軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

≪災厄≫少女の決意、≪化物≫少年の苦悩

オレ――――アルトリア・グレムは、困惑していた。

昨日の一件――オレの呪いが解けたときから、オレは妙に誠一が気になって仕方がないのだ。

なのに、今朝のように、誠一の姿を見ると、なんだか胸の奥がこう……キュッと締め付けられるような、そんな切なさに襲われる。

しかも、苦しいはずなのに、なんだか心地いい。

でもそれが、オレにとって初めての体験で、だからこそ困惑していた。

この切なさの正体は何なのか?

それに、少ししか過ごしていないとはいえ、見慣れてきたサリアと誠一のやり取りを見てると、なんだか……モヤモヤして、小さな苛立ちのようなものが募った。

でもそれ以上に、何故だが凄く悲しかった。

だから、誠一の姿を見ても、すぐに逃げるように離れたのだ。

……この気持ちの正体を知りたい。

でも、その正体を知ってしまえば、オレはなんだか後に戻れない気がする。

大切な、何かを失うかもしれない。そんな気がしてならないんだ。

それが……とても怖い。

「オレ……一体どうしちまったんだ……?」

誰に問いかけるわけもなく、独り言のようにそう呟いた時だった。

「なら、私が相談に乗ってあげようかしら?」

「え?」

「ごきげんよう、アルトリアちゃん」

オレに話しかけてきたのは、誠一と一緒に受けた依頼で、そのときの依頼主だったアドリアーナさんだった。

街でたまたま出会ったオレは、そのままアドリアーナさんの家に招待され、そこで相談に乗ってもらうことになった。

「……オレ、なんだかおかしいんです」

「何がおかしいの?」

「誠一を覚えてますか?」

「ええ、もちろん」

「その……昨日から、誠一の姿を見ると、なんだか……この胸の奥が……言葉にするのは難しいんですけど、苦しいのに、なんだか嬉しい、温かい……そんな気持ちになるんです」

「ふむふむ」

アドリアーナさんは、オレの話を聞きながら、紅茶を一口飲む。

「それだけじゃなくって、その……誠一には、たぶん彼女……だと思うんですけど、とっても可愛い女の子がいて……その女の子と楽しそうに話してる姿とか見ると、なんだか……さっき言った、胸の奥がモヤモヤするんです」

「なるほどねぇ……」

アドリアーナさんはオレの言葉を聞き終えると、再び紅茶を一口飲む。

やっぱりオレ、どこかおかしいんだろうか? 呪いが解けたことによる、副作用とか?

不安な気持ちになるオレに、アドリアーナさんは一息つくと、断言した。

「それは恋ね。それも、どこまでも甘酸っぱい初恋」

「はっ!? こ、恋!?」

思わずオレは、声を裏返らせてそう口にした。

混乱するオレに、アドリアーナさんは続ける。

「そうよ。アルトリアちゃん……アナタ、恋してるのよ」

「~~~~っ!!」

ハッキリとそう言われたオレは、顔から火が出そうなほど、真っ赤になった。

こ、このオレが……恋、だって……?

「あ、ありえねぇよ! このオレが!? 絶対にないっ!」

何故か、オレは必死に否定した。

だが、そんな否定さえ、アドリアーナさんは軽く流した。

「でも、それ以外考えられないでしょ? それに、アルトリアちゃんだってとっても魅力的な女の子じゃない。別に恋の一つや二つ、おかしくもないわ。むしろ、今まで恋してこなかった方が不思議なくらいだもの」

「そ、そんなこと――――」

「それじゃあ、その左手の薬指に嵌めてる指輪は何かしら?」

「ッ!」

オレは、反射的に誠一から嵌めてもらった、指輪を手で触れた。

オレの左手の薬指には、綺麗な紫色の宝石が埋め込まれた指輪が嵌っている。

そして、男性が女性の左手の薬指に指輪を嵌めるということは――――。

「永遠の愛の誓い……それくらい常識でしょ?」

「~~~~~~~~~~ッ!」

オレの心の中を覗いた様に、アドリアーナさんは的確に言葉で突きつけてきた。

顔を最大限に真っ赤にして、言葉にできない恥ずかしさに耐える。

すると、そんなオレの様子にもお構いなしで、アドリアーナさんは続けた。

「その誠一さんから貰った指輪のおかげで、アルトリアちゃんの呪いが解けたんでしょ?」

「……はい」

「誠一さんって、おそらく東の国出身だし、この大陸の常識を知らないかもしれないわね。そう考えると、その指輪にも深い意味はないのかもしれないわよ?」

「……」

オレの心が、おかしい。

本当なら、それでいい筈なんだ。

誠一にはサリアがいる。

それなのに、オレに指輪なんか送ったら、不誠実じゃねぇか。

だから、オレも深く考えなくていいんだ。

たまたま、この指輪がピッタリと嵌った場所が、左手の薬指だった。

それでいいじゃねぇか。

……なのに……なのに、なんで悲しいんだ? 寂しいんだ?

深い意味がないなら、オレの呪いが解けただけで……十分じゃねぇか。

自分の心が、自分でも分からない。

どうして、こんなに切ないんだよ……。

わけ分かんねぇよ……。

知らないうちに、オレの目には涙がたまっていた。

オレが黙って俯いていると、アドリアーナさんは優しく語りかけてきた。

「アルトリアちゃん。もう、認めちゃったら?」

「……」

「アナタは、誠一さんのことが――――好きなのよ」

「――――」

涙でいっぱいになった目を、ゆっくりとアドリアーナさんに向ける。

もう、誤魔化しきれない。

……オレは、誠一のことが……好きになってたのか。

それを認めた瞬間、オレは涙があふれ出てきた。

あそこまで、オレに真剣に接してくれたヤツはいない。

ギルドの連中も、街のみんなも……オレのことを気にかけてくれたけど、大変なことに巻き込んだうえで、それでも変わらずに接してくれたのは、誠一たちが初めてだった。

誠一に、必要だと言われたとき、みんなと同じで、誠一がオレのこと好きって言ってくれたとき、本当に嬉しかった。

優しく、安心できるように後ろから抱きしめられたとき……心が温かくなった。

そっか……オレ――――恋してたんだ。

やっとそれに気づけたオレを、アドリアーナさんは優しく微笑んで抱きしめた。

「不器用なアルトリアちゃんに、一つ教えてあげる。好きな男の子が、他の女の子と話してる姿を見て、モヤモヤするのは、別におかしなことじゃないのよ?」

「……そう、なのか……?」

「そうよ。それは、嫉妬。行き過ぎた嫉妬はダメだけど、少しくらいならいいのよ。アルトリアちゃんの初恋よ? 戸惑うのは分かるけど、それはとっても当たり前のことなの」

「……うん」

「それに、誠一さんに彼女がいたって、別にいいじゃない。男の甲斐性が試されるけど、重婚なんて、基本的にどの大陸でも当たり前でしょ? それが嫌なら、アルトリアちゃんが誠一さんの一番になればいいのよ」

「……そんなこと、できねぇよ。そもそもオレ……全然可愛くねぇし、こんな口調だし、荒っぽいし。こんな女、誠一も嫌だと思うに決まってる……」

本気でそう口にすると、アドリアーナさんは苦笑いした。

「もう、アルトリアちゃんは、もっと自分に自信を持ちなさい。今度、私の友達で恋愛に詳しい子、紹介してあげるけど、まずはアルトリアちゃんが自分の魅力を理解しないと、何も始まらないわよ? それに、誠一さん、そんなことを気にするような人だと思ってるの?」

「……」

オレは無言で首を横に振った。

アイツは、そんなことを気にするようなヤツじゃない。

じゃなきゃ、転移魔法陣が出現して、オレが飛ばされそうになったとき、咄嗟に手を伸ばして助けようとしたりしないだろう。

オレと本気で接してくれる。

≪災厄≫だったオレを、受け止めてくれたんだ。

「……オレ、好きになっていいのかな……?」

「ええ」

「……迷惑じゃ、ねぇかな……?」

「全然。むしろ、嬉しいはずよ」

「……そっか……」

オレも、人を好きになってよかったんだ。

もう、≪災厄≫に縛られなくて、いいんだ……。

――――やっと、一歩踏み出せた。

その瞬間、オレはさっきまでとは違う気持ちに襲われる。

それは、さっきまでの感情とは違い、とても前向きな感情だった。

「……アドリアーナさん。オレ、どうしたら誠一に振り向いてもらえるかな……?」

「え?」

「さっきまで、苦しくて、切なくて……とても辛かったのに、今はそれがとっても嬉しいんだ。こんな気持ち、初めてなんだよ」

「……」

「だから……オレの想い、誠一にぶつけたい。こんな女としての魅力に欠けるオレだけど……それでも、オレが誠一を好きなように、誠一もオレを好きになってほしい」

「アルトリアちゃん……」

「だからさ、アドリアーナさん。その……恋愛とか初めてでよく分からねぇから、いろいろと教えてくれないか? どうすればいいのか……」

オレの真剣な想いを聞いてくれたアドリアーナさんは、一度頷くと笑顔で言う。

「任せなさい! バッチリ、誠一さんを射止める方法、教えてあげるわ!」

そんな頼もしい発言の後、オレはアドリアーナさんにいろいろと教えてもらったのだった。

◆◇◆

「――――ということがあったんですよ」

「はぁ~。冒険者も大変だなぁ」

俺こと柊誠一は、ノアードさんが開いている『喫茶店アッコリエンテ』で軽い世間話をしていた。

たった今も、俺とアルトリアさんがいきなり変な迷宮に飛ばされた話をしたところだ。

「んで、一つ気になったんだけどよ、その≪災厄≫の嬢ちゃんはどうしたんだ?」

呪いが解けたことまで話したからか、ランゼさんはそう訊いてくる。

「それがですね……なぜだかよく分からないんですけど、避けられてるんです」

「はあ? どうして? 誠一のおかげで呪いが解けたんだろ?」

「そうなんですけど……その……変なこと訊くようですが、男性が、女性の左手の薬指に指輪を嵌める行為……これって何か意味があるんですか?」

「あ? そりゃあ……ってそう言えば、誠一はこの大陸出身じゃなくて、東の国出身だったか。それなら知らなくても無理ないが……。ん? ちょっと待て。そんな話をするってことは……」

「……お察しの通りです。呪いを解くアイテムが、たまたま指輪で、あまりにも気が動転していた俺は、そのまま左手の薬指に嵌めちゃったんです」

「ウソだろ!?」

俺の告白に、ランゼさんだけでなく、ノアードさんまで目を見開いていた。

どうしよう。嫌な予感しかしない。

「えっと……マズかったですかね?」

「マズいどころじゃねぇだろ……」

ランゼさんが呆れる中、ノアードさんは丁寧に教えてくれた。

「……誠一さん。この大陸では、主に男性が女性へと指輪を贈る際、左手の薬指に嵌めることが、永遠の愛を誓うこととなっているんです」

「ブフォアッ!?」

予想にたがわず、とんでもねぇことヤッちまってた!

思わず吹き出し、焦る俺に、ランゼさんは半眼になりながら言う。

「……いろいろ手遅れだと思うぜ、俺は。お前より何年も長く生きてるとはいえ、そんなミスしたことねぇよ」

「……俺も予想外ですよ」

「しかも、そんな大事な誓いだぞ? それがウソでした~とか、勘違いでした~とかほざいてみろ。間違いなく殺されんぞ」

「うっ!」

「それだけ、女性にとって、その行為は大切だってことだよ。お前の国では知らんが、この大陸では一番といっていいほどな」

「……そうですね。話を聞いた限りでは、誠一さんの行動は少々……軽率すぎたかもしれませんね」

「がはっ!?」

今の言葉、俺の胸にグサッ! ってきたよ! グサッ! って!

でも……そうだよな。

いくら俺にその気がなかったとはいえ、間違いなく俺は女性にとって憧れの行為をしちまったんだ。勘違いです、で済まされるはずがねぇ。

それに、俺もそんな不誠実な真似はしたくねぇよ。

でもそれじゃあ……。

「どうすりゃいいんだよ……」

思わずその場で頭を抱える。

そもそも、俺なんかがアルトリアさんに釣り合うわけねぇじゃん! サリアでさえ、俺なんかが釣り合ってるとは思ってないのによ!

すると、ランゼさんは笑いながら言った。

「どうするも何も、結婚しちまえばいいじゃねぇか」

「はっ!? け、結婚!?」

「あん? 何驚いてやがる。どのみち、永遠の愛を誓っちまったんだ。結婚するしかねぇだろうが」

「そ、そうですけど……俺にはもう……」

そう、俺にはすでに、サリアという大切な女性がいるんだ。……ゴリラだけど。

そんな反応を見て、ノアードさんは静かに訊いてくる。

「……誠一さんは、すでに心に決めた女性がいらっしゃるのですね」

「……ええ、まあ」

「おいおい、マジかよ!? お前、怪しい格好してる割にモテるんだな」

「怪しい格好って……」

そりゃまあ、フード被って顔が見えない男はさぞ怪しいでしょうよ。もう慣れたけど。

「しっかし……好きな女がもういんのか。なら、その女も含めて、二人と結婚しちまえばいいじゃねぇか」

「はあ!? 二人と!?」

ランゼさんのトンデモ発言に、俺は思わず大きな声を上げた。

「俺、おかしなこと言ったか?」

「いや、十分おかしいでしょ! 結婚って普通、一人としかできないですよね!?」

叫び声にも近い声音でそう告げると、ランゼさんもノアードさんも一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに納得の表情を浮かべる。

「もしかして、東の国は違うのか?」

「へ?」

「いや、この大陸は基本重婚が認められてるからよ。つか、この大陸だけじゃなく、他の大陸でもそうだと思ってたんだが……」

何ですと!? 重婚認められてんの!?

驚く俺を見て、結局二人は納得してしまった。

「その様子だと違うみたいだな」

「……まあ、確かに重婚は認められていても、王族や貴族以外の方々がしているのは珍しいですからね」

もう、俺が東の国出身で、しかも重婚が認められていない国ってことになっちまったらしい。なぜだ。

まあ今のところ、それで不便していないし、いいんだけどな。

そんなことよりも、まずはアルトリアさんだ。

ホント、どうすれば……。

頭を抱え、必死に悩んでいると、目の前に紅茶が出された。

ふと顔を上げれば、ノアードさんが優しく微笑んでいる。

「……リラックス効果があるアルテルの葉を使って作られた紅茶です」

「え? 別に頼んでないですけど……」

「……私のおごりということで。それに、一つだけ、年長者としてアドバイスしましょう」

「?」

「……絶対に、曖昧な答えを返さないでください。大丈夫だと思いますが、誠一さんの行った行為は、それだけ重いのですよ。だから、受け入れるのか、それとも誠心誠意をもって謝罪するのか……それを、しっかりと決断しておいてください」

「……」

……そうだよな。

曖昧な答えは、許されない。それ以前に、俺が許さない。

知らなかったとはいえ、それを曖昧にするだなんて、最低なことだ。

……知らないうちに、二股みたいなことをしてる時点で、とんでもなく最低だと思うけどな。

「……分かりました。俺、自分の口で、ハッキリと伝えようと思います」

「……そうですか」

ノアードさんは俺の答えを聞いて、満足そうに微笑んだ。

せっかくなので、出された紅茶を飲んでみると、なんだか体の余計な力が抜けて、とても気分がよくなった。

味も、仄かな甘さで俺好みだった。

全部飲み終えると、ふと時間のことを思い出す。

そういえば、結構長い間話してたけど、そろそろ帰った方がいいかもな。

そう思った俺は、ノアードさんに礼を言い、立ち上がる。

「ごちそうさまでした。紅茶、美味しかったです」

「……ありがとうございます。またのご来店をお待ちしておりますね」

「そうだな。また、会えたら話そうぜ」

ランゼさんも笑顔でそう言ってくれた。

「はい、ぜひ!」

いいお店だったな。また、来よう。

そんな決意を胸に、俺は店を出た。

◆◇◆

「ふぅ……青春だねぇ」

誠一が店から出ていったあと、ランゼはそう呟いた。

そんなランゼに、ノアードは静かに言う。

「……ランゼ。アナタは帰らなくてもいいのですか?」

「あー……そのうち帰るさ。迎えがきたらな」

ランゼのセリフに、ノアードはため息をつく。

「……いくら私がいるとはいえ、ここまで一人で来るのは無防備過ぎなのでは?」

「安心しろ。一人じゃねぇから大丈夫だ。ちゃんとルイエスが付いてる」

「……はぁ。ここまで毎回付き合わされるルイエス様が気の毒ですね」

「それは仕方ねぇ。それがアイツの仕事なんだからよ」

「……元凶であるアナタがここに来るのを止めれば、少しは楽になると思うんですけどね」

「お前の飯が美味いのが悪い!」

「……清々しい責任転嫁ですね」

ため息をつきながらも、まんざらでもない様子のノアード。

喫茶店アッコリエンテは、どこまでも和やかな雰囲気だった。

◆◇◆

「もう夕方かよ……」

喫茶店アッコリエンテから出た俺は、いつの間にかオレンジ色に染まった空を見て、そう呟いた。

「今日、馬を買いに行くことはできそうにねぇな……」

まあ急ぎじゃないし、明日でいいんだけどな。

「うーん……このまま宿屋に帰ろうか?」

サリアが帰ってるか分からないけどな。

それに……アルトリアの件もある。

「……ホント、ダメだなぁ、俺」

決意をしたと思ったんだが、いざ事実を伝えようと思うと、怖くなる。

この世界では、俺がした行為は、地球以上に大切なことだったのだ。

「……先延ばしにしちゃ、ダメなのは分かってるんだが……」

そう呟きながらも、俺はすでにある場所へと向かっていた。

それは、サリアが向かった孤児院である。

……本当に情けねぇし、最低だな、俺。

一人でいることを不安に感じた俺は、自然とサリアを求めていたのだ。

そんな情けなくて最低な自分に、殺意がわいてくる。

俺は、どんよりとした気分のまま、孤児院へと向かった。

やがて、孤児院のある、教会が見えてきた。

「……着いちまった」

沈んでいた気分が、さらに沈む。

そんな気分のまま、教会の中に入ろうとしたときだった。

「――――誠一」

「!!!!」

俺は自分でも驚くほどの速さで、後ろを振り向いた。

「……アルトリアさん」

そこに立っていたのは、俺が真実を伝えるべき相手……アルトリアさんだった。

「……」

「……」

俺もアルトリアさんも、無言のまま向かい合う。

ちょうどアルトリアさんの後ろに夕日があり、表情は分からない。

周囲に人の影はなく、俺とアルトリアさんの二人だけだ。

しばらくの間、無言の時間が続く。

……アルトリアさんが目の前にいるんだぞ。

今こそ、あの指輪の件が誤解だって伝えるときじゃねぇか。

許してもらえないかもしれないけど、謝るんだろ?

そりゃあ、これでアルトリアさんと関係が終わるんじゃないかって考えると……怖いよ。スゲー怖い。

でも、それでも……黙ってたり、適当にごまかすことの方が……もっと嫌だ。

だからよ、言えよ、俺。口を開けって。

何で怖気づいてんだよ。

言え、言え、言え、言え……!

「あ……アルトリアさん! その……指輪――――」

「――――」

やっと勇気を振り絞って、言葉を紡ぎ出せたと思った瞬間だった。

俺の口は、柔らかい何かで塞がれ、その先を口にすることができなかった。

「ッ!?」

「……」

俺の顔の至近距離に、力いっぱい目を瞑ったアルトリアさんの顔がある。

そして、俺の唇とアルトリアさんの唇が……重なっている。

俺……今、何してる?

何で俺の唇と、アルトリアさんの唇が重なってるんだ?

これって……キス……だよ、な?

…………。

「~~~~~~~~~~ッ!?」

状況を理解した俺は、急激に顔が熱くなった。

俺……俺……アルトリアさんと、キス……しちゃってる……!?

状況分析が済んでしまった俺は、ただ顔を真っ赤にすることしかできない。

それでも、アルトリアさんはお構いなしに、優しく……そして、少し不器用なキスを続けた。

今の俺は、アルトリアさんを正面から受け止めている体勢になっている。

さらに、アルトリアさんを受け止めた衝撃で、俺の顔を隠していたフードが外れた。

長いキスを終えたアルトリアさんは、顔を伏せる。

「……その先、言うんじゃねぇよ」

「え?」

「……分かってる。誠一が、そんな気持ちがあって、オレに指輪をくれたんじゃねぇってことはよ……」

そんなこと……つまり、俺がアルトリアさんと永遠の愛を誓うためにあげたんじゃないってこと。

「それじゃあ――――」

「でも、関係ねぇ」

俺の言葉は、ハッキリとした口調のアルトリアさんの言葉に遮られた。

そして、アルトリアさんは俺の胸に顔をうずめる。

「関係ねぇんだよ……! だって……オレが好きになっちまったんだからよ……!」

「!」

アルトリアさんは、俺の胸の中で叫ぶ。

「初めてなんだよ、こんな気持ち! そりゃあ、誠一にはサリアがいるのは分かってる。女のオレから見ても、スゲー可愛いよ」

「……」

「でも……でもオレも好きになっちまったんだよ! お前を見るだけで胸が苦しいんだよ!」

「アルトリアさん……」

「オレじゃ……ダメか? オレなんかが、誠一の隣にいちゃいけないのか?」

「そんなこと……!」

「仕方ねぇじゃん。好きになったんだから! 女らしくもねぇし、可愛げもねぇオレは、全然魅力的じゃねぇかもしれねぇけどよ。それでもオレは……誠一。お前が、好きなんだよ……」

アルトリアさんはそこまで言い切ると、俺の胸で静かに泣き始めた。

……俺はどうすればいい?

俺にはもう、サリアがいる。

重婚が認められてるとはいえ、俺は地球人だ。

地球の……それも、日本の倫理観念が俺を悩ませる。

本当に死ぬほど情けねぇ。

アルトリアさんのことは大切だ。

でもそれが、異性としての大切にしていいのか……俺には分からない。

クソッ! いくら強くなっても、こんなときの俺のステータスは一つも役に立たねぇ。

俺が、選ぶしかねぇんだ。

「……俺は――――!」

「受け入れてあげて? 誠一」

「!?」

唐突に声をかけられ、俺もアルトリアさんも驚く。

声の方向に視線を向けると……サリアがそこに、立っていた。

「さ、サリア! えっと、これは……!」

「大丈夫。分かってるから」

浮気がバレたお父さんの気分だよ、俺。

「誠一、アルトリアさんのこと、受け入れてあげて?」

「で、でも……それでお前はいいのか?」

最低な話だが、俺はアルトリアさんのことを異性として、大切にしたい。

でも、俺にはもう、サリアがいるのだ。

サリアがいる以上、俺はアルトリアさんのことを、そういう風に見ることができなかった。

だが、当のサリアは、少し寂しそうな笑みを浮かべてはいるが、首を縦に振った。

「うん。もちろん、誠一を独り占めにできないのは寂しいよ? でも、誠一の魅力を、私一人で独占できるとは思っていないもん」

「サリア……」

「それにね? 誠一。強いオスには、自然とメスが寄ってくるものなの。これは、自然の摂理なんだよ」

お、オスって……。

サリアがもともとゴリラなことを知っている俺は、特に不思議に思わないが、何も知らないアルトリアさんは、首を捻っている。

「だから、誠一。アルトリアさんのこと、ちゃんと受け入れてあげて? 私も、アルトリアさんのことが大好きだから!」

「サリア……」

アルトリアさんは、感激した様子でサリアを見つめる。

「サリア……いいんだな?」

「うん!」

さっきとは違い、満面の笑みを浮かべ、サリアはハッキリと肯定した。

ああ、クソッ。

カッコ悪ぃな、俺。

サリアに……女の子に背中を押してもらわなきゃ、決断の一つもできねぇのかよ。

自己嫌悪に陥りそうだったが、すぐに頭を振って思考を切り替える。

ふと視線を俺の胸に抱かれたアルトリアさんに戻す。

すると、俺の視線に気づいたアルトリアさんも、俺の方を見つめ返してきた。

一瞬、目が見開かれたのは、俺の素顔を初めてみたからだろう。

切れ長の金色の瞳が、今は涙に濡れ、不安げに俺を見上げていた。

「アルトリアさん……」

「……アル」

「え?」

「……オレのこと、アルって呼べ。それが、本当に親しい連中が使う、オレの愛称だからよ……。後、敬語もなしだからなっ!」

恥ずかしそうにそう告げるアルトリアさん……否、アルに、俺は苦笑いした。

「分かったよ、アル」

「……うん」

頬を上気させ、上目遣いでアルは俺を見つめてきた。

そんなアルの頬に、自然と手が伸びる。

普段の俺なら、こんなキザな行動はできない。

でも、何故か今はまったくそんなことを気にすることなく、自然とできてしまった。

……考えるのは、後にしよう。

一番大切なのは、アルなんだから……。

「俺も、アルのこと――――好きだよ」

「!」

そう告げ、今度は俺から、アルに優しいキスをした。

さっきは気が動転してて、まったく気が付かなかったけど……。

アルとのキスは、ノアードさんの淹れた紅茶……アルテルの味がする。

仄かに甘い、とても優しいキスだった。

ゆっくりと、重ねた唇を離す。

「アル。不甲斐ないし、とても頼りない俺だけどさ……それでも、俺を好きになったこと、後悔させないように頑張るから」

「……うん」

「大切にするから」

「……うん!」

ハッキリとそう宣言すると、俺は優しくアルを抱きしめた。

「これで、アルも私と一緒だね!」

俺の後ろから、サリアが俺とアルを抱きしめてくる。

本当に……サリアには、敵わねぇな。

夕焼けに染まる教会の前で、俺たち三人を祝福するかのように、教会の鐘が街中に響き渡るのだった。