軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

表と裏 4

どこからどう見ても、ギルバート様は怒っているようにしか見えない。どうしてだろうと不思議に思ったものの、すぐに原因に気付いてしまった。

(……嫌いな相手同士が仲睦まじくしている様子なんて、見ているだけでも不愉快よね)

ギルバート様の機嫌を損ねても、良いことはないはず。そう思ってお兄様から離れようとしても、がっちりと腰に回されたお兄様の腕によって叶わない。

するとギルバート様は、さらに眉を寄せた。

「妻から離れろ」

「お前、誰に口を利いてるんだ?」

二人は一触即発という空気で、冷や汗が止まらなくなる。何よりギルバート様が私以外の前で「妻」なんて呼ぶのも初めて聞き、内心驚いていた。

「お、お兄様! ひとまず──ふぇ、くちゅん!」

「…………」

「…………」

なんとかここはお兄様に帰ってもらおうとしたところで、静かな場に私の間抜けなくしゃみが響いてしまう。

今すぐに走って逃げたいくらい顔に熱が集まっていくのを感じていると、ふっとお兄様が小さく笑ったのが分かった。

「ごめんね。可愛いお前の身体が冷えては困るし、今日のところは帰るよ。またね」

「…………っ」

頬にキスをされ、驚きで心臓が跳ねる。もはや帰りだとか何の関係もなく、行き過ぎたスキンシップでしかない。

実際は血縁関係もない、知り合ったばかりの美形にこんなことをされて、落ち着いていられるはずがなく。頬を押さえて慌てる私を見て、お兄様は満足げに唇で弧を描いた。

(本当に距離感、おかしくない……!?)

すると今度はお兄様と離れるのと同時に、舌打ちをしたギルバート様がこちらへ近づいてくる。

そして私の腕を掴むと、自分の方へ引き寄せた。

「ギ、ギルバート様……?」

「…………」

私はそもそも異性に耐性がないし、とにかくみんな距離感が近すぎるのをやめてほしい。

けれどここで突き放しては、より怒らせてしまうのは目に見えていて、私は大人しく固まっていた。

一方、お兄様は呆れたような表情を向けながらも、馬車に乗り込んでいく。その間ギルバート様は私の身体に腕を回したまま、じっとお兄様の姿を見つめていた。

(意外とちゃんと見送るつもりなのね)

先程は凍り付いてしまうかと思うほど、二人の間の温度は冷え切っていたけれど、憎い相手でも義兄が去るまではこの場にいることを選んだのだろうと思っていた、のに。

ガチャンと馬車の扉が閉まった途端、ギルバート様に頭を後ろから掴まれ、ぐっと上を向かされる。

「ん、んっ……!」

直後、噛み付くように唇を塞がれていた。突然のことに驚いて両手で彼の肩を押しても、力の差でびくともしない。

いつ人が通ってもおかしくない外であること、何よりもお兄様の乗った馬車だってまだ目の前にいることにより、羞恥でいっぱいになる。

(な、なんで……こんなところで……)

ギルバート様に解放してくれる様子はなく、よりキスが深くなっていくことに、戸惑いを隠せない。

やがて御者の声と馬車が走り出した音が聞こえてきて、ふと気付いてしまう。──ギルバート様は、ナイルお兄様に見せつけているのだということに。

(やっぱり、お兄様のことも嫌いなんだわ)

全てお兄様を苛立たせるための、嫌がらせに違いない。

口内を荒らされ、呼吸するだけで必死な中、走り出した馬車へと視線を向ける。すると馬車の中からこちらを見つめるひどく冷ややかな目をしたお兄様の姿があって、私は目を背けるようにきつく瞳を閉じた。

「はあ、……はあっ……」

馬車が見えなくなって少しして、ようやく解放された私は呼吸を整えながらギルバート様を睨んだ。流石にこんなの、嫌がらせにしてもたちが悪すぎる。

「……そんなに私やお兄様が嫌いなんですか」

「は」

「家族の前でこんな嫌がらせをするなんて……」

私の問いに対し、ギルバート様は短く嘲笑するだけ。

「家族、ですか」

「えっ?」

「あれが『妹』を見る目だと言うのなら、ぞっとする」

呆れたような表情を浮かべたギルバート様は私の腕を再び掴むと、屋敷に向かって歩いていく。

言葉の意味が理解できないまま、後をついていくだけで必死な私の姿を、すれ違う使用人達はみんな困惑した表情を浮かべながら見ていた。

「ま、待ってください……!」

「…………」

やがてたどり着いたのはギルバート様の部屋で、ソファの上に倒れ込むように押し付けられる。そんな私を見下ろすギルバート様は、やっぱり苛立っているのが分かった。

「そもそも、あなたは自分の立場を理解しているんですか」

「立場って……」

「エンフィールド公爵夫人が男女も身内も問わず、どこでも誰にでも唇を許すような人間だと思われては困ります」

「そんなつもりじゃ……!」

シーラのことも言っているのだろうけど、あれは私だって予想外でどうしようもなかった。

「ああ、俺が散々あなたの要求を断っていたせいですか」

「違っ……っん、う……!」

嘲笑うように口角を上げたギルバート様に、ソファの上で押し倒されるような体勢のまま、再びキスをされる。

確かに元のイルゼはキスをねだっては断られていたらしいけれど、今の私にそんなつもりはないというのに。

「他所でしたいと思えなくなるくらい、してあげますよ」

そんな言葉と共に何度も何度も繰り返しキスをされ、色んな感情が溢れてきて、視界が滲んでいく。

ギルバート様にとっては全て私を傷付けるための行為でしかないと思うと、より悲しくなった、のに。

「あなたは俺の妻でしょう」

「…………え」

「二度と俺以外の人間に触れられないでください。どうしようもなく腹が立つので」

目元に浮かんだ涙を、ひどく優しい手つきで拭いながらそう言われ、ギルバート様のことがより分からなくなった。