軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

消えた領主と空白の旗

朝一番で、レオンが執務室に入って来た。

いつもの報告の足音ではない。

少しだけ、重い。

「……エドワルド様」

「どうした」

短い呼吸の後、レオンは言った。

「隣領の中心部へ向かわせていた斥候が戻りました」

その一言で、空気が変わる。ついに、か。

「報告を」

「はっ」

レオンは地図を机に広げた。

隣領の領主館。城塞都市。

本来なら、兵と旗で固められているはずの場所。

「——城門が、開いたままでした」

「……何?」

「門番は不在。見張りも無し。出入りは自由の状態です」

あり得ない。

領都の心臓部だ。

「中は?」

「略奪の跡があります。倉庫は空。武具庫も破られています」

レオンの声が、僅かに低くなる。

「そして……領主館ですが」

「……」

「焼け落ちていました」

沈黙。

「火は数日前。完全に炭化しています」

「遺体は」

「確認出来ません」

「……逃げた可能性は?」

「低いかと」

レオンは首を振る。

「周囲の証言では、“民衆が押し寄せた”と。

兵は逃げ、最後は私兵すら門を開けて離脱した、と」

つまり。守る者が、誰も居なかった。

「領主は?」

「……討たれた、との噂が多数です」

噂。

だが、それで十分だった。

「死体は?」

「発見されず。ただし」

レオンは小さく息を吐く。

「“助かった”と言う話は、一つもありません」

……そうか。

生きている者の噂は、必ず広がる。

それが無いという事は。

「統治は?」

「完全に消失しています」

「……」

「税の徴収も、命令系統も、軍の指揮も。

各町村が好き勝手に動いている状態です」

言い換えれば。——領主不在。

空白地帯。

「……事実上、領主死亡か」

「はい」

静かな肯定だった。窓の外を見る。

南町の建設現場。

煙。動く人影。こちらは動いている。

だが隣は、止まった。

「……いつか来るとは思っていたが」

思ったより、早かったな。

ぽつりと呟く。

レオンが続けた。

「既に、人の流れが変わっています」

「流れ?」

「はい。小規模ではありません」

地図の数か所を指す。

「村単位で移動を始めています。百、二百では済みません」

「……何人規模だ」

「推定ですが——数千」

思わず、息が止まった。

「……数千、か」

「はい。恐らくこれから、全てこちらへ向かいます」

助けを求めて。行き場を失って。

「もう、“保護民”の数ではありません」

レオンの言葉は、淡々としている。

「難民、です」

その単語が、やけに重く響いた。

保護ではない。救助でもない。

これはもう。

「……受け皿になるしかない、か」

「はい」

選択肢は無い。助けるか、見捨てるか。

そんな段階は、とっくに過ぎている。

隣領主が消えた時点で——

この周辺で“統治している領地”は、うちだけだ。

つまり。

「……責任が来たな」

「ええ」

レオンは、静かに頷いた。

エドワルドは椅子に深く座り、天井を見上げた。

隣領主。

会った事は数えるほどしかない。

特別優秀でも、愚かでもない、普通の領主だった。

だが。最後は。

「……数字にも、記録にも、残らず消える、か」

報告書の一行。

『統治不能。領主所在不明』

それだけ。

それだけで、一つの領地が終わる。

「……俺は」

小さく呟く。

「同じ終わり方は、しない」

机に手を置く。

「レオン」

「はっ」

「受け入れ枠、さらに拡張だ。開放する」

「了解」

「もう数は気にするな。来た分だけ飲み込む」

「……はい」

「そして」

一拍置く。

「隣領との境界に監視と誘導を置け。

迷わせるな。一直線に、ここへ流せ」

「承知しました」

レオンが退出する。

部屋に一人残り、エドワルドは窓の外を見た。

遠く。王都方面の空は、まだどこか赤い。

そしてその手前。

もう一つの領地は。——静かに、死んだ。

旗の無い空白だけが、残っている。

「……次は、俺の番だな」

守れるかどうかじゃない。守るしかない。

そう決めて、立ち上がった。

歴史の空白が、今こちらへ流れ込んで来ていた。