軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「ご当主、そろそろ皆様にお休みを」

迷宮島での冒険譚をサロンに集まった皆に話している内に、随分と時間が経っていたようだ。

ゼパーネル家の老執事であるレスターさんがサロンに入り、アシュリーの横で耳打ちをするのが聞こえた。

「――シュバルツ」

アシュリーがこちらに視線を向ける――。

「どうやら随分と話し込んでしまったようです。この続きは……私がまた、戻ってこられた時に……」

「そうしよう。 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) 討伐の先陣、その労には必ず報いる、話の続き――結末を楽しみにしているよ」

アナスタシア妃に支えられながら立ち上がったカーン王太子が、クルトメルガ王族を代表するかのように言葉を発し、サロンでの集まりは解散となった。

それぞれの寝室へと向かうカーン王太子やアーク王子たちを見送り、サロンに残ったのは俺とアシュリー、そしてバーグマン宰相とゼパーネル宰相の四人だけとなった。

「シュバルツ、エンプレスアントの討伐は本当によくやったのじゃ」

「いいえ、まだ本当の意味では討伐できていませんよ。 迷宮の主(ダンジョンマスター) 含め、 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) を確実に沈めるまでは……」

「それでも――なのじゃ。当時、妾たちは建国と周辺諸国からの圧力に耐えるので精一杯だったのじゃ、エンプレスアントの脅威を認識していながら、討伐隊を送る事をしなかった……」

「目に入った全ての魔獣を根こそぎ討伐することなんて、神にだって不可能ですよ」

「シュバルツ、ドラゴンの世継ぎをトリントに転移させるのは明日の昼頃の予定じゃ、それまでに必要なものを揃えて準備しておくのじゃ」

「わかりました。朝のうちにマリーダ商会の商船所へ行ってきます。それまでは、厩舎に誰も入れないよう頼めるかな、アシュリー?」

二人掛けの同じソファーに座っていながら、アシュリーはいつのまにか俯き、口を固く閉じて黙っていた。

「……アシュリー?」

様子が少しおかしい事にバーグマン宰相とゼパーネル宰相も気がついたようだ。だが、俺と同じようにアシュリーを心配するというより、この後の空気を察したのか、二人とも逃げるようにサロンから出て行った。

急に静かになったサロンに残され、ソファーに石像のように座ってどのくらい経っただろうか。

いや、実際には数分程度だったのかもしれないが、重苦しく流れる空気を感じていると、何時間も経っている気がする。

「アシュリー……さん?」

「さん付け禁止」

「――はい」

重苦しい雰囲気に我慢できず、声を掛けてみたがアプローチに大失敗した。どうやら、俺や周囲の声が聞こえていなかったわけではないらしい――そして、なぜかアシュリーの声色から僅かな怒気を感じる。

再び静まり返ったサロンで、どうすることも出来ずに天井や壁に視線を向けていると、部屋の隅から給仕の女たちが音を立てずにサロンの中を動き、窓の戸締りや燭台の灯りを減らし始めた。

ゼパーネル邸はもうすぐ就寝の時間を迎える。レスターさんはアシュリーの事を“当主”と呼んだが、正式にはまだ継承していないはず――だが、ゼパーネル宰相は身内から宗主と呼ばれているし、次期当主と回りくどく言う必要もないのだろう。

そんな新しい当主がまだここにいるにも関わらず、戸締りや消灯を始めるとは、一体どう言う了見なのだろうか?

それにだ――ここにはまだ俺がいる。ゼパーネル家の客人であり、クルトメルガ王国両宰相直属の実戦部隊であるクラン“ 火花(スパーク) ”の金庫番でもあり、今や王族と直接取引を行うほどに名を上げた『大黒屋』を取り仕切る大商人でもある。

これは断固抗議し、給仕としての勤めが何たるかを再教育してもらわなければならない。すぐにこの邸宅の家主であるアシュ……執事のレスターさんに申し出よう、今すぐにだ。

サロンの入り口へ視線を向けると、ちょうどレスターさんがそこに立っていた。

俺の視線に気づくと、軽く頭を下げながら後退して両開きの扉を閉めていく。扉が締め切られる直前、レスターさんと視線が重なり、その口角が緩く上がるのが見えた。

わざと部屋を暗くしているのかッ?!

僅かに残された灯りの中、思わずソファーから立ち上がろうと手に力を入れた瞬間――。

「――ダメ」

アシュリーの手が俺の手を押さえ、思わず中腰で動きを止めてしまった。

ゆっくりと浮いた腰をソファーに下ろし、僅かにアシュリーへと視線を向けるが、俯いたままでその表情は窺い知れない。

「シュバルツ……さっきの言葉は、一体どう言うつもりですか?」

その言葉が背筋を駆け巡る。俺の手を押さえるアシュリーは僅かに震え、握る力は揺れ動く感情を表すかのように強く――そして弱く揺れていた。

ソファーに深く体を沈め、長く息を吐き出す。

アシュリーが何を言いたいのかはすぐに判った。これまではっきりと断言することはなかったが、 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) を倒す手段には大きな――避けることのできないデメリットが存在する。

アシュリーが押さえる手を返し、指を組み合わせて軽く握り込む。

「君には何も隠せないな……」

「戻って来られた時って……来られない可能性もあるってこと?」

「 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) はエルケイネスの力を取り込んだ生きた迷宮だ。自然界の覇者を倒そうと言うのに、何も危険がないわけがない」

「なら……シュバルツも海洋騎士団と一緒に――ッ!」

顔を上げたアシュリーは泣いていた。

「それは無理……」

「なんでまたシュバルツなのッ! バルガでも、王都でも、このアマールでも、何もかも全てを自分一人で救うつもりなの?!」

「そんなつもりはないよ……バルガでも王都でも、ここでも誰かに助けてもらってる。俺は“魔抜け”だからね、誰かの助けを借りないとこの世界では生きていけない」

「そんなの嘘……シュバルツは何でも一人でできるじゃない……」

アシュリーの髪を撫でながら諭すように紡ぐ俺の声も、いつのまにか少し震えていた。

「一人で……確かにできるよ。魔法なんて使えなくたって、魔力がなくたって、俺にはこの銃たちが――この 力(VMB) がある」

そう言って髪を撫でていた手のひらに意識を集中し、Five-seveNを取り出す。

手のひらに収束していく光の粒子は薄暗いサロンの中で幻想的に輝き、アシュリーの視線も自然と惹かれていく。

「でもね、アシュリー。この力だけで生き抜こうとしても、その先にあるのは孤独だけ……それは、生きているとは言えない」

手の中に納まったFive-seveNを見つめながら、自分がどの世界に足をつけて生きるのかをはっきりと言葉にしていく。

「俺は人じゃない。どこまで行っても 迷宮の主(ダンジョンマスター) でしかない……でも、それでも――」

Five-seveNを見下ろす顔を上げ、少しはにかみながらアシュリーと視線を重ねる。

「――君を愛している」

俺の顔は少し赤くなっていただろうか? これまでハッキリと伝えたことはなかったが、今は伝えなきゃいけない。

アシュリーは目を見開き、大粒の涙を流して俺の言葉を受け止めていた。声にならない声を漏らし、重ね合わせた手が強く握り返してくる。

「俺は君と共に生きていきたい。そのためには…… 迷宮の主(ダンジョンマスター) ではなく、人にならなくちゃいけない。 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) を討伐するのは、そのための儀式でもあるんだ」

「私も貴方を愛してる――そして、共に生きていきたい。でも――」

それ以上の不安は言葉にさせなかった。唇を重ね合わせ、Five-seveNを投げ捨ててアシュリーを抱き寄せる。

言葉をどれだけ並べ立てても、アシュリーの不安を消し去ることはできないだろう。ならば証明するだけだ、俺はここにいる――アシュリーの横にいつもいると――。

サロンの床に転がったFive-seveNは所持判定を失って光の粒子へと還り、立ち昇る粒子はゆらゆらと俺とアシュリーの横顔を照らし、消えていく。

サロンに残されたのは僅かな灯りと、男と女が一人ずつ。近づく者は誰もおらず、何かを確かめ合うように重ね合わせる夜は、静かに深けていった。