軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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お父様の好きなカニをお土産に送ったと話したら、カニが新作のバッグに化けました。

「ありがとう、お父様!」

「うん、うん。欲しい物があれば、なんでもお父様に言いなさい」

お父様は撫でるとご利益がありそうな、福々しいおなかをポンと叩いた。

ついでにそのまま、お父様が今仕立てているスーツの仮縫いのフィッティングに行きたいと言うので、テーラーまで一緒に付き合ってあげることになった。

普段は最初の生地選び以外はテーラーさんに家や会社まで来てもらってフィッティング作業をするのに、あえて今日わざわざお店まで足を運ぶのは、絶対に私に見てもらいたいからだな。あれか。彼氏に「これ、どっちが似合う~?」とやる彼女と同じか。狸のくせに。

でも欲しかったバッグを買ってもらったので、たまには狸孝行をしてやることにした。

「お待ちしておりました、吉祥院様。本日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」

「いやなに。娘の買い物のついでだよ」

狸がはっはっはと鷹揚に笑い、私の肩に肉厚の手を置く。さっそくの娘と仲良しアピールだ。そうか。こっちの目的もあったか。

「お嬢様もご一緒でしたか!吉祥院様とお嬢様の仲の良さは有名でございますから」

「そうかね?いつまでも父親離れできない娘で困っているのだがね」

「結構なことではございませんか」

…なんだと?

出来上がった仮縫いのスーツを着用してシルエットの確認や調整をしながら、お父様の会話は続く。

「娘は私の趣味のワインに興味を持っていてね。20歳になったらお父様と一緒にワインを飲みたいなどと言って」

「それはそれは。先が楽しみなことでございますね」

「どうかねぇ。一体どんな高いワインをねだられるのか、今から恐ろしいよ。はっはっはっ」

…そんなこと、言った覚えはないけど?

話を盛り過ぎだ、狸。

「今日も娘は旅行から帰ってきたのだけどね。私に迎えに来てほしいと我が儘を言ってね」

「お父君に甘えていらっしゃるのですね。父親冥利に尽きるではありませんか」

…おい、いつ私が迎えに来てほしいと言った?

話を盛るどころではない。これは虚言の域だ。この狸、あちこちでこんな妄言をしゃべり散らしているんじゃないだろうな。

…煮て焼いて狸汁にしてやろうか。

これはバッグだけでは割に合わない。帰りに靴も買わせてやる…。

「どうだい?麗華。似合うかね?」

狸がスーツの襟に手を当て胸を反らして、仮縫い姿を私に見せる。

「デザインも仕立ても素晴らしいと思いますけど、おなか周りが少しきつくありません?本縫いまでワインを禁止します」

「えっ」

私のチクリとした嫌味に、狸が動揺した。

ふん、虚言狸め。反省しろ。

「麗華、食事をして帰ろうか」

テーラーを出てから、お父様が私のご機嫌を取るように言った。

「今日は旅行から帰ってきて疲れているから、食事は家でしたいわ」

「そうかい。ではそうしよう。お友達との旅行は楽しかったかい?」

「とっても楽しかったわ」

「そうか、そうか。今度のお父様達との旅行も楽しみだね」

「あ~…」

毎年恒例の家族旅行か。でもなぁ…。お父様達との旅行だと最低でも1週間はかかるんだよね。さすがに受験生が1週間以上ものんびり旅行は気が緩みすぎだと思う。1週間も勉強をしていなかったら、他の受験生とかなり差が開くよね。すでに今回の北海道旅行で3日も塾を休んじゃったしなぁ…。

「私は、今年は行くのをやめておこうかなぁ」

「なに?!どうしてだ!」

思いもよらぬことを言われたと、お父様がショックを露わにした。

「訳を言いなさい。訳を!」

「お父様、近い、近い」

そこから「受験勉強があるから」「そんなに必死になって勉強をしなくても、瑞鸞大学には行けるだろう」と、家に着くまでお父様との、家族旅行に行く行かないの攻防が続いた。

そしてついうっかりポロッと出た私の、「お兄様も仕事で不参加だし、お父様と行っても退屈…」という、一番言ってはいけない本音に、お父様はいじけて書斎に閉じこもってしまった──。

ごめんよー!狸、出ておいでー!一緒に、おいしいエサ(毛ガニ)を食べよー!

そんな楽しかった北海道旅行の後に待っていたのは、鏑木のダイエット指導だ。

行きたくなーい。行きたくなーい。

でも一足先に海外から帰国した鏑木から、“逃げるなよ”とすでに退路を断つメールが届いている。そのまま夏休みいっぱい、海外に滞在していれば良かったのに…。

場所は鏑木グループの所有するホテルに併設されたスポーツジムの中の、貸切のできるVIP専用のジムだ。貸切なのはありがたい。

ジムの名称が刻まれた滝が流れる壁面と、大きな花器に生けられたカサブランカが華やかな受付で名前を言うと、「承っております」と長い廊下の奥の専用エレベーターに案内された。

「よく来たな。吉祥院」

「…ごきげんよう」

エレベーターが開き、人の気配が少ないガラス張りのジムに様子を窺いながら足を踏み入れると、すでにウォーミングアップを始めていた、黒いスポーツウェアを着た鏑木に出迎えられた。

相変わらず精悍な顔立ちからは、ニューヨークから帰ってきたばかりのはずなのに、時差ボケも疲れも一切見られない。

そして、

「久しぶり、吉祥院さん」

ボートを漕ぐような形のマシンに座っていた、同じく黒のスポーツウェアの円城がにこやかに立ち上がってやってきた。

円城も参加するのか…。

「ごきげんよう、円城様」

鏑木とふたりきりでトレーニングをするのも気詰りだけど、円城もなぁ…。鏑木も円城も運動神経が抜群なんだもん。運動神経にあまり自信のない私としては、無様な姿を見られる相手は出来るだけ少ないほうがいいんだけどな…。

「今日は頑張ってね。応援しているよ」

「はあ…」

円城から目を逸らすようにジムを見渡すと、最新のトレーニングマシンがずらりと並んでいる。うわぁ、今からこれをやるのかぁ…。私はどちらかというと、ヨガとか楽しく体を動かすスタジオ派なんだよね。

げんなりした気持ちが顔に出てしまったのか、円城がくすりと笑った。

「ウェアや靴は持ってきた?貸出もあるけど」

「はい。持ってます」

やりたくない気持ちには気づいていても、逃がしてはくれないのね。

私が大きなバッグを持ち上げて見せると、

「じゃあ更衣室に案内するよ。吉祥院さんはここは初めてだよね?」

「はい」

もう始めるのか…。やだなぁ。

それでも私が素直に円城の後に付いていこうとすると、鏑木に声を掛けられた。

「あ、そうだ。おい、吉祥院」

「はい?」

振り返り返事をすると同時に、鏑木から両手サイズの紙袋を渡された。

「なんですか?」

「ニューヨークの土産だ」

「えっ?!」

鏑木がお土産を買ってきたですって?!

中身を確かめると、オーガニックブランドのシュガースクラブとバームだった。本当にきちんとしたお土産だ。しかも、お土産のセンスがそこそこおしゃれで気が利いている!

背中に冷や汗が流れた。

これはまずい…。私は鏑木に北海道のお土産を買ってきていない。

言い訳をさせてもらえば、だってまさかあの鏑木がそんな気配りができるとは夢にも思わないじゃないか。

はっ!とりあえず、お礼を言わないと!

「…気を使っていただいて、ありがとうございます」

「ん」

鏑木はそのままマシンの一つに座り身体を動かし始め、私は円城の後ろに付いていって、更衣室に向かった。

「ここが女子更衣室。今日は僕ら以外に誰もいないから、ロッカーは好きな場所を使って」

「はい」

ドアを閉め、更衣室にひとりになると、私は心の焦りそのままに、その場をぐるぐると歩き回った。

…非常にまずいぞ。北海道旅行のことを自分から言わなければバレないか?いや待て。一緒に旅行に行った相手が同じ瑞鸞生の芹香ちゃん達やピヴォワーヌの芙由子様だから、どこからか話を耳にすることがあるかもしれない。特に地獄耳の円城には絶対にバレるはず。その時に、鏑木は律儀にお土産を買ってきたのに、私はお土産どころか旅行に行ったことすら言わなかったとなると、かなりイメージが悪いと思う。

えっ?!自分も旅行に行っていたのにあの時なにも言わなかったの?!吉祥院(吉祥院さん)ってそういうヤツ(人)だったんだ…。

うわぁ、と軽く引いている鏑木と円城の顔が目に浮かぶ。

…うん、これはダメだ。

たかがお土産。されどお土産。

そしてここで一番重要なのが、私は別にお土産なんて些細なことと開き直れるほど、肝が据わっていないことなのだ。気が利かないケチな人間と思われたくない。私は他人からの評判を、とても気にします。

お土産はどうにか見繕って渡すとして、今日持ってきていない言い訳としては、重くて持って来られなかったから後で送ろうと思って、というのはいかにも取って付けた嘘にしか聞こえない。しかも私はここまで家の車で来てるし。家に忘れてきたというのもなぁ…。よし、今すぐ家から運転手さんに持ってきてもらって、車の中に置いてきてしまったことにしよう。

さて渡すお土産はどうしようか。自分用に大量に買ってきたとうきびチョコを転用する…?いやいや、天下の瑞鸞の皇帝に千円以下のお菓子で間に合わせるとか無いでしょう。それにこっちは人気のオーガニックブランドのコスメをもらっているのに。しかたない。メロンを渡すか…。鏑木と円城のぶんで2個だ。

私は急いで家に電話をした。

「ずいぶん遅かったな」

「申し訳ありません」

着替え以外のことに時間が掛かったもので。

「ピンクのウェア、可愛いね」

「ありがとうございます…」

さすが円城。そつがない。

何事も形から入るタイプの私は、すでに持っているにも関わらず、今回に合わせてスポーツウェアを新調した。

「では吉祥院、始めるぞ!」

「はぁい…」

鏑木が白い機器をビシッと指差した。

「トレーニングの前に、まずは身体測定からだ!」

「断固拒否!」

こうして、前途多難な鏑木式スパルタトレーニングが始まった──。