軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102話 夢の終わり、耳のおかえり、竜のさよなら、神のけつまつ、ぼうけんをつづける。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

高揚、浮遊、風!!

遠山鳴人は今、上昇している。闇を駆け登り、亡者の手を引きちぎり、ただ昇り続ける金色の竜の背に乗って!

万にも登る亡者の手が、竜の翼を狙う。万を超える亡者の声が、遠山を狙う。

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

行くな、いくな、いくな。置いて、いくな。ずるい、ずるい、ずるい。

もうそこにいるしかない非業の死を遂げた者達の嘆き、怒り、悲しみ。それが、竜と人を決して逃がさまいとーー

「グ、ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「ひ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! 知ったことかよ! 俺たちにゃ関係ねえ! ドラ子に触んな!!」

竜の轟かす咆哮が、人を冒さんとする亡者の嘆きの声を掻き消す。

人の操るキリの刃が、竜を冒さんとする亡者の腕を斬り裂いていく。

「ふ、フカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ」

「ひ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

蒐集竜と竜殺し。例え冥界だろうと両者を止めること能わず。

竜の笑い声に、竜殺しの汚ねえ笑い声が重なる。亡者の嘆きも、妬みも、彼女と彼には届かない。

「ヒヒヒヒヒヒ!! すげえ! すげえすげええ! ドラ子! お前、ほんとすげえ!!」

「グ、おオオオオオオオオオオオオオオ」

遠山の歓喜の声に、竜が吼える。死の中に輝く圧倒的な生がそこに。その輝きが増せば増すほどに、亡者たちの嘆きは強くなるのだ。

《《《ア、ア

うぞぞぞぞぞ。群体、奈落の壁という壁からドロドロが這い出る。それはどんどん集まり、固まり、蠢く。

「あ、やべ!! なんだ、あいつら! 出口を」

上にある出口、光が注ぐそこに亡者たちが集まる。

行かせるか、行かせるか、行かせるか。

置いていけ、置いていけ、置いていけ。

見捨てるな、見捨てるな。

身勝手にも近い嘆きは怒りに代わる。亡者たちには、眩しすぎたのだ。

死に落ちながらも、喚くことなく空を見上げ続けた人のことが。

死を裂き、輝きを纏いながら落ちていく人を掬い上げた竜のことが。

《イカナイデ

崩れかけのヒトガタ、名瀬瀬奈にも似ているし、まるで違う誰かのようにも見える。

崩れかけの闇の形をしたヒトガタが、出口を塞ぐ。

《一緒に、イテ

ご、ご、ごごご。

「クソ、いちかばちか、キリヤイバでーー っ、やべ、力が」

遠山は活動限界を超えている。キリが、薄れて。

そのまま、巨大な手が振り下ろされる。竜を、人を、死の中に留めておこうとする傲慢な、手がーー

ーーやっちゃえ

「え?」

空耳だろう。きっと。気のせいだろう、きっと。

ただ、懐かしい声と、懐かしい香り。

プールの香りと、薄いオレンジの香りーー

濡れた黒い髪が、夏の日差しをキラキラと。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

竜、啼く。

金色の鱗の一部の色が、変わっていく。

それは、遠山の知らないある物語の結末。

本物と、ニセモノが、それでも交わした心の答え。

死を、あれほどに自らの終わりを求めた少女はしかし、それを認めない。

金色の竜の終わりを、目つきの悪い友の終わりを、彼女は決して認めない。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

こんな理不尽で。傲慢な死を、死にたがりの少女は決して許さない。

魂、記憶、人格、身体、その全てが滅びようとも。決して

あるニセモノの少女の力は今、金色の竜に引き継がれた。

「ユウウウウウウウウウウウウウウサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

金と黒。蒐集竜が黒を纏い、啼く。雄々しくも、荘厳なその声は、鎮魂歌にも似ていた。

「うお、なんだ、それ」

竜の声と同時に、黒い鱗が燃え始める。それは黒い焔に代わり、竜の口元に集まり出す。

「黒と金、かっこえー」

そして、それは姿を変える。

剣。

黒い剣。分厚い刀身、黒い岩のような鍔と持ち手。

それが、竜の口元に現れてーー

「ドラ子、お前、それまさか」

がちり。

竜が牙を鳴らして、その剣を咥えた。

「う、ウワァァァァァァァァ、ど、ドラゴンが、剣を、剣を、咥えたァァァァァ、か、カッコオオオオオオオオオオオオオオ!!」

オタク、大喜び。思わず掴んでいた背中の棘を離して歓喜に両手を上げて、思わず落ちかける。

「フカカーー がうううオオオオオオ!!!」

竜が、その様子にどこか嬉しそうな咆哮をあげて。

《ああ

亡者が、怯える。

竜も、人も、詳しくは知らないその黒い剣の所以。

死すら殺すある存在、物語を解決する終末装置が用いた力の塊。

縁を用いて、眷属に再現された模造品であろうとその力には確かな人の想いが込められている。

「ド ケ」

「ウワアア! カッコイイイイイ!!」

竜が咥えた剣を振るう。黒い焔が、迸り、奈落を遡上。

《あ

ぼ、しゅ。

切り裂くのは、亡者の怨嗟。

誇り高き死者の剣が、生者の道を切り拓く。

空が、空けた。空が、見えた。

「グウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおお」

上昇する、上に、上に、登っていく。

もはや、亡者の手も、声も、彼らには追いつかない。出口を塞いでいた亡者の塊も、切り裂かれ、落ちていく。

ーーあばよ

また。声が。きっと、気のせいだ。

遠山は決して振り返らない。その声も、遠山が振り返らないことを知っていた。

だから、小さく。

「ーーありがとな」

遠山が口にしたのは、それだけで。

あとは、もう、何も。

上に、上に、上に。闇が薄まる、光が強く。

竜の雄叫びと、人の小さな別れの言葉とともに。

《あ、ああ、置いてイカナいて

奈落から、金色の竜が飛び出る。闇色の女神の胎の中から飛び出る。

そして、さらに上に、昇って。風が頬に当たる、湿った空気が鼻に染み込む。

そこはまだ、夏の香りがしていた。

ばさり。

竜のはばたく翼の音しか聞こえない。

雲が下に、目の前に。

ーー空の中。

腹に感じていた上昇のGも、もはやなく。ただ、青い空の中にいた。

「すげえ……」

世界。

これはきっと、作り物の世界。ニセモノの場所。だが、それでもそれは遠山を魅せた。

遠い空、はるか彼方。水平線が見える。

上を見れば、濃く蒼い。みたことのないような濃い蒼。手を伸ばせば届くような位置に。

「……あれ」

見たことない色、そのはずなのに、その濃い蒼を遠山はどこかでーー

「グルルルルル……」

「うお!? ドラっーー うわば!?」

その蒼に、遠山が手を伸ばした瞬間、金色の竜がどこか不機嫌そうに喉を鳴らし、一気に下降。落ちそうになるのを必死にしがみつき、なんとか耐える。

「ふぐるー、るるるるるる」

「え、なんかお前、怒ってる? なんで? 意味わからん」

女心すら理解出来ない人間が、竜心などわかるはずもなく。首を捻る遠山に、竜は鼻を鳴らすだけ。

どうしたものかと、遠山が頭を捻ると。

『トオヤマナルヒト! フレアテイル! よかった! 無事なのね!』

嵐のヒトガタ、アレタ・アシュフィールドが当たり前のように羽ばたく竜と口輪を並べる。

極小の嵐と雷により浮遊する彼女に突っ込む元気はもう、遠山にはなかった。

「グルルルルル」

『フフ、貴女、本当にすごいわね、フレアテイル。とてもクールだわ』

「いつのまに仲良く…… いや、てか、この状況…… あ、やべ」

遠山が、ハッと口を押さえた。

忘れていた。

救出対象、"凡人探索者"のことを、割とすっかり。

「あ、ア、アアレタ・アシュフィールド、や、やばい! 俺、割とマジでやばいかも! あんたんとこの、アレフチームのあのヤバい奴、置いてきちまった!! なんか、普通に落ちて黒いのに取り込まれて! ていうか! なんだアイツ! なんかガイコツやらカッパやら耳やら! 耳の穴から火を噴くし! 耳穴からひり出てくるし! あれほんとに人間か!?」

『……え?』

キョトンとアレタが、固まる。遠山がアワアワと慌てる。ノリノリになりすぎた。ドラゴンの登場で、あのヤバいデザインの耳の男のことなど、すっかり記憶からーー

《アア、マダ、マダマダマダマダ

「げっ! まだ治んのかよ! アイツ!」

「グルルルルル」

『アハ。ノープロブレムよ。トオヤマナルヒト』

「いや、問題ありまくりだろ、アレフチームの奴はまだ名瀬の中にいるし、名瀬はまた再生しちまってるし! クソ! こうなったらもう一回!」

「グル!? ぐうあああ!」

「うわっと、ドラ子、身体揺らすな! 酔うから!」

『だから、大丈夫よ、トオヤマナルヒト、フレアテイル』

「いや、だから! なんで大丈夫とか言えんだよ! 状況は何もーー」

『状況終了、大丈夫、勝負あったわ』

「は?」

《アアアアアアアアアアイヤ、いや

「え?」

突如、下から響いたのは、悲鳴だった。

《ナニ、これ、なにこれなにこれなにこれなにこれなにこれなにのれれれれれれれれれれれれれ》

病原菌が目覚めた。

人と同じだ。単純な話だ。病原菌が罹患者の抵抗力を上回った。

《違う、違う、わたし、私は藤堂、私は日下部、私は名瀬、違うちがう、消えて消えて消えて、違う、わたし、イヤ

創世の女神、国産みの神性をすら明かし尽くす病原菌。

ぼこり、ぼこり。それが闇色の身体を冒していく。

背中に、首に、腹に、頬に、ぼこりぼこりと浮かんでいくのは腫瘍。

耳の、形をした、腫瘍が女神の身体を覆っていく。

「うっわ」

「ギャオウ」

遠山と、ドラ子が同時に唸る。あまりにも、それはあまりにもな光景で。

『セナ・ナゼ。見事よ。貴女はきっとすごい人。その執念、計画、恐ろしい敵だった。敬意を。でもね、貴女、それだけは、その男だけには手を出してはいけなかった》

《アア 違う、私が、私が、私じゃなくなっていく…… 埋まる埋まる埋まる、私、名瀬、私、伊奘冉、私、アアアアアアアアアアアアアアア、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ 私は、ナニ? 私、わたしわわたしワワタシワタシワ

ワタシはーー

おみみ?》

ぼごり!!

花が咲く、大輪の華が咲くーー かのように、女神の顔にそれが咲いた。

大きな、大きな、一対のお耳。

女神の肉を埋め潰し、悲鳴を平らげて、それが咲く。

「…………」

「……………」

竜と竜殺し、沈黙。ただ、それを見下ろす。

《あは、アハ、あは、ナニコレ、ナニコレ、咲いちゃった、咲いちゃった。おみみがワタシに咲いちゃった。なんで、違う、違う、私はおみみじゃない、ワタシは何故、なぜ、ナゼ、やめてワタシを消さないで殺さないで、食べないでええエエエエエエエ!? イヤァァァァァァァァァァァーー OH yeah!! nice CRY!! ギャハハハハハハハハハハイヤァァァァァァァギャハハハイやァァァァァァァハハハハハハハハハ》

ぼこん、ぼこん、ぼこん。

うめく名瀬の神体を、肉が侵している。

顔に咲いたお耳が、びよんびよんと伸び縮みして、女神の暗黒の身体を覆っている。

泣いて、笑って、また泣いて。悲鳴と嗤い声を同時に奏でながら、国産みの神性が壊れていく。

【警告 警告警告警告警告警告警告耳男ーー"耳の化身"が発動しています。耳の化身、完全顕現まで残り2分。警告警告警告警告警告警告警告新たな腑分けされた部位、"耳"警告警告警告警告警告警告逃げてください、勝てません】

「お、おい。なんだそれ。な、なんかヤバいぞ……! おい!」

「グルルルルル」

『ちょっと、待ってもらえる? 起こしてくるわ』

「は? 起こすって、いや! 待て待て! 起こした結果がアレなんだよ! 化け物殺した後に更なる化け物が生まれたりしないよな? 化け物と化け物ぶつけたら合体しそうなんだけども!」

『トオヤマナルヒト、フレアテイル。ありがと。2人には本当に助けられた。あなた達がいなかったら多分ここまで上手くはいかなかったと思う。改めてお礼を』

「話聞かない奴だな! ほんと! いや、なんか終わった感じ出してるけども! なんかよりヤバい化け物にーー ってか、耳? ーー待て、聞いたことあるぞ! 指定探索者を殺しまくってた接触指定禁止怪物種、耳の化け物!! なんかアレにそっくりなんだけどーー」

『トオヤマナルヒト』

「な、なんだよ」

『信じて』

「あ、おい! アレタ・アシュフィールド!!」

『………………』

《ギャハハハハ

『起きて、仕事の時間よ。ーーーー』

嵐が従えた雷が轟く。雷鳴によってアレタの言葉がかき消され、遠山には聞こえなかった。

だが、"ソレ"にはきっと聞こえていたのだろう。大きな耳を持った、耳の良いソレにはーー

《イヤァァァァァァァァ、ギャハハハイヤァ

ーー了解、アシュフィールド』

「は?」

ソレは異変だった。

ぎゅるり、まず、初めにもがき苦しむ女神、それの首元に穴が開く、かと思えば、その穴から腕が、生えた。

「……エラ? それに、あの水かき……」

女神の首元から生えた2本の腕、水かきを備えたそれに遠山は見覚えが。

「カッパ……」

ぎゃる。

水かきの腕が、女神の顔に咲いたお耳を掴む。まるでそれを顔面から引き剥がそうとしているように。

《イヤァァハイヤァハイヤァハイヤァハイヤァハァァァーー ギャハハハハハハハハハー 》

耳が、嗤う。水かきに引き剥がされようになるも、笑いながら張り付くままの耳は簡単には動かない。

じ、ち。

次の、異変。

女神の左腕、それが変わる。暗黒で構成された神体が震え、左腕が変わっていく。ぎち、ぎち、ぎちぎち。硬い何かが捻れて歪む音。

ソレはすぐに、骨へと変わる。

その骨にも、遠山は見覚えが。

「烏帽子ガイコツ……?」

《アアアアアアアア!! ギイイイイヤアアア!? ギャハハハハハハハ、イヤァァァァァァ キラナイデエエエエエエ 違う、チガウ、ワタシ、オミミジャアナイノニいいいいいい》

ずぶ、ずふぶ。

女神の顔に生えた耳穴から、骨の刃が生え出でて。肉を斬り飛ばし、削り続ける。

カッパとガイコツ。それらの力の象徴が女神とお耳、その両方に"攻撃"を続ける。耳の増殖を、女神の覚醒を邪魔し、押さえ込むように。

「なんだありゃ」

女神の悲鳴、耳の嗤い声、神秘達の攻撃。地獄のような光景の中、しかしそこには意志がある。

大いなる力を押さえつけ、飼い慣らそうとする意志が。

嵐を従えた英雄の写し身が、その地獄を至近距離で見つめる。

ぼおう。

女神の右腕が、燃え始めた。その火も、遠山は知っている。竜の焔をすら相殺する、どこか暖かくて優しい火を。

《イヤ、イヤ、ヤメテ、ヤメテ、ナニヲ、スルルルルギャハハハハハハハハイヤァァァァギャハハハハハハハハハイヤァイヤァァァァァ、火!? その火!? 何するつもりナノ!? やめてやめてやめて近づけないで、その火を、ワタシにイイイイイイイイイイイイイイ!? ーァ》

ぼ、お、う。

右腕が、火を灯した右腕が、女神の顔を覆った。

ソレは自らの肉を燃やす、顔に咲いた大きな耳が焼かれていく。

カッパの腕が押しとどめ、骸骨の骨が斬り刻み、暖かい火が燃やし尽くす。

《ギャハハハイイイイイイイイイイイイイイァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァギャハハハハイイイイイイイイイイイイイイギャハハギャハハギイイイイヤアアア ァァァァァァァァァァ、ワタシ、は名瀬、ワタシはイザナミイイイイイイイイイイイイイイァァァァァァァ NO IAM EAR ギャハハハハハハハハハハ ワタシ。ワタシワタシ、オミミ!? アハフフフフフフフフフ、、ワタシオミミミミミミミミミミミ》

女神が顔を覆う、火に包まれながらも、更にその耳が、焼け溶けながらも更に大きくなっていきーー

「グルルルルル」

「なにかヤバい……! おい! アレタ・アシュフィールド! 離れろ! なんか、そいつ」

アリスと遠山がただならぬ雰囲気に吠える。もうダメだろ、それは。とても、なんというか大丈夫には見えなくて。

だが、それでも英雄は目を逸らさない。

『いいえ、大丈夫よ。言ったでしょ? 勝負ありだって』

「何言ってーー」

人の話を聞かない連中に、遠山が心底呆れた声を漏らして。

《ちがう》

「……え?」

今、何か、明瞭な声が燃え盛る耳を生やした女神の方からーー

《ワタシハハハ耳、ワタシハナゼ》

《ちがう》

ソレは声だった。肉を焼き溶かし、空の中で悶え苦しむ闇色の女神。

《ワタシハイイイイイイイイイイイイイイ。ミミミミミミミミミミ、あアアアアアアアア、ワタシ、ワタシがおミミミミミミミミミミ》

《ちがう》

《ワタシーー 俺は、違う、俺ァ! ちがう!! 俺は違う!!》

「なんだ、誰の、声だ?」

《ーーァ 俺は、俺ァ、アイム、イーー ちがう!! 俺、は! "耳"じゃあ、ない!!》

男の、声だった。

苛立ちと、いや、もうきっと苛立ちしかない声。

《おれは、ホモ・エレクトゥスーー》

その男は多くの人は知らない物語の中、火葬の火を引き継いだ。

《俺は、鬼狩り》

その男は多くの人は知らない物語の中、古い鬼狩りの業を受け継いだ。

《俺は、河童》

その男は多くの人は知らない物語の中、西国大将の想いを護りきった。

《俺はーーーー でも、ない!!》

その男は、その男の名前はーー

ピコン。

「あ」

【条件達成 "名瀬瀬奈 神体"の中にて"神秘の残り滓"達を援護し、"凡人探索者"の元まで運び届ける】

遠山鳴人は、彼の仲間を全て連れて行った。

鬼狩りを、西国大将を。死に抗い続けた神秘達を、1人たりともこぼさずに、その男の元へ送り届けた。

【複数の神秘の残りカスの力により"耳の化身"強制停止 上書きキャンセル】

男の中にうずまく暴力。全てを台無しにしてめちゃくちゃにする力を、神秘達が抑え込む。力に支配されるのではなく、力を支配するために。

人はいつもそうしてきた。自然の力だろうと、捕食者の力だろうと。

この世界にあまねく全ての力を、己が扱えるモノとして取り込んできた。

そして、それは成功した。

【DEADクエストをクリアしました】

もはや死の運命は退けられた。

【おめでとうございますーー】

遠山鳴人は、その作戦に成功した。

その男も、その作戦に成功した。

「ーーヒヒヒ、なんじゃ、そりゃ」

メッセージに、少し笑う。その文面があまりにもアホすぎて。

《俺はーー》

『あなたはーー アレフチームの」

【おめでとうございます。"IQ3000の超天才的な作戦"は貴方のお陰で完遂されました】

その全てが、この結末を引き寄せた。

その、男の名前はーー

《俺はーー"耳男"だああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!》

ずるうり、女神の腹がパカリと開く。そこからまた新たな人間の身体が生えた。

耳の面をつけた、男の上半身が、女神の腹を突き破り、生えてきた。なんだこれ。

《計画う、成功ウオオオオオオオオオ!! ンギャァアハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!》

現れるのは全てをめちゃくちゃに終わらせるモノ。

決まりきった結果を、約束されたバッドエンドを、練り上げられた計画をーー

《アアアアアアアアアアア、イ、ヤアアアアアアアアア、デタああああおああア》

悲鳴。己の腹を裂き、現れた半裸の男、耳の面をつけたその男に女神が悲鳴を。

《ギャァァッハハッハハハハハハハハハハ!! よおおおおおおお、久しぶりだなァァ、クソアマァァァァ!!》

全てを台無しにするモノ。全てを嗤いめちゃくちゃにするもの。

星の英雄の献身も、世界が決めた結末も、その全てを踏み躙る暴力装置。

《ガッ?! あ、アア》

ヒュガッ。

伸ばされる腕、燃える右腕、骨の左腕が女神の首に向けられる。

腹から生えた耳面の巨人、それが体を起こし闇色の女神の首を絞めはじめて。

なんて、趣味の悪い二人羽織。

《言ったよなああああ? お前は絶対に負けるってよオオオオオオ!! オイ! ギャハハハハハハハハハハハハハ》

《あ、ガ、ば、けもの……》

嗤う笑う笑う。

女神の小さな言葉は、その男のよくわからないスイッチを押していた。

《ダァアアアレガ化け物じゃぁァァァァァ、こんのすっとこどっこいのイカれクソアマがああああああ!! ふんぬ!!》

ぼきり。

《ァ》

抵抗らしい抵抗もなく、驚くほどに呆気なく、女神の首がへし折れる。

《あばよ、クソアマ》

へし折られた女神の首が、だらりと舌を放り出して傾いて。

腹から生えた耳男が、ぺっと何かを吐き捨てた。なんだこれ。

《あ、もう、無理……》

へにょり。耳男もまた、だらりと身体を逸らし、天を仰ぐ。闇色の女神の腹から生えた耳の巨人。

どれだけ病んだ芸術家でも、作った瞬間に叩き壊したくなるアートのような光景だ。

ぷちゅ。

巨大な耳の巨人、それの耳頭の上からなんか、人が生えている。

頭の壊れた職人が作ったマトリョーシカ。

「……なんか、もう疲れたな。帰る? ドラ子」

「ギャウ」

あまりにも、あまりにもな光景に遠山とドラ子がぼそりと。

笑いすら込み上げることの出来ない出来事だった。

『幕あいにしましょう、全部』

英雄が、声を。

げっそり、うんざりしている遠山たちとは違い、その声に宿るしっかりした覇気。

まるでそんな光景には慣れていると言わんばかりに。

『我々、アレフチームは決して失わない。全てを拾って、何も捨てず、何も諦めず進み続ける。ソフィ!!』

嵐の英雄が、空に向けて吠える。

〔ーーああ! 今こちらでも、あのバカのバイタルサインを確認した! アレタ! あのバカを連れて帰る! 世界線が綻び始めている、今しかない!

端末から響くのは、遥か彼方、遠い世界の深い底から答えるソフィの声。

「な、なんだ? あれ」

「………………」

空に異変。

遠山達が揺蕩う空よりも、もっと上空。

嵐の雲よりも、はるか高い場所。きっとこの世界の上限に近い場所が、歪み初めている。

〔ふ、んごおおおおおおおお、アレタに、出来て、このワタシに出来ないことなど、あってはならない! 今度こそ、キミと、あのバカだけが先にいくことなどあってはならない! 目覚めろオオオオオオ、ワタシの中の何かあああああああーー

ーー約定をここに]

ビキ。

空が、割れた。

ひびだ。卵の殻でも割れたかのように、遠山達の頭上、空のもっと高い場所にヒビが入った。

『ナイス、ソフィ。それでこそ』

嵐のヒトガタは笑う。

「に、じ?」

遠山は言葉を詰まらせる。

空のひび割れから、漏れるのは虹。七色の虹が、真っ直ぐこちらに向かっている。

『よいしょ、と。救出完了、ひどい状態ね、まったく』

いつのまにか。

あの巨大なだらりと垂れている耳の巨人のてっぺんから、アレタ・アシュフィールド、嵐の姿をしたヒトガタが、男を回収したらしい。

負われている男、身体中焼け焦げて、全裸の男、顔はもちろん耳の面がだらりと張り付いていて。

「うわ」

「ギャう」

背負われている男、身体中焼け焦げて、全裸の男、顔はもちろん耳の面がだらりと張り付いていて。

『フフ、大丈夫、生きてるわ。貴方達2人のおかげでね。ありがとう、あたし達だけでは多分、負けてたわ』

嵐のヒトガタが、男を背負ったまま、ヒョイっと空から降り注ぐ虹に触れる。

すると、ゆっくり、ゆっくり昇っていく。

あのヒビの先、向こう側、きっと彼らが帰るべき場所に近づいて。

「……いくのか」

帰るのだ。

別れの時だ。遠山が、竜の背の上から、アレタ達を見上げる。

『ええ、作戦は完了。欠員もなし、目標は沈黙、後は無事に帰還するまでが探索者の仕事でしょ。……そう、帰還するのが、ね』

そう言って、嵐のヒトガタが押し黙る。夏空の亀裂から、降り注ぐ虹の光がゆっくりと彼女とあの男を空へ引き上げつつあって。

「………………」

『……………』

竜と星。無言。

遠山が2人の妙な沈黙に首を捻った時だった。

「ギャウ」

「え?」

ぶおん。風、回転、上昇。

視界が周り、脳みそがシェイクされる。

ドラ子に、投げ出されたのだと気付いたのはそのすぐ後だった。

「は?」

虹の光が、遠山を包む。ソレは、帰路を示す光。あるべき場所にあるべきモノを誘う暖かな家路への光だ。

『……そう。いいのね?』

「………………」

「は? は? なん、なんだ、これ、なんで、ドラ子?」

竜に放り出され、空に浮かぶ遠山、彼女は低い位置を飛びながら、遠山を見上げる。

光、金色と黒色の光が竜の身体を包む。

太陽がそこに顕れたかのような光に遠山が思わず目を瞑り、そして開いた次の瞬間には、馴染みのある姿、美しい金髪のわがままな友人が。

【メインクエストが更新されます】

【メインクエスト "帰還" オプション目標 "アレフチームとの合流"及び、作戦の完遂をクリアしました】

「ナルヒトとユサが喋っている姿を見るのが好きだった」

「………あ?」

【貴方は元の世界に帰還することが出来ます】

「ナルヒトがユサにからかわれて、それをトードーが嗜めて、ナルヒトが最後にはふて寝したり、無視して教科書を読み始めたりするのが面白かった」

こちらを見上げるドラ子、アリス・ドラル・フレアテイルは笑っていた。これまで見たことのない穏やかな顔。

「ドラ子、お前、何言って……」

哮り振るう上位者としてではなく、遍く見守る上位者として、人間を竜が見送る。

「ずっと、そなたのことが知りたかった。ずっと、そなたと違うことが辛かった」

「だが、そなたは言ってくれた。違ってもいいと。オレが竜でも、定命の存在からすれば恐ろしいはずの姿のオレをカッコいいと言ってくれた」

「だから! ドラ子、お前何を」

「充分だ、トオヤマナルヒト、大義であった」

「は」

「そなたは見事に、竜との約束を果たし、オレを満足させたのだ。そして、きちんと約束通り、オレの元に戻ってきてくれた。だから、満足だ」

「」

「そなたはオレを変えた。ああ、今のオレならわかるよ。どちらでもいいのだ。竜でもヒトでも、それ以外でも。そなたがヒトであろうとなんだろうと、そなたであることは変わらない。……例えニセモノの思い出だろうと、ふかか、そなたはずっと、オレの知るトオヤマナルヒトでいてくれた」

そこには、あの釣り堀で見せた動揺した女の影は全くなく。

遠山鳴人が定命から外れつつあることに酷く狼狽えた竜の姿など、微塵もなく。

「きっと、それがとても大事なことなのだ。トオヤマナルヒト」

ただ、目の前の存在を対等な存在として、あるがままの姿を受け入れる大いなる自然のようなーー

「故に、ふかか。ナルーー いや、"冒険奴隷"よ。竜の試練を超え、竜を変えた"異邦の探索者"よ。塔級冒険者、アリス・ドラル・フレアテイルとして…… 貴(・) 様(・) に褒美を取らす」

「ドラ……」

その声色。

ああ、あの時の声だ。

鎧ヤロー。あの塔で殺し合った時の、アリス・ドラル・フレアテイルの声。

違うのは、その表情。なんて、穏やかで、綺麗でーー

「ふかか、懐かしいな。ああ、あの時は困ったものだった。竜は約束を破るわけにはいかないのに、貴様はオレの渡した帰還印を、ラザールに渡しおって。……まあ、ようやくこれであの時の約束を果たせるよ。冒険奴隷、遅くなったが、貴様の帰還を、このオレが許す」

ソレはあの時の焼き直し。

竜の試練を超え、その奴隷は自由を、帰還の権利を与えられたはずだった。奴隷はしかし、その竜からの褒美を夢を同じくするトカゲに渡した。

「 探(・) 索(・) 者(・) 、貴様のいるべき場所は、あちらだ。我が友、カイキユサもそれを望んでいるだろう。貴様は貴様の世界で、生きるといい」

「」

「ああ、とても、とてもたのしかったよ、貴様との時間。アガトラでの日々も、……この街での日々も。ふかか、ああ、何故だろうな。心残りはたくさんあるのに、オレは今満たされて仕方ないのだ。うん、満足だ。充分だ」

蒐集。

ソレは己の欠けた空白を埋めるべくして行う人のサガ。それを名として産み落とされたアリスには生物としての欠落がつねに存在した。

退屈。

完璧な存在ゆえにもたらされたそれは彼女を歪めつつあった。その歪みは今、欲望のために進み続け、拡大する自我に冒された。

誰かの為に、誰かの幸せを考え、それを叶える為に行動する。ちっぽけで、なんら特別ではないその行動はしかし、竜の欠落を埋めていく。

永遠の欠落を、蒐集により埋め続けるはずの竜は今、満ち足りていた。

『……これが、貴女の選択なのね、フレアテイル』

「ああ、我が友のことを頼むよ、レーヴァテイル。貴様にならーー』

竜は今、幸せの絶頂にあった。

小さな小さな、本当に小さな針で胸を突かれるような妙な痛みにも、きっと、きっと耐えられる。

ああ、どうか。願わくば。

あなたが帰ったその後に。あなたがあなたの世界で進み続けるその日々の、ほんの少しの時間でも、オレのことを思い出してくれれば、それでいい。

「さよならだ、オレの竜殺し。オレのともだち。オレのーー」

「満たせ、キリヤイバ」

キリが、満ちる。

全てを斬り刻む真白のキリ。神との殺し合い、嵐との共闘、神すら祀るしかなかったわけわからんナニカを刻み尽くしたことにより、より濃く、重たくなったキリが主人の令に従う。

[ンギャ!? い、痛い!! ま、まつ毛を抜かれて、その毛穴をまち針で突かれたような痛み!?]

「あ、悪い、ソフィ・M・クラーク。これ、お前と痛覚共有してたのか」

遠山鳴人が、虹の光を切り刻んだ。

UFOにさらわれる牛のようにゆっくり、空に昇っていた遠山。

自らを引き上げていた虹の光を切り裂いたことにより、そのまま、当たり前のようにーー

「ーーはい?????」

落ちていく。これにはドラゴンも思わずびっくり。目を裂けんばかりに見開いて。

「ドラ子ーー すまん、落ちる、死ぬ。助けてくれ」

「ば、こ、この、おおばかものがああああああ!!!」

ばさり、竜が背中より翼を生やし、一気に降下。

馬鹿みたいに、間抜けに、頭から落下する遠山の元へひとっ飛び。

翼なき愚か者の落下を、竜が受け止める。

「おま、お前、貴様、貴様ーー ば、バカなのではないか!? 何を考えてあるのだ!? 貴様はーー」

ドラ子が、遠山を腕に抱く。お姫様抱っこで腕に収まる遠山へ怒鳴る。

「ドラ子、お前なんか混じってねえか?」

「は?」

「そのセリフ、その表情。カイキのバカに似てる。……もう、2度とごめんだぜ。……そういう顔した奴に振り回されるのはよ」

「ナルヒト、何をーー」

『アハ、アハハハハハハハハ!!』

竜と人のやりとりを、嵐の英雄が笑う。それはもう愉快なものを見た、というふうに。

「レーヴァテイル?」

『ああ、ごめんなさい、フレアテイル。フフ、アハハ。つい、うん、痛快で。なるほど、ああいう振る舞いをこんな感じでめちゃくちゃにされるの、側から見る分にはこんなに気分が良いものなのね』

お腹を抑えて笑う彼女。

表情がない顔にはしかし、きっと笑顔が浮かんでいるだろうことがわかる明るい声。

『ねえ、フレアテイル。あなたの言葉に、あなたの決断。あたしはとても尊いものだと思うわ。嘘も誤魔化しもない真実の言葉。敬意を払うわ、友人の為に、自分を差し出すその姿勢、あたしは間違いだと思わない』

英雄の声には、不思議な重みがある。

さてはコイツも結構めんどくさい奴なのか? 遠山は訝しんだ。

「貴様、なにを」

『でもね、フレアテイル。あなたはほんとにそれで良かったの?』

「ッ」

『なんでだろ、貴女のこと全然知らないのに他人とは思えなくて。これは、そうね、あたしと同じタイプの貴女へ、先人からのアドバイスなんだけど、あたし達のような存在は、きっと、そういうヒトを手放してはいけないと思うの』

アレタが、遠山を見る。まぶしいものを、太陽の眩しさを思い出している、そんな目つき。

『どれだけ特別な存在でも、どれだけ大いなる力を得ようとも、どれだけ偉大な責務を背負っても、どんな過酷な運命を与えられようともね、一つだけ、絶対に忘れない方がいいことがあるわ』

「……………」

嵐のヒトガタが、ふと言葉を止める。

俵のように担いでいる物言わぬ怪人に、静かに視線だけを向けて。

「あ」

アリスが、そして、遠山が目を見開いた。

空の亀裂から注ぐ虹色の光、それに照らされた嵐のヒトガタの姿が、逆光を浴びてーー

『あたし達は、みんな"只の人"なんだって」

笑うヒトガタ、光に照らされた彼女の顔。

青い瞳、遠浅のサンゴが満ちる昼間の海を映したような瞳。それが現れた。

アレタ・アシュフィールドが、優しい目つきで遠山を、そして、耳の男を交互に見つめる。

『だから、あたし達はきっと手放すべきじゃない。あたし達を只のちっぽけな存在だって引き戻してくれるお馬鹿さん達から、離れるべきじゃないわ』

どこか、その顔はアリスに、とてもーー

「……アレタ・アシュフィールド。悪いな、気遣いを無駄にして。ソフィ・M・クラークにも荒いことして悪いって言っててくれ」

遠山が

『ええ、わかったわ。我々アレフチームは貴方に大きな借りが出来た。大抵のことは叶えるけど、他には?』

「……鳩村。もし、可能ならでいい。俺のチームメイト、ファイアチームの探索者、鳩村 雄一に会えたら、そうだな。……約束通り、HDは処分したか? って伝えてくれたら嬉しい」

『……ええ、了解。いいのね、上級探索者、遠山鳴人。これは、今回のあたし達の邂逅は、奇跡のようなもの。もう2度と、きっと、あたし達の道は交わることはない。……探索者、あなたの帰還はーー』

「ひひひひ、アレタ・アシュフィールド。あんた、いい奴だな。でも、大丈夫だよ。こっちにもいいやつが沢山いるんだ」

たった一夜のこの出来事が酷く長く感じる。しばらく会っていないとさえ錯覚する愉快な仲間たちを、遠山は想う。

「パン作りの得意なトカゲと、バカな騎士と、素直なちみっこ連中と出店したり、教会の銭ゲバに金返したりしないといけなくてよ。こっちで、色々、ぼうけんしないといけないんだよ。ああ、うん、そうだよ、ぼうけんだ。俺には俺の、ここでの冒険があるんだ。だからよ、52番目の星ーー」

遠山鳴人の続きは、すでに始まっているのだ。

終わった冒険の続きは、ここで。

「俺は、ここで生きる。命をかけて」

現代ダンジョンライフの続きは異世界オープンワールドで。

もう、始まっている。

「ナルヒト……」

アリスの声、少し震えて。

『ふふ、フレアテイルにお姫様抱っこされながらじゃなかったら、少しドキリと来てたかも。ええ、わかったわ。良い探索者、霧を従えた恐るべき探索者。どこへなりとも。好きに生きて、好きに死んでちょうだい』

耳の男を担いだ英雄が、空の亀裂により近く。

竜の巫女にお姫様抱っこされて空を浮かぶ男がそれを見送る。

「ああ、またな、探索者、良い探索を」

遠山鳴人から、探索者へ。

『いいえ、さよならよ、探索者ーー いえ』

アレタ・アシュフィールドからーー

『ーー"冒険者"さん、良き冒険を』

ーー冒険者へ、別れの言葉が交わされて。

空の亀裂に、アレフチームが消えていく。夏の空の中に起きた奇妙な出会い。もう2度と交わることのない道が閉じていく。

遠山とアリス。こちらで生きるものたちがあちらで生きるものを見送る。

互いのぼうけんと探索はきっと、続くーー

【メインクエスト "帰還" オプション目標 "アレフチームに救出される" 失敗しました】

【"ファイアチーム"ルートが消滅しました】

【メインクエスト"帰還" 更新 "ヘレルの塔"の攻略を開始する】

流れるメッセージに、少し、どこか誇らしげに、遠山は笑うーー

《まだ、だ、まだ、終わらないの、まだ滅ばないの。こんな、こんな終わり、絶対に認めない》

ピコン。

【神体 再起動ーー】

「嘘だろ」

「いい加減にしてほしいな……」

耳の男に首をへし折られた女神、地に堕ちた女神が、折れた首をぷらぷら揺らしつつ、それでも身体を起こす。

操り人形のごとく、何かに吊られるように、いびつに動く四肢。火葬の火に焼かれた身体は治ることはない。あれほどいた黄泉の眷属も、亡者達ももはや亡く。

だが、それでも。

《ドラゴン!! 鳴人くんを返してえエエエエエエエ》

名瀬瀬奈は立ち上がる。

彼女もまた、特異点。

その妄執のみにて、人の身にて神の座に届いてしまった異常存在。

たった一人で、アレフチームを壊滅寸前まで追い詰めた化け物である。

「く、そ。ーーかしこみ、かしこみ、奉る」

「ーーここに点を穿つ」

人と竜、それぞれが生き残る為、欠片もない余力を振り絞ろうとしてーー

『驚いた。貴方の言う通りね。ーーーー。ハァイ、トオヤマナルヒト、フレアテイル。綺麗にお別れしたつもりなのに、かっこつかないわね、これ』

空の亀裂は、未だ消えず。

そこから響くのは彼らの声。

「アレフチーム?」

『トオヤマナルヒト、あなたには、大きな借りがある。我々は決してそれを忘れないわ、だから、まずは』

英雄の声が、亀裂から。

『完璧な勝利を、あなた達に』

【お知らせ アレフチームが" 報酬(リワード) "のインセンティブ権限を使用します】

『いいわね! ソフィ、グレン、ーーーー ここで、使っても!!』

『君の判断に任せるよ、アレタ。いや、……ここはどうあっても、借りを返すところだろう?』

『意義なーしッス!! カナヅチ! ありがとな! バカを連れ戻してくれてよ!』

向こう側から響く声。こんな状況だと言うのに奴らはどこまでも楽しそうで。

『 報酬 接続(リワード・コネクト) 』

それは、ある世界。彼らが進めた世界の新たなシステム。

【お知らせ アレフチームが報酬に接続しました。アレフチームのver2.0獲得トロフィーの確認開始。神秘種ゴルゴンの討伐、神秘種"セイテンタイセイ"の討伐、神秘種"バンダースナッチ"の撃退、複数の神秘種の討伐ーー トロフィーNO847 "神狩りの集団"を確認】

遠山鳴人が去ったのち、世界は大きく変わっていった。

大穴の怪物は縛めから解かれ、神話は世界に回帰し、跋扈する。

アレフチームは己の邪魔をするものを例え神だろうと許さない。

その戦いは世界に記録されている。

【スタンピードでの活躍ランキング複数上位、複数の都市に空いたゲートの殲滅を確認、トロフィーNO521 "防衛者"を確認】

遠山の視界、メッセージに流れるのは彼らの探索の路。

多くの人は未だ知らぬ、凡人探索者たちの続き。

【複数の遺物所持者との戦闘に勝利、及び號級遺物所持者との戦闘に勝利トロフィーNO 789 "狼の中の狼"を確認】

人間の可能性、その到達点。世界のルールすらを変える者達との戦いを経て。

【アレタ・アシュフィールドの獲得トロフィー複数確認。トロフィーNO 71"英雄の再来" 、トロフィーNO 41 トーキョーの守り神"トロフィーNO 52 "星の記憶" トロフィーNO 29 "救世主"を確認、トロフィーNO666"嵐にひれ伏せ、凡愚ども" トロフィーNO.89 "嵐の調停者" トロフィーNO 100 "生ける伝説"』

世界の記憶、記録から消化された英雄、しかし、彼女は再び世界に認知されつつある。

その輝きは、健忘症の宿痾ですら消し去ることあたわず。

【"凡人探索者"の獲得トロフィー…………… 計測不能 トロフィーNO ¥$¥2 "ジュラシックランドの支配人"、トロフィーNO ¥1→1 "ニホン国憲法の破壊者"、トロフィーNO・33"耳の戦い" トロフィー#an "神喰らい"トロフィーNO・¥€% "エルフ派"、トロフィーNO "赤スパサンキュー" トロフィー@b%#3:"宗教の天敵" トロフィーNO21 "ヒロシマの守護者"トロフィー?? "前進" ーー】

そして、奴はいつも通り。信念も、夢も、運命も全て関係なく、ただ、己の感情のままに進む凡人もまた、世界に大きな影響を与えて。

【アレフチームの"認知度補正"が一定を超えています」

【複数のトロフィー獲得を確認。報酬の使用が可能です】

それは進んだ世界からの報酬。

アレフチームが世界から勝ち取った力の形。

『勝利を。殺すための力を貸しなさい』

【アレフチームが報酬"トドメの一撃"を選択しました。既に勝利している敵性存在の逆転の可能性をゼロにします】

『トオヤマナルヒト、受け取って。遠慮はいらないわ」

空の巨大な亀裂から、光が舞う。

それはすぐに、形を変えて。

『 イミテーション・(擬似・) マーダーウェポン(人の為の道具) 』

巨大な槌と変わっていく。

『使って。貴方の為の道具だから』

「……すげえな。お前ら」

光が、遠山にまとわりつく。

ふわり、身体が浮き、竜と視線を並べて共に空に立つ。

「ナルヒト、いいのか」

「ああ、終わらせようか」

ノリで、遠山が手をかかげる。

空の亀裂より現れた巨大な槌。それは遠山の意に従い、掲げられた手と同じように槌が空に掲げられ。

《あ、ああ、アアアア、ナルヒトくん、ナルヒトくんナルヒトナルヒトナルヒトくん、遠山鳴人ーー》

「名瀬瀬奈」

遠山が、掲げた手を振り下ろす。

大いなる力の塊。

巨大な槌が同じように、振り下ろされる。

空に、竜と人に向かって迫った神は、そのまま槌に迎えられるように、そのまま槌が、神を打ち付ける。

《ア、アアアアアアアアアアアアアアア!? くそ、クソクソクソクソ、アハハ、ウフフフフフフフフフ、フフフフフフフフフ、あアあああ、くや、しい、なあ、悔しい悔しい悔しいなあ、負けちゃっ、たーー》

もはや、その神に対抗する力はない。

耳男にへし折られた首は治ることなく、槌を押し返す力もない。

槌が、下に。神が下に。

人が、それを見下ろして。

「さよならだ」

《ア、アア、ふ、ふふふ、その、目。その目、ああーー

キレイーー 好き》

ぷちっ。

【GOD Eliminated】

神は槌に、ぺちゃんこに潰された。

『ナイスキル、ーーGoodbye good Hunter』

空の亀裂は閉じる。英雄の賛辞を最後に、もう何も聞こえない。

神を潰した大槌は消え失せ、そしてその神も排除された。

「うおっ」

ふらり、遠山を空に浮かせていた力も消える。当然、遠山はまた落ちーー

「おっと、フフン。アレを殺せる存在も、空を飛ぶことは不得意らしいな? ナルヒト」

「……うっせーよ。サンキュー、ドラゴン」

ヒョイっと、アリスが遠山を拾う。

先程と同じく、完璧なお姫様抱っこ。遠山は大人しくその細い腕に太々しく収まる。

びき、ビキ。

世界が、割れていく。夏への扉、懐かしき、愛しい時間、夢ひとときはもう終わる。

「……疲れたな、ナルヒト」

「全くだ。……サウナ入りたい」

「……よかったのか。ほんとうに」

「あー? うん。まあ、あっちもそれなりにたのしそうだけど、今はほら、あれだ。 ラザールベーカリーの立ち上げやら、竜祭りやら、これから色々あるんだよ」

「そうか」

「そうさ」

【全ての異界の主が立ち去りました。元の世界へ帰還します】

世界が眩しい。いつのまにか、消えていたはずの蝉の声がまた世界に蘇る。

嵐は去り、雲も消えて、空はゆっくり紫と白に混じる。遠くの方はより濃く、赤く。

夕焼けが近づく。夏が、終わる。

「ナルヒト、貴様、ほんとうに良かったのか。これで良いのか?

「さっき言ったことが全てだ、ドラ子。……嘘か本当か気になるなら、心でも、読んでみるか?」

「ふかか。ふん、それが出来たら苦労はせぬわ。全く腹立たしい。何一つオレの言葉も聞かぬし、思い通りにもならん。

「……生意気な 定(・) 命(・) の(・) 者(・) め(・) 」

「ひひひ、悪かったな。 ド(・) ラ(・) ゴ(・) ン(・) 」

2人が、互いに口にするのはお互いの"差異"。

アリスは決して定命の者ではない。遠山鳴人と同じ存在ではない。

遠山は決してドラゴンではない。アリスと同じ存在ではない。

互いの歩む速度は違う、互いの本質も、形質も何もかも、生命の定義、全てが違う。

だが、それでも。

「ナルヒト、貴様の世界の空もなかなかに悪くないな」

「あ? あー、たしかに夏の空って眩しくてあんま見ることないけど、たしかにいいよな」

同じ空の中、同じ光景を竜と人が眺める。異なる存在、異なる立ち位置なれど、今だけは同じ目線で、同じ景色の中にいる。

世界、夕焼けがより眩しく。その輝きが広がり輪郭を塗り潰していく。

幕あいの時間だ。この場所はすでに役割を終えている。

「……長い夢だった。まあ、だが、ふかか、悪くない夢であった」

「そりゃ良かった。……疲れた。帰って寝たい」

「寝てもいいぞ?」

「いや、流石に、お前にお姫様抱っこされて寝るのは、もうそれは赤ちゃんじゃん」

「ふかか」

竜の笑い声が心地よく。

夕焼けはさらに膨らみ、世界を飲み込む。

遠山の視界も赤く、暗く染まっていき、気付けばもう何も見えない。

「…………ねみ」

酷く、眠たかった。ひどく疲れている。だが、どこか心地よいこの疲れを遠山鳴人は知っている。

目を瞑ると、水の音が聞こえる。

目を瞑るとアイツが猫のように目を細めて、机に頬杖つきながらこちらを見つめる顔が浮かぶ。

夏のあの時間だ、プールの授業の後、4時間目の国語の授業、教師が板書している箇所はすでにもう丸暗記して解釈も終えていたから退屈で仕方なく。

気だるく、眠く、それでもなぜか手足の先がじーんと暖かいあの妙な疲れ。

重なっていく瞼の裏側で、ふと視線を感じる。薄く、隣を見ると、いつもその女はこちらを見ていた。

窓際の女の席、窓の向こうにはもくもくと積み上がる入道雲。青い空に積み上げられた入道雲を背景に、女の濡れた黒髪が、白い肌に張り付いていた。

ーーおやすみ、そんで、いってらっしゃい。とーやま。

「……ああ、またな」

【元の世界に帰還します】

プツッ。

世界は終わって、遠山の意識も全部。

ある夏の終わりーー

【クエストをクリアしました】