軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

84、父親の複雑な胸中

ロランの存在に気づくと完全に固まってしまった父親に向けて、マルティナは笑顔でロランの紹介をした。

「お父さん、久しぶり! この人は私の直属の上司でロランさん。色々あって帰省に同行してくれたの。ロランさんも数日泊まるけど、お兄ちゃんの部屋が空いてるからいいよね?」

護衛であるという事実は、両親を心配させないために秘密にしようと決めていたのだが、それが父親に対しては逆効果だったらしい。

父親はかなりのショックを受けた表情でその場に崩れ落ちると、両手両膝を付いて項垂れた。

「マ、マルティナが、得体の知れん男を、連れてきただと……! 王宮の男なんかに、マルティナはやらん! 絶対にやらんぞ!」

床を睨みつけたままぶつぶつと小さな声で叫んだ父親の声は、マルティナたちには届かなかった。しかしロランは不穏な気配を察したようで、マルティナの耳元に近づいて小声で話しかける。

「おいマルティナ、お父さん怒ってるんじゃないか? 大丈夫か?」

その問いかけにマルティナも父親の奇行が心配になり、その場にしゃがみ込んだ。

「お父さん大丈夫? 体調でも悪いの?」

「マルティナ……!」

娘の心配が身に染みたのか、父親は顔を上げるとデレっと崩れさせる。

「いや、そんなことはない。少し疲れが溜まっていたのか足の力が抜けただけだ。それよりもマルティナ、よく帰ってきたな」

「うん、ただいま」

マルティナが笑顔で応えると、父親は一気に元気を取り戻してその場に立ち上がる。しかしロランに少しだけ視線を向けると、おずおずと問いかけた。

「それで、君はロランくん、だったな」

「はい。ロランと申します。突然お邪魔してしまい、申し訳ございません。数日泊まらせていただいても構わないでしょうか」

ロランの丁寧な態度に父親は面食らったような表情を浮かべ、少しだけ態度を軟化させる。

「別にそれは構わないが、その、君はマルティナの上司なんだな? それ以上の関係はないのだな?」

「……それ以上があるとすれば、友人でしょうか」

ロランは父親の様子に少しだけ考え込んでから、そう答えた。その言葉に父親が安堵するように肩の力を抜いたのを見て、ロランも僅かに緊張を解く。

「そうかそうか、友人か。マルティナ、良き上司であり友人に出会えて良かったな」

「うん。王宮にはいい人たちがたくさんいるの。私、官吏になって本当に良かったよ」

充実感が滲んだマルティナの笑みを見て、父親は眉を下げた。

「そうか、そうか……王宮図書館はどうだ?」

「王宮図書館は本当に凄い場所だよ! まだ読んだことのない本が本当にたくさんあるの! それに王宮図書館だけじゃなくて、王宮には他の場所にもたくさんの本があって――いつか絶対に全部読むんだ」

キラキラと瞳を輝かせながら語ったマルティナに、母親が優しい笑みで頭を撫でる。

「良かったわね。官吏の仕事はずっと続けられそう?」

「もちろん! 仕事は大変なことはたくさんあるけど、やりがいがあって楽しいよ。それにたくさんの仲間もいるから」

「そう、本当に良かったわね」

そこで一度話が途切れ、母親は先ほど父親が飛び出してきた店の奥に向かう扉を示した。

「じゃあマルティナ、荷物を置いてきなさい。ロランさんにも部屋を案内してあげるのよ」

「分かった。お兄ちゃんの部屋ってまだそのまま?」

「ええ、掃除だけは定期的にしてるわ。もちろんマルティナの部屋もね」

「お母さん、ありがとう。じゃあ一度部屋に行くね」

そうしてマルティナとロランは共に店の奥へ行き、二階へと上がった。

二人が二階へ上がる足音を聞きながら、マルティナの母親は、落ち込む様子を隠しきれない父親の背中を軽く叩いた。

「あなた、もう諦めなさい。娘が楽しく暮らしているのだから、これ以上の望みはないじゃない」

「……それは、分かっている。分かっているのだ。しかしマルティナがずっと王宮にいるということは、もうこの家に帰ってくることはないということなんだぞ!?」

必死な面持ちの父親に、母親はおおらかな笑みを浮かべる。

「あら、マルティナはこうして帰ってくるわよ」

「それはそうだが、そういうことではないんだ……! マルティナが王宮図書館の本を読み終わる頃に、マルティナの婿に取る男を選び、将来的にはここに帰ってきてもらう予定はどうなるのだ……?」

「それはあなたの予定でしょう? マルティナに関係はないわ」

なんの躊躇いもなく父親の考えを切り捨てる母親に、父親はすでに涙目だ。

「マルティナの幸せが一番でしょう?」

「……それは当たり前だ」

「それが分かっているのなら、マルティナのためにするべきことは、ただ見守ることだけよ。この場所にはいつでも帰って来られるようにしておいてね」

その言葉を聞いた父親は無言で俯いていたが、しばらくして吹っ切れたのか顔を上げると、その表情は先ほどまでよりも晴れやかになっていた。

「確かに、そうだな。マルティナが幸せそうで良かった」

「ええ、本当に。ロランさんもとても礼儀正しくて良い上司ね。マルティナのためにもキツく当たったりしてはダメよ?」

「……分かっている。ただの友人なのだ、もちろん友好的に接するさ」

「ふふっ、そうね。でもただの友人である上司を実家に連れてくるなんて、少し不自然だわ」

どこか楽しそうな表情でそう告げた母親に、父親はぐわっと瞳を見開く。

「必死に目を逸らしていたところを指摘しないでくれ!」

「でもいつかは特別な人を連れてくるのよ? それまでに娘離れをしておかないと」

「……まだだ、まだ早い!」

「そんなことを言っていたらマルティナに嫌われるわよ。笑顔で認めてあげないとだわ」

そう言い残して仕事に戻っていく母親に、父親は絶望感の漂う表情で立ち尽くした。