軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

飛翔 1

飛翔 1

勝者が決まった戦場に、死者の体が累々と重ねられていく。

痛々しい呻き声、物悲しい息づかい。

戦場に淀む戦いの残滓に、勝利の喜びは微塵もない。

戦いを終え、シュオウは戦場の傷痕を静かに見つめていた。

生い立ち、所属、着ている服、どこをとってもまとまりのないターフェスタ軍の兵士たちが、言葉なく戦場を彷徨い歩いている。

「被害はどの程度だ」

勝利の余韻もなく、シュオウは合流したジェダに淡々と話しかけた。

ジェダがそれを受け、

「まだはっきりとわからないが、事前の予想より消耗は緩やかだと見ている」

シュオウは視線を大きく左右に流し、

「進むか、戻るか――」

現状で一番の懸念を口ずさむ。

今回の勝利は一つの段階でしかない。

この戦争を始めたドストフ・ターフェスタ大公の意向は、あくまでもムラクモの領土を征服することにある。

そのための取っ掛かりとして、このままムラクモの国境を守護する拠点を攻めるか否かは、シュオウが下すことのできる重要な決定事の一つだった。

「カトレイの現状は報告待ち、増援軍の被害は少なくないだろう。だが喜ばしいことに、アリオト兵はほとんどが健在で晶士も無傷だ。進軍の継続を前向きに検討する余地は十分にあると思う」

そう語るジェダの声は明るい。

「前に進むか、アリオトに戻るか、夜になる前に決める」

シュオウは渋面で虚空を見つめる。

ジェダは広大な白道を一望して、

「勝利の引き換えの後始末は面倒だね。敵方の死体の処理をどうするか……森に置いていけば人員を割く手間と面倒を省けるが」

意を窺うように横目でシュオウへ視線を向けた。

シュオウは仄暗い灰色の森を見つめ、

「……ここに置き去りにはしない。アリオトに運んでまとめて葬儀ができるようにする」

ジェダは頷いて、

「……わかった。作業は僕が監督しよう」

シュオウは首を振り、

「俺がやる、お前はやることがあるだろ」

傍らで静かに座り込んでいたマルケが腰をあげ、

「私が仕切ろう……今の私は死者を弔うにはこれ以上ない適役だ」

身に纏っている聖職者の服を指先で叩いた。

シュオウは酷く疲弊した様子のマルケに、

「大丈夫なのか?」

マルケは控えめに頷き、

「お許しをいただけるのであればだが」

「……わかった」

マルケはシュオウに辞儀をして、後片付けの指揮を執り始めた。

戦死者の前で祈りを捧げるマルケを見ながら、シュオウは一帯に転がったムラクモの兵士たちを見つめ、眉を顰めた。

「ムラクモ軍の様子がおかしかった、気づかなかったか?」

ジェダは首を傾げ、

「様子が……?」

シュオウは頷き、

「ムツキにいた時より、数が減っているような気がした。奥に入るほど、そう感じた」

ジェダがあごに手を当てて、

「僕は後方から戦場を見ていたから正直よくわからないが、ムラクモがあえて兵を減らして戦いに挑むはずもない、それが本当なら、おかしな状況だ」

「……だな」

疑念を語りながら、二人の間に僅かな沈黙が流れた時、

「戦勝にお祝いを申し上げます、司令官閣下」

ネディムが現れ、すかさず祝福の言葉を述べた。

シュオウはネディムの挨拶に応じる前に、彼の後ろにいたシガとクロムの姿を見て絶句する。

「どうしたんだ、二人とも……」

シガとクロムは、両者とも顔面は血塗れで、体中に切り傷や痣がある。その有様は凄まじく、クロムにいたっては、顔が腫れ上がって元の造作がわからなくなっていた。

顔を腫らしたクロムが、地面を這いながらシュオウを見上げ、

「わ、わがぎび、どぶばらじぐぶずぼらぶろ――」

シュオウは真顔でクロムの肩を支え、

「なにを言ってるか一つもわからない」

シガはぐったりとしながらクロムを指さし、

「そいつを――して――くれ――」

途切れ途切れになにかを言って、直後に瞼を落とし、気絶したように寝息を立て始めた。

「…………」

満身創痍の二人を前に、シュオウは暗く顔を沈めた。

突然強引に敵陣深くに飛び込むという無茶な行動を取ったがために、共に行動していた二人を過酷な状況に追い込んだのではないか、と自らの行動に後悔の念を抱く。

「俺のせいだ」

呟きつつ、この二人ならどこか平然と着いてこられるのではないかという甘い考えを持っていたことを反省する。

シュオウが暗く顔を沈めていると、

「いいえ、あなたのせいではありません」

ネディムが穏やかな口調で言った。

「どういうことだ」

不思議そうにジェダが首を傾げる。

ネディムは苦笑と共にクロムを見つめ、

「私が駆けつけたとき、この二人は激しい喧嘩の真っ最中でした。二人の負った傷の大半も、お互いにつけあったもののようです。止めるのに苦労しましたよ」

シュオウは支えていたクロムの肩から手を離し、

「はあ――」

深く息を吐いた。

クロムが溺れたように手を伸ばし、

「わがぎび……」

ジェダがそれを遮るように、シュオウとクロムの間に立ち、

「この二人には懲罰を与えるべきだな」

ネディムが素早くシュオウに頭を下げ、

「ジェダ殿の提案に反対はしませんが、身内の立場からは、戦いの勝利に免じて減刑を強く願います」

シュオウは二人を見やり、

「そんなことより、まずは怪我の手当を――」

言いかけたその時、

「ジェダ・サーペンティア!」

馬に乗ったエゥーデ・ボウバイトが怒声を上げて駆け込んできた。

ジェダがシュオウの耳元に顔を寄せ、

「なにもしなくていい――」

小声で告げる。

右手を負傷したエゥーデが馬から飛び降りた。年齢を思わせない機敏な動きで距離をつめ、左手に握った指揮杖でジェダの顔面を殴打した。

「……ッ」

ジェダは抵抗することなく一打を受け、後ろ手を組み、足を広げて屹立する。

激高するエゥーデは、

「よくもふざけた真似を、貴様のしたことで我が軍がどれほどの被害を被ったかッ――」

止めどなく指揮杖を振り上げ、ジェダの顔面を執拗に叩きつける。

シュオウはその様子を見ながら拳に力を込めた。だが、ジェダに言われた言葉を思い、その場にじっと踏みとどまる。

十数回の殴打を繰り返し、姿勢を崩し、顔を下げたジェダが口から血を混ぜた唾を吐き出した。

ジェダは右手の甲で血を拭い、挑発するような笑みを零した。

「ボウバイトが約束を果たすつもりでいたのなら、僕もあんな面倒なことをせずに済んだのですが」

エゥーデは息を荒げながら、

「なにを根拠に――」

「そのつもりがなかったと言うのなら謝ります。僕のしたことは少々強引だったかもしれませんが、増援軍が本来の働きをしていたとしても、結果にそこまで差があったとは思えないのですがね」

エゥーデの怒りが頂点に達する。目の下の皮膚を激しく震わせ、

「国を裏切り、逃げ堕ちてきた輩が偉そうにッ――」

手にした指揮杖に、渦巻く晶気の水流を纏わせた。

さすがに止めに入ろうとしたその時、

「エゥーデ様!」

「お婆さま!」

アーカイドとディカが現れ、我を忘れて激高するエゥーデに駆け寄った。

アーカイドはエゥーデを背中から押さえ込み、

「落ち着いてくださいッ」

ディカはエゥーデの前に立ちはだかり、

「それ以上はやめてください……」

息を切らせたエゥーデが、手元から晶気を消した。

アーカイドが負傷しているエゥーデの右手を取り、

「お怪我を今すぐ治療しなければ」

エゥーデは煩わしそうに肩を回し、

「天が見ているかぎり、したことの報いを受ける日は必ず来る、覚えておけ!」

ジェダに言った直後、鋭い視線でシュオウを睨みつけた。

エゥーデを支えようとディカが身を寄せるが、

「お前はいい」

突き放すようにそう言った。

ディカはその場に留まり、馬に乗って去って行くエゥーデを憂いを込めて視線で見送った。

「……くッ」

エゥーデが去った直後、ジェダがその場で崩れ落ちるように膝をつく。

「大丈夫か、ジェダ」

シュオウがその身を支える。

ジェダは口から零れる血を拭い、

「ご老体と思って侮っていたよ――これで将軍の気が済んだのならいいが」

地面に腰を落として仰向けに寝そべった。

ネディムがジェダの顔を覗き込み、

「それは無理でしょうね」

微笑みながら綺麗な手巾を差し出した。

エゥーデは併走するアーカイドを睨みつけ、

「アーカイド貴様、主を裏切りディカを選んだな」

アーカイドは大きく頭を垂れ、

「……申し訳ありませんでした、どのような罰でも受ける所存です」

険しい顔のエゥーデは前を向いて、たっぷりと間を置き、

「…………それでいい」

アーカイドは戸惑いに満ちた顔を上げ、

「あの……?」

「ディカはボウバイト家を背負う身、ひと一人を御せずして領主として務まるはずもない。この件は不問に処す」

思いもよらず許しの言葉を与えられたアーカイドは、

「感謝いたします」

戸惑いながら感謝の言葉を伝えた。

エゥーデは鋭くアーカイドを睨みつけ、

「二度目は許さん、お前の主はまだこの私だ」

「承知しております。エゥーデ様、ディカ様の処遇についてですが……」

エゥーデはゆっくりと馬を止め、おもむろに遠くに視線を送った。

「初めてだ、ディカがあれほどの我を通そうとしたのは。子供の頃から他人に道を譲ってばかりで、ひとを蹴落とし、押さえ付けてでも我を優先することなど出来ないと思っていたが。一人で敵陣に突っ込んでいくあの勇ましい姿を、亡き娘にも見せたかった」

エゥーデは静々と語り、一瞬だけ優しい微笑を浮かべた。

心中を察したアーカイドが、

「エゥーデ様……」

しみじみとエゥーデの顔を見つめる。

エゥーデはほぐしていた視線に力を戻し、

「もし、このふざけた状況であれが変わろうとしているのなら、今は黙って様子を見ておく。当面は成り行きに身を任せる、内からの雑音はお前が押さえ込め、アーカイド」

アーカイドは、

「はッ」

敬礼と共に、強く承知の意を伝えた。

白道に簡易で設置された天幕の下に、複数人のムラクモ輝士たちが集められていた。

薄布ごしに伝わる外の喧騒とは対照的に、重たい空気が占める空間にあって、バレンは縛られて俯くムラクモ輝士たちの人数を数える。

「輝士はこれで全部か」

バレンが聞くとレオンが頷き、

「はい、重傷者を除いた輝士階級にある者を全員を集めました」

「ふむ」

ムラクモ輝士の軍服は色と装いで一目見て階級がわかる。ここにいる者達は最高でも硬輝士まで、大半が若い輝士ばかりだ。

バレンはしゃがんで硬輝士の男の顔を覗き込み、

「こちらに協力するなら、ここにいる全員が穏便に本国に戻れるよう力を尽くす」

硬輝士の男は疲労しきった顔をあげ、

「恥を知れ――」

バレンの顔に唾を吐きかけた。

「なにをするッ」

怒声を上げて詰め寄ろうとしたレオンを抑えつつ、バレンは立ち上がって、レオンを連れて天幕の外に出た。

バレンはレオンから手を離し、

「落ち着け、たかが唾だ」

手巾で顔を拭った。

レオンは息を整え、

「申し訳ありません、つい……これからどうしますか、一人ずつ呼んで、尋問を?」

そう聞くレオンの表情は暗い。

バレンは即座に首を振り、

「尋問をしたところで、なにも知らなければ無駄に苦しめるだけになる。確保しておいたあれを起こすぞ、うまくいけば手間が省ける」

「起きろ」

バレンに桶一杯の水をかけられ、メディル・アロエス重輝士が虚ろな表情で目を開いた。

「う……あ……」

覚醒に近づくにつれ、アロエスは現状への理解を深めていく。まず縛られた手足に気づき、次に自分の居場所が狭くて暗い天幕の中だと気づく、最後に悪人のような人相で見下ろす、バレンとレオンに目を合わせた。

「目が覚めたか、アロエス重輝士」

アロエスは負傷した部位の痛みに悶えつつ、

「どうなっている……ここは……戦いはどうなった……?」

バレンは表情を変えずにアロエスを見下ろし、

「我が方が勝ちを収めた。ムラクモ軍は総崩れ、敗残兵は散り散りに撤退した。そこから時が過ぎ、すでに夕刻が近い」

アロエスは徐々に息を荒くして、

「負けた? ムラクモが、負けただと?」

バレンは頷き、

「貴官は現在、ターフェスタ軍の捕虜の身分だ。こちらとしてはムラクモ軍の現状について把握したいのだが、協力する気はあるか?」

アロエスは表情に軽蔑の意を滲ませ、

「誰がそんなことを……私は王家に忠誠を誓っている、祖国を裏切るつもりなどないぞッ」

予想通りの反応を見て、バレンはレオンに合図を送った。

「尋問道具を――」

「はい」

レオンが片隅に置いてあった大きめの木箱を引きずりながら持ってくる。途端、アロエスの顔面が蒼白になった。

バレンは木箱の蓋をずらして中をまさぐった。中には食事用に用意されている無害な食器類が入っているが、アロエスのいる位置からは中が見えない。

暗い天幕の中で、恐ろしげな顔に影を落としながら、ガチャガチャと重たい金属音を絶え間なく奏で続ける。その音を聞きながら、アロエスはしだいに呼吸を浅くして脂汗をかきはじめた。

「天幕の布を三重に張ってある、声が漏れないようにな。アロエス家の崇高な忠誠心にどれほどの強度があるのか、試させてもらうぞ」

アロエスは怯え顔で、

「わ、わかった、なんでも聞いてくれ、知っていることは全部話す。昔のよしみだろう、頼むからそんなことは……」

バレンは木箱の中で触っていた食器類から手を離し、微かに頬を緩ませ、レオンと目を合わせて頷きあった。

木箱の中身を見せないままレオンが片付け、バレンはしゃがんで青ざめたアロエスの顔を覗き込む。

「なにがあった?」

直截な質問にアロエスは戸惑い、

「な、なにがとは、なんだ……」

「さきほどの戦い、配置されていたムラクモ軍は、私が知る威風を誇った群青の大軍とは様相が違って見えた。その見立ては間違っているか?」

アロエスは答えを躊躇いつつも首を横に振り、

「……ムツキへの兵の補充が滞っていて物資の補給もろくにこない。そのせいで万全の状態を用意できなかったのは事実だ」

「なぜだ?」

アロエスは苦しげに口元を歪め、

「…………いや、わからない」

バレンは溜息を吐き、

「レオ――」

木箱を指さして合図を送ると、アロエスが慌てて顔を振った。

「アデュレリアだ!」

思いも寄らない名を聞き、バレンは首を傾げる。

「アデュレリアだと? いったいなんのことだ」

「アデュレリア重将指揮下の左硬軍が突然、無許可で各所に軍を送り始めた。近衛を筆頭に、右硬軍や各方面軍は牽制のために身動きが取れなくなっている」

話を聞いたレオンが驚いた顔で、

「父上……」

バレンは訝りながらアロエスを睨めつけ、

「アデュレリアが謀反、だと? いい加減な話をッ――」

胸ぐらを掴み上げる。

体を持ち上げられ、怪我の痛みに悲鳴をあげた。

「いたたたたッ――嘘じゃないッ、本当の話だ!」

バレンは猛った顔をアロエスの顔に近づけ、

「重将が理由もなくそのような真似をするはずがない、事実だと言うなら話せ、なぜそうなった」

アロエスは必死にバレンから顔を遠ざけ、

「知らない、私のような末端にまで詳細は伝えられていない、本当だ! ただ……」

「ただ、なんだ」

「……これはただの噂話だ、なんの確証もないし、上からは本当になにも聞かされてはいないんだ」

「いいから話せ」

アロエスは唾を嚥下し声を潜め、

「ユウギリにご逗留されていたサーサリア王女殿下が、現地で行方不明になったとか――」

バレンは投げ捨てる勢いでアロエスの胸ぐらから手を離し、

「サーサリア様が……」

よろけるように後ずさった。

レオンがバレンの体を支え、

「それが理由でアデュレリアが謀反を計画したというのですか?」

アロエスに問いかける。

アロエスは痛みに顔を引きつらせながら、

「そんなことが私にわかるものかッ。ただ、左硬軍の不自然な進軍と王女殿下失踪の噂話が広まったのはほとんど同時期だった。アデュレリアの支配から逃げ延びてきた者達の話によれば、左硬軍の中に異国の兵が混ざっていたという話もある。噂が事実だとして、もしかしたらその犯人は……」

バレンは聞き苦しい話から遠ざかるように、アロエスに背を向けて外に足を向ける。

アロエスは縋るようにバレンに声をかけ、

「待ってくれ、協力はしたんだ私を優先的にムラクモへ帰してくれ! アロエス家は相応の身代金を用意できるぞ、知っているだろう、おい!」

アロエスの声を無視して、バレンは分厚い天幕の外に出た。途端、冷たい空気が全身の熱をしたたかに冷ます。

バレンは冷たい空気を吸って吐き出し、

「私を嗤うといい……国を裏切り、ムラクモ王家への忠誠を捨て去った身でありながら、今の話に酷く動揺してしまった」

レオンがバレンの背に手を当て、

「笑いませんよ、なにがどうあろうとムラクモは私達の故郷です」

バレンは深く頷き、

「准砂にお伝えしなければならない。今の話が事実であれば、今後の行動に大きな影響を及ぼすことになるかもしれん」

「共にまいります、父上」

足取り重く、二人はシュオウの下へ向けて歩を進める。

辺り一帯に戦勝を祝う喜びの声はなく、ただ静々と後始末に従事する兵士たちの足音だけが響いている。

レオンは足取りの重いバレンの隣に並び、

「今の話、事実だと思われますか。我々を攪乱するための嘘ではないのでしょうか」

バレンは険しい顔で、

「あの男は臆病者だ、嘘を言ってばれたらどうなるか、と考え保身に走る。ムツキの補給が滞っている話と、左硬軍の動きは事実だろう。サーサリア様については、どうだかわからんが」

「もしも、王女失踪が事実だった場合ですが、アデュレリアがそれを好機としてムラクモに刃を向けることなどあり得るのでしょうか」

バレンは歩きながら視線を沈め、

「……あり得る。西方から渡ってきたサーペンティア家とは異なり、アデュレリアは元々、東地内の北部を支配する国家の王だった。氷狼の王家は、当時のムラクモの力を恐れ、生存のために屈服の道を選んだ。その後のサーペンティア家への領地の割譲を含め、長い歴史のなかで屈辱に耐え続けてきたのは、天青石というムラクモの王石を恐れてのこと。その石のたった一人の継承者が消えれば、どうなるか」

レオンは不意に足を止め、

「恐れるものが、なにもない……」

「王女の身辺を管理していたのはグエン公だ。その管理下に置かれた状況で王女が失踪したとなれば、アデュレリアは声高にその責任を問うはず。そのために軍を動かす行為は国への裏切りではなく、愚臣を咎めるための 誅伐(ちゅうばつ) となる」

「アデュレリアは正当性を主張できる……」

親子で言葉を交わすうち、懐疑的な感情が逃げ場を塞がれていく。外堀が埋められていくうち、不確かな情報である王女失踪という話が、仄かに信憑性を帯びていく。

バレンは重々しく息を飲み、

「准砂はサーサリア様と縁をお持ちだ。この話に心を乱されなければいいが――」

バレンは遠目にシュオウの姿を見つける。

すぐに駆け寄り、アガサス家の二人は深々と頭を下げた。

「准砂にお話があります――」

バレンが重い口を開いて一報を聞かせると、

「…………」

シュオウは口を開けたまま、その場にじっと立ち尽くした。