軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第444話:帰還

カリカリ……と、一定のリズムでなにかを齧る音が聞こえる。

「慌てずに食べるんですよ」

机の上でクッキーを食べる小さな巨人に向かって、エヴァリーナは優しい声音で語りかける。

清貧を是とするイリガミット教、このクッキーには高価な砂糖が使用されていない。それでも素材の甘みを活かしているのだろう。小さな巨人は夢中でクッキーに齧りついている。

小さな巨人からエヴァリーナは視線を外すと、目を閉じて瞑想する。

(『黒の聖女』こと、サクラ・シノミヤ――――異なる世界より、本人が望まぬまま召喚された少女)

チェーザとの密談は夜を徹して行われたのだが、どれほど聖神薬で若さを維持していようともチェーザは91歳の老人である。屋敷の外が薄っすらと明るくなり始めた頃には、チェーザの顔に疲労の色が濃くなったのは一目瞭然であった。エヴァリーナはボルジムア家が秘匿してきた情報について、まだまだ聞きたいことや問い詰めたいことはあったのだが、いくら私腹を肥やす悪人であろうとも好んで老人を苛める趣味はない。

そこで話を切り上げて私室へ戻ってきたエヴァリーナは、チェーザとの密談で新たに入手した情報を整理しているのだ。

(転職の水晶の制作に関わっており、現在の冒険者ギルドの前身となる組織を創設、商業ギルドをより効率的に運営できるように商人ギルドや鍛冶屋ギルド、錬金術ギルドなどに分割、各国の通貨を統一、ふ……ふふっ)

チェーザとの会話を思い出しながら、エヴァリーナは自嘲するように脳内で笑ってしまう。

(これらの偉業と称しておかしくない功績をわずか数年で? ボルジムア家がサクラ・シノミヤに洗脳系のスキルがあったと疑うのも無理はありませんね)

ジョブに就ける。自らの適性に応じたジョブを選択できる。転職の水晶だけでも、どれほど人種全体の底上げになったことか。もし、サクラが転職の水晶を創っていなければ――――そのことを想像するだけで、エヴァリーナは身震いするほどだ。

様々なジョブを選択し就くことによって人類は飛躍的に成長し、国力を爆発的に高めてきた。これは紛れもない事実であり、否定する者はいないだろう。

生まれた頃よりイリガミット教団で育てられてきたエヴァリーナは、経済に関してあまり精通していない。清貧を是とし、お金を稼ぐことや金銭に執着することは明確に悪しきことと教えられてきたのだ。

それでも聖女候補として様々な国を見てきた。そこで小さな商店から大店と呼ばれる商会まで、様々な商人がイリガミット教の上位者と交渉する場を黙って見てきたのだ。

(商業ギルドを分割することで彼らの権限を削ぎ、同時により透明性の高い組織を構築――――それに通貨の統一、私と歳の変わらない少女が)

自分がサクラと同じ立場なら、それを想像してエヴァリーナは息を呑む。

分割後の商人ギルドですら、想像を絶する財力や権力を有している。それを通貨――――国の権益に干渉するなど、比喩ではなく大勢の血が流れることになるだろう。

“お前のどこを信じろっていうんだよ”

自分を小馬鹿にした少年の姿を思い出し、エヴァリーナの顔が真っ赤になる。もし、これまでに集めた情報が全て真実であったのならば、エヴァリーナはユウに対してなんと無知で傲慢な物言いをしたのか、と。

(落ち着きなさい。浅慮になってはいけません)

一瞬、感情的になり乱れつつあった心を、自分に言い聞かせることで落ち着かせる。

(純血種と混ざり者の獣人。チェーザ卿の話では、当初は生まれた時点で多くの赤児は殺され――――)

生き残った者も、慰み者として口にするのも悍ましい環境で生きていくことになった。彼らの待遇が変わったのは、このままでは純血種の獣人――――それも力を持つ権力者たちの血族が途絶えると理解してからだったと。それに気づくまでに十年近くかかったのは、愚かな獣らしいとはチェーザの談である。

権力者たちの血筋を残すためだけに、混ざり者の獣人は生きることを許されたのだ。この話だけでもエヴァリーナからすれば、言語道断である。

しかも、子を残すためだけに生存を許された者たちは用がなくなれば下位の獣人たちへ払い下げられ、再び慰み者として生きることになった。

(この話が真実であるかを調べるにはジャーダルク宮殿の奥書庫――――記録は残っていない可能性が高いでしょう)

ジャーダルク宮殿の奥書庫には教王もしくは教王から許可を得た者しか入室を許可されないのだが、第四代教王が一部の書籍や資料を焼却―――― 焚書(ふんしょ) をしたという話が聖女派の間では長年にわたって噂されているのだ。

この噂をエヴァリーナが最初に聞いたときは、イリガミット教の信徒でありながらなにをくだらぬ噂に振り回されているのだと思っていたのだが。

チェーザが語った純血種の獣人の話が真実であれば、純粋なイリガミット教の信徒ほど衝撃を受けるだろう。それこそ教王に選ばれるほどの信仰心を持つ者ならば、憤死しても驚かないほどに。

(噂に真実味が帯びてきましたね)

別の角度から純血種の獣人について調べたいエヴァリーナであったのだが、それが非常に難しいことを知っていた。

(獣人に知識や歴史を継承する習慣や書として残す――――残念ですが、限りなく可能性は低いでしょう)

今の人族と共存する獣人とは比べ物にならないほど、純血種の獣人は好戦的で野蛮であったとチェーザは述べていた。力のみが正義である彼らに書を残すことなど、期待するだけ無駄だとも。たとえそのような物が存在したとしても、混ざり者たちが一つ残らず握りつぶしているだろう、と。

(最後に三大魔王――――いえ、聞けば東にも彼らに匹敵する存在がいるなんて。そもそも彼らを魔王と呼称してよいのでしょうか)

レーム大陸の本当の呼び名がグロース大陸で、現在のエヴァリーナが知るレーム大陸とは、グロース大陸の一部を大規模な結界で切り取ったものだと。

その結界の人柱として三大魔王――――正確には四大魔王が鎮座している。

(この結界の立案にサクラ・シノミヤが関わっていると、チェーザ卿は言っていましたが…………。

当時の人族を塵のように扱う好戦的な獣人と交渉し、他種族とも次々と不可侵条約を結び、世界の未曾有の危機であった 存在する者(モノ) との戦いでも陣頭で指揮を執り。その後に 存在する者(モノ) を召喚した責任で死罪となった。

サクラ・シノミヤの死後、五大国は人類一丸となって龍や天魔、それに古の巨人を結果外へと押しやり、のちに強大な結界でレーム大陸を隔離して今の人類の繁栄があると、チェーザ卿は述べていましたが)

瞑想するエヴァリーナの思考にノイズが走る。チェーザが嘘をついているとは思えないのだが、同時に真実を語ったとも思えないのだ。

その理由は――――

(私が執務室内を聖域化した際に、チェーザ卿からは少なくとも三つの抵抗を感じました。一つが教王であるのならば、残りの二つは?)

現教王がチェーザに施したサクラ・シノミヤに関する言語制約、それ以外に誰がチェーザに接触して、どのような制約を設けたのかがエヴァリーナの思考にノイズをもたらしていた。

(残りの二つ、私の力で解除できたのかわかりません)

神聖な魔力から、おそらくは教王と思われる魔法をエヴァリーナは解除できたのだが、残りの二つは解除できたかどうかが、エヴァリーナですらわからなかったのだ。そのため、チェーザの言葉も完全には信じられない。もし、チェーザが魔法やスキルで洗脳されていたとした場合、本人に嘘を言った自覚がないのでエヴァリーナがどれだけ挙動や声音に注意を払っても意味がない。

(チェーザ卿は91歳、約100年以内に教王以外がなんらかの言語制約をかけている)

仮にチェーザにかけられた残り二つの言語制約が、一方が嘘で、もう一方が真実を話すようなものならば、それが虚実織り交ぜたものなのか、あるいはどちらか一方だけなのかが判明できないのだ。しかも、ここ100年以内でチェーザに言語制約を設けた相手、もしくは組織が存在する。

(おそらくはボルジムア家のような貴族家を1300年前から)

途方もない話である。

1300年も前から歴史を改竄している存在が、それも複数だ。国家レベルの、それも大国クラスの陰謀――――多少は力があるとは言っても、14歳の少女にどうこうできる問題ではない。そして、どこの国や組織に頼ろうとも、内容が内容だけに協力はしてくれないだろう。なにより、エヴァリーナの立場では謁見すら叶わない。

(いいでしょう)

エヴァリーナ・フォッドは幼少期より頭脳明晰で優秀な成績を修めてきた。魔法や戦闘においても同様で、同世代の信徒たちの中でも一つも二つも抜きん出た実力を示してきたのだ。

だが、そんな優秀な彼女にも、一つだけ大きな欠点があった。

(誰も頼れないのなら、私自身が動くしかありません)

諦めることができないのだ。

どのような困難でも他者に頼らず自身で解決してきたエヴァリーナは、無理と言われれば言われるほど解決したくなる。

なにより――――

(あのユウ・サトウという少年――――)

今でもエヴァリーナは、あのときのユウの冷めた眼を忘れられない。なにも知らない バカ(・・) を見るような、あの眼を。

ユウのことを思い出し、珍しく顔を険しくしているエヴァリーナであったのだが、机の上でクッキーを食べていた小さな巨人が素早い動きでエヴァリーナの髪の中に隠れる。

(あら……どうしたのかしら?)

不意に後方のベッドから寝起き声が聞こえてくる。

「ぅ……ぅぅんっ」

ベッドで寝ていた女性は眼をパチリと開くと、慌てて飛び起きる。

「エヴァリーナさまっ、申し訳ございません」

寝癖もそのままに、女性はエヴァリーナに向かって跪く。

「なにに対して謝罪しているのかが、私にはわかりません」

「疲れていたとはいえ、エヴァリーナさまよりも早く就寝した罪ですっ」

「寝ることは罪ではありません。そもそも、私が先に寝るよう促したのですから」

「し、しかしっ」

「なにか?」

「いえ」

頭を上げた女性はエヴァリーナではなく、その背後に顕現する金色の女神を見て震えていた。

都市オレオルで一人の少女が決意を新たにしていた頃、灼熱の太陽と砂漠が支配するデリム帝国の帝都ランドの 南門(・・) に一人の大男の姿があった。

「さすがは俺だな」

デリム帝国では褐色の肌に金髪の人族が大半である。その中で銀髪に白い肌を持つ大男は目立った。

「お、おい……あれって」

「まさか」

「でも、どう見ても……あいつ――――いや、あの御方はっ」

「おぉ…………火の神アグニンニ・アラーズ様の思し召しか」

遠巻きに大男――――ジョゼフを見ていたデリム人たちは、口々にジョゼフの名を口にする。

この男、ウードン王国から真っ直ぐに南下すれば帝都の北門に着くはずなのに、迷いに迷って正反対の南門にたどり着いてしまったのだ。

「あ? なんか俺に用でもあるのか」

「い、いえっ」

近くでジョゼフを凝視していた男は、声をかけられると慌てて否定してその場をあとにする。驚いたことに、その男は離れた場所にいた友人へ「い、今の見てたか? 声をかけられちまったよ!」と自慢していたのだ。そして周囲の者たちは、さらに信じ難いことにその男をバカにするどころか羨ましそうに見ていた。

「た、隊長っ!!」

「なんだ? またどこぞの 貴族(バカ) が騒ぎでも起こしているのか?」

「それどころではありませんよっ!!」

南門の近くに併設されている詰め所で休憩していた衛兵隊長の男は、飛び込むように駆け込んできた部下をジロリと睨みつける。

「喧嘩か? それらなら喜んで行くぞ」

「なにを言ってるんですかっ! ジョ、ジョっ、ジョゼっ!!」

「落ち着けよ。な~にをそんな慌てることがあんだ」

「ジョゼフさまがっ! ジョゼフさまが現れたんですよっ!!」

この部下の言葉に、隊長だけでなく詰め所内の全ての人間が反応する。

「聞いたか?」

「ああ、ジョゼフさまが現れたとっ」

「信じられん……」

「この苦難のときに現れるなど、偶然とは思えん。きっと火の神アグニンニ・アラーズ様が我らを救うために」

「すぐに出迎えに行くべきでは?」

「どれだけ集められる?」

衛兵たちが興奮して、よその衛兵隊まで集めようとしたそのとき。

「お前たち、少し静かにしろ! あと俺が許可を出すまで勝手な言動をするな!! いいな? ここから誰も出るんじゃないぞ!!」

凄まじい剣幕で一気にまくしたてる衛兵隊長に、誰もが口を噤む。

「間違いないんだろうな?」

報告しに来た部下の首を隊長の男が掴んで引き寄せる。そのまま握り潰されるのではないかと、部下が錯覚するほどの握力であった。

「間違いありませんっ」

「よし。お前はこのまま上に――――いや、やっぱなしだな。俺が皇帝陛下に謁見できれば話は早いんだが」

上への報告に待ったをかけた衛兵隊長の言葉に、誰も異論を申さない。その判断が正しいかのように。

「俺は少し寄るところがある。お前たちは南門に向かって、騒動になっていないかの確認をしろ!」

「ジョゼフさまに関しては、どうされます?」

「あの方に余計な詮索は無用。下手に動けば、容赦なく殺されるぞ」

「帝都にいる貴族が余計な真似をするのでは?」

「ああ、その可能性は十分に考えられるな。だが、放っておけ。むしろ、そのままバカ貴族を殺してくれるかもしれんぞ」

嬉しそうに語る隊長の言葉に、部下たちは同じく笑みを浮かべる。

「とにかく、ジョゼフさまに対して余計な真似だけはするなよ」

そういうと、隊長の男は詰め所をあとにする。向かった先は皇城であった。

だが――――

「なにをふざけたことを申しておる!」

「皇帝陛下に謁見させろとは! 其の方、自分の立場がわかっての発言であろうなっ!」

皇城の門に併設されている詰め所で、隊長の男は尋問のように多数の兵に囲まれる。皇城を護る兵は、衛兵などとは比べ物にならぬほどエリートで、いかにこの男が衛兵隊の隊長とはいえ、無理を通すことはできないのだ。

「速やかに皇帝陛下に、それも直接お伝えせねばならぬ件でございます。何卒、私めの――――ぐあっ」

衛兵隊長の男の顔に拳が容赦なくぶち込まれた。

「たかが衛兵隊長ごときが調子に乗るなよっ」

「皇城を護る我らを顎で使えるとでも思ってか!!」

「そのよく囀る口で、もう一度申してみよ」

一衛兵隊長が口答えするだけでも、皇城を護る兵からすれば癇に障るのに、自分たちの頭を飛び越えて皇帝への謁見を要求する傲慢さに、彼らの怒りは限界を迎えようとしていた。

だが――――

「なにをそんなに騒いでいるのですか?」

「黙れっ! 貴様はだ――――」

声の発生源である詰め所の入口へ振り返った兵たちは、そこに立っている男を見るなり直立する。

男の歳は20代前半、身長182~183センチほど、細身の筋肉質で褐色の肌に金髪、まとう衣服は煌びやかで腰には一振りの剣を佩いている。

「失礼いたしました!」

「いえ、お気になさらず。それよりもなにを騒いでいたのですか」

「はっ。この者が、身分もわきまえずに皇帝陛下への謁見を要求するので、私たちで取り調べをしていました」

「皇帝陛下への謁見ですか。見ればその者、衛兵。同じ帝都を護る者として、暴力を伴った取り調べは些か過剰ではと思いますよ」

「し、しかしっ」

「ここは私の顔に免じて」

明らかに門兵は納得していない様子であったのだが、それでもそれ以上は口答えをしない。それほどの差が、突如現れた男との間にはあるのだ。

「とはいえ、あなたたちの面子を潰すわけにはいきません」

言葉とは裏腹に男の目は鋭いものであった。

「 たかが(・・・) 衛兵であるあなたがなぜ皇帝陛下への謁見を求めるのか。どうして門兵には、その理由を明かせないのかを教えていただけませんか?」

蛇に睨まれた蛙のように衛兵隊長の男は固まってしまった。

(さ、最悪だ。よりによって、この男が皇城にいるなんて)

デリム人であれば、デリム帝国の貴族がどれほどジョゼフを嫌っているかを誰でも知っている。それこそ帝都にジョゼフが現れたなどと知れば、私兵を率いてジョゼフを殺そうとしてもなんら不思議でないほどに。

そのような事態にならぬように、人目を避けて皇城へ足を運んだのだが、結果的に衛兵隊長の男は最悪の相手に見つかってしまう。

「まさか『 セブンソード(・・・・・・) 』である私に対しても説明できないとは言いませんよね?」