様、口が過ぎるぞ」
ドロモラが低い声を押し殺してつぶやく。
「お静かに、ドロモラ・バギンズ。ぽっと出の田舎商人め。今、私は竜殺し殿とお話をしている。竜殺し殿、商人ギルドマスターは貴方を評価している。見ていたのですよ、彼女も。貴方の選択の勇姿を」
「へえ」
「竜大使館でございます。竜殺し殿と蒐集竜様の婚姻の儀の場に当商会の会長も臨席しておりましたゆえに」
あの時だ。ドラ子の屋敷に初めて、拉致られた時。
街の有力者が集められていた議場を思い出す。今考えてみれば懐かしい、少し遠山は笑う。
「ああ、なるほど。あの時確かに商人ギルドマスター、という方もいらっしゃいましたね」
「ええ、彼女は歴代でも最年少にして最優の当主と呼ばれております。モロウ商会を更に飛躍させていく才を持つ特別な存在です。そんな彼女に貴方は見出されたのですよ、竜殺し殿」
「ああ、そりゃ、光栄なことですね。じゃあ支店長さんはその会長さんの指示を受けて今俺をスカウトしてくれてる訳だ」
「はい、その通り。モロウ商会においては貴方には会長付きの仕入れ担当のポストを用意しております。今の環境のような使えないグズばかりでの仕事はもう終わりです」
「ははは、そりゃいい。あれ、でも驚いたな。こちらの仕事環境をご存じで?」
「ええ、ええ、大変失礼ながら当商会とコネのある業者、そして冒険者ギルドから貴方のことをお調べさせて頂きました。驚きましたよ。あのリザドニアンと 流(・) れ(・) の(・) 孤(・) 児(・) 院(・) 出(・) 身(・) の(・) 冒(・) 険(・) 者(・) 、そしてスラム街のガキども。いや、驚異的です。そんな下賎なコマだけであのティタノスメヤを定期的に供給出来るとは」
【スピーチ・チャレンジヒントが追加されます。"孤児院出身の冒険者"。ヒントが全て揃った為、新たな事実が開示されます】
【商人ギルド、モロウ商会は"天使教会"と貴方達のつながりに気づいてはいません。主教・カノサ・テイエルフイルド羽達を利用してばら撒いた欺瞞情報を真実と認識しています】
遠山の確信がメッセージとなって流れる。
ストルのことを天使教会の騎士とは認識していない。
やはりだ。
予想通り、彼らは遠山達が"天使教会"と深い関係にあることまでたどり着いていない。
ラザールへの対応の時点でなんとなく予想はついていたが。
遠山が更に笑みを深める。
「ーーいやあ、流石だ、モロウ商会。そこまで調べられているとはなあ。ええ、こちらも苦労が絶えなくて。リザドニアンは扱いが難しくて、孤児院出身の冒険者はバカ、スラム街のガキどもはすぐに泣いたり取り乱したりでね。ーーええ、ほんとに」
「でしょうとも、でしょうとも、分かりますよ。劣等は優秀なものの足を引っ張ることしかしない。社会とはつまり優性と優性が集い、一部の優れたる者によって取り仕切られるべきです。貴方とは話が合いそうだ、竜殺し殿」
「ですね、支店長。なるほど、これで俺は一気に勝ち組の仲間入り。人生はこともなし、正しい選択をしたってわけだ」
遠山の張り付いたニコニコの顔。
「その通りです! 我々は貴方を歓迎致します。そして約束しましょう。貴方のこれからの人生の豊かさを! モロウ商会という大きな力の庇護のもと、貴方はこれから勝者として人生を歩めるのです」
支店長もニコニコしている。
「ああ、そりゃ素晴らしい。ーートカゲやガキのお守りをしなくていいってわけだ。確かにそりゃいいな、最高だ。俺はモロウ商会の命令を聞き仕事をする。商会はそれで儲ける。俺は面倒を見てもらえる、ああ、魅力的だな」
いつになく遠山の声は高めだ。彼をよく知る人物ならその様子がいかにおかしいかすぐにわかる。
「ははは、これまでご苦労様でした。いや、いやいやいやいや。貴方の気苦労は想像だにすら出来ません。あのような汚らわしい種族やどんな病気を持ってるかわからないスラムの孤児。そういうのとは無縁な生活が待っていますよ。それではすぐに雇用契約書を用意させます。どうぞ、お茶を召し上がりながらお待ちください。ああ、それと」
だが、支店長は遠山のことをよく知らない。竜殺しのことは知っていても、遠山鳴人のことは知らなかった。
「…………」
「ドロモラ氏、無事商談は完了しました。もう貴方にはなんの利用価値もないのでどうぞお引き取りを。ああ、まあ、折角ですから最後にお茶くらいはどうぞ? 貴方の商会では出せない高級品ですので」
押し黙るドロモラに支店長がニヤつきを向ける。
「…………」
「おや? おやおやおや、どうしたんですかあ? ドロモラ・バギンズ? 勧められたお茶を飲めもしないとは? ははは、まさか我々を恨んでらっしゃる? ダメですよお、これは正当な取引です。竜殺し殿は正しい選択をなされた。ただそれだけのことです。貴方達のような泥舟ではなく、モロウ商会というより大きく素晴らしく強い組織を選んだ。貴方達は負けたんですよ」
支店長の言葉には熱がこもる。
どうやらこのモロウ商会はよほどドロモラ商会が、ドロモラ・バギンズという商人が目障りだったのだろう。
「……負けた、か」
ドロモラがぼそりとつぶやく。
「ええ、そうです。これでドロモラ商会の生命線もおしまい。ああ、ご安心を。上流階級へのティタノスメヤ素材商品の需要はしばらく続くでしょう、それの供給は我々、モロウ商会とこちらの竜殺し殿がきちんととこどおりなく行います故に、ねえ、竜殺し殿。いえ、トオヤマ氏」
勝利を確信した支店長。
ドロモラ商会は既に竜殺しの協力なしでは立ち行かない。その認識のもとの、この笑顔。
「ああ、そうだな。悪いな、ドロモラ。俺ここの家の子になるわ。高そうなお菓子に、高そうなティーカップ。うん、いい香りだ、飲まないのか? ドロモラ」
「ははははは、竜殺し殿もお人が悪いなあ。この田舎者はお茶の作法も知らないのでは?」
おどけた遠山に気をよくしたらしい支店長が同調する。
今、ミハエル・クラウスは絶頂にいる。この仕事とモロウ商会は彼の全てだった。
モロウ商会という餌に竜殺しは当然のように食いついた。彼はそれを信じて疑わない。
当然だ、彼の認識ではモロウ商会に見出されるということはこの上ない幸運と名誉なことなのだから。
「…………」
「飲まないんならもらうぜ、お先に失礼するぜ、ドロモラ。ああ、支店長殿、これからのモロウ商会と俺の良い関係性を願って、頂きます」
遠山がカップを摘み上げ、支店長に目配せする。
「ええ、どうぞ、どうぞ。さて、ドロモラ氏、そろそろお引き取りを。ああ、もう貴方と話もないのですぐに出ていかれないのなら、うちの雇っている冒険者に連れていかせてーー」
支店長がヘラヘラした笑顔を浮かべつつ、ドロモラに詰め寄る。勝利の興奮から薄い色素の肌はほんのり赤くなっていた。
勝者の傲慢を隠そうとしない態度のまま、ドロモラを見下ろしてーー
絶頂の中、憎き商売敵に向けて、完全勝利宣言をーー
「ーー不味い」
「ーーは?」
どかり。
遠山鳴人が足を組み、ソファに深く背中を預けたまま傾けたカップを睨んだ。
「なんだこれは? ひどい味だ。豚の小便でも溶かしてんのか?」
もう、遠山鳴人の顔には笑顔は、なかった。
「なに、を、竜殺し?」
「なにを? まさか今の言葉の意味が分からないのか? お前のような奴でも店をひとつ任せられるんだな」
遠山の目が、すっとせばまる。
「だから、何をーー」
「やめだ」
ため息混じりに漏れた遠山の声、愛想のかけらもない。
「こんな不味い茶を平気で出す連中の下につくなんぞ考えられねえ。なあ、ドロモラ。ひどいとは思わねえか?」
「……クククク、ふ、くくく、ははははははは!! 悪辣なる友よ! まったく私はどこが笑い所なのかずっと困っていたぞ。ああ、だが、確かに。飲まずともわかる。これはドブ水以下のお茶だろうな」
肩を震わせて笑うドロモラ。おそらくかなり前から気づいていたのだろう。沈黙は笑いを必死に堪えていたのだ。
「貴様ら、貴様ら、この私を! 誰だと思っている!! 愚弄は許さんぞ! おい! 誰か! こいつらをつまみ出せ! 早ーー」
「騒ぐなよ、三下」
「ーーヒッ」
いきりたっていた支店長がすとん、とソファに座り込む。遠山が一瞥しただけで腰が抜けたかのように。
遠山の細めた目の中でとぐろを巻く白いもや。
それは、あの夢の中で手に入れた、たどり着いてしまった領域。
「お前 達(・) の下につくのは辞めた。だが、まだ商談は続いている。俺達はお前らの天使粉が欲しい。だが、こちらとまともに取引する気もない連中とまじめに話す気も起きなくてな」
「な、な、なにを、した? なんで、私は、こんなに、震えて……」
ガタガタと小刻みに体を震わせる細身の男。それはまるで"竜"や"超越者"を前にしたヒトの様子と同じで。
「さあ? なんでだろうな。さて、あまりこれ以上お前と同じ空気を吸いたくもない。本題に入ろうか。お前らが独占きている天使粉、それが俺たちは欲しい」
「ばか、バカが! お前らなんぞの要求を受け入れるわけがないだろうが! おい、冒険者! 仕事だ! 早く来い! こいつらをつまみ出せ!」
支店長が一気に喚く。おそらく用心棒に冒険者を複数雇っているのだろう。
金とは力だ。
商会は金で武力を買うことが出来る。
「ーー時間だな。あー、支店長殿、あまりヒトを呼ばない方がいいぜ」
遠山がどうでも良さそうにつぶやく。
「な、に? 何が、言いたいんだ!?」
「優秀な隠密の仕事が終わったってことさ、ほら、だから静かにしていた方がいいぜ?」
遠山が、口元をにいっと歪め、指を一本、ピンッと立てる。
同時だった。
「同感だ、審問官殿」
心地よく耳と脳と腹に溜まるような低音ボイス。聞き慣れた友人の声が響く。
どぷん。
応接室の入り口に影が溜まり、ブクブクと膨れる。ドライアイスのように溜まったそれがすぐに薄れていく。
その中から現れたのはーー
「は? り、リザドニアン、どこから……? な、なんで? どうやって!?」
狼狽える細身の男、それに向かって白い鱗を持つ隠密が赤い瞳をにまりと細めて。
長くて細い指を口元に当てて、しーっと。
「お知らせだ、貴方にとってはあまり良くない類のな」
影の牙が、笑う。片手に、何かの書類を携えて。
それが何か理解したらしい細身の男の顔が真っ青に変わっていった。