軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第423話:贈り物 前編

静寂が――――いや、わずかに風の音が聞こえる。

なにも見えない暗闇の中で、少女は呟く。

“どうして?”

再び光を得たはずなのに、闇が少女の身体を包みこんでいた。

「お父さんっ」

誰よりも頼りになる父を呼ぶも、返ってくるのは風の音だけである。

「お母さんっ!」

優しい母を呼ぶも、同じく風の音だけが少女の耳を掠めて行くように通り過ぎていく。

「誰かっ――――」

立ち上がろうとして、少女はその場で転ぶ。なにかに滑って転んだのだ。

「痛っ……なにこれ?」

床に溢れていた水にでも滑って転んだのかと思っていた少女は、手についた液体の感触に違和感を覚える。それは水とは違い少し粘り気があった。指先についた液体を鼻までもっていき嗅いでみると、どこかで匂いだことがあるような――――少女は記憶を辿る。

「これって……まさか…………血? ひぃっ」

金属臭のする液体が血であることに気付いた少女は、再び立ち上がろうとして尻餅をつく。

風の音が――――否、少女が風の音と思っていたのは風切音であった。

複数の金属状の円盤が少女の周囲で高速回転していたのだ。

セット共和国北部――――地方にある小さな村タトルテイルは、一夜にして滅ぶこととなる。

小さいとはいえ、村一つが一夜にして滅んだのだ。当然、セット共和国北部の指導者たちは詳細な調査に乗り出す。

セット共和国北部といえば広大な樹海と呼ばれる森林地帯が拡がっている。そこから来た大型の魔物や群れで行動する魔獣などに襲撃されたのではと、当初は予想されていたのだが、派遣された捜査員たちは瓦礫と化した村から魔物によるものと思われる痕跡を一つも発見することができなかった。

それに死体を食い荒らす獣によって村人の遺体は著しく損傷していたものの、死因は鋭利な刃物による斬殺であると推測する。

その調査を担当した捜査員の一人が同僚に漏らした言葉がある。

「どうすればあのような……巨大なミキサーで村一つを粉々にしたかのような……いや、今の言葉は忘れてくれ。あまりに凄惨な現場の調査で些か疲れているようだ」

生存者は“0”であったと、この事件の調査を担当した捜査員たちは調査書に記している。

この原因不明の事件が終わりではなく始まりであったことを、のちにセット共和国の人々は思い知ることになるのだ。

同じように鋭利な刃物で粉々になった犠牲者がセット共和国中で見つかり始める。

タトルテイル村の住人を発端に、数十の荒くれ者たち、高名な冒険者、傭兵、賞金稼ぎ、富裕層から貴族や王族などの権力者まで

が、無惨な姿となって発見されたのだ。

人種・種族を選ばず殺された犠牲者たちに関連性はないと当初は思われていたのだが、高位の解析系ジョブに就く捜査官によって、一部の犠牲者たちは身体の一部が持ち去られていることが判明する。

のちに『 兇悪七十七凶(きょうあくななじゅうななきょう) 』にその名を連ねることになる『惨鎧斬』の仕業であった。

あまりに凄惨な事件が立て続きに起こり、セット共和国北部――――地方を管轄する州知事たちは――――これ以上の混乱は――――セット共和国の管理体制に重大な影響をもたらすと――――緊急で開催された議会の承認を得て北部地方――――忌々しい記憶を払拭するため――――その名をポラメアルへと変更――――当座しのぎであったのだが、この対応は思いのほか――――以降セット共和国北部ポラメアル地方へと――――同時に『惨鎧斬』の討伐に一犯罪者として異例の規模で討伐軍を派遣するも――――ことごとく失敗に終わり――――数十年も一犯罪者を野放しにしているセット共和国の求心力は――――また国民からは政治体制への不満が――――五大国の一つが斜陽と――――周辺国家は動静を注視し、セット共和国が疲弊するのを――――だが、のちの大統領となるマンマはこの事態を好機と捉え、躍進していくこととなる。

「朝っす!」

そうフフが呟き、瞼が開くと。本来あるべきはずの眼球のない眼窩が顕になる。

慣れた仕草でアイパッチを貼って、すぐにもう片方の眼窩へとアイパッチを張り替える。

通常の魔眼移植を施された者であれば、魔眼の付け替えなどといったことはできない。そもそも、魔眼の移植自体が術後しばらくは激痛を伴うのだ。だが、フフは複数の魔眼を使いこなすために、魔眼の取り外しができる処置を自ら望んで施していた。当然、肉体と霊体とを魔眼と再接続するたびに痛みがフフを襲う。

魔眼を嵌めたフフは上半身だけを起こし、伸びをする。「う~んっ」と短い声を漏らし、何度かその動作を繰り返す。

そして腕力だけでベッドから飛び出すと、そのまま床の上で逆立ちをしてハンドスタンドプッシュアップを行う。楽々と百回ほど繰り返すと、次は片手で同じように回数をこなし始める。常人とは比べ物にならない三角筋、上腕三角筋、大胸筋、さらに素晴らしい体幹と言えるだろう。

軽く火照った身体を冷ますように、フフは深呼吸を数度繰り返す。

「今日も絶好調っす」

下着姿から服を着ながらフフは思案する。

「昨日はサトウから依頼を受けたいと思わせないとダメって、ニーナさんは言ってたっす」

鎧を着込み、ダガーを腰に佩き、指輪を嵌め、その上から手袋を、そして靴を履いたフフは顔をしかめる。

「面倒っすね……」

また頭から煙が出そうになるフフは、左右に頭を振って思考を切り替えると、アイテムポーチから外套を取り出す。

「下手に策を練ると、どうもフフはボロが出るようっす。どうせボロが出るなら――――細々としたものより派手にやったほうが上手くいくっす」

「どう?」

「……もう少しで物にできそう」

朝食を終えて居間でくつろいでいたニーナは、隣で手を組んで坐禅のようなポーズをとっているレナに話しかける。

「えっ。もう!? 魔力の……粒子であってるのかな? それが見えるようになったんだよね?」

「……まだ完全じゃない。でも、コツはわかってきた」

天才の名をほしいままにしてきたフーゴ・ヒルシュベルガーですら、魔力の根源たる粒子を見られるようになるまでに何年もの歳月を費やしてきた。さらに、そこから各種魔法を見極められるようになるまでに二年もかかったのだ。それをつい先日に魔力の粒子の存在に気づいたばかりのレナが物にしつつあると言っている。

これにはニーナだけでなく、ユウの傍に控えながら聞き耳を立てていたマリファも驚きを隠せない。

エルフやダークエルフは生まれながらに他種族より魔力を見ることにかけては秀でている。そのマリファですら、魔力の粒子など見るどころか、見ようと思ったことすらないのだ。魔力の粒子についてはレナから話を聞いていたので、マリファも何度か試してはいるのだが、魔力は見えても粒子については全くと言っていいほど見える兆しすらない。

「……モモのおかげ」

ひっくり返るように膨らんだお腹を晒しながら、モモはユウの太ももの上で寝ている――――いや、苦しそうに呻いている。どうやら朝食を食べすぎて苦しいようだ。横でナマリが「大丈夫?」と心配している。

「モモちゃんが!?」

これにもニーナは驚く。人見知りの激しいモモがレナと喋っている姿が想像できないのだ。

「……十日分」

「へ?」

「……おやつ、十日分で教えてくれた」

苦渋の決断だったとでも言わんばかりに、レナは苦しげな表情で語る。

一方でニーナはモモが魔力の粒子を見極められること、さらにそれを他者へ教えられるほど精通していたことに目を丸くする。しかも、後衛職ならばどれほどの対価を支払っても教えてもらいたい内容を、おやつ十日分で承諾するとは。

「ご主人様」

「どうした?」

ニーナとレナが会話を続ける中、外から戻ってきたネポラがユウのもとへ近寄る。

「ヌングさんが来ています」

「わかった」

相手がヌングとわかるなり、ユウは太ももの上で寝そべるモモをテーブルの上にそっと置くと、席を立って外に向かう。

「お迎えに上がりました」

いつもとは違い、ヌングの表情は芳しくない。

ヌングは迎えにきたと言うものの、ムッスと会う予定も約束もユウはしていないのだ。そして、そんなヌングの態度に顔には出さぬものの、内心穏やかでないのはマリファであった。

「え~。ムッスさんのところに行くの?」

「ああ、なんか用があるらしい」

「用があるならムッスさんが来ればいいのにね」

「全くだ」

服を着替えてきたユウを見ながら、ニーナはマリファたちの不満を代弁するかのように言葉を連ねる。

「レナはどうするの?」

「……私はやることがある」

なにをやっているのかはわからないが、レナが凄まじい集中力を要するなにかに取り組んでいるのはニーナにも理解できた。

「そっか。私は孤児院の様子でも見てこようかな~。ほら? ユウも心配で――――あいたっ!?」

ニヤニヤ顔でユウの様子を窺うニーナの額に、ユウの魔力弾が放たれた。

「俺は一言も頼んでない」

「そうだ! 頼んでないんだぞ! でもニーナ姉ちゃん、あとでオドノ様に教えてあげてね」

ナマリやマリファを引き連れてヌングの待つ馬車へ向かうユウを見送りながら、ニーナはおでこを擦るのであった。

(妙だな)

馬車が門をくぐると、ムッスが所有する広大な邸宅の庭が広がる。普段から護衛のゴーレムが配置されているのだが、その数が異常に多いことにユウは気づく。

(あれは)

さらに青白い半透明の犬がユウの乗る馬車を見ていた。

(マーダリーの霊獣か)

ムッスが誇る『食客』が一人『一射一殺のマーダリー』の使役する犬型の霊獣が目につく。

(戦争中でもないのに、なんでこんなに厳重なんだ。ああ、そういうことか。『惨鎧斬』ってのを警戒してるんだな)

それほど『 兇悪七十七凶(きょうあくななじゅうななきょう) 』とやらが怖いのか、と。ユウはどうでもよさそうに、馬車の窓から庭を眺める。一方で、マリファは馬車の中から御者を務めるヌングを射殺さんばかりに睨みつけていた。

「やあ、待っていたよ」

応接室に入るなり、いつもと変わらぬ態度で気安く声をかけてくるムッスを前に、ユウは無視してソファーに座る。

「前に言ったよな? 用があるならお前が来いって」

「言ったんだぞ!」

笑って誤魔化すムッスが手で合図を送ると、メイドが紅茶と茶菓子を運んでくる。

「僕もそうしたかったんだけどね」

紅茶を飲みながら「悪かったね」と、ムッスは形だけの謝罪をする。その態度がマリファの怒りに火を注ぐ。無表情のまま全身から発する殺気にメイドは顔を青くし、テーブルに紅茶と茶菓子を並べ終えると、そそくさと部屋を退室する。

「今の僕は軟禁状態みたいなものなんだ」

その言葉にマリファの長耳がかすかに動く。

「オドノ様、なんきんってなーに?」

不思議そうにナマリとモモがユウに尋ねる。

「ある程度の自由が許されている監禁だよ」

肩を竦めながらムッスが応える。

「監禁……お前、悪いことをしたんだな!」

「どちらかと言うと、悪い奴から身を護るためなんだよね」

大貴族であるムッスに対して生意気な口を利くナマリを前に、ムッスは怒るどころか微笑ましいように見つめる。

「ナマリ、言葉遣いに気をつけなさい」

「うっ……ごめんなさい」

マリファから叱られると、ナマリは素直に謝罪する。

「『惨鎧斬』の討伐依頼を頼まれたそうじゃないか」

「冒険者ギルドに間者でも送り込んでるのか?」

「そんなことしなくても、すでに多くの者がその話を知ってるよ。受けるつもりはないのかい?」

「なんで俺がそんなつまらない依頼を受けなくちゃいけないんだよ」

「Sランクになるためにも、良い依頼だと思うよ」

突如、室内の空気が重苦しくなる。ユウから漏れ出る圧力の影響だ。

「お前も 噛んでる(・・・・) のか?」

「僕が? まさかっ! どうしてユウと敵対するような真似をする必要があるんだい」

そういうと、ムッスは封筒を取り出して、テーブルの上に置く。

「マリファの従魔を引き連れる許可書だよ。ウードン王国の全てとはいかないけど、大抵の都市に連れていくことができる」

こんな短期間でここまでの許可書を作るのは大変だったと宣うムッスに対して。

「遅いんだよ。それにウードン王国だけか……使えない奴だな」

辛辣なユウの言葉に、さすがのムッスも顔を引きつらせる。

「もう少し愛想よくできないのかな。他国がネームレス王国のことを快く思っていないのは、君も理解しているだろう」

だから冒険者ギルドを通じて嫌がらせをしているんだよ、と。ムッスは暗にユウがSランクに昇格できないのは、自業自得であると言っているのだ。

「独立組織である冒険者ギルドだけど、なんでも好き勝手にできるわけじゃない。なにしろ冒険者ギルドが建っているのは、その国の土地なんだからね。

いくらユウがネームレス王国の王だろうと、その影響力は同盟国であるウードン王国――――その国内にある冒険者ギルドならともかく、他国の冒険者ギルドにまでは及ばないだろう」

「だから?」

「だから――――『惨鎧斬』の討伐依頼を受けてほしいんだ。それでユウが倒してくれれば、僕も軟禁から解放されて自由に動けるようになる」

「くだらない」と、ユウはテーブルに置かれたクッキの一枚を手に取ると、モモが食べやすい大きさに割って目の前に置く。

「惨鎧斬のせいでゴッファ領の治安が不安定になっているのなら、為政者であるお前が率先して動けよ」

もっともなユウの言い分に、ムッスはなにも言い返すことができずに苦笑するしかない。

「まあ、そのとおりなんだけどね。ところでモモはさっきからなにをしているのかな?」

先ほどからモモは自分用にユウが作ってくれたティーカップやお皿を並べると、それを見て満足そうにしていた。

「見てわからないのか? ままごとだよ」

一瞬、ユウがなにを言っているのか理解できなかったムッスは真顔になるも、すぐに口に手を当てて吹き出してしまう。

「なにがおかしい。お前のところの 食客(無能) よりモモのほうがよっぽど有能だぞ」

その言葉に、ムッスは一転して真面目な顔になると。

「耳が早いね」

「なにが?」

「惨鎧斬を討伐しようとして、返り討ちに遭ったことを知っているんだろ?」

全くそんなことは知らなかったユウであるが、否定するのも面倒なのでそのまま話を進める。

「で、誰が負けたんだ」

「クラウディアとララ、それにもう一人の名は伏せるけど、食客に負けず劣らずの実力者さ」

どうせテオドーラとかいう女だろう、と。ユウはムッスが匿っているテオドーラには触れずに思考する。

(剣の腕だけならクラウディアは俺と互角、ララに至っては俺より上だぞ。その二人に三聖女がいて負けただと)

「本当にそいつらが揃って負けたのか?」

「残念ながらね。僕も必勝を期して選んだ人選だっただけに残念だよ」

極悪とは言え、たかが犯罪者にクラウディアたちが負けたというムッスの言葉をユウは信じられない。特にララはユウと似たタイプなのだ。『暗黒騎士』『付与士』『賢者』の三つのジョブに就くララは、一見良いところ取りに見えるジョブ構成だが、その実は逆に剣も魔法も中途半端な器用貧乏になりがちなビルド構成である。だが、ララは天賦の才と努力により剣も魔法も高レベルの水準に達しているのだ。

「そこでユウに――――」

ムッスが言葉を紡ごうとしたそのとき、扉が勢いよく開け放たられる。

「ちょーっと、待ったー!!」

見目麗しいエルフの――――それも王族でありながら、その自覚がないかのように振る舞う喧しい美少女――――クラウディアが突如、入室してきたのだ。