軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第434話:個の力

「ハクヒ村が狙われた理由は、君たちがアルビノだからだよ」

アルビノという言葉の意味が理解できていない惨鎧斬――――ロキュスに向かって、ジョンは丁寧に一つひとつ説明していく。

ハクヒ村にいる住人の多くが遺伝子疾患により、皮膚が白くなるアルビノと呼ばれる個体であること、わずかにいるアルビノ以外の住人は親族や配偶者などの親しい者たちで、村から迫害され、または追放された際に一緒について来た者たちであった。

なにも珍しいことではない。

動物などの世界でもアルビノ個体が群の中で虐められることがある。浮いた存在というのは、それだけで迫害の対象となるのだ。それ以外にも目立つ存在であるために、外敵などから見つかることを嫌う親が排除することもある。ユウが拾ったシロなども、この例だ。『腐界のエンリオ』という腐敗が支配する領域では真っ白な身体を持つシロの存在はあまりにも目立ってしまう。他の子を護るために親が育児放棄したところを、ユウが出会い拾ったのだ。

ショックを受け呆然とするロキュスに向かって、ジョンはアルビノは希少な存在で、一部の権力者にとってはとても希少価値の高い 商品(・・) であると説明する。

“才はないが、そのたゆまぬ努力はいつか必ず実を結ぶだろう”

(師よ……)

“ロキュス、お前は良い鍛冶士になる”

いつも厳しくも愛情を注いで一から鍛冶を教えてくれた師の顔がロキュスの脳裏に浮かぶ。

“もう! しっかりしなさいよ”

(ベード……)

感情表現が豊かで笑顔の絶えない最愛の恋人の名を心の中で呟く。

“ロキュスってば真面目なんだから、でもそこがお父さんが気に入ってるところなのかもね”

短く舌を出しながら、からかい半分に褒めてくるベードヌィの姿に、自然とロキュスの目から涙が零れ落ちる。

(ベードっ)

“そんなんで大丈夫かな~?”

なにを? とロキュスが尋ねるも、いつものようにはぐらかしながら「さあ、なにかしらね。自分の胸に聞いてみればいいと思うわ」と、ベードヌィは悪巧みを考えるような意味深な笑みを浮かべ去っていく。

(ベードっ!!)

気弱な男は覚悟を決める。

いま必要なのは鍛冶の腕などではない。

必要なのは力――――それも圧倒的な。

惨鎧斬を纏ったロキュスは、その鎧の持つ力による高揚感よりも、何百年と鎧に封印されている精霊と、惨鎧斬を創ったヴェルンドの狂気に囚われた。

まだ生きている者がいるかもしれないのに、まずロキュスがしたことはタトルテイル村への復讐であった。

タトルテイル村が裏切ったかどうかの証拠を集めようともせずに、感情の、力の赴くままにロキュスは暴れに暴れ回った。

生存者は独り――――タトルテイル村の村長の一人娘である。セット共和国から派遣された捜査員たちは生存者は0と調査報告書に記載していたのだが、生存者はいたのだ。

少女の目を抉り取ったところで、ようやくロキュスは正気に戻り、自分がなにをしたのかを認識する。

ゆっくりとロキュスは握り締めた手のひらを開くと、そこには

自らが抉った眼球が二つ――――それを見たロキュスは目の前で蹲る少女を置いて、逃げるようにその場を去った。

「だ、誰かいませんか!!」

風切音が遠ざかっていくのが聞こえる。

(どうしてこんなことになったの? お父さんは? お母さんは? やっと目が治ったのにっ。怖い。怖いよぉ…………っ)

タトルテイル村で独り生き残った少女は、力の限り叫んだ。今はおそらく夜のはず、月明かりすらない闇夜で、どういうわけか自分は村の外にいるのだと認識していたのだ。

非常に不味い状況だということは、まだ幼い少女にも理解できた。非力な自分が村の外で、それも辺境の夜というのがどれだけ危険なのかは大人から厳しく教えられていたからだ。

「もし」

突如、背後より声をかけられ、少女の身体が大きく震える。

「誰ですか!?」

「なにやらお困りの様子」

「え、ええ。私もよくわからないんですが、いつの間にか外にいたんです」

「こんな闇夜の中、君のような可憐な少女が一人では危険というもの」

男性の声音は安心感を少女にもたらす。

大人の声で、男性だったというのも大きいだろう。

暗闇の中で心細くなっていた少女にとって、こちらを気遣う男の声はとても心地よく聞こえたのだ。

「安心したまえ。私は世界を放浪している身でね」

質問したいことは山のようにあったのだが、少女は黙って男の言葉に耳を傾ける。

「 人助け(・・・) が趣味のようなものでね」

なにも見えない闇夜の中で、不思議と男が笑ったように少女は感じ取る。

「 これから(・・・・) のことは全て私に任せてほしい」

男に促されるように少女は立ち上がる。

「はい。お願いします」

少女は不安そうに空虚となった眼窩で見上げる。

「あの――――」

「ああ、私のことはジョンと呼んでくれたまえ」

「はい。ジョンさん」

そういうと、ジョンと少女は闇に溶け込むように消えていくのであった。

「惨鎧斬がダークエルフで死徒っ!? ど、どういうことよ!」

頭の許容量を超えたのだろう。

クラウディアは混乱したように取り乱す。

「ちょっと! サトウ、私にもわかるように説明しなさいよ!」

クラウディアは怒ることで、ユウに説明するようもっていこうとしたのだが。

「お静かに」

「はあ?」

「ご主人様が話している最中です」

「こ、このっ」

エルフの王族たる自分に向かってユウならともかく、どこぞのダークエルフ――――マリファが口答えするとは思っていなかったクラウディアは不満げに両頬を膨らませる。

「よくもやってくれたな」

惨鎧斬――――ロキュスの欠損した右腕が本人の意思とは無関係に再生していく。惨鎧斬が宿主を護るために、勝手に治しているのだ。同時に鎧の修復も始まると、ヒビや吹き飛んだ箇所や頭部の装甲が逆再生のように戻っていく。

「この代償は高くつくぞ」

「鎧を 脱ぐ(・・) こともできない奴が偉そうに」

「それが惨鎧斬を纏った者の宿命だ」

「宿命? 末路の間違いだろ」

二人は距離を保ったまま、互いに目を離さない。

「呪われた装備」

ユウとロキュスの会話を黙って聞いていたララが呟く。

ロキュスが常に悪臭を放っていたのは、好き好んで水浴びや身体を拭くことをしなかったわけではない、したくてもできなかったのだ。惨鎧斬が呪われた鎧のため、脱ぐことができないためであったのだとララは納得する。

(驚いた……っ)

いつもの語尾も忘れ、この状況に興奮した様子でフフは心の中で呟いた。

(今までロキュスのあんな姿は見たことがないっ)

どんな相手であろうと。

どんな魔物と戦おうとも。

これまでロキュスは苦も無く斃してきたのだ。

そのロキュスの纏う惨鎧斬が破損し、しかもロキュス自身すら傷を負っているではないか、と。

もしかすると――――陰龍の外套で姿を消しながら、フフは思わず拳を強く握り締める。

(ドゥラランド様は自作自演を通じてサトウの仲間になるよう言ってた)

同時にニーナの動向も探るように命令を受けていたのだが、そこにロキュスの生死についてはなにも言われていない。

(万が一、この戦いでロキュスが死ぬようなことがあっても、それは問題ではない。一番大事なことはサトウと一緒にロキュスと戦い、その中でサトウに取り入ること)

普通ならば、わざわざ言う必要がないと理解しそうなものなのだが――――フフは自分を説得するように、納得させるようにとって都合のいい思考をする。

(こんな機会は二度と――――)

パッシブスキル『危機察知』に従い、フフは地面から大きく飛び退き、塀の上へ着地する。

塀の上から見下ろすと、周辺一帯の地面が液状化現象のように波打っていた。そして近場の建物から地面に吸い込まれるように沈んでいく。

「くくっ。惨鎧斬も傷つけられて、お怒りのようだ」

「それも今日で終わりだ」

フフが飛び退くのと同時に、マリファたちも宙や手近な木などへ飛び退いている中、いつまで経っても地面に吸い込まれないユウをロキュスは注視する。

(わずかに浮いているな)

こちらに気づかれないよう地面から浮遊しているユウを見て、ロキュスは小賢しい真似を――――とは思わなかった。

(オリヴィエはサトウのことを、なんの才もない凡庸な少年と言っていたが)

その言葉を鵜呑みにしていたわけではないが、ロキュスはどこかでユウのことを舐めていた。

『強奪』という分不相応な固有スキルを手にしたおかげで、今の強さがあるのだろう、と。

しかし――――

(とんでもない)

――――ロキュスはオリヴィエの言葉を否定する。

(こいつは俺がここに現れる確証もないまま待ち続けていた。おそらくはある程度の予想をして数を絞っていたのだろう。それでもいつ現れるかわからない俺を、それも地中深くで待っていた)

恐ろしい少年だと、ロキュスは心の中で唸る。

惨鎧斬を相手に地中で待ち続けるなど。

おそらくは土に触れないよう、音が出ないように風魔法などを、それも自分に察知されないよう複数展開しながら作業を進めて待ち続けていたのだろう、と

ただ、 惨鎧斬(自分) に不意打ちを喰らわすためだけに、勝つためだけに。

元は鍛冶士であったロキュスにはとてもできない発想であり、芸当であった。

(少なくとも我慢できる者だ)

無数の円盤や槍を展開しながら、ロキュスはユウを見つめる。

(持たざる者の強さ)

自分に似た少年の姿に、ロキュスはこれから始める攻撃を躊躇う。だが――――

「やむを得ない」

一度、ロキュスは目を瞑る。

絶好の機会にもかかわらず、ユウから攻撃を仕掛けて来ないのは様子を窺っているのだろう、と惨鎧斬は思う。

この惨鎧斬の予想は半分当たっていた。不意打ちで必殺の一撃をまともに喰らって、それでも生きていたロキュスを前に、ユウは攻めあぐねていたのだ。

「始めようか」

そして、惨鎧斬の猛攻が始まる。

「おい。ここは俺たちに任せて、お前は帰って治療を受けたほうがいい」

「構わん」

同僚の武官から気遣いの言葉をかけられるも、片腕となった武官は現場に居続ける。

「しょうがない奴だな」

頑固なことは同僚たちもよく知っているので、それ以上は言葉を重ねることもなく、惨鎧斬の包囲に集中する。

「実際に惨鎧斬を見て、どうだった?」

同僚の一人が、惨鎧斬を間近で見た武官に感想を聞く。

「噂は聞いていたが……あれほどの化け物とは思わなかった」

「ふむ。とはいえ、だ。俺たちがこうして包囲している。時間の問題だろう」

どれだけ優れていようと所詮は個の力などたかが知れている、と。同僚は惨鎧斬がいるであろう方角を見ながら嘯く。

「そうだといいのだがな……」

「お前は惨鎧斬にやられて気弱になっているんだ。今はクラウディアさまとララ殿が惨鎧斬と戦っているそうだが、いざとなればムッス様の護衛を担当している『食客』も戦場へ投入し、その上で俺たちがバックアップすれば、どうだ? ここまでして、なおお前は俺たちが負けると――――なんだっ!?」

凄まじい衝撃とともに、空が真っ赤に燃えていた。

「なにが起こった!?」

「落ち着け! それでもカマーを護る衛兵か! 広域結界が覆っておる!! こちらまで炎が及ぶことはない!!」

怒鳴るように取り乱す衛兵を叱責しながら、武官たちも心の中では焦っていた。

「あれは……魔法によるものか?」

「おそらくな」

「広域結界を発動させたのは……」

「監視兵から報告を受けた現場の者が、上の判断を待たずに発動させたのだろう」

本来であれば、都市カマーを覆う広域結界の発動には莫大なコストがかかるために、ムッスもしくはムッスに任命された親衛隊長クラスの許可が必要なのだが、これだけ突発的に起こった魔法による影響に対して、即座に広域結界が発動したことから現場の判断による独断だと、武官は判断する。

結果的に、それが功を奏した。

空を紅蓮に染めた魔法――――ユウの『 蜀紅蓮(しょっこうれん) 』による炎は縮小するどころか、なお拡がり続けていた。もし、広域結界が発動していなければ、どれほどの被害をカマーへもたらしていたことか。それを想像して、この場にいる誰もが顔を青くした。

「独断であろうが、英断であったな」

「全くだ。これが――――ぬおっ!?」

「今度はなんだっ」

「地面が……」

「これはっ」

惨鎧斬がいる方角の建物が沈んでいくのが見え――――否、建物が沈んでいる範囲が拡がっていた。

「地震かっ!」

「ち、違う。地響きもなく建物が沈んでいる」

「まさか……惨鎧斬の仕業かっ!?」

「バカなっ! どれだけの範囲に影響を及ぼしているかわかっているのか! あり得んぞっ! 個が発揮できる力量を超えている!!」

再び動揺する同僚や衛兵たちをよそに、片腕となった武官は建物が沈んだために眼前の視界が拡がり、その 光景(・・) が視界に入る。

「し……信じられん」

数えるのも馬鹿らしくなるほどの円盤や槍が宙を縦横無尽に動き回り、それを必死に対処しているユウたちの姿であった。

武官を教育した指導官は、戦いは数だと常々口にしていた。

どれほど優れた武勇を誇ろうとも、圧倒的な数を前にすれば、個の武勇など意味をなさないと。

「こんな相手……どうしろというのだ」

絶望した顔で武官は呟くのであった。