軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

106話 拡大する自我

「悪いな、みんないきなり集まってもらって。色々家事とかあるのによ」

ストルを引き連れて屋敷のリビングに戻った遠山が、みんなをそろえて話を始める。

「いや、問題はないさ。どちらにしろ、一度全員でまた話し合いたいと思ってた所だ、これからの竜祭りの事とかな」

「兄貴、今からする話は俺たちも聞いていいもんなのか? ラザールの兄さんやストルの姉御だけに絞らなくて大丈夫か?」

「「「「………」」」」

リダの言葉に子供たちがじっ、と遠山を見つめる。自分たちもここにいるんだ、そう言いたげに。

「いや、リダ、悪いがお前らにも聞いて欲しい。身内全体に関わる話だ」

「っ、ああ、わかった、聞かせてもらうよ」

リダの言葉に追従するように、子供たちもあわせて首をブンブンと縦に振る。

身内、と言う言葉にみな目をキラキラさせていた。

「ああ、ありがとう、リダ。そういえば人知竜は? まだトイレか?」

「アイお姉様なら気分が優れないから外の空気を吸ってくるって言ってたわ。お夕飯の時間になったらいつもみたいに帰ってくると思うのだわ!」

「サンキュー、ニコ。アイツ、距離感のちょうどいい野良猫みたいなムーブしてんな……まあ、いいや」

「それで、ナルヒト。竜祭りの話か? それとも、蒐集竜様の問題をどうこうするという話かな?」

ラザールが椅子に腰掛けたまま、遠山へ問いかけて。

「……いや、俺の話がしたい、ラザール、がちんちょども」

「……ナルヒトの?」

「兄貴の?」

「お兄さんの、おはなし?」

彼らにとっては意外な話だったのだろう。

「ラザール、いつか話したよな。俺の故郷の話」

「あ、ああ、どうした急に、あの、アンタがいつもはぐらかす出自の話だよな。ニホンが出身だとか。ギルドマスターとのやり取りでなんとなく察していたが、アンタ妙に古代語やそちらの考古学に詳しいーー」

「出産はニホンのヒロシマ県だ、俺は探索者だった」

シン、と部屋が静寂に染まる。

「ナルヒト、なにを?」

数秒後、ラザールがその言葉へ反応した。

「天使教会に乗り込んであの銭ゲバと交渉したの、覚えてるか?」

「あ、ああ、まあ、俺は途中で主教殿に眠らされてしまったが……」

「銭ゲバには見破られたんだ、俺の故郷を、俺の出自を」

異世界。

遠山鳴人の不自然さ、その来歴、力、それの異質さ、ただそれだけの状況証拠だけであの女主教は真実に辿り着いた。

心のどこかでかけられていた枷、他人を心の底からは信じきれない遠山の宿痾はその秘密をみんなに話すのを躊躇わせていた。

ーーあばよ、とーやま。

しかし、あの夏の日の夢が、古い思い出の影法師がそれを取り払ってくれた。

「トオヤマ、その話はアナタの身体に起きていることと関係あるのディスね」

壁に背中を預け、腕組みしたストルが口を開く。

「ああ、ある。ストルもそのまま聞いてくれ」

ストルの問いに、遠山が目を瞑る。今まで言えなかった言葉。無意識のうちに、誤魔化し避けていた言葉を。

「俺はこの世界の人間じゃない」

「…………なんだって?」

ラザールが目を丸くする。はっきりと言葉にされた遠山鳴人の由来を聞いて。

「俺は、一度死んだ。……バベルの大穴、第2階層、大草原地帯における怪物種の生息数の調査。その仕事で俺は死んだ」

淡々と告げられる事実。覚えているのは死の記憶。皮膚を破られ、肉をえぐられ、腸を貫かれた気持ち悪さを。

「あ、兄貴、アンタなんの話をして……」

「リダ、ちゃんと聞こう」

「ルカ……あ、ああ」

戸惑うリダを、ルカが静かに制する。

「色々あって、まあ、最終的に俺は1人で怪物の群れと戦うことになった。あの時はまだキリヤイバをケチる癖があってな。出し惜しみして、戦ってたら致命傷を受けてた。それで、死んで、気づいたらラザール、俺はあの馬車の中にいた」

「…………ナルヒト、それは」

「え……」

あまりにも荒唐無稽な話に、皆が固まる。戸惑いの色を浮かべて。

だが、その中で1人顔色を変えずに水色の瞳をまっすぐ遠山に向ける者がいた。

「うそ、じゃないディスね」

その剣の歪な力は嘘を見抜く。嘘もまた、"正義"が裁くべき罪ゆえに。

「ああ、嘘じゃない。真実だ」

ぽかーんと口を開くストル以外のみんな。

遠山は少し笑って話し出す。

「銭ゲバの話だとあの塔、それのてっぺんには向こう側、ってのがあるらしい。俺の世界はエンタメ、娯楽に富んでてな。こういうのが一つのお約束として物語の形式としても存在するんだよ」

「物語の形式?」

「異世界転生、いや、転移か。元の世界から何かのきっかけで別の世界に行ってしまうって奴だ。これが人気ジャンルでな、ありとあらゆる手法でーーっと、今は関係ないか」

創作は時に、現実を冒す。遠山には割とすんなり受け入れることが出来た2度目の人生の続き。だが、この世界の者からすればそれは頭の狂った者の妄言にしか聞こえない。

「トオヤマ、それの証拠は」

「ストル。嘘、わかるんだろ? ドラ子と同じで」

ストルの言葉に、遠山が答える。

「……わたしの秘蹟、正義は他人の罪を判断します。嘘もヒトの罪の一つディス。貴方の言葉に、今、嘘はない」

「な、なんと」

ラザールが慄く。ストルの力の真価を知っている彼にとって"正義"が遠山鳴人の言葉を嘘と断じていないことはつまり、その妄言がーー

「3日前。竜大使館のメイドの異界に取り込まれた時、あっちの世界の奴と会った」

「は?」

「その時言われたよ。今なら帰れるってな。俺の予想だが、銭ゲバの言葉や、異界での出来事、んで、俺とラザールが始めて会ったあの塔、それと、まあ、ある理由で一つ仮説がある」

あの奇妙な出会いを思い出す。もう2度と交わることはないだろう"探索者"達との邂逅を。

「この世界と俺がいた前の世界、何かの連続性があるような気がする。行き来が出来るってわけじゃないが、何かの繋がりがある、ってな。もしかしたら、あの塔の先はーー」

遠山がある仮説を声に出そうとしたその時だ。

「兄貴、アンタ、帰る……のか?」

リダが、呆然とした面持ちでボソリとつぶやく。

「え?」

「正直アンタが言ってる異世界とかそういうのわかんねえ。でも、アンタには家が、帰るところが別にあるって、ことなんだろ?」

「え、うそ、リダ、なに、それ」

「え、え? お兄さん、帰っちゃうの? いなく、なるの?」

子供たちの顔に映るのは恐怖、だ。

遠山鳴人の介入により、彼らの運命は大きく変わった。それを1番理解しているのは彼ら自身なのだろう。

もし、遠山鳴人が居なければーー

「いや、帰んねえよ? なんでそんな話になるんだ?」

「「「え」」」

キョトンとしたチベットスナギツネの言葉に、子供たちが声を漏らした。

「あー、話す順番が悪いな。まず先に言っとくべきだった。俺は例え元いた世界に帰れる方法があったとしても、あっちに帰るつもりは、ない」

「……なんで?」

「ここが俺の家だからだ。お前らが俺の身内だからだ。家も身内も、……友達も全部こっちにいる」

答えはシンプルだった。

「トオヤマ……あちらに置いてきた人とかは、いないのディスか?」

ストルが静かに問いかける。どこかその言葉には陰がある。

「置いてきた人?」

「っ、家族とか、友達とか、その、恋人とか」

「んー、家族はいねえ。友達も……ああ、まあ、うん。きっと、大丈夫だ。恋人もいないからOK。ビビるくらいモテないんだよ、俺」

「……そうディスか。家族が、いないというのは」

「俺、孤児なんだよ。施設に捨てられててな。親の顔も知らねえんだ」

「兄貴も……なのか?」

何気なく伝えられる遠山の来歴にリダがつぶやく。

「おう。あ、でも別にお前らを助けたのは同情とかじゃねーからな。ほら、ラザールのパン屋の従業員が欲しかっただけだからな」

「……そっか」

「おう、まあ、そういうことだ。俺のことはどこか遠くからやってきた奴でもうそこには帰るつもりがないっていう認識で頼むわ」

「………………」

「ん? どした、ラザール」

「あ、ああ、済まない、少し考え事だ。続けてくれ、ナルヒト。アンタのことだ。今まであまり触れなかった故郷の話をしてくれただけ、というわけではないんだろう」

「ああ、その通り。こっからが本番だ。まあ、遠い別の世界からやってきた遠山くんだが、今、少し面倒なことになっててな。ーーストル」

「よろしいので?」

遠山の言葉に、ストルが片目を開いて視線を傾ける。

「薄皮一枚で頼むわ」

遠山が手のひらを開き、挙手。みんなに、よく見えるように。

「了解」

音もなく遠山の近くに歩む騎士。

すらり、腰から剣を引き抜いて。

「ストルちゃん? 何をーー」

スパッ。

ニコの言葉をかき消すように、ストルが剣を振るう。

「あっ」

すうっと、遠山が掲げた手のひらに切れ込みが入った。薄皮が裂け、毛細血管が絶たれそこから溢れるのは血ーー

「な、ナルヒト、それは」

ラザールが目を剥く。

「チッ、トオヤマ、貴方……」

ストルは舌打ちを抑えることが出来ない。

「え? え? お兄さん?」

「兄貴……そりゃ」

「なに、それ……」

「……」

「だう」

子どもたちすらも理解する。その異常を。

全員が遠山のソレを見た。言葉を失い、絶句する者、目を丸くして固まる者。

「白い、血」

ぽたり、しゅわり。

遠山鳴人の傷から漏れる白い血が机に垂れていく。そればかりか机に垂れた瞬間、その血は白い煙……霧になって空気に溶けていく。

「これが、今俺が抱えてる問題だ」

何か状態が更にヤバくなっている気がする。

遠山は霧に変わっていく血を眺めて呑気に思った。

「も、問題って、ナルヒト! お前、それ、大丈夫なのか!?」

ラザールはもう耐えきれなかったようだ。牙を剥いて叫ぶ。

「落ち着けよ、ラザール。今んとこは特に問題はねえ。だが、まあ、あんま楽観視も出来なくてな」

「トオヤマ……一つ、教えてください」

「なんだ、ストル」

「貴方は副葬品の使用者、ディスか?」.

副葬品。この世界にある力持つ物品。それは遠山の力と無関係には思えない。

「んー……微妙、だな」

「微妙?」

「コレが、副葬品って奴がどうかはわからねえ。だが、普通のものではないって事だけは分かる」

遠山が首元に手を当てる。

「あ」

「はっきりと見せるのは、初めてだな」

ずっ。

首元より、引き抜かれるのは遠山鳴人最強の道具。

「あ、え?」

「お、おい、兄貴……!?」

「な、んで」

「……」

「……」

子供たちが目を丸くしてそれぞれ声を漏らす。

「キリヤイバ」

それは欠けた刃。遠山の体内から霧を引き連れて出る理外の存在。

「現代ダンジョン、バベルの大穴の中で見つかる超常の力を持つ物品、俺たちの世界では"遺物"と呼ばれている」

首元から引き抜かれた遺物は、白く冷たい霧を纏い続ける。

「遺物……」

「ストル、お前が使ってたあのチート剣。先っぽ向けただけで相手の首を吊る奴あるじゃん。アレと同じように遺物も基本的には相手にクソゲーを押し付ける力がある」

「待ってくれ、ナルヒト、頭が追いつかない」

「ああ、悪い、ラザール。シンプルに伝える。あの血は多分、こいつのせいだ」

「トオヤマ、あなたの身体に何が起きているのディスか?」

「正確なことはわからないが、異常だ。本来、人の血は赤くないといけないんだ。いや、赤いことに理由があるって言うか」

遠山は義務教育レベルの知識を引き出し考察する。

「どういうことだ?」

「俺ら人は、血が赤いから呼吸して生きていられるっつーか。うーん、まあ要はな、血が白いのに、俺がこうして普通に生きている時点でおかしいっつーか」

「……貴方が何を言っているかわかりませんが、状況が良くないことだけは理解出来ましたディス。それで、トオヤマ、何か対策は? 貴方のことディス、何か」

ストルが半ばすがるように、遠山へ問いかけて。

「いや! なんもねえ!」

遠山が胸を張って答える。

「は?」

「参ったことに、これに関してはマジで対策がねえのよ。なんか気付いたらこんなことになっててよー。多分、キリヤイバを使いすぎたせいだとは思うんだが」

「対策が、ないって。ナルヒト、お前」

「怖い顔するなよ、ラザール。だからお前達に話したんだぜ。解決じゃなくて共有する為に」

周りの者と違い、遠山に不思議と焦りはなかった。

「なにを言って」

「俺は必ずたどり着く。欲望のままに、進む。もう止まることはあり得ない」

それは遠山鳴人の原点。遠山鳴人の理由だ。それはブレることはない。

「この世界に来て、俺は常に進んできた。止まらず振り返らず、前だけ見てきた。だから、今がある」

「ナルヒト?」

「俺の身に訳わかんねえことが起きているのは確かだ。だけど、俺がやることは変わんねえ。竜祭り、これで成功して商売を始める。そこは変わらねえ」

遠山の言葉に、ストルが机に身を乗り出す。

「トオヤマ、貴方はそれでいいのディスか? 怖く、ないのディスか?」

「ストル?」

「自分の中にある大いなる力、それが自分に意図しない影響を及ぼしている、貴方は、今、自分の力に飲まれようとしているのディスよ! 竜祭りよりも、自分の身体のことをーー」

「ストル」

「ーーなんディスか」

勢いを増していく最優の騎士は、名前を呼ばれたことで止まる。

「ありがとう」

にっ、と遠山が笑う。

「ッ、今、そんなこと言われたって」

「正直、俺には何が正解かわかんねえ。今のこの大事な時期に俺のことを話すのが良かったのかどうかもわかんねえ。でも、話しておきたかった」

「貴方は、……いえ、違い、ます、ね。話してくれて、ありがとう、というべきなんでしょうね」

ゆっくりと、ストルが諦めたように頷く。

「ナルヒト、その身体の異常は本当にどうしようもないのか?」

「分からん。ただこのままではあまり良くねえ気がするのも事実だ。でも、今これは止まる理由にはなんねえ。……まあ、大体俺からは以上だな。……何か質問は?」

「兄貴、いいか」

「どうぞ、リダ」

「アンタは、どうしたいんだ?」

「ひひひ、リダ。お前言うようになったな。がきんちょが気をつかうなよ。でも、ありがとな。お前らに、賭けてほしい。俺に賭けて、俺と一緒に来て、助けてほしい。進むためにな」

「……ふー。だよな、兄貴。アンタはそう言うよな」

リダもまた、ストルと同じく諦めたように笑う。

「ああ、俺はこっちでお前らと生きたい。あー、まあ何が言いたいかというとだな」

「トオヤマ、ゆっくりでいいディス。でも、ウソはつかないで」

「あー、はいはい。……ラザール」

遠山が。名前を呼ぶ。

「ああ」

ラザールが答える。

「リダ」

遠山が呼ぶ。彼が選んで救った仲間の名前を。

「おう」

「ルカ」

「うん」

「ニコ」

「はい」

「ペロ」

「はーい!」

「シロ」

「だう」

「ストル」

「ええ」

皆が答える。その男の自我に、拡がり続け大きくなり続ける自我に冒された者たちが答える。

「俺には夢がある。たどり着きたい光景がある」

「こう、けい?」

ルカが、男の言葉に首を傾げる。

「湖のほとりに家を建てる」

「……家」

ニコが、声を漏らす。

「そこは自由で、静かな場所だ。ゆっくりと流れる時間、優しい日差しと涼しいそよ風に満ちてる。湖は澄んで晴れた蒼空を映してる。魚が跳ねて、水面が揺れる。薪割りの音が心地よく、ふわふわの芝生は寝転ぶとほのかに暖かい」

「……」

ペロとシロがじっと、見つめる。

「何してもいいんだ、俺 た(・) ち(・) はそこで豊かに自由に生きる。誰にも奪わせねえ。誰にも邪魔されねえ。自分の人生を過ごすんだ」

「……いいな、それ」

リダが、頷く。

「俺はそこに行きたい。そういうのがしたい。欲望のままに、辿り着きたい」

遠山が心をそのまま言葉に。

真っ直ぐみんなを見る。

「俺はこの世界で生きる。この世界で進み、成り上がり、必ず夢の光景に辿り着く」

それはあの"探索者"に告げた言葉。遠山はもう決めている。何があろうと自分が選んだ世界で生きると。

「でも、1人じゃ無理だ。お前らが必要だ。力を貸してほしい。その代わり、お前らもみんな連れていく」

「……俺たちもアンタと行っていいのか?」

リダが問う。

「ああ。来てほしい。元々は俺だけの夢だった。その次はラザール、今度はお前たちみんな。俺はお前ら全員とその光景が見たい」

その自我は拡がり、冒し、そしてまた遠山に帰ってくる。周囲へ与えた影響は回り回りて、遠山鳴人をも変える波となり。

「……今更、ディスね」

「ストル?」

水色の髪に、水色の瞳。妖精の美貌の少女が、剣を構える。剣先を上に、己の胸の前で掲げる。

ーー騎士礼。

「わたしは、貴方の剣ディス。貴方がそう言って、わたしが了承したのディス。……こんな世界でそんな呑気な夢を叶えるためには敵が多いでしょう? 使いたいなら、使えばいいディス」

その少女は変わりつつある。愚か故に刻み込まれ、馴染んだ歪んだ正義。それは今、愚直に進み続ける強欲に当てられて。

「はい! おにいさん! 今のストルちゃんはおにいさんとずっと一緒にいたいって言いたかったのよ! もちろん、私も! ね、ペロ、シロ」

「はーい、おにいさん、それ、すっごくいい夢だと思う! ね、シロ」

「ダヴ」

「兄貴、アンタが俺たちをここまで連れてきてくれた。アンタは俺たちに見たことのないものを、手に入れることなんかできるわけもなかったものをたくさん見せてくれた。次は、どこに行けばいい?」

「……おにいさん、あの時、あなたのサイフを盗んだの悪かったけど。でも、よかったと思う。うん、リダと同じ。俺も、あなたと同じ場所に行きたい」

未来どころか今日をすら生き延びることすら難しかった弱者たちもまた、変わりつつある。

自ら考え、自ら望み、進む。強欲な男が世界に立ち向かう姿に、彼らが見るのは希望。

「と、まあ、全員こんな感じだよ、ナルヒト」

トカゲの友が、笑う。

「ラザール……」

遠山の言葉に、リザドニアンの奴隷がニヤリと笑う。

「ああ、俺の言葉も必要か? ふむ、まあいつものことさ。竜殺しへ、いいや、黒髪の奴隷に、リザドニアンの奴隷が言う言葉なんて決まってる」

そのトカゲとの出会いから始まったのだ。遠山鳴人の続きは。

現代ダンジョンライフの続き、異世界オープンワールドの冒険は。

「ついていこう、友よ」

「……ありがとう」

夏の夢、過去との訣別は終わった。決着はついた。

ならば、次だ。

なんら好転していない事態の中でも、進むだけ。

遠山が湿っぽくなった空気をどうにかしようとした、その時。

「ーー誰ディスか」

ストルが剣を構える。

扉の方へ切先を向けて。

ゆっくり、扉が開く。

その向こうにはーー

「やあ、やあやあやあ。ラザールベーカリーの愉快なメンバーたち。皆、元気そうで何よりだ。ああ、トオヤマナルヒト。君も、目が覚めて何よりだよ」

「あ、ドロモラ」

髭面に、上等なローブの壮年男がゆっくりと扉を開いた。

ドロモラ・バギンズ。

遠山達と協力関係にある商人だ。

「しんみりしている所悪いが、失礼するぞ、友よ。心暖まる仲間達とのお話が終わった所で、仕事の話がしたいのだが」

「ドロモラ……!? どこから入った?」

ラザールが突然のドロモラに声を少し荒げた。

「やあ、リザドニアンの友よ。仕事熱心な門番達に止められていた所を銀髪の聡明そうな女性に快く通してもらったところさ。いい友人を持っているな。私の来訪はトオヤマナルヒトの役に立つ、とのことだ。……ほんの少し彼女と話していると寒気がしたのは、ああ、まあ、気にしないでおこう」

「ドロモラ、どうしたんだよ、いきなり。なんか約束してたっけ」

「ああ、竜殺し。やはりそんなテンションか。……竜祭りまであと3日、そう伝えれば私が何を言いたいかわかるかな」

「あ」

思い出した。ドラ子の好き避け事件やら、トオヤマナルヒト会議やらで少し薄れていた危機感。

もう、竜祭りまで時間がない。シンプルな危機。

「よかった。長い眠りだったが頭の回転は落ちていないな。そう、我々ドロモラ商会と君達、ラザールベーカリーは同盟関係、表向きは我々の商会の一部門だが、実質は対等な利害協力関係にある。つまり、それは一蓮托生というわけだ。君達が繁栄すれば我々も繁栄する。だが、その逆もまた、然り。だろう? 竜殺し」

「あー……ラザールくん、ラザールくん。俺が寝てる間、結果的にはその、パンの屋台の準備って……」

「……すまない、俺は、コミュ障トカゲだ……リダのように、お前の代わりを果たそうと、ドロモラについていき、色々な商人と話をしてみたのだが、誰も話を聞いてくれなくて……」

ラザールがずーんと落ち込む。尻尾はへんにょり、体を丸める。

「待て待て待て、いやいや違う違う、ほら、適材適所だから。話を聞いてくれないってのは?」

「うう……リザドニアンと商談など出来るか、と皆話を聞いてすらくれなくてだな」

「ドロモラ?」

「おい、そんなに睨むな、竜殺し。ラザールは努力したさ。私は君が起きるまで待った方がいいとは言ったが、君の穴埋めをしようと必死だった。……努力は認めるが、結果は、な」

「ふーん。商人ってのは」

「それぞれの仕入れ業者だ。パンの原材料、天使粉を扱う商人、あのホットドッグの肉詰めを大量に仕入れる為の肉屋、それに屋台で仕えるパン窯を作る為のドワーフの工房。まあ、ドワーフの工房くらいだな、まともにラザールの話を聞いてくれたのは。だが彼らも最後は竜殺しを連れて来い、とのことだ」

「……な、る、ほ、ど。そいつらはあれか。アンタの目から見て必要な商人なのか?」

「仕入れ業者に関しては私の商人としての誇りにかけて。品質と原材料費のバランスで言えば間違いない。問題は交渉の部分だ。どの業者との打ち合わせも正直、竜殺し、君の名声と交渉力を当てに選定していた。……まあ、この件に関しては私も謝るさ。帝国民のリザドニアンへの偏見がここまで強いものとは思わなかった」

「すまない……ナルヒト、やはり、俺は……足手まといだ」

しょんぼりトカゲになったラザールが丸まったまま、つぶやく。ペロとシロが無言でヨシヨシとその白い鱗を撫でていた。

遠山はそれをみて。

「ひひひ」

笑う。その笑いはいつもと違う、明確な怒りが込められて。

「ドロモラ、今日の予定は?」

遠山の言葉に、ドロモラがふっと笑う。

「竜殺しを引き連れての我々を舐め腐った連中との再度の商談、それ以外にあるまいて」

髭面も笑う。彼の日焼けした顔、おでこにうっすらと青筋が立っていたのを遠山は見逃さない。

「ひひひひひ」

「ははははは」

愉快に笑う男2人。

「よし、決めた」

「ああ、決めた」

そう、決めた。

「俺たちを」

「我々を」

「「舐めた連中から全て毟りとりに行こうか」」

竜祭りまであと3日。

冒険都市アガトラの商人。いや、彼らを束ねる商人ギルドにとっての最悪の一日が始まろうとしていた。