軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 ヒロインの魔法

「シンシア・リッツです! よろしくお願いします!」

「エスメラルダ・アネイア……エスミーと呼んで下さい。よろしくお願いいたします」

始まりました、グループワーク。

私とシンシアに女の子二人を加えた四人。私以外はシンシアと元から友人で、決定直前に私が滑り込んだ。シンシア以外は皆人間で、シンシア自身はウサギ獣人と人間のハーフ。我が国には獣人と人間に合わせて法が敷かれているから、ある意味バランスは取れているのかも知れない。

「アスカでーす、よろしく」

「イリス・ニコラエ、です……」

ツインテールの子がアスカ、オドオドしてる猫背の子がイリス。なんとも対照的な二人だが、小説にいただろうかと頭を捻った。小説はあくまでもシンシアの初恋に焦点を当てていたから、彼女の友人については詳細な描写がなくても不思議ではないが。

「一応法の制定改正ってお題だけど、うちって領地でもそれぞれの法律があったよね? 獣人地はシンシアがいるけど、人魚町の方は一から調べないとだよねぇ」

「人魚町について、は、私が少し……分かります。親戚の旦那さんが、魚人なの、で」

「正確な法典は家にあると思うから、私の方でも調べてみるわ」

「あぁ! エスミーはアネイア家の人だもんね。あたし達も図書室で資料集めてはみるけど、多分そっちの方が正確かなぁ」

アスカが、玩具みたいなペンをくるくると回す。綺麗なアイラインに束を作った長い睫毛がお人形さんみたいで、これまた少女漫画に出て来そうな美少女。さっきから髪が揺れる度に柑橘系の良い匂いがする。

「エス、メ、ラルダ様、は」

「エスミーで構わないわ。長いでしょう」

「いや、でも……四代貴族の人、ですし」

「それは私の父が、ね。ここに居る私はただの学生だもの」

国を作った四代貴族の内、一つが我がアネイア家。だからまぁ、華麗なる一族の娘ではあるが、家は兄が継ぐと決まっている。私はヴェナと婚約したけど、それも記憶共有があって、二人して課題に直面してるし。

そしてここは大学。勉強できなきゃ血筋が良くても卒業できず落ちこぼれる。

「一先ずは今ある法の把握、次の話合いで新制定若しくは改定の案を出し合うって事でいいかしら?」

「あたしは良いよぉ」

「わた、私も、それで……」

まぁ、第一回目としては良い終着点ではないか──

「あのさ! 私、一つ考えてる事があって」

神妙な面持ちのシンシアが、古びたスクラップブックを開いて、言った。

× × × ×

「づがれだ……」

「お疲れさん」

「ありがとぉー……」

ソファにぐったりと身を預ける私の視界に、ターコイズブルーのマグカップがホカホカの湯気と甘い香りを纏って入り込んで来た。少し視線を上げると、ヴェナの方は売店で売っている耐熱の紙コップに口を付けている。多分、いつものブラックコーヒー。

体を起こながら受け取ると、水面を覆う様に白くて丸い物がぷかぷかと浮かんでいる。甘い匂いがする。マシュマロココア、私が、一番好きなやつ。

「熱いから気ぃ付けて」

「うん……はー、温かい」

口を付けると、柔らかいマシュマロの後に、熱いけど火傷しない温度になったココアの甘さが舌を打つ。寒かった訳では無かったけど、指先がじんわりと熱を持つという事は、体は冷えていたらしい。

「それで? どうだった」

「…………」

今日がグループワークの初日である事は伝えてある。だからこそ、終わったら来ると良いなんて言って、待っていてくれたんだろう。言われた時は大した時間も掛らないだろうし、なんて軽く考えていたが……まさかあれから二時間もかかるなんて。

「話が、通じない……!」

「だろうな」

ヴェナがずっと言っていたけれど、まさかここまでとは思わなかった。二時間ずっと説明していたが、結果は目の敵にされただけで終わった気がする。

「で、こんな時間までかかった理由は? グループワークの当日なんて、今後の方針を決めるくらいしかやる事ねぇだろ」

「シンシアが、法の改定案を出して来たんですけど」

思い出したら頭が痛くなってきた。二時間近く話しても結局理解は得られなかったし、次の話し合いがとんでもなく憂鬱だ。他の二人はどう思っているか分からないけれど、多分今の所シンシア派。

「『獣人に対する性風俗法の改定、若しくは撤廃』を発表するって言い出して……」

「ンぐ、ッ! げほ、……は?」

予想外の展開だったらしいヴェナは、丁度飲み込もうとしていたコーヒーに溺れた様で、口元を押さえて何度か咳き込んでいた。吹き出さない辺り上品だなぁなんて思ったけど、ちょっと涙目になっているから無理矢理抑え込んだ反動はきつかったらしい。

「また……何でそんな話に?」

「私が聞きたぁい……」

ははは、と乾いた笑い声しか出て来ない。改定や撤廃について文句を言うつもりは無いのだが、問題は彼女が何故その発想に至ったか、だった。

「歓楽街にある獣人の性風俗店があるじゃないですか」

「あぁ……獣人地との境辺りに」

「それが獣人に対する種族差別や性的強要、搾取だって」

シンシアが持って来たスクラップブックは、獣人に対する性風俗法に関してや、実際にあるお店に関しての記事だった。どれもシンシアと同じ様に、獣人に対いての差別や搾取を訴える物ばかりで、あれを読めば人間が獣人に対して性的強要をしていると受け取られても仕方がない。

あの記事が全て事実であれば、だが。

「あの法が出来たばかりの時って、まだ獣人のそういう事情に詳しくなかったじゃないですか。だから当時の記事は法に対する批判と撤廃を訴える為に不安を煽る物が多くて……シンシアはすっかり信じ込んでしまった様で」

「どれだけ前の話だと……無知にも程度があるだろ」

「百年くらい前ですねー」

性風俗法は、他に比べると比較的新しい法律だ。というか、獣人や魚人人魚に関する法は全体的に新しい物が多い。

国が出来た時、法を作ったのは我がアネイア家。そしてアネイア家は人間で、当然人間に即した法を作った。元々領地も違うし、国が出来たばかりの頃は別領に移住する者も居ない。それが段々と交じり合い、人間の法だけでは円滑に回らないと気付き、他種族の声を取り入れて作ったうちの一つが、獣人の性風俗法。

「シンシアの出身は獣人地らしいのですが、魔力があった事で人間街に移り住んだそうです。感覚が人間寄り、という事なのかなと」

「魔力持ちの獣人は人間の方に近いからな、そちらの方が暮らしやすいと判断したのも理解出来る。だが、両親のどちらかは兎獣人だろう」

「それはそうですが……魔力持ちのハーフは人間に近い、ですから」

「……成る程」

考えるのが面倒になったのか、鼻で笑うとコーヒーを一気に飲み干してからの紙コップを握り潰し、ゴミ箱へと投げ入れた。腰を掛けていた肘置き部分から滑る様に落ちてきて、一人掛けには大きいソファだが二人分のお尻を収めるには窮屈だ。私の腕に背中を預け、私の側頭部とヴェナの後頭部が触れる。

私よりも少し高い体温に、緊張するよりも安心した。そしてこの距離を許し合えている事に、心臓の裏辺りがくすぐったくなった。

「ヴェナが項垂れていた理由が分かりました」

「遅ぇな」

「ごめんなさい」

「いいえ。元は俺が巻き込んでるみたいなもんだしな」

「ヴェナが? どちらかと言うと私では」

「記憶共有は、まぁ……カスミの記憶が前提ではあるが。あの女を避けたいってのは俺の都合だろ」

シンシアとヴェナが結ばれた場合、私に起こる悲劇は婚約破棄。勿論喜ばしい出来事ではないが、絶対に回避したいかと言われると……。

「……ヴェナだけの都合、でもないですよ」

想像した、貴方といない未来。

思っていたよりずっと、苦しかった。