軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第385話:サロン

ネームレス王国の東側はレーム大陸を行き来するための港町――――いや、すでに規模から港湾都市と言ったほうがいいかもしれない。もっとも行き来するとは言っても、現在交流があるのはウードン王国の小さな寂れた漁村ポーヴルくらいなものだ。

当初は港にもかかわらず、ろくな船もない状態であったのだが、ネームレス王国に敵対する国々から拿捕した魔導船などを改造し、現在では小型から大型の船まで様々な規模の船が並んでいる。

船が増えるにつれて仕事も比例するように増えていき、住宅兼仕事場の建物も増えており、目敏い商人たちが日毎に増えていた。

そんな港湾都市から離れた場所に一際目立つ建物が嫌でも視界に入る。一見、小城に見えるその建物の正体は、ユウが造らせた富裕層向けのエステティックサロンである。

「いかがでしょうか?」

サロン従業員の堕苦族の女性が大きな鏡で、ベッドに横たわる客の姿を映す。

「素晴らしいわ」

鏡に映る自身の顔を見て、長い白金髪に白い肌の全裸美女は満足そうに呟く。

「ご満足いただけたようでなによりです」

施術を終えた堕苦族の女性が頭を下げる。

全裸の美女は上半身を起こすと、鏡を受け取り隅々まで確認し始めるのだが、その度に感心するように吐息を漏らす。

この女性、実はさる大国の女大公なのだ。つまり大公夫人ではなく、大公として領地を治め貴族として君臨している。

そんな大貴族である彼女がサロンの会員証を入手して、ネームレス王国に訪れてはや一月が経とうとしていた。

そう。サロンに入り浸っているのだ。大貴族として、膨大な業務があるにもかかわらず、それらを優秀とはいえ家臣たちに任せて他国で満喫――――いや、彼女はまだまだ愉しむつもりなので帰る気は毛頭ない。そして、遠方の地より指示を出して円滑に領地を治めているところが彼女の優秀さを物語っているだろう。

だが、彼女の国は 早急(さっきゅう) に戻るようにと何度も手紙を寄越している。なぜ使者ではなく手紙なのかというと、このサロンに部外者は出入り禁止なのだ。以前は従者を二名まで――――施術は受けることはできないのだが、それでも同行が許されていた。

しかし、ある侯爵夫人の従者が 粗相(・・) をしでかしたのだ。どのような粗相かというと、従者の中に高レベルの『鑑定』持ち、それも固有スキルに同じく鑑定系のスキルを所持し、異なる鑑定スキルを組み合わせたハイブリッドな『鑑定』スキルを使いこなす者が紛れ込んでいた。

こともあろうに、その従者はサロンで使用されているオイルやジェルに化粧品をその場で調べ始めたのだ。タオルやベッドのシーツなどの素材を仕える主の安全確認のためという 体(てい) で調べるならまだ許容範囲だったのだが、商売道具の、それも根幹に関わる品々を堂々と調べ始めたのだから堪ったものではない。

これは貴族の世界ではマナー違反であるし、当然ネームレス王国でも見過ごすわけにはいかない。その場で従者は取り押さえられ、従者の主である侯爵夫人の会員証は没収となったのである。

会員証の代金一億マドカはその場で返金されたのだが、この侯爵夫人が会員証を手に入れるために注ぎ込んだ金額の数百分の一にもならない。人脈を駆使し、権力を行使し、ときには暴力も辞さずにして、やっとの思いで手に入れた会員証が馬鹿な従者のせいで取り上げられたのだ。

そもそも、この従者は普段から侯爵夫人の身の回りを世話している従者ではなく、夫である侯爵から連れていくよう――――半ば押しつけられた従者であったのだ。

不承不承に受け入れた結果がこれである。

一部の権力者たちに噂のエステティックサロンの秘密を探り、利益を掠め取ろうとしたのか。それともより上位の貴族からの指示によるものか。他国の王族からの依頼なのか。あるいは、それら全てが複雑に絡み合っているのかもしれない。

ただわかっているのは、この粗相のせいで侯爵夫人が受けられたはずの恩恵が消え去ったことである。ほんのわずかな施術でも侯爵夫人は効果を実感していた。問題なく施術を最後まで受けていれば――――悔やんでも悔やみきれない。

このことが原因で件の侯爵は妻から離縁を突きつけられる。それも第一、第二、第三夫人、全員とだ。

貴族の婚姻とは平民とは比べ物にならぬほど、家と家の結びが強いものである。個と個が結婚するというよりも、家と家との縁を強化する意味合いのほうが強いのだ。離縁とはその縁を断ち切ること、貴族社会では切り捨てられたほうはいい笑い者で済むならまだいい。下手をすれば、よその貴族家から白い目で見られるだろう。

それほどの不手際を侯爵はしてしまったのだ。

どれだけ否があろうとも、普段は謝罪どころか頭すら下げたことのない侯爵が頭を下げようとも、夫人たちが許すことはなかった。

それもそうだろう。侯爵夫人は自分を含む三人の夫人と一年毎に会員証を使い回すつもりであった。それがご破算となり、施術を受ける機会は二度とないのだ。

この話を知るなり、他の会員証を持つ者たちは直ぐ様、従者の選定や再教育を行う。施設への立ち入りを禁止されたからといって、余計な真似をしないようにと。

「手紙をお預かりしております」

魔落族の女性がお盆に手紙を載せて女大公へ差し出す。ここでは身の回りの世話は、富裕層や貴族を対象とした礼儀作法の訓練を受けたネームレス王国の者が行うのだ。

「見るまでもないわね」

そう言いながらも、彼女は手紙の封蝋――――王家の印が刻まれた蝋を剥がして、手紙に目を通す。その際に従業員たちは自然に距離を取り、視界に手紙が入らない位置まで移動する。

(普通なら盗み見してもおかしくないのに。ネームレス王はどのような教育をしているのかしら)

亜人たちの教育レベルを知っている彼女は、礼儀作法の行き届いているここの従業員たちに顔には出さずに感心する。

「気にならないの?」

手紙をヒラヒラと揺らしながら尋ねるも、従業員たちは微笑むだけで踏み込んではこない。

「至急帰還するように、この私に対して随分と傲慢な内容だわ」

聞いていないのに彼女は喋りだす。

「これでも自分の領地はきちんと治めているつもりよ。他の貴族ときたら、ろくに租税台帳も見ずに領地を把握している気なのだから笑ってしまうわね」

手紙の内容は帰還を促す――――いや、命令書であった。大公に対してそのようなものを発行できるのは王族でも無理だ。つまり手紙の差出人は彼女の国の王である。それほど彼女の統治能力がずば抜けており、抜けた穴を埋められる人材がいないことの証明でもあった。

しかし、彼女は家臣たちに指示を出し、領地の運営に不備は出ていない。にもかかわらず帰還の命令書が送られてきたのは、彼女がいないのをいいことに不正を働く貴族が後を絶たないのだろう。

「困った子たちね」

悪さをする貴族たちを悪戯小僧のように評して、彼女は手紙を封筒へ仕舞う。

「ところで例のクリームはどうなったのかしら」

彼女が言う例のクリームとは、堕苦族のためにユウが創り出した特殊なクリームである。日光を浴びると肌が爛れる堕苦族のために、その傷跡を消すためにと、錬金術で創った物なのだ。

「王陛下にお伺いを立てましたが、貴重な素材に堕苦族のために創った物であるので、お売りすることはできないと仰っていました」

本当は「なんでよその貴族に売らなきゃいけないんだよ、バーカって言っとけ」と、とんでもない返答であったのだが、従業員は上手いこと言葉を取り繕う。

「残念だわ」

堕苦族の従業員の肌を見ながら、彼女は呟く。

「十分に美しい肌と思いますが」

一説には生まれてからこの方、肉体労働を一切したことのない貴族の肌は白く、また血管が透けて見える。このことから貴族には青い血が流れていると言われているとか。

彼女もその説に相応しく、透き通るような美しい白い肌には薄っすらと血管が見える。

「貴族は見栄と意地の塊なのよ。前に 堕苦族(あなた) が言っていたクリームを使えば、私もあなたのような肌を手に入れることができるかもしれないでしょ?」

堕苦族の肌は、皆一様に青白い。ユウの創ったクリームを使った堕苦族たちの肌は、その特徴がより色濃く出ており、貴族の彼女からすれば喉から手が出るほど羨ましいものであった。

「まあいいわ。

話は変わるけど土地の購入について、あなたからも口添えしてくれないかしら。言い値で購入すると申し出ているのに、獣人の長も、堕苦族の長も、魔落族の長も、検討もせずに断るのよ」

「この私が直接、交渉しているのに」と、不満そうに呟く。彼女の国の商人や貴族が聞けば、驚きを隠せないだろう。女大公が直々に交渉しているにもかかわらず、無下にするなど。

「王陛下は、 今(・) は誰にも土地を売るつもりはないと仰っていましたから、長たちもやんごとなき御方からのお願いでも断ることしかできないのでしょう」

「今は、ね。悪い話じゃないのよ」

「ネームレス王国はまだまだ発展途上の国ですから、王陛下は色々と 遊び(・・) たいと仰っていました。こちらの施設も遠くない将来に、東から南へ移設したいとも」

「まあっ。それは……私が聞いても、よかったのかしら?」

「口をつぐむようにとは申しつけられておりませんので、問題はありません」

「理由を聞いても?」

「海水浴場を設置したいそうです」

「カイスイヨクジョウ? それはなにかの施設かしら?」

「海で泳ぐための施設になります」

「泳ぐための施設!?」

女大公は小さな口を手で隠して驚く。

貴族の女性が泳ぐなど、それも魔物が跋扈する海でなど。貴族の常識からはとんでもない内容であったからだ。

「もちろん、危険がないよう海の魔物を駆除し、侵入できないよう整えます」

「でも……さすがに裸で泳ぐのはねえ」

この施設は男子禁制で、従業員も女性のみである。だから彼女も平気で肌を晒しているのだ。

「水着という泳ぐための服をご用意します。海水がどうしてもという方には、プールも造ると仰っていました」

「泳ぐための服ね。想像もつかなかったわ。それにプールとは?」

「なんでも巨大な石造りの桶のようなものを水で満たすそうです。これなら海水を気にする方でも、問題はないだろうと仰っていました」

従業員の説明ではいまいち想像ができないのか。彼女の脳内では巨大なバスタブで泳ぐ姿を想像する。

「なんにせよ。まだまだこの国は愉しませてくれそうね」

ベッドから起き上がると、従業員たちは音も立てぬ素早い動きで全裸の彼女へガウンを着せて腰帯を結ぶ。

「ロビーへ向かうわ」

何気ない立ち振舞や所作が隠しきれない大貴族としてのオーラを放っていた。ただロビーへ向かって歩いているだけなのに、気品すら感じるほどに。

広大なロビーには三十人を超える客が、それぞれのグループに分かれて談笑をしていた。

誰もが途方もない権力を誇る貴族か、莫大な財力を誇る富裕層の夫人たちである。

ロビーに女大公が姿を見せると、談笑が止まる。値踏みするような視線は貴族なら慣れたものなのだろう。

見たければ好きなだけ見なさいと言わんばかりに、彼女は肌を晒す。

何人かの女大公と知己がある他国の貴族夫人が慌てて扇で口元を隠すのだが、その目は隠しようがないほど目を見開いていた。

それもそのはず。

彼女たちが知っている女大公は四十代なかばで、恰幅もよかった――――はずなのだ。それが面影はあるものの、見た目は二十代――――いや、ハリツヤは十代の肌と遜色がない。体型はケチのつけようがない容姿端麗なのだ。

女だてらに大公を継ぐことになった彼女は、女というだけで下に見てくる男に負けないように、若いときより女を捨て、大公として政務に励んできたのだ。その結果、不摂生により肌は荒れに荒れ、体型は崩れ、行き遅れの女大公と陰口を叩かれることも多々あった。

彼女がサロンに入り浸るわけである。

国へ尽くし、手入れを疎かにしたために深く刻まれた皺や余計な脂肪を施術によって抜き取り、その際に伸びた皮膚を切除し、その痕はどれだけ目を凝らしても見つけることはできない。肌の調子は十代、化粧など必要としないほどの輝きを放っているのだ。

「これがっ」

「私たちも同じように」

「ええ。 無理(・・) をした甲斐はあったようで、安心しましたわ」

初めてサロンに訪れた者たちは目を輝かせながら、女大公へ熱い視線を送る。自分たちも同じようになれるのだと。

「どう? 少しは宣伝になったかしら」

「ありがとうございます」

堕苦族の従業員が感謝の言葉とともに頭を下げる。

「それは良かったわ。

ところで例の件は考えてくれた? これでも 堕苦族(あなたたち) のために土地を用意することくらいできる力はあるのよ。後悔させないことを約束するわ」

女大公はネームレス王国へ訪れてから、何度も自分の領地へ来ないかとサロンで働く従業員たちへ声をかけているのだが――――

「せっかくのお誘いですが」

――――結果は散々なものであった。

人心掌握に長けた彼女が、誰一人として頷かせることができないのだ。どれだけ報酬を、土地を、それこそ堕苦族だけの特区を用意すると言っても、良い返事をもらえなかった。

「あなたたちの技術がほしいのは否定しないわ。でもそれだけじゃないのよ? 忠誠心の高さや仕事振りを評価しているの」

これまで女大公がどれだけ言葉を重ねようと、微笑みを崩さなかった堕苦族の従業員の眼から光が消える。

「 堕苦族(私たちは) 、王陛下に救っていただきました」

「ええ、知っているわ。それにあなたたちがとても感謝していることもね」

「そんな大恩ある王陛下に対して、一部の恩知らずは国を出て――――捨てました」

これにも女大公は頷く。

一部の、特に獣人たちが国から出ていったことは、家臣の諜報員たちが調べて把握していたからだ。

「ですが、王陛下はなにも仰りません。きっと私が、いいえっ、堕苦族が国を出ていっても、なにも仰らないでしょう。それどころか巣立ってくれたくらいに思うかも知れません。堕苦族は、私はなに一つとして御恩をお返しできていないというのにっ。そんなことが、そんなことがっ――――いだぁっ」

堕苦族の従業員がその場で頭を押さえて蹲る。

「お客様の前で、なにをしているのかしら?」

そこには同性であっても色を覚えるほどの、美しいエルフの女性が立っていた。微笑んでいるのだが、まとう空気は武人のような威圧感を放っている――――あと従業員の頭に落としたゲンコツからは煙が出ている。

「し、支配人っ」

「ここは高貴なお客様をもてなす施設です」

「はい……」

「わかっているのなら、業務に励みなさい」

二人のやり取りを見ながら、女大公は思考を巡らす。

(参ったわね。私がこの国の土地が欲しいのも、従業員を引き抜きたいのも、私利私欲だけじゃないのに。

次のレーム大陸連合国総会が約半年後、それまでに 少しでも(・・・・) 、ここの民を救ってあげたいわ)

全盛期の美しさを取り戻してくれたことに感謝している女大公は、どうしたものかと頭を悩ませるのであった。