軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そして物語は歪み続ける

「ああ、来ていたんですね。気が付きませんでした」

「…………」

その上、ギルバート様は爽やかな笑顔でお兄様に対し、どストレートに喧嘩を売っている。

隣に座るお兄様の方を恐ろしくて見られそうにない。けれどギルバート様に一切気にする様子はなく、笑顔のまま私の側に向かってきた。

「夕食も一緒に食べましょうか」

「あっ、ハイ……」

「良かった。頑張って仕事を終わらせますね」

お兄様の反応も、やけに親しげで優しい態度のギルバート様も怖くて、こくこくと頷くことしかできずにいると、今度は頬にキスをされる。

「…………っ」

ずっと様子がおかしいとは思っていたけれど、まさか人前でもこの調子だとは思わなかった。

まるで愛妻家の夫のようで、目眩がしてくる。

(シーラもいるのに、なんてことを……)

ドキドキよりもヒヤヒヤが勝りながらシーラへ視線を向けると、彼女はぞくりとしてしまうくらい冷たい目をしていて、息を呑んだ。

その様子を見て冷静になり、先日だってお兄様に見せつけるようにキスをされたことを思い出す。ギルバート様の目的が分からないものの、やはり嫌がらせの一環としか考えられない。

一方、流石に堪忍袋の緒がキレたらしいお兄様は、苛立った様子でテーブルを蹴り上げた。

ガシャンと大きな音を立て、テーブルの上にあったものが散らかってしまう。

「……お前、いい加減にイルゼを解放しろ。そんなにもイルゼを苦しめて楽しいか?」

あまりの迫力に怯えながらも、心の中では「ナイス!」「もっと言って!」と応援しておく。

するとギルバート様は椅子の端に腰を下ろし、私をぐいと抱き寄せて綺麗に口角を上げた。

「いえ、俺は離婚したくありません」

これまではずっと離婚はしない、だったのに、初めて聞く言い回しだと違和感を抱く。

そして彼は思わず「どうして」と呟いた私に対し、アメジストの瞳をまっすぐに向けた。

「あなたに惹かれ始めているので」

「……え」

信じられない言葉に呆然とする私を見て、ギルバート様は眉尻を下げて微笑んだ。

そんな表情だって、初めて見たように思う。

「離婚したいというあなたの気が変わるように努力します」

やがてギルバート様は柔らかな笑顔でそう言ってのけると立ち上がり、部屋を出て行った。

「……なに、いまの」

しばらく放心状態になってしまったものの、過去に放っておいてほしいとお願いした際、嫌だと言われた上に「あなたのことを愛しているから」なんて言われたことを思い出す。

ギルバート様はギルバート様でしかなくて、やはりイルゼを嫌っていて、全て嘘に違いない。

(……でも、びっくりした)

演技力がとてつもないせいで、うっかり一瞬、鵜呑みにしてドキドキしてしまった。

恥ずかしくなった私は、照れを誤魔化すようにへらりと笑いながらお兄様の方を向いた。

「も、もう! ギルバート様ってば、またあんなふざけたことを言って……」

「……それはどうかな」

「えっ?」

お兄様の整いすぎた顔に、表情はない。恐る恐るどういう意味かと尋ねると、お兄様はパッといつもの笑みを浮かべた。

「いや、お前は知らなくていいよ」

「…………?」

よく分からないものの、それ以上尋ねてはいけない気がして口を噤む。お兄様はそんな私の頬をするりと撫で、愛おしげな眼差しを向けた。

「大丈夫、俺がお前を幸せにしてやるから。彼女も協力してくれるそうだよ」

「イルゼ様のためなら、どんなことだってします」

「あ、ありがとう……?」

いつの間に二人は協力体制になったのだろう。もしや上手く付き合うという言葉の中に、それも含まれているのだろうか。

けれどギルバート様が私を陥れるための何かを企んでいる可能性が高い今、お兄様やシーラが助けてくれるのはとても心強かった。

私の目的は今も変わらず、円満離婚をすることなのだから。

(……ギルバート様にドキドキしてしまったのだって、何かの間違いだもの)

とにかく円満離婚への道は、まだまだ果てしないはず。

制約魔法が切れるまでの残り四ヶ月、必死に生き抜こうと改めて決意したのだった。