軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

103話 目覚め

「運命はさ、確かに今、変わりつつあるわけよ、トオヤマナルヒト」

声が、聞こえた。

遠山鳴人は目を開く、でも何も見えない。闇だけがそこにあって。

声だけが、聞こえる。

「アンタがこの世界に来たことにより、色々変わった。本来ならばもうとっくに終わっている者、本来ならば決して変わらぬ者、本来ならば既に狂ってる者、みんなアンタという1人の人間に冒され、拡がり、変わっていき始めてる」

何を言ってるんだ、そう口を動かしても声は出ない。

「でも、まだ足りない。アンタとこの世界の終わりは元からもう決まってる。……あの凡人は、積み重ねることが出来た。数えきれないほどの悲劇、失敗、敗北。綺羅星に届かせる為に、本当に数多くの墓石を積み上げて、アイツはたどり着いた。でも、アンタは違う」

何の話だろうか。遠山に心当たりはない。

「アンタの勝負は一度きり。アンタが運命を捻じ曲げたせいで、多分もう2度とアンタと同じチャートを進める者はいないわけ。わかる? つまり、わたしも、アンタに賭けなくちゃなんないの」

静かで、それでいて強い何かを秘める声。

祈りや願いを口にするときのそれに近い。

「知識の眷属が聞いて呆れるよ。多分、わたしはアンタの夢の中に住む存在の中で一番弱い。だから、今、あのキリヤイバにいいようにされちゃってる。悔しいけど、わたしじゃどうしようもないの」

知識の眷属、今喋っているのはハーヴィーだ。

「ああ、わかってる。きっとこの言葉もアンタには届かない。これはわたしの独り言みたいなものだって。でも、それでもね、私はアンタに賭けてるから。私の知識を、世界を支配することすら可能な筈の知識を、パンの為に捻じ曲げたアンタを。アンタのその自分の欲望の為なら、くだらないもの全部踏み潰す人間性に賭けてるから。だからさ」

いや、届いてる届いてる、なにこれ、独り言のつもりで言ってるのか? 遠山はそれとなしに体をーー だめだ、体の感覚もない。

「死なないでよ、遠山鳴人。まだ私、アンタのこと色々知りたいし」

「アンタは、竜を選んだ。覇王でも幸運でも風でも過去でも進化でもなくて竜と共に行く道を選んだ。うん、あたしはさ、どの道でもアンタの選択を祝福するから」

「……これから多分キツいことがたくさん起きる。アンタと同じ進み続けてきた幸運と決着をつけても、多分、もう手遅れだから」

「頑張ってね、遠山鳴人」

夢が、遠くーー

◇◇◇◇

◇◇◇

「むが……?」

自分の寝言と同時に瞼が自然と開いた。身体が雪解けを待つ植物のように硬くて重たい。

自分がなにをしていたのか、遠山鳴人はすぐには思い出せなかった。探索、そうだ、第二階層、大草原地帯で死んでそれで。

やけにふかふかしたベッドに体を沈めたまま、考える。どこだ、ここは。

目をまた開き、辺りを確認。木の建材で出来た部屋。家具も全部、木。近くのサイドテーブルにはお皿の上に大きな蝋燭。自分の身体にかかる毛布はやけにゴワゴワしているが、暖かくて気持ちいい。

しゃり、しゃり、しゃり。

心地よい音がすぐ側で。音のする方を見る。

トカゲ頭が、やけに器用な手つきでリンゴのような果物の川を剥いている。ベッドのそばに置いた椅子に腰掛けた白いトカゲ男の手つきは細やかで、くる、くるとゆっくり、ゆっくり果物の皮がナイフで剥かれていく。

「………… ラザール?」

遠山鳴人はそれが誰かを認識する前に、その男の名前を呟いていた。

「…………ナルヒト?」

ピタリ、果物を剥く手が止まる。白い鱗のトカゲ男がキョトンと顔を上げてこちらを見て固まった。

「よー、……なんか、久しぶりだな」

「ナルヒト! 目が覚めたのか!? ……はー、よかった…… 俺は、もうアンタが起きないものかと……」

がたんと大きく音を鳴らして立ち上がった白い鱗のトカゲ男が、再び椅子に座り込み、自分の額と目を手で抑えてつぶやく。

「あれ、ここは……? あの村は?」

「村……? 何の話だ。まだ寝惚けているんだろう。無理もない、アンタ、3日も眠り続けていたんだからな」

「へえ、3日…… 3日!?!? マジ!?」

「マジさ。全く肝が冷えたよ。アンタ、竜大使館の庭で眠ってたんだ。あの竜の執事殿が家まで運んで来てくれたんだ」

「あの爺さんが…… うお、頭痛…… てことは、全部、夢じゃねえのか」

遠山が、ベッドに身体を預けたままぼやく。あの頭が悪くなりそうな出来事も、全部現実のことなのだ。

「……なにがあったんだ? ナルヒト、ストルや主教殿とも途中で別れたんだろ? 詳細を知る者と話せてなくてね」

「あ? ドラ子は?」

「……アンタの感覚だとかのお方は気軽にお話が聞ける存在らしいが、悪いが俺はまともなリザドニアンでね。アンタほどぶっ飛んじゃいない」

「ラザールが冷たくてワロタ…… すまん、また世話かけたな」

「ふむ、そうだな。だが、もう今更さ。慣れたものだよ、友よ。アンタはそれでもきちんと帰ってきてくれた。小言は他の者、まあ、ストルたちがたくさん言うだろうから、俺はもういいさ」

にいっと、ラザールが牙をちらりと覗かせながら笑う。呆れたように、だが、たのしそうに。

「あ、ストル?」

その時だった。

がちゃり。ドアが開く。

「あ」

「おう、おはよう」

ストルだ。水差しを持って、ラフな肌着のストルが遠山と目を合わせて固まっている。

「…………」

ガちゃん。

ドアが閉まる。猫科肉食獣の如き俊敏さで、ストルがその場をびゅんっと、去った。

「え? ラザール、これは?」

「ふむ、こう、ほら、あれだ。しばらく会っていなかった実家の猫と会った時、あんな反応するだろう。あれと同じじゃないか」

嫌われているのだろうか。遠山が割と本気で少し悩む。

「あー、実家がないからわかんねえけどニュアンスは伝わった」

「奇遇だな、俺も故郷は既にないよ。実家ごと焼かれちまった」

ハハハハ、と過酷な幼少時代を過ごした2人が笑う。少し、その笑い声は乾いていて。

「複雑な家庭環境バトルするか?」

「泥沼になりそうだからやめておこう、なあ、ナルヒト」

互いにすんっと無表情になりながら言葉を結ぶ。

ラザールの言葉に、遠山が首を傾げる。

「ん?」

「よく帰ってきた。お帰り」

ラザールの目がしっかりと、遠山を見つめる。そして、にいっと、また牙をのぞかせて笑った。

「ーーおお、遠山鳴人、帰還した。さて、冒険の続きだな」

ひひ、と遠山も笑う。そう、遠山鳴人は選んだのだ。冒険の続きを。現代の世界への帰還ではなく、この世界への帰還を。

「ふ、元気そうで何よりだ。……だが、ナルヒト、その問題が2つある。早速だが、いいかな?」

「問題? ひひひひ、ラザール、構わねえよ、こちとら暗黒女神の腹の中で河童やガイコツと一緒に耳の化け物を助けに行って、ドラゴンの背中に乗って帰還した男だぜ? 大抵のことはーー」

遠山が、得意げにフフンと笑って。

「竜祭りまで、残り3日を切っている。アンタが寝ていた間に出来ることはやったが、その、結局細かい所を何も詰めれていない」

「あ」

固まる。そうだ、竜祭り。もう、時間がない。

「それと、もう一つ。竜大使館から、"竜殺し"への伝言だ。……その、蒐集竜様は、トオヤマナルヒトとは会えないし、話せない、とのことだ」

「ーーは」

こんどは、本気で喉がひきつった。

遠山が目をぱちくりと瞬きさせ、それからベッドから跳ね起きる。

「まて、ままて、待て待て。竜祭りの日程がヤバいのは理解出来た。たしかにこれはヤバいが、まだ理解出来る。は? ドラ子が、なんて?」

「会えない。……竜祭りで蒐集竜様のご協力を得るどころか、ナルヒト、君とは会えないとのことだ」

「なんで!!? いや、待て、たしかに俺とドラ子は一回やらかした。今考えたら俺のデリカシーゼロ発言が非常に良くなかった、それは認める、だけどな、一応、そのわだかまりは解決できたはずだぜ! 劇場版みたいな事件を乗り越えて、俺、かなりあいつとまた仲良くなれたし、あいつの凄い所とか、たくさんーー」「好き避けだ」

「ーーは?」

なに? なに、なに?

遠山が口をあんぐりと開けて。

「……蒐集竜様は、その、今、好き避けの時期らしい」

ラザールが、心底疲れたように、大きく、息を吐いた。

「SUKIYOKE???」

「やあ、それについてはボクの方から説明するよ」

がちゃ。

タイミングを測っていたように、ドアが開く。黒いローブの白髪の美人、いや、美竜がにこやかに。

「あ、あんた、人知竜……?」

遠山が、意外な人物の登場に言葉を詰まらせて。

「すぷぷ、ああ、君の人知竜さ。おはよう、トオヤマ…… 鳴(・) 人(・) く(・) ん(・) 」

にっこり、目を半月に歪ませて、その竜が笑う。

どこか、その笑顔は、遠山の古い記憶に残るものとよく似ていた。