軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68、醤油と味噌

しばらく考え込んだハルカは僅かに眉間に皺を寄せ、難しい表情で口を開いた。

「どんな味なのかって改めて聞かれると、凄く説明が難しいかも。醤油と味噌は調味料で、どっちもしょっぱいんだけど、塩との違いを教えてと言われると……」

また考え込んでしまったハルカに、マルティナは質問形式でハルカが求める味を突き止めることにする。マルティナは各地の郷土料理や伝統的な保存食、珍しい香辛料や調味料などに関して多数の書物を読んだので、かなり詳しいのだ。

「じゃあまず、原料を教えてくれる? 塩は基本的に海水でしょ?」

「あっ、それなら分かるよ。大豆っていう豆だと思う。それを発酵させて作るの」

「それはショウユ?」

「どっちも同じ原料だと思う。ただ同じ原料からなんであそこまで違うものになるんだろう……醤油は液体で味噌は半個体のような感じだから、味噌の方が発酵度が低いのかな?」

よく分からないというような首を傾げたハルカを横目に、マルティナの脳内では豆が原料であるしょっぱい調味料が多数候補に上がった。

「色とか匂いはどんな感じ?」

「うーん、醤油は黒に近いかな。真っ黒ではなくて少し赤みがあるような感じ。味噌は茶色だよ。ただ赤味噌とか白味噌もあったから、茶色に限定はされないかも」

「そのショウユとミソって、どうやって使い分けるんすか? というか塩と同じしょっぱい調味料なら、塩だけでいいんじゃ……」

不思議そうにサシャが問いかけると、ハルカはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。

「確かに味の系統は似てるけど、全然味は違うんです! 醤油には独特のコクや旨みがあって、味噌にも味噌にしかない風味と味わいがあって……」

もどかしそうに説明を続けるハルカに、マルティナはさらに質問を重ねる。

「ハルカ、その二つの調味料に似た味をここに来てから食べた?」

「うーん、食べてないと思う」

「分かった」

マルティナの中で、この国でメジャーな調味料は却下された。そしてハルカの求める調味料に似ている可能性が高いものを、三つ選びとる。

「原料が豆で発酵させていて、独特なコクがあるような塩の代わりになる調味料が三つ思いついたから、今度取り寄せてみるね」

「え、本当!?」

「うん。ただ全く似てないものの可能性もあるけど」

あまり自信がないマルティナはそう付け加えたが、ハルカは瞳を期待に輝かせたまま首を横に振った。

「気にしないで。可能性があるものを取り寄せてくれるだけで、凄く嬉しいから」

「それなら良かった。じゃあ……ロランさんに、手続きを頼んでもいいでしょうか」

自分で手配までやろうと思ったが、無理はするな、頼れと日頃から言われていたことを思い出し、マルティナはロランに視線を向けた。

するとロランはニッと口端を持ち上げ、すぐに頷く。

「もちろんだ、任せとけ。それで、その三つはなんて調味料なんだ? この国にあるのか?」

「一つは国内ですが、他二つは他国です。国内のものはビドー男爵領で日常的に食べられている、コロ豆トビという名前の調味料なのですが、知っていますか?」

「コロ豆トビ? 不思議な名前だな」

「トビさんという方が初めて作った、コロ豆を使った調味料なんです。ただ領の外に輸出されているというような話は聞いたことがなく……」

マルティナの説明に、ロランは仕入れ方を考えているのか顎に手を当てた。ハルカの隣で話を聞いていたソフィアンも、少し首を傾げる。

「私も聞いたことがないね。ビドー男爵領は山岳地帯で標高が高いから、独自の生態系が確立しているとは聞いたことがあるけれど」

「そうなんです。なので人口も少なくあまり注目されていませんでしたが、少し前に村々を回って独自の文化をまとめた方がいて、その方の著書は重要だと思います。コロ豆トビの話も、その本に書かれていました」

貴重な書物の存在にソフィアンの瞳が楽しげに輝いた。マルティナが示した本の著者はまだ存命であり、本を確認したソフィアンによって、今後の人生が変わる可能性もあるかもしれない。

しかしそんな大層なことをしたと思っていないマルティナは、すぐに話を元に戻した。

「ということなのですが、仕入れられるでしょうか」

ロランへと問いかけたマルティナの言葉に、返答したのは唐揚げを頬張るサシャだった。

「はの、しょっとはってくさはい」

マルティナに手のひらを向けて待つようにと頼んだサシャは、急いで唐揚げを飲み込むと口を開く。

「あの、コロ豆トビって俺の実家にありましたよ。父親が貴重な調味料だって自慢してて、確かビドー男爵領のものだって言ってたっす」

「……本当ですか!」

全く想定していなかったところからの有力な情報に、マルティナはぐるっと横にいるサシャに視線を向けた。するとサシャは笑顔で頷く。

「もちろんです。うちの商会は父親の趣味で珍しい調味料がたくさんあって、他国のものも結構あったっすね」

「もしかして、ロネとメードもあったりします? その二つが他国にある調味料なんです」

候補の他二つに関しても問いかけると、サシャは眉間に皺を寄せて考え込んだ。腕を組んで首を捻り、少しして曖昧に頷く。

「なんか聞いたことがあるような……ロネって野菜を付けて食べたりします? あとメードはスープに入れてたような」

「多分それです! ロネは現地の人たちがサラダに付けて食べるもので、メードは基本的にスープ料理の味付けに使われます」

「おおっ、じゃあ当たりの可能性が高いっすね。それならうちの商会で揃いますよ」

ニカっと明るい笑みを浮かべたサシャに、ハルカが身を乗り出して感謝を伝えた。

「サシャさんありがとうございます!」

「俺じゃなくて父親の力っすけど、お役に立てて良かったっす」

「じゃあサシャ、お前の実家と取引きをする書類を作るから、実家への根回しは頼んでいいか?」

ロランがサシャに声を掛けると、サシャは親指をグッと立てて頷く。

「もちろんっすよ!」

そうして醤油と味噌かもしれない調味料を仕入れる目処が立ったところで、昼食の時間は終わりとなってしまった。他の料理に関する話もしたかったが、また今度だと切り替えて、マルティナは次の約束を口にする。

「じゃあハルカ、明日も一緒に昼食を取ろうね」

「うん! もちろんだよ。楽しみにしてるね」

「取り寄せた調味料をどうするのかは……それも明日決めようか」

「分かった。できれば自分で料理してみたいから、時間を取ってもらえるか確認しておくね。ソフィアンさん、よろしくお願いします」

ソフィアンの表情を探るように、隣から覗き込みながらそう言ったハルカに、ソフィアンは苦笑を浮かべつつ頷いた。

「分かった。時間を作れるか確認してみようか」

「ありがとうございます!」

楽しそうなハルカの笑顔に皆が安堵し、その日の昼食は終わりとなった。