軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

哀れな蛇の娘

アナコングが地に倒れ伏した瞬間、俺はすぐにサリアに駆け寄り、すぐに魔法で回復した。

「サリアッ! 大丈夫か!?」

「誠一……私、勝ッタヨ……誠一ハ、私ノ旦那サンダカラ……」

「サリア……」

『――――全く、大した女だよ、アンタ』

「!」

すると先ほどまで倒れていたはずのアナコングが傷だらけの状態で近づいてきた。

俺は思わずサリアをかばうように立つ。

その様子にアナコングは苦笑いを浮かべた。

『そう警戒されちゃ、アタシも傷つくよ。アタシは真正面から殴り合って負けたんだしね』

「あ……ご、ごめん」

『いいよ、別に。……アンタもその女が大切なんだね』

「うっ……そ、そうだよ」

正直人に言われると恥ずかしいが、本当のことなので素直にそう告げる。

俺の言葉にアナコングは満足げに頷くと、サリアに真剣な瞳を向けた。

『アンタ、名前は?』

「……サリア」

『そうかい、いい名前だね。それじゃあサリア、これを受け取りな』

そういうとアナコングは腕に着けている籠手を外し、サリアに渡した。

「コレハ?」

『アタシの武器だよ。負けたアタシより、勝ったうえに外に行けるアンタに連れていかれたほうがいいだろうさ。受け取ってくれ』

「……分カッタ」

メタリックブルーの籠手をサリアは受け取り、その腕に装着した。

『清らかな乙女の籠手』……誇り高い乙女に相応しい籠手。夢幻級武器。装備者はすべての状態異常を無効化する。装備者が誇り高くあり続ける限り攻撃力と防御力が上昇し続ける。

その効果はすさまじかった。

状態異常すべて無効はとても有効だし、曖昧な表現とはいえ、誇り高ければ攻撃力が上がり続けるようだ。……いや、誇り高ければってなんだ。基準がハッキリしねぇ!

サリアが受け取ったことで、アナコングは笑みを浮かべる。

『ああ……やっぱりアンタによく似合うよ』

そんなアナコングにサリアは表情を曇らせた。

「貴女ハ……良カッタノ?」

『何がだい?』

「ドウイウ理由デアレ、貴女ハ誠一ヲ……雄ヲ求メタ。ソレナノニ、簡単ニ諦メテイイノ?」

『アンタがそれを言うのかい……』

アナコングは遠い目をして語った。

『……アタシたちは生まれも育ちもダンジョンだ。親はいない。強いて言うならこのダンジョンなのさ。だからこそ、憧れた。家族ってものを……家庭を持ちたかったのさ。アタシは同族や交尾できる他の雄も家庭も全部知識としてしか知らないから……アンタを見た時、その夢が叶うと思った』

アナコングは俺をて、自嘲気味に笑った。

『……でもとんだ勘違いだった。アンタにはもう、サリアっていういい女がいる。そんなアンタにアタシの付け入る隙なんて最初から無かったんだよ』

「……ソレジャア、コレカラドウスルノ?」

サリアの言葉にアナコングは優しく微笑む。

『アンタたちはこの先に用事があるんだろう? 扉を開くには、このダンジョンのルールを守らなきゃいけない。そしてこの部屋の扉が開く条件は部屋の主が消えること――――つまり、アタシが消えれば開くのさ』

「っ!」

アナコングは優しく微笑むが、蛇の魔物たちは沈痛な面持ちでいる。

驚く俺たちにアナコングは笑い飛ばした。

『何しけた顔してるんだい。アタシたちは敵同士だよ? その敵が消えて喜ぶことはあっても悲しむヤツがあるかい』

「デモ……!」

『生きてたところで結果は一緒さ。どうせアタシたちはダンジョンの魔物……この狭い世界から出ることさえできない哀れな魔物なのさ』

一瞬だけ悲し気な表情を浮かべるも、すぐに明るい表情を浮かべてアナコングは俺たちに言った。

『さあ、アタシのことはいいから! 一思いにアタシを――――』

『――――使えぬ魔物だな!』

「え?」

『何? ……っ!? があああああああああああ!』

『姐さん!?』

突然、聞き覚えのある低い声が聞こえたかと思えば、急にアナコングが胸を押さえて苦しみだした。

サリアと俺が急いでアナコングに近づこうとするが、アナコングは必死に痛みをこらえて手で制してきた。

『来るんじゃないよ!』

「で、でも!」

『……どうやら、お迎えが来たみたいだね』

『その通り。使えぬ貴様にはせいぜいその命を使って侵入者どもを道連れにしてもらおう』

すると先ほどまで何もなかった先に進むための扉の両脇に、再びあの巨大な目が出現した。

「なっ……テメェはオレたちの攻撃で死んだんじゃ!?」

『バカめ! あのような軟弱な攻撃で我が死ぬはずなかろう! 我はダンジョンだ。貴様らに勝ち目などない』

心底馬鹿にした様子でそう告げる巨大な目。

その巨大な目は冷ややかにアナコングを見つめた。

『ここまで順調にレベルアップしてきたくせに、格下に負けるとは……とんだ雑魚だったな。侵入者一人殺せぬ貴様に価値も用もない。即死ね』

『ぐぅぅぅぅぅううううう!?』

必死に痛みに耐えるアナコングを見て、サリアが叫んだ。

「彼女ニ何ヲシタノ!?」

『何、ただその身を爆弾に変えてやったまでよ。所詮そのゴリラは我の生み出した存在……どのように扱い、どのような存在に変化させるかは自由自在なのだ』

「何テコトヲ……! 今スグヤメテ!」

「この腐れ外道が……!」

「……許さない」

アルたちが一斉に壁の巨大な目に襲い掛かるが、攻撃が当たる寸前で巨大な目は姿を消した。

『フハハハハハ! 今更遅い! そこの雑魚の爆発に巻き込まれて死ぬがいい。それでももし生きているようなら、その時は相手をしてやろう。まあ……無理だろうがな? フフフ……アハハハハハハハハ!』

「クソが……待ちやがれ!」

アルたちが必死に壁を攻撃するが、声はどんどん遠ざかって行った。

そのやり取りを見ていたアナコングは痛みをこらえながら声を絞り出す。

『あ、アタシのことはいいから……アンタたちは……早く……逃げな……!』

「ソンナコト出来ルワケナイデショ!?」

『わがまま言うんじゃないよ……! 言っただろう……? あ、アタシは……このダンジョンに縛られてるんだ……生かすも殺すも、所詮このダンジョン次第ってわけさ……』

「何デ……何デ……!」

『あーあ……そんな顔するんじゃないよ。アンタも、サリアをどうにかしておくれ』

額に汗をにじませながら、無理やり笑うアナコング。

それを見て、俺は――――。

「誠一……何トカシテ、誠一……!」

「分かった」

俺は解放魔法『リ〇カーン大統領』を発動させた。

するとアナコングを優しい光が包み込む。

そして光が消えると、同時に痛みも消えたのかアナコングが驚きの目を俺に向けた。

『こ、これは……?』

「アンタをこのダンジョンから解放した」

『なっ……ダンジョンからの解放だって!? そんなの、どうやって……』

混乱しているアナコングに俺はさらに回復魔法をかけ、全身の傷を癒した。

『え……?』

「……アンタの理由がどうであれ、俺はアンタを受け入れることができない。いや、そもそも俺にそんな甲斐性はねぇ」

アルとサリアだけでもいっぱいいっぱいで、そこに神無月先輩とあいりんもいるんだから余計にな。

「それでも、アンタがゴリラだろうが何だろうが……こんな俺に好意を向けてくれるのは、とても嬉しい。だからこそ、今度は外の世界に出て、もっといい男を探してくれ。そのためにアンタを解放した。分かるだろう?」

『解放されたのは……信じられないけど、本当みたいだね。でもいい男って……アタシは所詮魔物だし、どうしても限界があるよ……』

どこか諦め気味のアナコングに俺は栽培している『進化の実』を一つだけ取り出した。

「これをやる」

『なんだい、これ……』

「これを食ってレベルアップすれば、もしかしたらサリアみたいに人間になれるかもしれない。……アンタ、はいい女だ思うよ。だからこそ、もし人間になれるようなら同族だけじゃなく、人間たちからもモテモテかもな」

『な、なんだい、そりゃあ……』

そういいながらも素直に『進化の実』を受け取り、さっそく食べた。

『…………』

「どうだ?」

『…………とんでもなく…………不味いねぇ…………』

「あははははは! そうだよなぁ。まあでも、効果は保証するからさ。な?」

俺も共感できるからこそ笑うと、アナコングは一瞬目を見開いて視線を逸らした。

『…………なんだい。スッパリ諦めよう思ったけど、本気になっちまったよ…………』

「え?」

『な、何でもないよっ!』

「そ、そうか?」

本人が何でもないって言ってるなら、そうなんだろう。

とにかく、アナコングにできることはやった。

なら、あとはこの先にいるっていうあの巨大な目に会うだけだ。

「さて……俺たちは先に行くよ。アナコングをダンジョンから解放したことで、どうやらこの部屋の主が消えたって認識されたらしいし……」

実はアナコングを解放した瞬間、この部屋の奥の分厚い扉が開いていたのだ。

『そ、それじゃあアタシも……うっ……』

「あーあ……無理すんなって」

『で、でも……』

無理に立とうとしたアナコングは、傷は癒えても体力は戻っていないのでその場でよろける。

「いいからここから先は俺に任せてくれって。だからアンタは早くこんな場所から出て、いい男を探すんだな」

「大丈夫。誠一ハ強イカラ」

サリアもそう援護してくれたので、アナコングはしぶしぶ頷いた。

『……分かった。ここはアンタたちに任せるよ。でもいいかい! アタシは不義理な女じゃない。だから、この恩は絶対に忘れない。いつか必ず、アンタたちに恩返しするよ』

「そんなの気にしなくていいのに……」

『あ、アタシが会いたいんだよっ! 覚悟しときな、次に会うときはアンタたちがビックリするくらい魅力的になってるんだからね!?』

『姐さん……やる気ですね……!』

『もちろん、俺たちもついていきますぜ!』

『……いや、俺たちはダンジョンに縛られてね?』

『『『えええええええええええええ!?』』』

またも蛇の魔物たちがコントのようなやり取りをしていたので、俺は思わず蛇の魔物たちにも『リ〇カーン大統領』を唱えた。

『こ、こんなにアッサリと俺たちを解放してくれるなんて……兄貴……兄貴と呼ばせてください!』

『『『兄貴! 兄貴!』』』

「もう舎弟は十分なんですけど!?」

なんで蛇の魔物たちまでアグノスみたいなこと言うんだよっ!

とにかく全員をダンジョンから解放したことで、俺たちはようやく先に進む。

「もういいや……んじゃ、また会えたら!」

「じゃあねー!」

『ああ、またね!』

俺たちは再び会う約束をして、この先に待っているであろう巨大な目の下へ向かう。

「……誠一。お前、ゴリラキラーか何かか?」

「へっ? ゴリラキラーって何?」

「……いや、もういいよ。オレもあのゴリラは気に入ったし、サリアもなんだかんだ認めたみたいだし……」

「?」

道中アルが溜息を吐きながらそう言った。

どうやら俺だけが分かっていないようで、ルイエスとルーティアは微妙な表情を、オリガちゃんは特に変わりなく、ルルネは当然といった表情を浮かべていた。

変化のないオリガちゃんでさえ分かっていそうなので、本当に俺だけがよく分かっていないようだ。

それはともかく、あの巨大な目はまだ生きていたのだ。

……蛇神が言ってた脅威っていうのはアイツのことだろう。

確かにサリアたちの攻撃で完全に消滅したと思っていたからな。

それにまだこのダンジョンにいる『哀れな子』というのを確認していない。

アナコングはあの部屋の主としてダンジョンに縛られていたが、蛇神の言っていた『哀れな子』とは違うだろう。『哀れな子』はこのダンジョンに封じられたらしいし、それに対してアナコングは生まれも育ちもダンジョンって言ってたし。

何はともあれ、俺はとても不愉快だった。

俺のわがままな感情だとは分かっているが、それでもあの発言と態度は気に入らねぇ。

アイツは生きているのなら相手をしてやるといった。

だから――――。

「さて……相手をしてもらおうか?」

今までとは雰囲気の違う、巨大な扉を前にそう思うのだった。

◆◇◆

「これは……」

蛇の装飾が施された巨大な扉をくぐると、薄暗い部屋に出る。

するとその中心に十字架に全身を鎖で繋がれた何かが存在していた。

俺たちはその部屋の異様な気配と何故か拘束されている存在に驚く。

警戒しながらも少しずつ部屋の中央に近づくと、案の定背後の扉は閉ざされた。

「――――来ないでください」

「え?」

近づいたことでその容貌がハッキリしたのだが、俺たちはまた違う意味で驚いた。

濃い緑色の髪が常に蠢いており、静かに目を伏せている。

それでもその容姿が極めて優れていることが分かり、俺と同い年くらいに見える。。

服はボロボロのモノを身に纏っているが、全体的に傷などは見当たらない。ただ、スタイルがいいので鎖が胸などに食い込んでいて妙に艶めかしかった。

でもそんな姿を見ても俺は驚き以外の感情が特に浮かばない。

何故なら……。

「メデューサ……?」

そう、目の前で拘束されている女性は、神話に登場するメデューサのような見た目だった。

いや、実際のメデューサを見たことがないから何とも言えないが、さっきから蠢いている緑の髪をよく見ると先端が蛇の顔をしているのだ。

「メデューサってなんだ?」

「えっと……メデューサは俺の世界の神話に登場する架空の存在……かな」

どうやらこの世界ではメデューサという単語がないらしく、アルが不思議そうにしている。

そんなことよりも、今は拘束されている彼女だろう。

「えっと、今すぐその拘束を――――」

「来ないでください」

みんなで助けようと思っていたのだが、彼女の返答は拒絶だった。

その拒絶にサリアが訊く。

「どうして?」

「……なぜこの場所に来たのかは知りませんが、今すぐ帰ってください。……私はもう、誰も犠牲にしたくないのです」

「……詳しい事情は分かりませんが、見過ごすわけにもいきません。今すぐ」

「っ! あ……あああ……だ、ダメ……逃げて……!」

「なっ!?」

彼女の言葉を無視してでも近づこうとした瞬間、突如彼女の様子がおかしくなった。

拘束された状態で苦悶の表情を浮かべる。

「だめ……いや……いやああああああああああっ!」

その瞬間、閉じていたはずの彼女の目が開き、紫色に光った。

紫色の光はまるでレーザーのように一直線に俺たちに伸びてくる。

嫌な予感がした俺たちはすぐにその場から飛びのくと、紫色の光は背後の扉にぶつかった。

「は……?」

「と、扉が……」

俺は見た目から何となくメデューサっぽいと思っていたので大した驚きはなかったが、そうじゃないサリアたちは紫色の光を受けた扉を見て表情が強張った。

何故なら、その扉が無機質な石へと変化していたのだ。

もちろんもともと扉は鉄製というか、無機質ではあった。

だが、完全に両開きだった扉が今は一枚の石板のように固まってしまったのだ。

紫色の光を放った彼女は、顔を伏せて必死に何かに耐えている。

「ぐ……うぅ……だ、ダメです……早く、ここから逃げて……」

「逃げてって言われても……」

あんなに苦しそうにしてるのも見てられないし、何よりここにいるであろうダンジョンそのものに用があるのだ。

どうしたもんかと頭を悩ませていると、俺たちの目的であるダンジョンが声をかけてきた。

『なんだ、貴様ら。生きていたのか? つまらんな』

「テメェ……」

『まあ生きていようが、結局ここで死ぬのに変わりはない……さあ、呪いの子よ! そこにいる侵入者どもを殺せ!』

「うっ……うぅ――――あああああああああああああ!」

彼女はついに耐え切れなくなったのか、絶叫した。

しかもその瞬間に拘束していた鎖と十字架が弾け飛ぶ。

『ははははははは! さあ、その力を侵入者どもにふるうがいい! そして殺すのだ! 殺せばまた、我は強くなる……』

「うぅ……あぁ……」

『何をしている!? 殺せ、殺せ! 世間ではまともに生きていけぬ貴様をこの我が使ってやるのだ! その呪われた力を今すぐ解き放て!』

「嫌だ……嫌だ……!」

両手で必死に目を抑える彼女に、ダンジョンが言い迫った。

「さっきから聞いてりゃ胸糞悪ぃ……いい加減隠れてねぇで出てきやがれ!」

「そうだ。主様を前にして姿を見せぬとは……不遜にもほどがある。この世界から消されたいか?」

すると血気盛んなアルとルルネが部屋中を見渡しながらそう言った。

『バカめ。なぜこの我が貴様らの前に出ねばならん? もう貴様らは死ぬ運命しか待ち受けていないというのに……』

「……出てこないというのなら、手当たり次第に攻撃するまでです」

ルイエスは苦しむ彼女をを警戒しながらも周囲の壁や天井に向かって無差別に斬撃を放った。

斬撃は確かに壁を傷つけるのだが、すぐに修復されてしまう。

『フハハハハハハハ! 無駄だ無駄だ! 貴様らはもうこの部屋……否、我の中から出ることすらできん! それに、そこの呪いの子が今すぐ貴様らを殺すだろう』

「そ……んなこと……私は……したく……ない……!」

『ふん。世間から不要とされたゴミの分際でまだ我に抗うか? いい加減諦めろ!』

「あ……ああ……ああああああああああああああああああああああ!」

ダンジョンの言葉の後、彼女の体を黒い煙のようなモノが包み込んだ。

その煙に飲み込まれまいと必死に抵抗していた彼女だったが、やがて力が抜け、目を完全に開いた状態になった。

しかもその目には憎悪が宿っており、俺たちに向けてその視線を飛ばす。

「憎い……憎い憎い憎い憎いいいいいいいいいいいいいいい!」

「うおぅ!?」

「チッ!」

「……危ない」

無差別に放たれる石化の光を俺たちは必死に避けた。

……いや、俺は『完全耐性』のスキルがあるし、サリアもアナコングから貰った籠手の効果で状態異常は無効化されるんだけどね。気分的にというか、精神衛生上の問題で避けてる。

避けながらも壁や天井のどこかにダンジョンがいるのかもしれないため、サリアたちは今も攻撃を続けていた。

俺たちが光を避けていると、彼女は心の叫びを爆発させた。

「どうして……どうして私が排斥されなきゃいけないんですか……! こんな体……なりたかったわけじゃないのに……!」

『そうだそうだ、人間は身勝手よなぁ? 貴様を生み出しておいて、手に余るからとこのダンジョンに封じた。ただ視線を向けただけで石にする力……呪いでもないのに呪われたといわれる貴様は、確かに【哀れな子】なのかもしれぬなぁ』

そのダンジョンの声を聴いて、顔は見えなくともとても厭味ったらしい笑みを浮かべているであろうことは想像できた。

『だが、貴様が我のダンジョンに封じられたおかげでその力を吸収することができ、こうして絶大な能力を手に入れた。貴様は我にとって十分利用価値のあるゴミよ』

「うぅ……うぅぅぅぅううううう!」

ダンジョンの声はどこまでも人の神経を逆なでにする。

彼女は自身の境遇やダンジョンの言葉に抗うすべを持たないからこそ……その両目から真っ赤な血の涙を流した。

『アハハハハハハハハ! 本当に、人間は実にいい玩具を我に与えてくれたとも! そのことについては感謝してやろう。ゆえに、これからはその人間どもを多く取込み、世界そのものを我へと変えてやるのだ!』

何やら一人で自身の妄想を語りまくるダンジョン。

『おい、いつまで時間をかけるつもりだ!? さっさと――――』

「さっきからうるせぇ」

俺は暴走する彼女に『リ〇カーン大統領』を発動した。今日は『リ〇カーン大統領』大活躍だな。

すると彼女の体を纏っていた黒い煙が弾け飛び、素の状態に戻ったところでその場に崩れ落ちそうになるのを受け止めた。

「あ……」

『はっ!?』

突然の事態に彼女だけでなく、ダンジョンの間抜けな声も聞こえた。

……なんかこのダンジョンに封印されていたといっていたが、どうやらアナコングのようにこのダンジョンに縛り付けられていたようだ。

俺は彼女をそっとその場に寝かせると部屋全体を睨む。

「さっきから聞いてれば意味の分からねぇことを語り続けやがって……」

『い、意味が分からないだと!?』

分かる訳ねぇだろ。

唐突に彼女やダンジョンの過去を語られてもついていけるか。

俺が彼女を解放したことで、サリアたちも一度攻撃を止めて俺の下にやって来た。

『ぐ、ぐぐぐぐ……! どうやったかは知らぬが、そのゴミを解放したところでこのダンジョンから出ることは絶対にできない! 何故なら俺を倒さなければならないからだ! そこのゴミも使えぬのならもういい! ゴミも含めてその部屋で無様に朽ち果てろ! ふふふ……アハハハハハハハハ!』

そういうとダンジョンの声が再び遠ざかって行った。

「あ、逃げんじゃねぇ! 誠一、いいのか!? 逃がしても!」

「いいよ」

アルがそう訊いてくるが、別に構わない。

そもそも、俺はもう逃がすつもりはなかった。

「……ダンジョンって初めて入ったけど、どこもこんなに性格が悪いの?」

「……いえ、そもそもダンジョンが意識を持つなど聞いたこともありません」

ルーティアもここのダンジョンの性格の悪さに眉をひそめるとルイエスが溜息を吐いて否定した。

だよなぁ……ダンジョンが意識を持つって変な話だし。

まあそんなことより……。

「大丈夫かい?」

「え……あの……その……だ、大丈夫です……」

今は目を閉じた状態の彼女が怯えながらそう言った。

その様子に思わず苦笑いしてしまう。

「そんなに怖がらなくても……」

「……怖いに決まってるじゃないですか。今は収まっていますが、あの光は私では制御できないのです。だから、皆さんを石にしてしまうかもしれないんですよ?」

そう言って彼女は顔を伏せた。

するとサリアが優しく声をかける。

「私はサリア! 貴女の名前は?」

「…………ゾーラ・メルゴンです」

「じゃあゾーラさんはなんでこのダンジョンにいるの?」

「……なぜそのようなことを話さないといけないんですか? もう放っておいてください」

「放っておけないよ。だって、こんな場所で独りぼっちは寂しいもん!」

そんなサリアに合わせて、俺も蛇神の言っていたことを告げた。

「俺もとてもじゃないが放っておけないな。蛇神に頼まれたし」

「え……蛇神様が!?」

俺の言葉にゾーラはバッと顔を上げた。

「そうだ。途中の階層で『哀れな子』を助けてくれってさ」

「……そう、ですか……」

しばらく無言になるゾーラだったが、やがてぽつりぽつりと語りだした。

「……私は、もともと蛇族と呼ばれる種族で、森の奥地にある村に生まれました。ですが、私は生まれてすぐに視界に入った自分の母親を……石に変えてしまったのです」

「……」

生まれた時からすでに、彼女は石化の光を使えたようだ。

「幸い母は早い段階で処置されたので助かったのですが……私は村中から、そして両親から呪いの子だと言われたそうです。そう教えてくれたのが蛇神様でした」

「蛇神が?」

「ええ……私の能力を知った他の蛇族は私を恐れ、殺すことを決めました。ですが、この決定に怒ってくださったのが蛇族の守護神である蛇神様でした。蛇神様の存在もあって、私はすぐに殺されることはなかったのですが、当時守護神である蛇神様をよく思わない人たちにより、最終的に私を殺すのではなく、蛇神様と一緒にこのダンジョンに封印することになったのです。最初は小さなダンジョンで、私と蛇神様は一緒に居ました。でも徐々に力を蓄え、大きくなっていったこのダンジョンは……やがて意思を持ったのです。意思を持ったダンジョンは階層を増やし、私と蛇神様を離しました。そして私の能力を知ったダンジョンは、私の体をこの部屋に縛り付けることでさらに力を蓄えていったのです」

俺たちはゾーラの話を聞いて何も言えなかった。

親に捨てられるどころか殺されかけ、最終的に守護神であった蛇神と一緒にダンジョンに封印するとか……。

ただ、そんな人生を歩んできた彼女が封印されていたから、ルーティアが最初に悲しい気配がするって言ったのだろう。

黒龍神の時も思ったが、人は有難みというモノを徐々に忘れていく生き物なんだろう。

もともとある程度宗教に寛容な日本人である俺がどうこう言えることではないかもしれないが、それでも今まで護ってくれた相手に対する行いではない。

「……取り合えず、これが私がダンジョンにいる理由です。ですから、私はこの世界に生まれた時から祝福されていないのですよ」

ゾーラは目を閉じたまま自嘲気味に笑った。

するとオリガちゃんがゾーラに抱き着いた。

「え?」

「……祝福されてないなんて、言っちゃダメ」

「……貴女に何が分かるんですか? 私の気持ちなんて――――」

「……分かるよ。私も、黒猫の獣人って理由で親に捨てられたから」

「……え?」

オリガちゃんの言葉に驚き、戸惑うゾーラ。

「……私も生まれちゃいけない子って言われた。それに親に売られて、国に買われて暗殺術を覚え込まされて……」

「……」

「……でも、私は今が幸せ。世界がどうだとか、関係ない。幸せになる権利は誰にだってあるんだから」

「……私だって幸せになりたい。こんな場所じゃなくて、本当の空が見たい。澄んだ空気を吸いたい。いろんな景色を見たい……! でも……!」

そう言ってゾーラは堪えきれず、泣き出した。

その姿を見ていたアルが、俺に訊いてきた。

「……なあ。こんな風に頼っていいのか分からねぇけど……誠一どうにかできねぇかな? オレも呪われてたから、人ごとに思えなくて……」

「……頼ってくれるのはすごくうれしいが、これは……」

俺も助けたい。

助けたいのだが……厄介なことに、彼女の石化の目は呪いではなかったのだ。

『上級鑑定』や『世界眼』を使って何度確認しても、呪いの表示はないのだ。

つまり……。

「……本当に生まれながらの体質かぁ……」

呪いじゃなくて、体質っていうんならどうしようもない。

体質改善の魔法なんて想像もできない。

しかもスキルでもないんだから余計にどうしようもないのだ。

「もし体質だとしても、どういった原理で石化の光が出るのか分からないと……」

「多分だけど、目から溢れる過剰な魔力が原因」

「え?」

本格的に手詰まりで頭を抱えていると、ルーティアが真剣な目でゾーラの目元を見ていた。

「私はスキルや魔法じゃなくて、魔力とかを直接色として見ることができる。これも彼女と同じ体質なんだと思う。それで、さっきからおかしいなと思ってたんだけど……彼女の目にはあり得ないくらい魔力が溜まってる。そしてそれが溢れそうになった時、抑えきれずに石化の光となって放出されちゃうみたい」

「そ、そうか……じゃあ、魔力をどうにかすればいいのか? 例えば……余剰分減らすとか」

ルーティアのおかげで何とかできるかと思ったが、ルーティアは難しい表情で首を横に振った。

「……魔力は、体を循環しているもの。魔法を使うわけじゃなく、無理やり魔力を減らすと体に異変が起こるし、最悪死んでしまうこともある」

「じゃあ結局どうすることもできないのか……」

「いえ……難しいけど、溢れ出る魔力を完全に遮れば、まだ何とか……」

魔力を完全に遮るか……。

「それって簡単か?」

「……普通なら無理。どんなに抑えても体から魔力が溢れ出るように、魔力には基本的に障害物など存在しないから」

「そっか……」

つまり、魔力を完全にシャットアウトできるモノがあれば、ゾーラの石化の光は大丈夫らしい。

でも石化の光を抑えるだけじゃなく、外の景色を見たいっていうんだからそれも叶えないと。

……俺の勝手な想像だが、ゴーグルや眼鏡のような視界を遮らないものにしないといけないだろう。

「ううん……魔力だけを完全に遮り、視界は遮らないモノって……」

なんだそのご都合主義みたいなアイテム!

そんなものどこに――――。

「あ」

そこまで言いかけて、俺は思い出した。

……あった。あったよ、一つだけ……!

俺はそのアイテムを思い出し、皆に声をかけた。

「なあ、皆!」

「ん? どうしたの?」

「……ゾーラの問題を解決する方法が見つかった」

『ええ!?』

案の定、全員が驚く。

「誠一……自分で言っておいてなんだけど、魔力を完全に遮るものなんてないでしょ? しかも、視界も奪わないモノなんてなおさら……」

ルーティアの言葉通り、俺も最初そう思っていたが、あるんだから仕方がない。

「まあいいから! ただ、それを用意するために一度ダンジョンから出なきゃいけないんだ」

「は? ダンジョンから出るって……ってか、何気にオレたちこのダンジョンに閉じ込められてるんだよなぁ」

ゾーラのことですっかり忘れていたが、ダンジョンが言うには俺たちは閉じ込められたらしい。

でも……。

「いや、俺転移魔法があるから関係ないし」

「……そういえばそうだったな」

実際にこの部屋で転移魔法は使えるらしいので何の問題もなく脱出できる。

「でもその用事が終わったら、もう一度戻ってくるつもりだよ」

「は? どうして……」

不思議そうなアルに、俺は笑みを浮かべて答えた。

「そりゃもちろん――――このダンジョンを許してないからね」