作品タイトル不明
253、長の執務室
『カードゥディアコスだ。開けるぞ』
簡単にそれだけ告げると、ディアスは躊躇いなく長の執務室の扉を開けてしまう。
中には――書類を手に働く数人とともに、部屋の奥にある大きな執務机に座る男性がいた。おそらく彼が長だろう。
『ん? お前は……』
ディアスを見た長は訝しげな表情になる。まるで誰なのか分かっていないようだ。
『おい、甥っ子を忘れたのか?』
呆れてディアスが言うと、長は一気に頬を緩めた。
『はは、そんなわけあるか。冗談だ。というか今までどこに行ってたんだ? 突然姿を消しやがって』
『色々あったんだ。もう家族には会ってきた』
『そうか。それならいいが』
気安いやり取りをしてから、長はマルティナたちに目を向ける。
『そちらは?』
『我の子孫マルティナと、その友人たちだ。今日は幻星道に関する資料を読みたくて来た。あとは研究者とも話したい』
端的に目的を伝えたディアスに、長は立ち上がるとマルティナたちの近くまで来た。
『この街の長をしているハルザディグラムという。グラムとでも呼んでくれ』
『初めまして、マルティナと申します』
『ソフィアンです』
『ロラン、です』
『わたしは、ハルカです』
グラムはマルティナたち全員と握手をしてから、またディアスに視線を戻す。
『それで、幻星道の資料だったか?』
『そうだ』
『それなら城の図書館や書庫で自由に読むといい。研究者は……一筆書くから好きな時に会いに行ってくれ。おそらく幻星道に関する資料は、研究者のところにある分の方が多いだろう。場所は分かるか?』
『研究棟の三階か?』
『正解だ』
執務机に戻っていくグラムをディアスが少し細めた目で見送る中、マルティナはグラムの発した言葉に内心で大興奮していた。
(図書館! 書庫! なんて素敵な響きなんだろうっ!)
スキップして踊り出したいような気分だ。世界中に感謝を叫びたい。
しかしなんとかその気持ちを我慢していると、グラムは適当な紙にディアスたちをよろしく頼むと研究者宛で書いてくれたらしい。
『これを持っていけば問題ないだろう』
『助かる』
受け取ったメモを確認してから、それを懐にしまいながらディアスが上着を差し出した。リンハから託されていたものだ。
『そうだこれ、リンハからだ。破れる前に注文しろって伝言ももらっている』
『あぁ……そういえば、上着がなかったな』
絶妙に噛み合っていないような不思議な返答の後に、グラムは上着を受け取った。体にピタリと密着する形の上衣に足首だけ締まった緩めの下衣を来ていたグラムだったが、臍あたりまでの短めの薄い上着が似合っている。
『完璧だ。ありがとう』
『後で本人に伝えておけ』
『もちろんだ』
そこで話は途切れ、グラムの側近だろう者たちが忙しく働いているのを見て、ディアスは早々に退室を決めたようだ。
『じゃあ、研究者のところに行ってくる。図書館と書庫にもな。またここにも顔を出す』
『分かった。自由にしてくれ』
引き止められることもなく、マルティナたちはグラムの執務室を後にした。
部屋を出ると、ディアスの眉間にグッと皺が寄る。マルティナは心惹かれる言葉にふわふわしていた心地が、少し落ち着くのを感じた。
「……様子はどうでしたか?」
少し様子がおかしいという話をディアスの母親から聞いていたのだ。以前と比べられるのはディアスだけである。
「……よく分からんというのが正直な感想だ。しかし確実に違和感はあった。なんとなく変だというのは分かる。ただ理由は不明だ」
結局ディアスと母親以上のことは分からなかったらしい。
「最初にディアス様を忘れてる様子だったのは、本当に冗談ですか?」
ロランが問いかけた。マルティナもあのやりとりは少し気になったところだ。
「私には本当に分かっていないように見えたけれど」
「わたしもです」
ソフィアンとハルカは冗談だと咄嗟に誤魔化したように見えたらしい。
「あと上着を受け取ったところの会話も少し違和感がありませんでしたが? 自分で注文したはずなのに、上着がなかったな……って感想になるでしょうか」
忙しさのあまり注文したことも上着を着てなかったことも忘れかけていたと考えると辻褄は合うが、やはり少し不自然な気がした。
ただ、なんとなく引っかかるというだけだ。それ以外に大きな何かがあるわけではない。
「確かにな……」
少し考え込んだディアスは、切り替えるように口を開いた。
「まあ、もう少し様子を見てみる。それよりも研究者のところに行くぞ。マルティナたちがこの世界に来た一番の目的なのだからな」
「ありがとうございます。ぜひ……!」
先ほど少し萎んだ高揚感が、またブワッと大きくなる。
「マルティナ、はしゃぎすぎないようにな?」
「落ち着こうね」
ロランとハルカにそんな言葉をかけられるマルティナだった。