作品タイトル不明
第120話 ラベンダーの花束
王都のルクスの屋敷で保護しているブレアは、ルクスの屋敷の使用人として働くこととなった。聖女ヨナも了承済だ。
聖女の一団は王都を出て、四カ月掛けて西部を通り、国境までやってきた。
ここから先は、神聖オウル法国所属の聖騎士と神殿騎士が聖女の護衛として残るが、アルヒ王国の第一騎士団や冒険者たちは付いて行くことができない。
聖女ヨナはバートにお別れを言うため、バートのもとにやってきた。
「バート様」
「ヨナ様……」
ヨナは泣きそうになるのを我慢して、微笑んだ。
「お別れを、言いに来ました」
「そっか……」
バートは涙を 堪(こら) え、ヨナと目を合わせた。
「バート様、本当にありがとうございました。バート様のお陰で姉と私は救われました」
「それは……全部ルクスのお陰だよ」
「いいえ、バート様がいなければ、私は誰にも心を開くことはなかったでしょう。バート様がいなければ、私も姉も救われませんでした……」
「そっか……僕も役に立てたんだね」
嬉しいよ、と言って、バートは晴れやかに笑った。
バートの笑顔を見て、ヨナは切なく愛おしい気持ちになった。
「その、ヨナ様に渡したいものがあるんだ」
バートはアイテムポーチから紫のラベンダーの花束を取り出した。
「このラベンダーの花束は、ヨナ様の目の色に合わせて選んだんだ。受け取ってくれる?」
「……はい」
ヨナは目に涙を浮かべ、ラベンダーの花束を受け取った。
「では、バート様、私はもう行きますね」
ヨナはバートに背を向け、一歩、踏み出した。
「待ってるよ」
バートの言葉に、立ち止まったヨナは、目を瞠った。
「ヨナ様がまたアルヒ王国に来る日を」
涙を流すまいと引き結んだヨナの唇が震えた。
「もし、事情があって来れないときは、いつか僕が迎えに行くよ」
涙が流れた。
「……ありがとうございます……バート様」
嗚咽を漏らしながらも、ヨナは何とか返事をした。そして、振り返らずに、馬車に乗った。
「出してください」
「よろしいのですか?聖女様」
「はい、もうお別れは済ませました」
ラベンダーの良い香りがヨナの鼻腔を擽る。
(ラベンダーの花言葉は、『優美』『幸せが来る』、そして、『あなたを待っています』。バート様、私、絶対にバート様のもとに帰ります)
そう決めて、ヨナは空を見上げた。
雲一つない青い空に祝福されているような、そんな気がしたヨナは微笑みを浮かべた。
ずっと馬車を見送り、馬車がとうとう見えなくなっても、バートはその場から動かなかった。
目に涙を浮かべて、 只管(ひたすた) 、馬車が去っていった方向を見詰めているバートの肩を叩いたのはルクスだった。
「バート」
バートは視線をルクスに向けて、すぐにヨナがいる方向に目を向けた。
「もう、帰ろう」
「やだ。もう少し、見守っていたいんだ」
バートの横にルクスは立った。そして、しばらくバートに寄り添うように、 佇(たたず) む。
「……僕、ヨナ様にまだ気持ちを伝えてないんだ」
「うん」
「好きって言ってしまったら、ヨナ様を困らせてしまいそうで……」
「そっか」
「でも、ヨナ様ともう一度会えたら、絶対に言おうと思う」
バートは空を見上げ、笑みを浮かべた。
「好きだ、って」
ルクスはふっと笑って、バートと同じように空を見上げた。鮮やかな青が眩しく見えて、ルクスは目を細めた。
(バートと聖女様に祝福が降り注ぎますように)
雲一つない青空にルクスは祈りを捧げた。