軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

107話 冒険者の舌 そのⅠ

〜3日前、遠山鳴人が眠っている時。冒険都市アガトラ"商業地区"一等地、モロウ商会の応接室にて〜

「結論として当商会はあなた達との契約に多大なる疑問を抱いていると申し上げるしかありませんねえ」

分厚いメガネに、神経質そうな細い目。

細身の身体を上質な黒革のウエストコートに包んだ男がソファに深く腰掛けたまま声を伸ばした。

「そ、れは」

「ほう?」

対面に座る白い鱗のリザドニアンが目をぱちくり。

リザドニアンと並んで座る髭の壮年男性が日焼けした顔をわずかに顰めた。

薄い茶色の木の内装、赤い絨毯に茶色革のソファ。調度品は過剰なほどに清掃され埃一つない。

「ドロモラ氏、貴方の辣腕は我々モロウ商会、ひいてはモロウ商会会長、スピナ・ヴェン・モロウ会長も高く評価しています。ここのところの上流階級市場をほぼ独占しているティタノスメヤバブルを引き起こした手腕をね」

ウエストコートの黒と金の刺繍をなぞりながら、その細身の男が目線をドロモラへと向ける。

「支店長殿、過分な評価をどうも。なるほど、我々を評価してくれているようだ。ふむ、ならば解せないな。てっきり私はこの取引は互いに気持ちよく完了すると思っていたのだが」

「ええ、我々もですよ、ドロモラ氏。天使粉の大量取引。確かに帝国広しといえど、天使教会からの信任が当商会ほど厚い許可業者はいないでしょう、我々を取引相手に選んだ貴方は正しい」

慇懃無礼な物言いは恐らくわざとだろう。細身の男の声色には嘲りと余裕が混ざり合っている。

「では、どういうことかな、支店長殿。なぜ、疑問を?」

「貴方の隣にいるソレ、ですよ」

その男が、心底不愉快そうに、汚物へ向ける視線をリザドニアンへ、ラザールへと向けた。

「………」

「彼が何か?」

固まるラザールが何かを喋るより先に、ドロモラが声を紡ぐ。

「彼が何か? ははは、ドロモラ氏、ご冗談を。正直ソレをこの応接室に通すかどうかも迷ったくらいです。リザドニアンとは聞いていない。申し訳ないが、粗暴なトカゲがいる組織と取引など、当商会の格に悪い影響を及ぼしかねない」

もはや形式上ですら、その細身の男はラザールに対する悪意を隠そうとすらしない。差別種族へ向けて、心のままに侮蔑を口にする。

「……自分が何を口走っているのか理解しているのかな。支店長殿」

ドロモラの怒気を孕んだ声、しかし、細身の男は動じない。細くて小さな鼻から、はんっと小さく息を吐きつつ答える。

「ドロモラ氏、見ましたよ。天使粉の使い道、貴方達ドロモラ商会の事業計画書。竜祭りでパンの屋台? はははは、いやいやいや、これだけならまだ良い。田舎者がよくやりがちな、泡銭を使っての飲食で一山当てようという浅はかな考え方ということで可愛らしさすら感じます、だが、これはなんですか? 肝心のパンの作り手が、この、リザドニアン?」

紙屑を扱うような手つきで、長テーブルの上に放り投げられたのはいくつかの書類。それには、ドロモラがこの商会との取引のために用意した竜祭りにおいての事業計画が細かく丁寧に記載されてある。

「…………」

「何か問題が? 彼の腕は本物だ」

ドロモラの言葉に、細身の男が目を見開き立ち上がる。細い鼻を赤く染めて、ばんっと机を叩いた。

「リザドニアンのパン屋など! 考えただけでも穢らわしい! 下級市民と違い、上流階級の皆様がそんな穢らわしいものを食物として扱うとでも? 当商会の顧客や取引先は上流階級も含む富裕層中心! リザドニアンのパンなどに関わること自体、リスクなのですよ」

対等な取引相手に向ける言葉ではない。怒りすら感じるその言葉の中には明確にラザールへの敵意がみえている。

帝国民の差別感情は根強い。

「……ドロモラ、やはり」

「……ならばどうしてこの席を設けてくれたのかな。暇ではないのだろう?」

力なく項垂れるラザールを制し、ドロモラが冷静に淡々と言葉を告げる。

その目には商人としての冷静さと、それでも隠しきれない相手への不快感が揺蕩う。

「ええ、その通り。ですが、我々も商人。あなた達がどれほどの誠意を見せてくれるか、それを確認してからでも結論は遅くないと思いまして」

ふっと、細身の男から苛立ちや不快感の色が消える。

懐から取り出した数枚の紙、ドロモラの計画書の上にそれを広げる。

「これは……」

「天使粉のキロ単価表です。1キロ金貨5枚。払えない金額ではないでしょう?」

「……暴利とは理解しているのだな」

「何か問題が? ああ、もし当てがあるのなら他の商会と取引してみては? ……出来るものなら、ね」

細身の男とドロモラ、2人の商人が無言で視線を合わせる。言外の会話、ここでは先に動揺を見せたものが敗れるーー

「天使粉が、1キロ金貨5枚!? ドロモラ、ありえない金額だぞ! 市場で買えば、高くても銀貨1枚するかしないか……50倍の金額だ!」

動揺しまくりの純粋トカゲが慄いた。ドロモラが無言で額を抑えて目を瞑る。

「ふふふ、ん、んー?」

細身の男がこれ幸いとばかりに笑い出して。

「リザドニアン、立場を理解しているのかあ? その卑しい小さな脳みそで考えろ、これは我々商会のリスク込みの金額だ。お前のような呪われた種族がいる薄汚い商会と取引してやろうというのだ。お前だよ、この商会の足を引っ張ってるのはな」

ハンカチで鼻を抑えながら、ラザールに向けてわかりやすい嫌悪を向ける男。

ラザールが目をぱちくりしながら、勢いを無くしていく。尻尾がへんにょりと落ちていて。

「な……ド、ドロモラ、市場から天使粉を買うというのは」

「……これは私の予想だが、今市場には天使粉の流通が異様に少ない。大方卸し元である商会が売り渋りをしているのだろう。竜祭りというわかりやすい商機の為にな」

ため息混じりにドロモラが告げる。商人同士互いにやりそうなことは大体見当がつく。

「ははは、ドロモラ氏は話が早い。トカゲ、そういうことだ。お前程度の低脳が思いつくことなど、我々に通用すると思ったか? ……ドロモラ氏、いかがいたしますか?」

「……本題に入らないか? 支店長殿」

細身の男のニヤついた顔、ドロモラが静かに俯きながらも組んだ手の隙間から視線を投げた。

「はは、流石は商人ギルドでも一目置かれている新進気鋭の商人だ。ええ、もちろん。会長から言伝を得ています。ええ、我々モロウ商会は値段交渉を聞いてやらないでもない、条件次第でね」

「? ? ?」

状況がまるでわからないラザールがキョロキョロと目線を泳がす。

「大方予想はつくが、聞かせてもらおう」

「簡単なことです。ドロモラ商会の持つティタノスメヤの仕入れルートと販路拡大、それを当商会にお譲り頂きたい。ああ、もちろん、業務提携という形でも結構ですよ」

「ほう……」

ドロモラがこの場で激昂しなかったのは偏に彼の豊富な商人としての経験故。

その言葉は、ドロモラ商会にとって命を寄越せと言われているのと変わらない。

「この条件を飲んで頂けるのなら、天使粉のキロ単価、いくらか譲歩する準備があります。……聞いたところによると、ドロモラ商会はやけに今回の竜祭りに力を入れているようで……一商人としては、そんなトカゲの作るパンに賭けることなど正気の沙汰とは思ませんが……」

ニヤニヤし、首をぷらぷらと振りながら言葉を紡ぐ細身の男。理解して言っているのだろう、そんな提案に乗れるはずがないということを。

「それはこちらが決めることだ。ふむ、つまり、実質うちの生命線をそちらに渡せば天使粉を売る気がある、というわけだな」

「ええ、シンプルな話でしょう。いやいやいやいや、ドロモラ氏、正直我々も手を焼いていたのですよ。ティタノスメヤという商材の確保と独占。あれはやられました。ドロモラ商会のおかげで歴史ある我が商会の上流階級市場への影響力も最近は落ち目でしてね……目の上のたんこぶ、いや失敬、敬意を払うべき強敵であるあなたとこうして取引出来るのは、望外の幸運でした」

「手の込んだことだな。この様子だと、他の商会も既に天使粉の流通に関しては1枚噛んでいるのだろう?」

「はい、その通り!」

悪びれることなく男が言い放つ。

つまり、それは商人ギルドの全てがドロモラ商会を潰そうとしていることに他ならず。

「な、そんなのフェアじゃない!」

純粋トカゲがおどろきのままに声を張り上げた。

「はあ?」

「リザドニアン、の脳みそが小さいというのは事実だな。なんで、お前、自分がフェアな対応をされると思えるんだ?

「我々がお前たちのような小虫とフェアな取引をするわけないだろうが。薄汚い呪われた種族め。理解しろ、貴様がドロモラ商会の足を引っ張っているんだ。リザドニアンがヒトと同等のつもりかよ」

ラザールが固まる。赤い目をぱちり、ぱちりと瞬きさせた後、力なくソファに座り込む。

「……す、まない、ドロモラ、俺は、俺がーー」

「ラザール」

ドロモラがそれ以上先は言わせなかった。

「……」

ラザールがしょんぼりと座り込んだまま黙る。それを見て満足げに細身の男がウエストコートの肩を払って。

「さて、どうしますか? ドロモラ商会。感謝してほしいものです。選択の余地を与えているのですから」

「一度話は持ち帰らせてもらう。それでいいかな」

「ええ、良いお返事を期待していますよ。ですが、我々も暇ではない。3日以内にお返事を頂けない場合、この話はなかったことに」

………

〜そして現在、冒険都市アガトラ商業区にて〜

「と、まあ、このような感じだったな。ラザールはよく我慢した。彼がその気になればいつでも殺せたものをな」

「ふーん、そうか」

街を歩きながら遠山はドロモラからきちんと聞いていた。

竜祭りの前にやらなければならないことが一つ決まった。

「ほう、思ったより冷静だな、もう少し怒ると思っていたが」

「そう見えるか?」

ドロモラの言葉に、遠山がするり、問いかける。その顔にはいつもの薄ら笑いも、不機嫌そうな目つきも、何もない。

無。

遠山の顔から表情が抜け落ちていた。

「……恐ろしいものだな。連中に同情するよ」

「すまない……ナルヒト、俺がリザドニアンだったばかりに」

隣を歩くしょんぼりトカゲがつぶやく。

ずるずると、先ほどから街の石畳に尻尾をひきずって。

「気にすんな、ラザール。ヒトには得意不得意がある。魚に地面を歩けって言う方がバカなんだよ」

「どういう意味だ?」

「あとで分かるさ」

「トオヤマ、トオヤマトオヤマ! 私いいことを思いつきましたディス」

遠山の一歩先を歩いていた水色髪の少女がくるりと振り向く。

話の途中、何度も舌打ちをしていたストルだ。明るい顔でにこっーと笑う。

「あまり参考にはならない気がするけど、はい、ストルちゃん」

「皆殺しにしましょう!」

ぺかーっと光り輝く笑顔で、最優の騎士が笑う。今までどのように問題を解決してきたのかがよく分かる。

「うーん、バイオレンス。教会の教育には痺れるね。良い所を伸ばす、伸ばして伸ばして伸ばしまくる。その結果がこれか」

「えへへ。褒めても何も出ないディス」

てれてれと頭を掻くストル。遠山がラザールに視線を向けて。

「ラザールくん、この子が暴走しないように見張り宜しくね」

「ええ……」

全てを押し付けられたラザールが力なくつぶやいた。差別されることよりもストルの面倒を見なければならないことの方が負担が大きそうだ。

「む、トオヤマ。今、私のことバカって言いましたか?」

「言ってねえよ、バカ。あ、言っちゃった。まあいい、それよりストル。これ」

「なんディスか? これ」

「手紙。仕事を頼みたい。それを、天使教会の銭ゲバん所まで届けてくれないか?」

遠山が話の流れを変える。小さく折り畳んだ便箋をストルへ渡して。

「ふーん。……これが私の得意な環境、という奴ディスか?」

「冴えてるな、その通り。頼んだ、これはお前にしか頼めない」

「承知致しました、我が審問官殿。では、私はここで」

野生の勘で何かに気付いたらしいストルがニヤリと笑う。並んで歩く列から外れて、すっと雑踏へ消えていく。

「ナルヒト、ストルに何をさせるつもりなんだ?」

「まあ、ちょっとな。んで、ラザール、お前にも頼みたいことがある。この紙に書いてある"お使い"を頼みたい」

同じように、遠山が次はラザールへと紙を渡す。

「お使い? ……ああ、なるほど」

「 で(・) き(・) る(・) か(・) ?(・) (・) 影(・) の(・) 牙(・) 」

「ああ、こういうのは 得(・) 意(・) 分(・) 野(・) だ(・) 」

ヒトにはそれぞれその能力が活きる領域がある。ラザールのそれは決して商人との交渉の場ではない。

「じゃあ頼む。お使いが終わったら商会で落ち合おう」

「了解、審問官殿」

どぷん。

底無し沼に沈むかのように、ラザールが黒い影の中に消えた。

「おおう? ラザールが消えたぞ。トオヤマナルヒト、彼らに何をさせるつもりだ?」

「ああ、言ったろ? 魚にはよ、水の中で思いっきり泳いでもらおうじゃねえか」

そう、これは適正の話だ。

ラザールにはラザールの、ストルにはストルの。

そして、遠山には遠山の。

ヒトは誰しも与えられているものだ。その能力の使い所というものを。

「……ふむ。彼らは魚か。では君は?」

ドロモラの何気ない呟きに、遠山が立ち止まる。

「決まってるだろ。毒虫を餌にする気持ちの悪ーい生き物だ」

すうっと、開かれ、半月のように歪む細く、鋭い目。濁った茶色の虹彩に白い靄が渦巻く。

その目は、ヒトがしていいものではなかった。竜よりも残忍さに満ちて、化け物よりも不気味なそれ。

中から何かが今にも溢れて漏れ出すような目だった。

「……気の毒なことだな」

嗤う遠山を見て、ドロモラがため息をつく。そして心から、心から彼は思った。

敵でなくて良かった、と。

2人の視線の先には豪華な石造りの建物。

目的地、モロウ商会アガトラ本店が構えていた。