軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第386話:小国群連盟の憂鬱

小国群連盟。

カラ・ムー王国、スパ・スティ、チ・プースなどの国が中心となって創設された同盟である。参加国はどこも小国で、複数集まっても大国どころか中程度の国にやっと抗えるかといった程度の国力しかない。

「皆は?」

薄暗く長い通路を白髪混じりの金髪に、口髭、恰幅のいい着飾った初老の男性が歩いている。

「すでに集まっています」

先導する者の顔は布状のマスクで覆われている。

「では急ぐとしようか」

通路を抜けた先に目的の部屋がある。途中にあるいくつもの重厚な扉が、部屋の重要度を示すように設置されているではないか。

「いやいや、済まぬ。随分と待たせたようだ」

いくつもの扉を抜けた先は、これまでの薄暗い通路とは正反対で昼間のように明るく、また広い空間――――会議場であった。すでに席には多くの者が着いている。そして先導する者と同様にマスクで顔を隠していた。

「こちらは今回のオブザーバーであるカラ・ムー王国のヤー・ケィ・コルファ公爵――――」

「私だけマスクをしておらず申し訳ない。あの圧迫感が苦手でな? ここは一つオブザーバーということで了承していただきたい」

言葉にせずとも、周囲から不満や抗議するような空気が発されるのだが、それを公爵は平然と受け流す。

「特に問題はないようです」

司会進行役が、皆の不満を気づかぬフリをして会議を進行する。

「では、会議を始めます」

小国群連盟の諜報機関――――連盟情報局による極秘会議が開始する。極秘と名がついているのは、表沙汰にできない方法で入手した情報を取り扱うからである。

この場にいるのは各国で暗躍する諜報員のまとめ役や、連盟に所属する各国の高位貴族たちだ。

「近年のウードン王国ですが、故バリュー財務大臣がいなくなったことにより、今後はますますの発展を遂げるでしょう。人口増加に伴い――――特に農業は顕著で――――小国群連盟からの有機肥料を――――輸出は――――」

自国の輸出産業が潤うのは良いのだが、一方で憎き五大国の一つであるウードン王国の発展は誰もが苦々しい思いで報告を聞いている。

「 連盟情報局(我々) もバリュー財務大臣には期待していただけに残念ですが――――以上のことからウードン王国につけ入る隙がなくなり――――現地での諜報員活動は縮小――――浮いた人員は他国へ――――」

「そんな簡単に言ってのけられるような話ではないぞ」

「そうだっ。バリュー財務大臣や派閥の連中にどれだけの金を渡していたのかわかっているのか!」

「投資した分を満足に回収できなかったのは、諜報員たちの怠慢のせいではないのかね」

声を荒らげているのは貴族たちなのだろう。口々に連盟情報局員たちを「失敗をしておいて」「無能な」「現地でどのように活動していたのやら」などと罵る。

「わっはっは!!」

罵る声を遮るように、公爵が大笑いをあげる。

「どうやら情報局員は信用ならんと思う者たちがいるようだ」

室内を公爵が一瞥すると、貴族たちはマスクの下でほくそ笑む。

「ケィ公爵、それは――――」

「それはもなにも、これ見てのとおり不満の声が上がっておるではないか」

貴族たちとは正反対に連盟情報局員たちは「現場の苦労も知らずに、好き勝手なことをっ」と、心の中で呟く。

「そこで提案なのだが、ウードン王国には我こそはと思う貴族を向かわせる」

ニヤリと笑みを浮かべながら、公爵は続けて「名案ではないか?」と周囲の者たちへ語りかけるように述べる。

すると、先ほどまで口煩く連盟情報局員たちを罵っていた貴族たちは、たちまちに口を噤む。

「そ、それはっ」

「ケィ公爵、それはあまりにも浅慮ですぞ」

「うむっ。我らが言いたかったことは――――」

「先ほどは声を荒らげておったではないか。私は貴公らならば、適任かと思っておる」

思わぬ公爵の言葉に貴族たちは身体を強張らせる。今度は連盟情報局員たちがマスクの下でほくそ笑む。

「そこまで。ケィ公爵、あなたはあくまでオブザーバーということをお忘れなく」

「おお、そうであったな。私としたことが失念しておったわ」

司会進行役――――議長が公爵を制止しつつ、諌める。

「続きまして、セット共和国の情勢ですが――――マンマ大統領の動きが活発化しており、それに伴い六軍団並びに十二魔屠も――――また首都サンサレムの錬金術ギルド総本部で起きた内紛ですが――――會長ラーランの働きにより目立った混乱もなく――――以前よりも錬金術ギルドは強固な組織として――――」

セット共和国の情勢を聞くなり、場内の多くの者が安堵の声を漏らす。

「若造と侮っていたが『黎明のラーラン』の異名をつけられるだけはあったということか」

「ポーションの安定供給は、小国群連盟としても危惧の念を抱いていましたからな」

「しかし、セット共和国の動きが活発になっておるのは、気になるところ」

「幸いにも 小国群連盟(我ら) とセット共和国は西と東で離れておる。なにかあってもまずはウードン王国が盾となる」

大国や強国との争いに巻き込まれないように立ち回るのが、弱小国や小国が生きていく術である。

「ハーメルンですが――――八銭内の政争はより一層に激しくなっており――――こちらが送り込んでいた諜報員も――――よって、捕らわれたか始末されたかのどちらかでしょう」

自由国家ハーメルンの情報に皆の顔が険しくなる。

これまでに何人もの諜報員を送り込んでいるのだが、思うような結果が出せていないのだ。それどころか表立っては言わないが、逆に八銭からの攻勢により、小国群連盟内の貴族が取り込まれている。

この中にもハーメルンに国を売っている者がいるのではと、誰もが疑心暗鬼になっているのだ。

「商人の国が、なぜこうもガードが固いのだ」

「商人だからでは? 忌々しいことに、金の扱いにかけては商人ほど長けている者はいないでしょう。同時に人の扱いも」

「あの国とは付かず離れずの関係でいたいものですな」

憎き五大国とはいえ、経済の関係上で無視をするわけにはいかず。かと言って、深く繋がれば取り込まれるのはわかりきっている。彼らはそのことを重々承知しているので、理不尽な要求をされても貼り付けたような笑みを浮かべてやり取りをするのだ。

「デリム帝国内では――――激しい政争から貴族同士での争いまで――――現在のデリム皇帝にこれを治める力は――――またセブンソードの多くは後ろ盾となっている大貴族の傀儡で――――」

五大国の最後――――デリム帝国の報告には、皆が表情を緩める。かつては超大国としてレーム大陸の覇権にもっとも近づいた国であったのだが、それも今では昔の話である。現在のデリム帝国は貴族たちが幅を利かせ、皇帝の命に従わない者も少なからずいるのだ。

その後は大国から中規模の国と、国力や軍事力の高い国の順に報告がされていく。

そして、誰もが一番関心を示している国の報告へと移る。

「最後にネームレス王国についてですが」

議長は背後の扉へ視線を向けると。

「入ってきなさい」

合図とともに扉が開くと、皆と同じマスクを被った者が入ってくる。だが、他の者たちと違う点があった。素顔を隠すためのマスクだけでなく『解析』に対する認識阻害の装飾をいくつも身に着けている。

見た目からわかるのは性別――――男ということくらいのもので、この者が何者であるのか把握しているのは、議長くらいのものであろう。

「現地で活動している者から、説明や質問者へ答弁したほうが皆さんもご納得されるでしょう」

質問をする前から自分たちが不平を申すような議長の言葉に、貴族たちはどよめく。一方で連盟情報局に所属する者たちは困惑する。なぜなら議長は連盟情報局の局長であり、普段から貴族と連盟情報局との間を取り持つような立ち回りをしているからだ。

「ネームレス王国を担当している連盟情報局員――――名を伏せることをご了承ください」

これに言いがかりをつける者はいなかった。連盟情報局に所属する者同士でも情報を明らかにしないことも珍しくなく。またこの場に他国の諜報員が潜り込んでいる可能性や、裏切り者――――背信者がいないとも限らない。

「まずは配布した資料に目を通してください」

壇上で男は、皆に資料が配布されるのを確認してから喋りだす。その資料に目を通すなり、場内がざわつく。

「不味いな……。ネームレス王国が塩を売り出しているだと」

「不味いもなにも、同じ海洋国家なのだ。塩を売ることなど想定内ではないか」

「ただ……こちらの予想より早い。もう他国へ売り出すほどの塩を生産している。ネームレス王国が販売している値段次第では、我々が商人へ卸している値段を再考する必要があるな」

「ポーションだけで満足していればいいものをっ」

小国群連盟の主要産業の一つである塩の販売をネームレス王国がしていることに、場内の貴族たちは少なからずショックを受ける。

「待てっ。さ、砂糖まで販売しているではないかっ!」

「なんだとっ!? ぬう……。どのようにして、あのような島で砂糖を生産しているのだ」

「砂糖は小国群連盟でも重要な産出物だぞ」

「あの国にはドライアードがいたはず。それが関係しているのではないか?」

「ドライアードの利用はレーム連合国の条約で禁止されている」

「ネームレス王国は非加盟国だ。訴えたところでなんの意味もないだろう。そもそも五大国のウードン王国と対等の同盟を結んでいるではないかっ。我らが議案を提出しても、ウードン王国が否決するに決まっておるわっ!」

砂糖は大変に貴重な物で、小国群連盟でも手作業のため、大量生産ができないのだ。本来であれば自国の貴族や富裕層向けに消費したいところを、少しでも金を得るために国外へ販売しているのが現状だ。故にこの場にいる者たちは、ネームレス王国がどのように砂糖を生産し、またどのくらいの量を商人へ卸しているかが気がかりであった。

「皆もある程度は資料に目を通したようだ。そろそろ君から説明をしてくれないだろうか」

オブザーバーの公爵が、皆を代表して声を上げる。

「塩と砂糖の生産方式並びに生産量については不明です」

「不明? 君の役目は他国の情報を入手することだろう」

「わからないで、こちらもはいそうですかと納得するとでも思っているのかね」

「お静かに。まだ話の途中です」

議長が制止すると、場内は静まり返る。各々、思うところはあるのだが、ここで徒に騒いでも意味がないことを理解しているのだ。

「資料を読み進めていただければ、その理由が記載されています」

男の言うとおり、資料を読み進めるとその理由が記載されていた。

「結界で覆われているために、生産地の特定や生産方式を探ることができないのはわかった。では、この島内の結界とはどの程度の規模なのかね?」

「他国の者に解放されているのは仮に東地区と名称しましょう――――その東地区の中でもごく一部の港湾都市だけです。それ以外の場所へは、侵入することはできません」

「君たち連盟情報局員は、この手の結界を破壊ないし通り抜ける技法に通じているはずだ」

「まずネームレス王国を覆う結界は規模が桁違いです。皆様にご理解していただくために、例としてウードン王国王都テンカッシを覆う結界がイメージしやすいでしょうか」

王都テンカッシを覆う結界はウードン王国内だけでなく、他国にまで知れ渡るほど有名である。一つの都市を覆う結界を、大賢者一人で維持していることがどれだけ尋常ではないかも含めてだ。

「大賢者でも一つの都市を覆う結界が――――いや、これも凄まじいことなのだが、島一つを覆う結界など維持できるものなのかね。

そもそも結界は大きければ大きいほど消耗するMPは比例していく、島を覆う結界など強度は知れているのではないか?」

「お答えします。 連盟情報局(我々) の力では突破するどころか、傷一つつけることすらできませんでした」

もちろんネームレス王国側に知られないように、深夜に結界の破壊及び通り抜けを試みたことを男は説明につけ加える。

「き、傷一つすら……?」

「わははっ。小国群連盟が誇る連盟情報局員が、結界に傷一つつけることすら叶わんか!」

「ケィ公爵っ、笑いごとではありませんぞ!」

「さよう。

資料に目を通せば通すほど、ネームレス王国の異常さがわかる。他種族の亜人共が一つの場所で争わずに一緒に暮らすなど、本来であればあり得ないこと。それをさせないほどネームレス王に力があるのか、それとも亜人共を心酔させるほどのカリスマ性があるのか。どちらにせよ同じ西側諸国で海洋国家である我らにとって、良いことなどなに一つとしてないわ」

主要産業が同じ国家が、自分たちの近くに存在する――――それも国民は同種族である人族ではなく亜人。小国群連盟からすれば、ネームレス王国は敵性国家と断言できるだろう。

「そうは言うが、ここを読んでみよ」

苛立ちを隠せない貴族たちをよそに、公爵は資料を声に出して読み上げる。

「ネームレス王国では獣人の子供でも商人を相手に金銭のやり取りをし、また中には四則計算を使いこなす者までいる、と。獣が金銭だけでなく、貴族の子息や令嬢と同等の教育を受けておる」

「わはは!」と豪快に笑う公爵とは正反対に、貴族たちはマスクの下で顔を青褪めさせていた。

どのようにして多くの、それも獣人などという獣と変わらぬ畜生共に、高等教育を施しているのか。

四則計算は足し算、引き算、掛け算、割り算と基本的な算術であるのだが、平民がこれらの教育を気軽に受けることはできない。貴族以外の富裕層などは金銭を支払って、講師を雇い入れて子へ学ばせる。金銭に余裕のない平民は、おいそれと学ぶことができない。だからこそ、この場にいる貴族たちはネームレス王国の国民全てが、自分たち貴族の子息や令嬢たちと同じ水準で教育を受けているのではないかと危惧するのだ。

「まあ、そのように殺気を剥き出しにしないでくれ。皆の心配を私なりに理解しているつもりだ」

オブザーバーの公爵がペラペラ喋っているのに、今度は止めずに議長は成り行きを見守る。

「ほら、 カラ・ムー王国(我が国) が誇るAランク冒険者、アト・バイエルがいただろう? あれがつい最近、ウードン王国の都市カマーに赴いたそうじゃないか。そのときに焚き付けて、ネームレス王を屠れば良かったのだ。

もっともらしい理由をつけて、手合わせでも指導を乞う形でも構わん。そうすれば、あとは同じAランク冒険者同士、少し力が劣っていようと連盟情報局が助力してやれば仕留めることも可能だったのではないかね? そこで殺しておけば、皆がこのように頭を悩ませる必要もなかっただろうに」

大仰に身振り手振りで語る公爵の言葉に、何人かの貴族が同意するように頷く。

「それは不可能です」

「不可能とは?」

「そのままの意味です。ネームレス王とアトでは実力に差があり過ぎて、勝負以前の問題かと」

男の言葉は貴族たちに衝撃をもたらした。

「同じAランクと聞いているが」

「ネームレス王は戦闘能力だけなら、同じAランク冒険者を凌駕します。おそらくSランク冒険者でも敵う者はいないかと」

「レーム大陸に十といないSランク冒険者を挙げられてもな」

貴族は冒険者を使うことはあっても、その力を目にする機会は少ない。下賤な職業である冒険者と尊き血が流れる自分たち貴族が、 轡(くつわ) を並べて戦うことなどないのだ。

だから男の説明を聞いても、具体的なイメージができずに納得ができない。いかに強かろうが所詮は個の武力ではないかと、どこか侮ってしまうのだ。

「仮にアトに連盟情報局が協力してもか?」

「協力はできません」

「理由を聞いても?」

「ネームレス王はおそらく死霊魔法の使い手です。アトに協力して失敗した際には、間違いなく連盟情報局の情報が全て漏れるでしょう」

「ネームレス王が死霊魔法の使い手だとっ!? その情報をどこで――――いや、言わなくていい」

公爵は慌てて手を振って制止する。

ここで情報源を明かすことは、致命傷になりかねない。

「君の言い分はわかった。では――――」

その後も公爵はオブザーバーでありながら喋り続け、議題によっては貴族側の立場で、また違う議題では連盟情報局側の立場で口出しをした。

秘密会議が終わると、各々が散らばって去っていく。

しかし、会議場とは別の小さな部屋で、三名の男が引き続き会議を続けていた。

「私の道化っぷりはどうだったかね?」

公爵がソファーに腰掛け、顎を撫でながら問いかける。

「お見事でした」

「これで少しは 両者(・・) の憂さも晴れたかと」

対面に座るは議長――――連盟情報局局長とネームレス王国担当の諜報員である。

「そうでなくては困る。連盟情報局も貴族も、互いに思うことはあれど、公に仲良くするわけにはいかんからな。君たちも腹立たしいことはあるだろうが、そこは理解してくれたまえ」

局長と男は揃って頷く。

諜報員として時には死すら求められる。それでいて民から感謝されることもなく、人知れず国に仕えなくてはいけない。一方で貴族は貴族の立場で国に仕え、領地の民を護らなくてはいけないのだ。

「さて、君には引き続きネームレス王国を担当してもらわねばならん」

「わかっています」

他の者ではネームレス王国――――いや、ネームレス王に諜報員と感づかられるだろう。今もネームレス王国に滞在する二人は無事だろうかと、男は仲間の安否を案じる。

「ケィ公爵、お聞きしたいことが」

「 総会(・・) について、か?」

「はい。今回の主催国はジャーダルクと聞いています」

レーム大陸連合国総会は年に一回、加盟国で行われるのだが、主催国は五大国の持ち回りである。

「君の心配は戦争が――――それも大戦が起こる可能性について、か?」

さすがは小国とはいえど聡明で知られる公爵である、と局長は頷く。

「ジャーダルクが動き回っているのは、連盟情報局ではどこまで把握している?」

「大国を中心に宗教訪問を装って外交をしていることはわかっています。それも主動で動いているのが、教国大司教オリヴィエ・ドゥラランド――――イリガミット教の大物かと。我らをしてどのような経歴の持ち主なのかいまだ不明の人物です」

「君の危惧するとおり、ジャーダルクは戦争を起こしたいようだ。詳細は不明だが、総会で議題に挙げるのは間違いない。それに賛同するよう各国へ根回ししている――――だが、おかしなことが一つある」

ワインが注がれたグラスに手を伸ばすと、公爵は乾いた喉を潤すように流し込む。お行儀が良いとはいえないが、ここにいるのは本来存在してはいけない者たちだけ、無礼講というやつだ。

「議題を通すには避けては通れない問題がある」

「「五大国」」

自然と局長と男の言葉が重なる。

「そうだ。議題を通すには五大国の賛成票が必要、一カ国でも反対すればご破算だ。だが、ジャーダルクがこそこそと外交をしている中に ウードン王国(・・・・・・) がないのだ。君たちはこれについて、どう思う?」

二人はマスクの下で額から汗が流れ落ちる。

途方もない、荒唐無稽な考えが――――そんなことはあり得ない。あってはならないジャーダルクの狙いに思い当たったのだ。

「ジャーダルクの狙いは……ウードン王国っ」

局長の言葉に公爵は否定もせずに、グラスに新たなワインを注ぐ。

「しかし、どのように」

「さあ、私も見当がつかない。よほど自信があるのか。外交は継続しているようだ」

立地的にウードン王国は他の五大国より恵まれている。

北の国々も南の国々もウードン王国を経由するのが一番安全で安上がりなのだ。レーム大陸の物流は、ウードン王国を中心に回っていると言っても過言ではないだろう。

どの国の王も自分の国がウードン王国の場所にあれば、どのような素晴らしい未来が描けるだろうかと夢想することは、一度や二度ではないだろう。

「戦争は起きるでしょうか?」

局長の隣に座る男も、同じ言葉を心の中で呟いていた。セット共和国の錬金術ギルドに潜り込ませている諜報員からも、各国からポーション生産の増量を打診されているという情報がもたらされていたからだ。

「その可能性は低いだろう。考えてもみたまえ、仮にジャーダルクに賛同してウードン王国を相手に戦争を起こす国があったとしても、得る物より被害のほうが甚大だと思わないか? それに――――」

「ハーメルンが許さないかと」

「ははっ。それもあるな。金に煩いあの国が駄々を捏ねないはずがない。ジャーダルクがいかに説き伏せようが、正論では動かないのがハーメルンだ。

それにジャーダルクは気づいていないようだが、もっとも大きな障害がある」

つまみのチーズを口に放り込み、公爵はワインで流し込む。

「マンマ大統領だよ」

もったいつけずに、公爵はその名を口にする。

「セット共和国が反対しているのですか? 諜報員からはジャーダルクに 協力的(・・・) と聞いていますが」

「表向きは、そのようだ。だが、裏ではマンマ大統領が動いている。あの方は昔から戦争を嫌っているからな。

幸運にも何度か話をする機会があったのだが、為政者として最悪の選択が戦争と言いきっておったわ。ジャーダルクの考えには思うところがあるのだろう。あの方がいる限り、戦争が――――大戦が起こることはない」

安心せよ、と公爵は二人に向かって笑みを向ける。

しかし常に最悪のケースを想定するのが諜報員の性ゆえに、二人の不安を完全に払拭することはできなかった。