軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

216、日記とロランの存在

皆で食事を始めたところで、ロランがふと思い出したように口を開いた。

「そういえば、そろそろシルヴァンとナディアが帰ってくるな」

その言葉に、マルティナの目がパチッと開く。

「そういえば、そうですね!」

二人はディアスの背に乗ってラクサリア王国に帰ることはできなかったので、普通に馬車で帰還しているのだ。数日前に到着予定の先触れが来ていた。

「楽しみです」

頬を緩ませたマルティナにロランも優しい笑顔になる。

「ナディアはマルティナと再会して喜ぶだろうな。シルヴァンは……内心じゃかなり喜んでるはずだ」

「私もそう思います」

二人は顔を見合わせて、同時に笑い合った。

「そうだハルカ、ナディアが帰ってきたら三人で女子会をしようね」

ずっと考えていたのだ。ナディアの作るお菓子を食べたいし、作るのが大変であればどこかのお店に行くのでもいい。

「それいいね。久しぶりにお菓子作りをしようかな」

「え、ハルカが作るの?」

「うん。今は割と時間があるし、楽しいかなって」

「私、絶対に食べる……!」

ここで一緒に作るではなく、完全に食べる専門を宣言するところがマルティナである。マルティナはレシピ本を読んでいる方が楽しいタイプなので、実際に作る楽しさはあまり理解できていないのだ。

「じゃあ張り切って作らなきゃ。何がいいかな……せっかくだからソフィアンさんにも差し入れしたいかも」

そう言って作るお菓子の種類を考えているハルカは、とても楽しそうで可愛らしい。マルティナはソフィアンとハルカってどんな関係なんだろうという考えが頭をよぎったが、微妙な関係かもしれないので聞くのはやめておいた。

そもそもハルカは、ずっとここにいるとは限らないのだ。

当たり前の事実を再確認したところで、自分の胸にズンと重いダメージがくる。このことは考えないようにしていたのに、また考えてしまった。

「ふぅ……」

誰にも気づかれないように小さく息を吐き出してから、先ほどまでよりも味が薄くなった気がするサンドウィッチをまた口に運んだ。

そうして食事を終えたところで、ハルカが居住まいを正してディアスに視線を向けた。

「あの、ディアス様」

呼びかけた声には緊張が滲んでいる。

「なんだ?」

首を傾げたディアスに向けて、ハルカは両手でバッと一冊の本を差し出した。それはマルティナも読ませてもらった、日記風に書かれた竜の物語である。

いや、おそらく実在した人物の日記を書き写したものだ。そしてその実在した人物とは、ディアスが過去に唯一心を通わせたという女性である可能性が高い。

この本をディアスに渡すのか二人で悩み、他の者たちにも相談し、最終的には渡そうと決めた。

「これ、ディアス様が持っているべきものだと思います」

真剣なハルカの眼差しに、ディアスも瞳を鋭くして本を見つめる。片手で受け取ると、パラパラとページを捲った。

「……これ、は」

日記を書いた人物に気付いたようだ。静かにページを捲り続けるディアスに、マルティナたちは緊張で動けないどころか、声も発することができなかった。

ひたすら読み終わるのを待っていると、ディアスが本から顔を上げる。そこまで分厚くない本だ。一通り確認が終わったらしい。

「――まさか、こんなものが残っていたとは」

そう呟いたディアスの声音は、いつものパワフルなものとは全く違った。とても静かで悲しさが滲んだその声に、マルティナは本の内容を思い出して泣きそうになる。

グッと唇を引き結んでいると、ディアスはどこか遠くを見つめているような様子で、優しい笑みを浮かべた。女性のことを思い出しているのかもしれない。

「これを読ませてくれて、感謝する」

そう言って大切そうに本を懐に仕舞うと、ハルカに顔を向けた。

「これはどこで見つけたんだ?」

「それはサディール王国の小さな街にあった中古本屋で――」

ハルカと話を始めるとディアスの雰囲気がいつも通りになり、マルティナたちの緊張も解ける。しかしなんだか胸がザワザワして、悲しいような寂しいような、落ち着かない心地は残っていた。

そんな中で笑顔でディアスと話をするハルカを見たら、先ほど考えてしまったハルカがいつかいなくなるという未来を、どうしても思い浮かべてしまう。

我慢した涙がまた浮かんできそうになり、マルティナは慌てて立ち上がった。

「ちょっとデザートをとってきます」

それだけ告げて足早にカウンターに移動して、いくつか並ぶ甘いデザートを見つめた。果物やミニケーキ、クッキーなどがあるが、どれにも手が伸びない。

選ぶフリで必死に深呼吸をしていると、隣に人の気配が現れた。

思わず横を向くと、そこにいたのはロランだ。

「やっぱり疲れてる時は甘いものだよな。美味しいものを食べて余計なことを考えずに好きなことをする。これに限るぜ?」

ニヤッといつも通りの笑みを浮かべたロランは、ミニケーキとクッキーをとってマルティナの前に置いた。

「これ、俺のおすすめだ。俺もケーキと果物を食べるかな」

自分の分も手にしたロランは、少し遠くに置かれていたカップケーキにも手を伸ばす。

「よし、今日は食べる日にしよう。マルティナも食べるか?」

おそらくロランはマルティナの気持ちが分かっていて、さりげなく励まそうとしてくれているのだろう。それが嬉しくて、嬉しすぎて、なんだか胸がぎゅっとした。

今度は言葉にできない感情で感極まりそうになり、マルティナは慌てて笑顔を見せた。

「食べます!」

力強く宣言すると、なんだか気持ちも前向きになる。

「お、いい勢いだな」

「ロランさん。ホットミルクも飲みたいです」

「ははっ、確かに合うな。俺がもらってきてやるよ」

「ありがとうございます!」

ちょっとふざけた雰囲気でやり取りをしてから、マルティナはたくさんのお皿を持って席に戻った。それからすぐにロランも追いかけてきて、デザートを食べ始めた時にはもう涙は完全に引っ込んでいた。

「マルティナ、それ美味しい?」

「うん。ハルカも食べてみる?」

「クッキーを一枚だけもらおうかな」

「もちろん」

ハルカとも普通に楽しく話ができて、マルティナとロランのデザートを見て、さっそく自分の分も取りに向かったサシャにはいつものように笑えた。

「マルティナ、美味いな」

ロランの言葉に大きく頷く。

「はい。とっても美味しいです」

笑い合いながら、ロランがいてくれて良かったと心から思った。ロランのいる左側が、なんだか温かいような気がした。