軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まるで別人のような 4

それから十分後、私は美味しそうな朝食が並ぶテーブル越しにギルバート様と向かい合っていた。

「…………」

「…………」

こうして一緒に食事をするのは初めてで、落ち着かない。

(この間も誘われたけれど、どうしてこんな……やっぱり情報を引き出すためなのかしら?)

困惑しながらも、ひとまず朝食をいただく。

今日は近所の店の私の好きなパンが並んでおり、嬉しくなりながら手に取る。まだ温かくてふっくらとしたパンをちぎり、口へ運ぶと幸せの味がした。

「そのパンが好きなんですか」

よほど分かりやすく喜んでしまっていたのか、そんな問いを投げかけられる。

「はい、大好きです。ふわふわで甘さもほどよくて」

「明日も出すよう伝えておきます」

それからも自然にギルバート様が会話を振ってくれて、絶えず会話が続く。

「俺は昔、これを食べ物だと信じられなかったんです」

「ふふ、なんですかそれ」

私もつい笑ってしまったりして、我に返ることもあった。

その度に私を見てギルバート様は柔らかく目を細めるから、そわそわしてしまう。

彼の考えが分からない以上、油断してはいけないと何度も自分に言い聞かせた。改めて考えても、いきなりこんなにも態度が真逆に変わるなんて、明らかにおかしい。

(……こんなの、普通の夫婦みたいじゃない)

やっぱり調子が狂うと思いながら、私はひたすら料理を口に運び続けた。

◇◇◇

やがて朝食を終えてギルバート様と別れた私は、ひとまずお風呂に入ることにした。

「……ふう」

リタが用意してくれた花びらが浮かぶ湯船にゆっくり浸かり、ぐっと両手を伸ばす。

これまでとは違い、身体に痛々しい跡はない。ただあちこちに赤い跡はうっすらあって、そっと触れてみる。

「これって、何のためにつけているのかしら……?」

ギルバート様に何の得があるのだろうと不思議に思っていると、風呂場のドアがノックされた。

「奥様、シーラ様とナイル様がいらっしゃいました」

「……なんて?」

どちらの来訪の予定もなかったため、驚きで湯船の中で滑ってしまいそうになる。

なんと二人一緒らしく、これまで関わった様子もなかったからこそ、より訳が分からない。

(な、何が起きてるの……?)

とりあえず急いで上がらなければと、慌てて立ち上がる。

そして大至急で支度をしようとした結果、私は着替えている途中で見事に滑ってずっこけた。

「い、いったあ……」

近くにあった棚にもぶつかり、ドンガラガッシャンと化粧品類まで落ちてきて、床に倒れ込みながらどこまでも間抜けだと泣きたくなる。

「イルゼ様、大丈夫ですか!」

「シーラ……」

すると何が起きたのだろうと心配してくれたらしいシーラがお風呂場に入ってきて、私を抱き起こしてくれる。こんな姿は見られたくなかったと、心の中で涙を流した。

「じ、自分でできるから大丈夫よ」

「いいえ、私にやらせてください」

シーラはタオルで丁寧に私の髪まで拭き、着替えまで手伝ってくれる。

やはりメイド経験があるせいか、手慣れているなあと思っていると、ふと彼女の手が止まった。

「……また、公爵様に……」

「あっ……これは、その……」

悲しげな顔をするシーラの視線は、私の首筋や胸のあたりに広がる赤い跡へ向けられている。

またギルバート様に抱かれたことを知られてしまったと、内心頭を抱えた。

仕方ない理由があるのだと再び事情を説明すべきかと悩んだものの、そうなるとシーラにイルゼ・エンフィールドが人でなしだと思われてしまう。

(でも本当にこの先、二人が結ばれる未来はあるの……?)

シーラとギルバート様が小説のように愛し合う未来には、どうすれば辿り着けるのだろう。

──何もかもを小説通りにすべきだとは思わない。お母さんを救えたことだって、間違っているとは思えなかった。

でも、小説のラストの幸せそうな二人を思い出すと、私のせいで最高のハッピーエンドが失われるかもしれない、二人の未来を奪ってしまうのではないかと不安になる。

「……大丈夫ですよ、私は分かっていますから。髪も乾かしておきますね」

「あ、ありがとう……」

シーラはこの間も「分かっている」と言っていたけれど、一体何を分かってくれているのだろう。

戸惑っているうちに支度を終え、部屋へ戻るとそこにはお兄様とリタの姿があった。

「ものすごい音がしたけど、大丈夫だったのか」

「え、ええ。でも、どうして二人が一緒に……?」

「屋敷の前で会って、誘ったんだ。そうだよな?」

「はい。街中での事件にイルゼ様が巻き込まれたという噂を聞いて、心配になって……」

どうやらシーラは私の心配をして、一目でも姿を見られないかとここまで来てくれたらしい。

そしてお兄様に出会し、一緒に中へ入ってきたそうだ。なんて健気で優しいのだろうと、涙が出そうになってしまう。

「シーラ……ごめんね、連絡をすれば良かったわ」

「勝手なことをして申し訳ありません」

「ううん、ありがとう! 本当に嬉しい」

ずっと大好きだったシーラがこうして私の心配をして会いに来てくれるなんて、夢みたいだと改めて思う。

今は少しだけおかしな関係になっているけれど、やはり彼女が好きだと実感した。

「お前のことが大切で好きだというから、意気投合してね」

「そ、そうなんだ……?」

そもそもお兄様が平民であるシーラと普通に会話していることに、驚きを隠せない。

やはり小説でも溺愛するくらいだし、彼女の可愛らしさ美しさの前には、流石に身分も関係なくなるのだろうか。

「それにこれから、上手く付き合っていこうと話したんだ」

「上手く付き合う……?」

気になってどういう意味か尋ねたものの、二人は笑みを浮かべるだけで教えてはくれない。

内緒ごとに寂しさも感じるけれど、本当の兄妹である二人の仲が良いに越したことはなかった。

「とにかくリタ、三人分のお茶の準備をお願い」

「かしこまりました」

それからは三人でテーブルを囲み、仲良くお茶をした。

お兄様はいつも通り私の隣にぴったりくっついており、シーラは向かいのソファに座っている。

「へえ、君はあの家とも関わりがあるのか」

「そうなんです。以前、お仕事でお邪魔してからずっと良くしてくださって……」

私は相槌を打ちながら、二人の様子を観察していた。

(本当に二人は気が合うみたいね。良かった)

やはり寂しいけれど、私がいなくなってシーラが公爵家に戻った後、素敵な兄妹になるだろう。

後でシーラとも今後のこと──本当のことを明らかにするタイミングなどを話し合わなければ。

そんなことを考えながら、ひとまずはこの平和な時間を楽しもう、なんて思った時だった。

「昨晩、俺の部屋に上着を忘れていましたよ」

「ギ、ギルバート様……」

突然現れたギルバート様の手には、昨晩私が羽織っていた薄手の上着がある。そんなものを部屋に忘れてくるなんて、何があったのか誰だって分かってしまうだろう。

シーラにはバレてしまっていたものの、お兄様には隠して通せていたというのに。