軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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目の前にデンと鎮座する体組成分測定機器──。

「この測定器は最新鋭で、従来のものよりも正確でさらに細かいデータを測ることができるんだ」

鏑木の説明によると、この装置では体重だけではなく筋肉量や脂肪量や基礎代謝、そこからさらに細かく、部位別の筋肉量や体脂肪量、除脂肪量、内臓脂肪断面積脂肪指数、水分量、たんぱく質量、無機質量等々、様々な数値を測ることができるらしい。

「さぁ、乗るんだ、吉祥院!」

「ですから断固拒否だと言っているでしょうが!」

内臓脂肪断面積脂肪指数だと。冗談じゃないよ、バカ!要するに腹囲の贅肉ってことでしょうが!

「絶対に測りませんから」

「はぁ?たかがデータ測定を、なんでそこまでイヤがるんだ」

鏑木は理解できないと眉を顰めた。

なんでだと…?!

当たり前じゃないか!同級生の男子に体重や体脂肪率を知られるなんて、平気な子の方が少数だ。

「鏑木様達に、私の体重を知られるのが、絶対にイヤなんです」

「別に体重くらい、知られたってどうでもいいだろうに…」

私が正直に理由を話すと、鏑木は面倒くさそうに呟いた。体重くらいですって?!そういうところが、気配り、常識、デリカシーが欠落しているというのだ。

「女性はそういうことを気にするんですよ!」

「…わかった。だったら下から女性のインストラクターを呼んできてやる」

「拒否!」

女性のインストラクターだろうがなんだろうが、測られたら最後、データがコンピュータに蓄積され、いつでも鏑木達に閲覧可能になるんじゃないのか?!よく知らないけど!

「データとして残るのがイヤなんです!」

「トレーニングを始める前の状態を記録として知っておかないと、トレーニング後と比較できないじゃないか」

「それは大丈夫です。家で測定してきましたから」

きっぱり。

私の家にもここまで本格的なものではないけど、美容にうるさいお母様が前に、外商との付き合いで買うものがなかった時に買った、似たような体組成分測定機器があるのだ。

「今日来る前に、きちんと測定してきましたから心配ご無用です!」

そうだ。測定してきた上で、あらためて言う。あの結果を知られるのだけは断固拒否だと!

体重はいいのだ。いや、最近のだらけた生活のせいで、美容体重をちょっと超えてしまっていたから全然良くないんだけど、それよりも体脂肪のほうが問題だった。この体重であの体脂肪率は…。

だからこそ、死んでも鏑木と円城に知られるわけにはいかないのだ。譲れない乙女の矜持だ。

私と鏑木が測定機器を挟んで睨みあっていると、

「まぁ、まぁ。ここまでイヤがっているなら測定はしなくてもいいんじゃない?本人が自分で測定していると言うなら、結果は自己管理、自己分析してもらうということでさ」

円城が仲裁に入ってきた。

しかし鏑木は円城のその提案に、不服そうな顔で腕を組んだ。

「それだと、モニター結果として不十分なんだよなぁ…」

「モニター?」

モニターとはなんのことだ?私は首を傾げた。

すると私の隣に立った円城が、さらりと説明をしてくれた。

「今度鏑木グループは、今まで系列ホテルのみで行っていたスポーツジムを本格展開させることになったんだ。で、メーカーと共同でジム専用の測定機器を開発したから、これはそのモニターだね」

「なんですって?!」

足を踏んで怪我をさせたことを盾にトレーニングを強要したのは、私を事業のモニターとして利用するためだったのか?!

目を剥く私に鏑木は「ついでだ、ついで」と言い訳をした。

「帰ろうかな…」

鏑木を胡乱な目で見た後、更衣室に引き返そうと踵を返した私を、鏑木が「待て!」と引き止めた。

「お前、このままじゃ偶蹄目の仲間入りだぞ!」

「偶蹄目?!」

背中に浴びせられたとんでもない台詞に、私は勢いよく振り返った。

偶蹄目ってあれでしょう…?牛とか猪とかラクダとか豚とか…。豚とか…。

酷いっ!私を豚だと言いたいのか!なんてこと!偶蹄目…!

ふらりと眩暈を起こした私を、円城が「吉祥院さん、しっかり!」と支えた。

「今が偶蹄目入りするかどうかの分かれ目だ。ここで逃げたら偶蹄目まっしぐらだぞ」

私は自分の手に幻の豚足を見た。

「もう、それ以上なにも言うな。雅哉」

二の句が継げない私の代わりに、円城が鏑木を止めた。そして、

「雅哉の言うことなんて気にすることないよ、吉祥院さん。大丈夫。吉祥院さんは、うさぎさんみたいに白くて可愛いから」

「……!」

円城の歯の浮くような台詞に、私の頭から偶蹄目が吹っ飛んだ。

よくそんなことを恥ずかし気もなく平気で言えるな!さすが、伊万里様の後継者候補…!

同世代の男子に褒められ慣れていない私は、こういう時にどう対応していいかわからない。なので、聞かなかったことにする。

無言の私を気にすることなく、円城は鏑木を諌めた。

「雅哉もわざわざ来てくれた吉祥院さんに失礼なことは言わない。吉祥院さんもせっかく来たんだし、気楽な気持ちでトレーニングして行ったら?ね?」

「そうですね…」

まぁ、このまま帰って瑞鸞の皇帝との間に軋轢が生じるのも立場上よろしくないし、ここは譲歩して、適当にトレーニングをしていくか…。

そうして出だしから先行きが危ぶまれる、鏑木式トレーニングが始まった。

「測定については、吉祥院が自分管理することは了承した」

「はい」

「では次だ。毎日毎食、食べた物をすべて写真に撮り、書き出して俺に提出しろ」

「は?」

驚く私に、鏑木が当然だろうという顔をした。

「ダイエットには運動と共に食事管理も必須だ。運動量に見合う適切なカロリーと栄養バランスを指導する」

「ええ~っ…」

そこまで本格的にやるの~?それでもって、鏑木式ダイエットは今日だけじゃないの~?

私の食生活なんて、間食とお菓子にまみれた怠惰そのものなのに…。

「飲み物もちゃんと書くんだぞ」

鏑木から補足が入る。

「わかりました…」

まぁ、自己申告だから隠せばいいか。

「まずは準備運動だ」

鏑木に倣って軽いストレッチから始める。

円城も鏑木も、慣れた様子で体を動かす。私もストレッチならなんとかふたりに付いていけた。

「よし。ではいよいよ筋力トレーニングだ」

鏑木が私をマシンに誘導した。

「最初はこのレッグプレスだ。ここに座れ」

その瞬間、鏑木の顔が鬼トレーナーに変貌した。

筋トレマシンでのトレーニングは、足から始まり、背筋、胸筋、腕と私の全身の筋肉を限界まで苛み続ける。つらい!きつい!

「筋肉が千切れる…っ!」

「この程度の負荷で甘えるな!」

無理だって~。私はフィットネスクラブに行っても、エアロビクスとか楽しいスタジオメニューしかやらないんだもん。筋トレなんかしたことない。なぜ鏑木と円城はこんなきついマシンを軽々とやれるの…?

「いきなり厳しくしなくても、初日はこれくらいでいいんじゃないの?」

円城がフォローを入れてくれた。

「甘い!吉祥院!己も筋肉も甘やかすな!」

ぐぎぎ~~っ!

私は歯を食いしばり、二の腕の筋肉をブルブルと震わせて、必死にマシンを動かした。おかげで筋トレマシンメニューが終わった時には、すでに私は満身創痍状態だった。

「お疲れ様、吉祥院さん。水分補給して」

「ありがとうございます…」

円城に渡されたスポーツドリンクが全身に沁み渡る。はぁ~っ、疲れた。

「休憩をしたら、有酸素運動に入るぞ」

「えっ、これで終わりじゃないんですか?!」

「当たり前だろう」

私は絶望した。まだやるのか?!

「頑張って、吉祥院さん」

円城が困ったような笑顔で励ましてくれた。励ましはいらないから、貴方の親友を止めてくれ。

「有酸素運動のマシンは、ランニングマシンとエアロバイクとクロストレーナーとか色々あるが、どれか希望はあるか?」

鏑木がそれぞれのマシンの使い方を説明しながら聞いてきた。う~ん、踏み台昇降はきついからイヤだなぁ。

「マシンがイヤなら地下にプールもあるぞ」

「ありえませんね」

だったらランニングマシンはどうだと言われたので、それに従う。

「吉祥院はジョギングをしているそうだから、軽く時速10キロから始めるか」

「えっ」

鏑木によって装置が作動すると、私はその勢いにあっという間に足を取られた。

「まずはこれで1時間だな」

「無理!時速も時間も無理!」

転ぶ!転ぶ!足が持って行かれる!このスピードで1時間も走り続けるなんて、私のポテンシャルの低さをなめるな!

私はマシンにしがみついて叫んだ。

「…しょうがない。9キロ」

「7キロ!」

「それじゃ歩いているのと同じだ!」

間をとって時速8キロになった。さっきよりは楽だけど、それでも長く走っていると疲れる。ジョギングは疲れたら休み休み走っていたけど、鏑木式ではそんな甘えは許されない。

息が、息ができない…!

苦しくて声がでないので目でリタイアを訴えるが、鏑木からは無情な

「あと30分!」

し、心臓が…っ!

「走れ走れ、偶蹄目!そんなことでは、立派な牧羊豚にはなれないぞ!」

私はどこぞの豚の映画の主人公じゃない!

それからも「体を傾けるな。余計疲れるぞ!」「踵から着地することを意識しろ!」「休むな!自分を甘やかすな!」「自分の限界を越えろ!」といった、鏑木の厳しい指導は続き、やっとノルマを走り終えた時には、私は立っていることもできず、その場に転がった。もう一歩も動けない…。なにも考えられない…。

すると、鬼の鏑木が私に駆け寄り、その手を差し伸べた。

「よく頑張ったな!吉祥院!」

「え…」

鏑木に褒められた?!

「正直言って、お前がここまで頑張るとは思わなかった。最後までよくやった!」

「…鏑木様~っ!」

私は感極まった。あの鏑木に褒められた。そうだ、私はやったんだ。鏑木に認められたんだ。ありがとう、鏑木!ダメな私を見捨てず導いてくれて!ありがとう!

私は涙を浮かべて、鏑木の手を取った。

「盛り上がっているところ、悪いけどさ」

そこへ、冷静な円城の声が割って入った。

「極限状態で罵倒して人格破壊したあとで優しい言葉をかける。吉祥院さん、それセミナー系のマインドコントロールの典型的な手口だよ」

なんてこと!直情バカだと思っていた鏑木が、よもやそんな腹黒いことを仕掛けていたとは!

「洗脳反対!洗脳反対!」

「するかっ!」

「明確な上下関係を疑似的に作って従わせるっていうのも、典型的な手口だよね~」

それドイツの実験映画で観たぞ!なんて恐ろしい!

立ち上がれない私はずるずると鏑木から距離を取った。

「…くだらないことを言っていないで、着替えるぞ」

鏑木はため息をつきながらタオルを手に取ると、私達を促した。

しかし私は動けない。

「どうした、吉祥院」

その場に転がったままの私に、鏑木が不思議そうに声を掛けた。

「あ、足に尿酸が溜まって…」

「乳酸な」

私は傍らのマシンに掴まり、なんとか立ち上がる。しかし足がガクガクと痙攣し思うように歩けない。

「大丈夫?手を貸すよ」

「すみません…」

私はありがたく円城に掴まらせてもらった。それでも足に力が入らず、上手く歩けない。

「ほれ、あんよがじょうず。あんよがじょうず」

そんな私の様子を見て、鏑木が馬鹿にしたように手拍子した。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……。