作品タイトル不明
元上司、襲来
退室処理の時、アイテムボックスを通じて男性職員へクリスタル渡すと、驚いた表情を浮かべた。
「これは、クリスタル……? ですが、なんでしょうか。この感覚は……」
「あの、査定は」
「っ!? え、ええ。未発見アイテムの可能性もありますので、後日連絡します」
「わかりました。このダンジョンは制覇したので、もうここへは来ないと思います。電話などで連絡をください」
「わかりました」
(影山さんはソロなのに、もうフロアボスを撃破したのですか……。早くても1ヶ月くらい、かかるものなのですが……)
後ろの方で女性職員達が悲しそうな表情を浮かべていた。
そして。
「影山様。私、株式会社マジック・クリエイトの営業の者です。ぜひ、今後のお話をさせていただきたいのですが、お時間大丈夫でしょうか?」
この前とは違う、営業の人に捕まってしまった。
強くNOとはいえない男、影山は勢いで会議室へ移動させられ、熱烈なオファーを受ける。
しかも……今回は、1社だけではない。
先ほどのマジック・クリエイトの話が終わったら、別の者が入ってきて、またオファーを始めた。
「我が社と契約しましたら、今はこういった特典をおつけしようと考えております――」
長い話をする会社もあり、影山はげんなりした。
時刻はあっという間に19時をすぎる。
合計、9社からのオファーであった。
(こんなにメーカーがあることに驚きだ……)
大きくため息をつく。
9社目の営業担当である若い男性が、機嫌を損ねたと焦ったかのように、声を上げた。
「も、申し訳ございません。お話をきいていただき、本日はありがとうございます」
「あぁ……はい……」
「それと……次が、最後の会社になると思います」
「まだいるんですか……」
机の上は書類でてんこ盛りになっている。
「あと、余計なおせっかいかもしれませんが……その、次の会社の人。ちょっと、失礼そうな方なので。お気をつけください」
「失礼そうな人……?」
「はい。先ほども、我々に早くしろだの、弱小企業はどいていろだのと、ずっと騒いでおりまして」
(本当かな)
ここまで来ると、他のライバル社を蹴落とすために、嘘を言っているようにも思える。
「それでは、失礼いたします」
9社目の営業が去る。
そして10社目の人間が入ってきた。
「やぁ、チー牛くん。久しぶり」
40代後半、頭頂部が寂しい元・上司であった。
クビにしておいて、影山と専属契約をしに来たようだ。
(そういえば、あの会社は探索者向けアイテムのメーカーでもあったな)
元上司はどか、とふんぞり返るような姿勢で対面の椅子に座る。
そして……書類はシンプルに、1枚であった。
「はい、これ契約書ね。サインするでしょ?」
「え?」
「君はウチの会社に、あれだけ世話になった。そしてここまで成り上がれたのは、俺が育てたからだ。また一緒に仕事をしようじゃないか」
すすす、と書類を前に出される。
「この俺が直接来たんだ。嬉しいだろ? 今こそ、恩返しの時だ」
元上司はサインするのが当たり前、という態度である。
そしてものすごく、ニコニコな笑顔だ。
(ああ……自分の手柄にしたいのか……)
元上司は部下の手柄をよく横取りする男であった。
今回の件も、元部下という繋がり、つまり己の人脈で勧誘したという“結果”を残そうとしている。
考えていることが、バレバレだ。
影山は無言で、契約書以外の書類を片づけはじめた。
「ん? どうした」
「帰ります」
「なぜ、名前を書いていかない? 迷う必要はないだろう」
「断ります」
ピクっ、と元上司の頬が引きつった。
「君は世話になった会社を、我々を裏切る……ということか?」
「最終日まで勤務した時点で、全ての縁も恩もゼロになったと考えています」
本音を言うと“世話になった覚えはない”と言ってやりたいが、感情的になったら負けた気がするので、冷静に言い返した。
「チー牛くん、それはあまりにも無責任だろう!」
「いいえ。責任は退職した時点で、完了したものだと思います。では、失礼します」
影山は契約書を受け取りすらせず、会議室を出た。
元上司は照明の光で薄い頭を光らせつつ、拳をプルプルと震わせた。
「クソ陰キャが……! 調子に乗りがやって! チーズ牛丼でも食ってろ!!!」