軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

努力の対価、約束の代償 1

「俺は先にグライフナー領に戻り、騎士たちの指揮を執る」

夜更けであるにもかかわらず、ルートヴィヒは転移の魔法陣へと向かった。その顔は真剣そのものだ。領地のために最善を尽くすいい領主なんだろう。

その彼が転移陣の上から消えると、フリーダがクルリと振り返った。

「ノエル皇妃殿下、次は我々の番です。まずはアイゼンヴァルトへ向かいましょう」

「……ええ、そうね」

ルートヴィヒは私を信用しなかった。

フリーダの援軍とセットだから受け入れただけ。

つまり、私がフリーダに迷惑を掛けている。

「フリーダ、ごめんなさい」

「貴女が気にする必要はありません。そもそも、余力が出来たのは貴女のおかげですから」

「そうね。でも……」

アイゼンヴァルト領の者たちを振り回してしまったのは紛れもない事実だ。

なにより、私が六芒殿を浄化したことを、アイゼンヴァルト領の者たちは知らない。彼らからしたら、他の誰かが与えてくれた余力を奪う横暴な皇妃に見えるはずだ。

そんな心配を伝えると、フリーダはあっけらかんと笑った。

「大丈夫ですよ。なんなら、ノエル皇妃殿下に協力するという形で募集してみましょうか? そうすれば、貴女のそれが杞憂だと、すぐに分かりますよ」

「いや、それで集まらなかったらどうするのよ……」

そのケースを考えると不安だった。

だけど――

「ルートヴィヒ様の領地でスタンピードが発生したんですか?」

「その援軍にノエル皇妃殿下が向かうことになり、我らが協力することに?」

「「ならば、我らの部隊が向かいましょう!」」

アイゼンヴァルトの城にある会議室。

フリーダが状況を伝えると、即座に二人の騎士が名乗りを上げてくれた。

一人目はカイだ。もう一人は、私に感謝してくれた騎士ね。皇国では珍しい初老の騎士だから覚えているわ。たしか、名前はライオットと言ったかしら?

「では、聖女は私の部隊が同行いたしますわ」

続けて聖女の一人が名乗りを上げた。彼女も顔だけは覚えている。前回の会議にも同席していた、六芒殿の浄化に関わっていると言っていた聖女だ。

彼女が自分の指揮下にある聖女を連れて、援軍に参加してくれることになった。

「決定ね。ならば、カイとライオットがそれぞれ率いる騎士の二部隊。それにクリスティアが率いる聖女の部隊を援軍とする。すぐに出撃の準備をなさい!」

フリーダの一声で、皆は慌ただしく動き始めた。

それを横目に、フリーダが得意げに私を見る。

だから大丈夫だと言ったでしょう? そう聞こえてきそうだ。

だけど、全員が好意的な訳じゃない。なぜ皇妃のために力を貸さなければならないんだ? 的な、不満げな顔をした者もいる。

なのに、あの三人はどうして私に力を貸してくれたのかしら? そんなふうに思っていると、援軍に参加すると表明した、聖女が私の方へ歩いてきた。

「貴女は援軍に参加すると言ってくれた聖女よね?」

「あら、わたくしとしたことがご挨拶がまだでしたね。どうぞ、クリスティアとお呼びください」

「それじゃあクリスティア、協力を申し出てくれて嬉しいわ。だけど、大丈夫なの? 一ヶ月――いえ、もう二週間を切っているわね。六芒殿の浄化に向けて聖力を貯めなくてはダメでしょう?」

彼女は六芒殿の担当だと言っていたはずだ。

そして、前回の支援に聖力を使っているので、二週間分しか回復していない。ここでまた聖力を使えば、次の六芒殿の浄化に間に合わないと思う。

「いえ、それがそうでもないんです。フリーダ様立ち会いのもと、私とライオットさんで六芒殿の様子を見にいったのですが、瘴気の溜まる速度が以前より遅くなっていました」

だから、援軍を出す余裕はあると彼女は微笑んだ。

「その余裕を私のために使うことになるけど、かまわないの?」

「ええ、もちろん。これも全部、ノエル皇妃殿下が浄化を徹底してくださったおかげですから」

「そう。それならいいのだけど――っ」

待って、ちょっと待って。

いま彼女、私が六芒殿を浄化したって言わなかった? まさか話したの? と、カイに視線を向けると、彼はぶんぶんと首を横に振った。

「やはり、六芒殿を浄化したのは貴女だったのですね」

私の反応を見て、クリスティアが確信を抱いたような顔をする。

これは、引っ掛けられたみたいね。

「……どうして、私が浄化したと思うの?」

「どうしてもなにも、タイミング的に疑わない方が難しいのではありませんか?」

それはたしかにその通りね。

指摘されないから、誰も気付いてないのだと思ってたわ。

「とはいえ、ノエル皇妃殿下の噂には、よくないものが多いですから。その噂を鵜呑みにして、候補から除外した人は多いと思います。私が気付いたのは――」

彼女はフリーダに視線を向ける。

「私がなにかしたか?」

「六芒殿を浄化した聖女については捜索を打ち切るようにとおっしゃったでしょう?」

「ああ、たしかにそう言ったな」

そっか、そういうことね。

皇国の人々は、白雪の聖女の復活を待ち望んでいる。六芒殿を浄化した正体不明の聖女から、白雪の聖女を連想しない人間はいないだろう。

であるならば、必死に浄化した主を探すのが普通だ。

なのに、フリーダは捜索を打ち切るように言った。

つまり――

「フリーダが、六芒殿を浄化した者の正体を隠そうとしていると思ったのね?」

「ノエル皇妃殿下のおっしゃるとおりです。ですから、状況から考えて貴女だと予想しました」

「まいったわね。全部正解よ。私がフリーダに秘密にするようにお願いしたの」

私が白状すると、クリスティアとライオットはやはりという顔をした。続いてフリーダが、「バレたのは私の失態です、申し訳ありません!」と頭を下げた。

「フリーダのせいじゃないわ。普通に調査されてもバレていたかもしれないもの」

だから、調査を打ち切らせた判断も間違いではない。

なにより、バレたのは私が浄化した事実だけ。白雪の聖女であることはバレていない。そんなふうに思っていたら、クリスティアが再び口を開いた。

「あれだけの瘴気を浄化するなんて尋常ではありません。それに、皇都では雪が降り、瘴気が浄化されたという噂も聞いています。だとしたら……」

あ、この流れはマズい。

さすがに、白雪の聖女だとバレ――

「黒雪の聖女は、白雪の聖女様に匹敵するほどのお力があるのですね」

……うん?

クリスティアはなにを言ってるのかしら?

黒雪の聖女が、白雪の聖女と同等の力? 呼び方が違うだけなので、同等の力であることは間違いないけど……そっか、そういうふうに勘違いされるんだ。

「考えてみれば当然のことでしたな。白雪に対して黒雪、対照的な二つ名を冠するのであれば、白雪の聖女様に匹敵する力を持つのは当然と言えるでしょう」

ライオットが後に続く。

でも、私は納得がいかない。彼女たちの中で、私が白雪の聖女である可能性は存在しないのかしら?

けど、私は白雪の聖女とバレず、だけど、それに匹敵する聖女だと認めてもらえた。

結果的に見れば最良だ。

「バレちゃったのなら仕方ないわね。でも、他のみんなには秘密にしておいてね」

私は少しだけ声を弾ませた。

こうして、私たちは皇都を経由し、グライフナー領へと転移した。

パーティーは夜にあったので、スタンピードの対策会議は深夜。アイゼンヴァルトで援軍を集めたときは早朝だったので、グライフナー領に到着したときは既に日が昇っていた。

到着した領都の城にある広場、そこに見渡す限りの負傷者が横たわっていた。医療班は言うに及ばず、一般人とおぼしき者までもが手当てをしているが、明らかに手が足りていない。

その惨状をまえに唇を噛む。

「――おまえたちは治療を手伝ってやれ」

「かしこまりました」

フリーダの命令に応じ、クリスティアたちは部下を率いて怪我人たちの元へと駈けていった。

「ノエル皇妃殿下は少しここでお待ちください。私はルートヴィヒを探してまいります」

「ええ、分かったわ」

フリーダを見送る。

待てと言われたけれど――と、あたりの惨状に目を向けた。

この世の地獄――とまでは言わない。アシュタルで聖女として活動していた私は、同じような惨状を何度も目にしたことがある。

でも、それでもやっぱり……

「慣れないわね」

大切な誰かを護るために、誰かにとって大切な人が傷付いていく。魔物なんていなくなればいいのにと唇を噛み、私も近くにいた負傷者の手当を手伝った。

そうして何人かの手当を終えると、近くをうろうろしている小さな娘に気が付いた。十歳にも満たないであろう、おさげ髪の彼女は、周囲をきょろきょろと見回している。

「もしかして迷子かな?」

心配になって声を掛けると、女の子はふるふると首を横に振った。

「アンナはおとうさんを探しているの」

「――っ」

つまり、アンナの父親は騎士か兵士。この負傷者の中にいるのか、あるいはと、最悪のパターンが脳裏をよぎった。私は言葉を選んで「貴女はアンナちゃんって言うのね。それじゃあ、お父さんのお名前はなんて言うの?」と尋ねた。

「おとうさんはね、アッシュって言うんだよ」

アンナは無邪気に微笑む。

彼女の父が無事であることを願う。直後、私が治療中の騎士に袖を引かれた。その様子からただならぬ雰囲気を感じ取り、私はその男に耳を寄せる。

「アッシュは、俺たちが護送する領民を逃がすために 殿(しんがり) を引き受けた部隊の兵士だ」

「……間違いない話なの?」

「俺はアッシュを知っている。ちょうどこれくらいの娘がいたはずだ」

「そう……」

殿というのは、最後尾に残り、敵の追撃を引き受ける役目だ。仲間を逃すための重要な役割ではあるが、自分たちが撤退することは想定していない。殿部隊の生存率は二十パーセントを切るとも言われている。

その部隊にアンナの父がいた。

それは、考え得る中で最悪のケースだ。

「……お姉ちゃん、怖い顔をして、どうかしたの?」

アンナが小首を傾げ、慌てて「なんでもないよ」と笑った。

「……そう? いま、お父さんの名前を呼んでなかった?」

「え、いえ、その……そう。お父さんがいつ戻ってくるのか確認しようと思って」

「それなら大丈夫、お父さんは今日中に戻ってくるから!」

アンナの無邪気さが私の心をえぐった。

顔が引きつりそうになるのを必死に堪え、「そうなんだ」と相槌を打つのが精一杯だ。

「あのね、私、今日が誕生日なの。だからみんな一緒にお祝いするって、約束してくれたんだよ!」

こういう状況に遭遇するのは初めてじゃない。

それでも、慣れることはないと、血が滲むほど拳を握り締めた。