軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

発足 3 幕間編(完)

「シュオウ、あのネディムっていう人と、大事な話をしてるみたいね、今夜くらいのんびりしてくれると思ったのに」

部屋の奥で熱心に話をしているシュオウ達を遠目に見ながら、クモカリは沈んだ顔をする。

傍らでぐったりと食卓に寄りかかるシトリは、

「ぶー……」

アイセは料理を取り分けた皿を差し出し、

「相手にされなかったからって、これ見よがしにふてくされるな」

シトリは不機嫌そうに頬をふくらませ、

「……うるさぁい」

言いつつ、アイセから皿を受け取った。

クモカリは憂いを秘めた顔で、シュオウにじっと視線を送り続けている。

「そんなに気になるか」

アイセが問いかけると、

「ちょっと、ね。あの事があってから、たまに物凄く思い詰めたような顔をする時があるでしょ」

アイセはクモカリの視線を追従し、

「たしかに、な……」

シトリはぐったりと椅子に腰掛けながら、

「最近、目が笑ってない」

クモカリとアイセは、シトリの発言に同時に頷いた。

「だからね、今日くらいはゆっくり休んで欲しかったのよ。これからのことを思ったら、のんびりしてられる時間も貴重じゃない」

クモカリの言葉にアイセは、

「今は普通の状況じゃない、これから戦地に行って結果を出さなければならない、考えることも多いはず、なのに、私はこんなところで、ただ居残りをしてないといけないなんて……」

深刻に語るアイセに、クモカリは戯けた声で、

「あら、そんなに行きたいなら交代してあげたいくらいだけど? 失礼よね、あたしなんて問答無用で人質の女組には数えてもらえなかったんだから」

アイセは真面目に、

「なら、交代するか?」

クモカリはきょとんとして、

「……いいえ、お断りね。これから大変なところへ行くのよ、みんなのお腹に入るものは、あたしがきちんと管理しないと」

使命感に満ちた発言に、アイセは悔しげに喉を詰まらせた。

「けほ、けほ……ッ」

料理を口に運んだシトリが突然喉を詰まらせた。だらりと寝そべっていた姿勢から跳ねるように立ち上がり、せっせと身なりを整える。

アイセはすぐにシトリの豹変ぶりの原因を知る。

「シュオウ、話は終わったのか」

シュオウは聞いたアイセに頷き、

「ああ、大方はすんだ」

クモカリはシュオウに、

「大丈夫? なにか欲しいものはない」

シトリは平素に見る事がないほど素早く動き、

「私でしょッ」

シュオウは子犬のように飛びついて来るシトリを浅く抱き留め、踊るような所作で、すっと椅子の上に座らせる。その受け流し技は、達人の域に達していた。

シュオウはクモカリを見て、

「大丈夫だ。俺は少し外を見てくる、まだ来てないやつがいるんだ」

「わかったわ、寒いからなにか羽織っていってね」

「そうする」

シュオウは壁にかけてあった外套を羽織り、部屋を後にした。

シトリは再び椅子に体を落とし、

「ぶー……」

ふてくされた顔で唇を突き出した。

「 忙(せわ) しないな」

アイセの言葉にクモカリは頷き、

「そうなのよ。常になにかしてるし、じっとしてると思ったら、難しい顔で話ばかりしてるんだから」

アイセはシュオウが出て行った扉を見つめた後、視線を室内に戻し、なにげなく俯瞰する。

視界に、姉弟で談笑するサーペンティア家の双子の姿が映り、その様子に気を取られた。

ジェダは滅多に見ることのない優しい顔で姉になにかを語りかけている、それを受けるジュナは、愛らしい表情と態度で、ジェダの話を興味深げに耳を傾けていた。

アイセはジュナと過ごした一時を思い出し、その表情を曇らせる。かけてあった外套を手に取り、

「ちょっとシュオウのところにいってくる」

シトリはまた勢いよく跳ね上がり、

「私も行く」

アイセはシトリの前に手を突き出し、

「大事な話があるんだ、頼む」

有無を言わさず一人で部屋の外へ出て行った。

「ぶー……」

三度目の不満を口から吐き出し、シトリは泥のようにだらしなく食卓に突っ伏する。

クモカリはそんなシトリを励ますように、ぽんと背中を軽く押した。

その時、横からするりとシガが姿を現して、

「肉は残ってないか」

クモカリは、

「あるわよ少しだけど、どうせ足りないって言うと思ったから、少し取り分けておいた分がね、どうぞ――」

クモカリが用意した主菜の肉料理を見て、シガは一瞬子供のように目を輝かせる。だが、

「……ッ」

料理皿を持った途端、周囲や机の下を念入りに調べ始めた。

「なにやってるのよ」

「……いや、なんでもねえ」

口ではそう言いながら、不審な態度であちこちに視線を送るシガを前に、クモカリはらしくない態度を不思議に思い、一人大きく首を傾げた。

暖かい部屋を出て、凍えるような城の通路を歩きながら、シュオウは注意深く周囲の様子に目をこらした。すると、

「シュオウ殿――」

突き当たりにある踊り場で、フクロウの声が耳に届いた。

「フクロウ、来てたのか、なかなか来ないから探しにきたんだ」

暗闇の中から、フクロウがゆっくりとその姿を見せ、

「申し訳ありません、あなたが来るのを待ってから中に入ろうとして待機しておりましたが、ターフェスタの人間が同行していたため、出るに出られず……」

「ネディム、か。もう少し考えるべきだった」

「いいえ、問題ありません。カルセドニー卿はアリオトであなたの副官となるお方です、親交を持たれたようで、安心いたしました」

シュオウは苦い顔で、

「俺の失敗だ、今日は皆にお前の事をきちんと紹介したかった」

フクロウは微笑し、

「感謝、お気持ちだけで十分です」

シュオウは壁際に置いてある台に腰掛け、

「……ここへ来て、あっという間に時間が過ぎていく」

フクロウはシュオウの隣に腰を下ろし、

「間もなく、でありますか」

シュオウは頷き、

「アリオトに行く」

フクロウは顔を沈め、

「本来なら、私も同行を願い出るところなのですが」

「隠れながら動くのに深界の要塞は狭すぎる。それに、ここでやるべきことがあるんだろ」

フクロウは首肯し、

「はい」

シュオウはフクロウを見つめ、

「結果を出して帰ってくる、それまで、残していく仲間達のことを頼みたい」

フクロウはしっかりと頷き返し、

「御意、おまかせ――」

言いかけで、突然通路のほうに注意を向けた。

通路の奥から、向かって来る人の気配が伝わってくる。

「アイセ、か」

暗がりの通路で、揺れる金色の髪に気づき、シュオウは姿を見せたアイセの名を呼んだ。

直後にフクロウに視線を戻すが、その姿はいつの間にか消えている。

シュオウは周囲を流し見て、

「隠れる必要はないのにな……」

独り言ちる。

アイセはシュオウの視線を追って、

「誰かいたのか……?」

「いや、いいんだ。それより、中に戻らなくていいのか」

アイセは口元を引き締め、

「シュオウに話があってきたんだ、少しいいか?」

「ああ」

アイセはシュオウの隣の壁に寄りかかり、

「……私も戦地に同行したい」

思い詰めたような顔で、そう切り出した。

「向こうに行けば、また命懸けで戦うことになるぞ」

「もちろん覚悟の上だ。シュオウや他の皆が戦っているのに、私だけここで寝てすごすなんて、いやなんだ」

シュオウは重く息を吐き、

「今までとは違う。今回戦う相手は、ムラクモの人間たちだ」

「……」

アイセはなにかを言いかけ、喉を詰まらせた。

「故郷を相手に戦うんだ、知っている奴に剣を向けることになるかもしれない」

アイセは息苦しそうに襟首を緩める。

「ムラクモの人間ではなくなっても、私には輝士としての矜持がある。ついて行くと決めて国を出た、覚悟は、出来てる……」

弱くなっていく語気から、内心と言葉の不一致が滲む。

「俺がそうさせたくないんだ、ここへついてきてくれただけでも嬉しかった、居てくれるだけで心強い」

アイセは強く拳を握り、

「でも、私には力があるッ、なんでもやるぞ、あの開戦のときみたいにッ、戦地に行けば貢献できるはずだ」

シュオウは頷き、

「俺もそう思う」

アイセは体を起こして、

「なら、ターフェスタの上層部に交渉して――」

シュオウはすかさず首を振り、

「連れて行きたくない理由は他にもあるんだ。人質に残していく皆のことを守ってほしい、お前以外に、安心してここを任せられる奴はいない」

アイセは再び寄りかかり、

「ずるいぞ、それを言われたら、もうなにも……」

「今の俺達は一歩の踏み間違いも許されない綱渡りの最中で、ここでも向こうでも、なにが起こるかわからない。アイセに今頼んでいることは、俺のわがままでもある、力を貸してほしい」

アイセはたっぷり間を置いて頷き、

「まかせておけ、私とシトリにとってここは初めての場所じゃない、いざとなったら、また地下にでも潜ってやりすごすさ」

シュオウははっきりと頷き返し、

「頼んだ」

「話したいことは他にもあるんだ、実は今日、ジュナさんと一緒に見てきたものがあって――」

アイセは城の敷地内に置かれた食料庫の話を語り始めた。その話を終える頃、

「――その、食料庫の中を見ているときの彼女の様子が、少し気になって」

「様子?」

話の途中で、また通路の先から人が近づいてくる気配を感じ、シュオウは言葉を止めて奥を見やる。

「あら、こんなところで二人きり、戦場へ出る前の、最後の 逢瀬(おうせ) を楽しんでいるのでしょうか」

ターフェスタの赤い軍服姿を見て、シュオウはすっと立ち上がる。

アイセは声を裏返し、

「お、逢瀬?!」

シュオウは現れた女を見据え、

「あなたは」

「冬華六家アトサンサの輝士、エリス・テイファニー――」

短く名乗り、

「――ムラクモの元従士長、シュオウさん、少しよろしいですか」

体を斜めにずらし、通路の先へと促した。

エリスの白灰色の長い髪が、通路の明かりを受ける度、淡く金色の面影を彩る。

美貌を備え、穏やかな印象を与える垂れた目が、横目でシュオウをちらりと捉えた。

「楽しい時間を過ごしているようですね」

その声質は、隠す気もなく棘がある。

シュオウはあえて視線を合わせず、

「はい」

短く答えた。

「それはよかった。今回、あなた方の願った集会の許可を与えたのは私なんです」

シュオウは前を向いたまま、

「ありがとうございます」

促されるまま通路を進むと、目的地もわからないまま、地下に通じる階段の前まで来ていた。

エリスは足を止め、シュオウに背中を見せたまま、自身の片腕を掴んで俯いた。

「私は、あなた達が嫌いです――」

エリスが冷たく言い放つ。

シュオウは眉間に皺を寄せ、

「……はい」

エリスは背を向けたまま肩を震わせ、

「私、聞いてみたかったんです。ゴッシェを殺めたあなた達が、その剣を戦利品としてドストフ様に献上するなんて、いったいどんな神経をしていれば、そんなさもしい侮辱を思いつくのでしょうか、と……」

「大公に力を示す必要がありました、ただそれだけのためです」

エリスは爆ぜるように振り返り、

「よかったですね? そのおかげでアリオトの司令官の地位を手に入れることができて。私には理解できないけれど、ドストフ様はきっと、あなたに期待してその座をお与えになったのだと思います」

皮肉を込めた言いようでも、元々の品の良さのせいか、エリスの顔は穏やかな様相を保っていた。

シュオウはしっかりとその目を見据え、

「はい、必ず期待に応えてみせます」

エリスは初めて相貌を歪め、

「そう願います、でなければ、その時は人質として預かる人達の命が保証できませんから。ターフェスタに居る間、あなた方の身柄を監督するのは私なのです、その時がくれば刑を執行するのも、私が責任を持つことになる。あなた達を憎んでいる者の手に、残していく大切な人達の命が握られているって、どういう気持ちがするんでしょうね。大言を吐いた末に、なにも成すことができなかったとなれば、その罰も重くなる。きっと石落としの刑が相応しいと思います、生きている事を呪いながら、欠けていく体から激しい痛みに悶え苦しみながら死んでいくことになるのでしょう」

エリスが残酷な言葉を発した直後、シュオウは一瞬で鋭く眼光を尖らせ、

「もしもそんなことになったら――」

一歩、エリスとの距離を縮める。

エリスは瞬時に顔を怯えで充たし、よろけるように一歩後ずさる。

「ッ――」

瞬きもせず、シュオウはエリスを睨め付ける。

一歩、また一歩と距離を詰める度、エリスは小動物のように怯えた目で後退を続ける。すり足で退くエリスの足が階段にさしかかった瞬間、

「やッ?!」

エリスの体が背中から宙に浮き、階段の底へと投げ出された。

シュオウはエリスの手首を掴んで引き留め、

「気をつけてください」

感情を込めず、そう言った。掴んだ手からエリスの震えが伝わってくる。

その時、

「ごほん――」

露骨な咳払いに振り返ると、そこにネディムの姿があった。

「お邪魔いたします。食後の甘味が用意されているようで、みなさんあなたが戻るのを待っていますよ」

シュオウはネディムに頷き、

「いいですか」

手首を掴んだままのエリスに聞いた。

エリスはぎこちなく頷き、

「…………は、はい」

シュオウは彼女の青ざめた顔を一瞥した後、その手を離した。

「戻ろう」

シュオウがネディムに言うと、

「どうぞお先に、私は少し、彼女に話がありますので」

手首を押さえながら俯くエリスを見て言った。

シュオウは無言で頷き、先にその場を後にした。

目に涙を溜めた同輩を見て、ネディムは小さく嘆息した。

「浅はかなことを……この先の尋問部屋に連れ込んで、脅しでもかけるつもりだったのでしょう。慣れないことをするから、そういうことになる」

ネディムが差し出した手巾を取り、エリスは背を向けて目元を拭った。

「つけた監視をはずしたり、呑気に東方人の食事会に参加もしていたくせに、知った風に言わないで……」

弱々しい涙声で、鼻をすすった。

ネディムは後ろ手を組んで、ゆったりとエリスの正面に回り、

「――あの人物がこれまで辿ってきた軌跡、聞き知っていれば、尋常の者ではないとわかるはず。脅すつもりで連れ出して、逆にあなたが怯えて涙を流しているなんて、滑稽以外のなにものでもない」

エリスは赤く腫らした目で睨み、

「ネディム、あなたのことがわからないわ、療養のためといって中央から遠ざかっていたのに、今度は突然戦地に行くと言い出して、まさか本当にあの男のために仕事をするつもりではないでしょうね、私達の仲間、ゴッシェを酷い目に合わせたあの人達のためになんて」

ネディムは渋面で首を振り、

「もちろん、副官としてその責務を果たすつもりです」

エリスは責めるように睨みつけ、

「なぜッ!?」

ネディムは長衣の袖を音を立てて振り払い、

「件の人物が目指すところはターフェスタの勝利、ただそれのみ。それは大公殿下のご意志と同義、そのためにこそ力を尽くし、万難を排することこそが私の使命。過去を持ち出し足を引っ張る行いは、小人が好む私情、私怨にほかならない」

叱りつけるような強い口調に、エリスは唇を噛んで顔を逸らした。

「あなた一人が力を貸したところで、本当にあのムラクモに勝てると思っているの……」

ネディムは微かに微笑し、

「さて、それはわかりません。私もあの方の実力を自分の目で見たことはない。ですから、個人的にもどうなるか、楽しみにしているのですよ」

エリスは 憤懣(ふんまん) を露わにして、

「いい加減にして、この無謀な采配で三度目の戦いが無に帰せば、ドストフ様はこれまで以上に気を病まれてしまうかもしれない、それなのにあなたはまるで遊びに行くみたいに……ッ」

ネディムは来た道へ足を向け、

「主の心を案じる前に、まずは命じられた責務を果たすべきでしょう。あなたはドストフ様から彼らの監督役をまかされているはず。いまはただ、その任を果たすだけでいい」

去り際、エリスはネディムの服を掴み、

「あなたがここを去るのなら、デュフォスを探すわ……ドストフ様にも、冬華にも、あの人が必要よ……文句はないでしょう」

ネディムは冷たく横目で見返し、

「冬華としてあなたがそう決めたのであれば、それを阻む理由はありません」

「そう――」

強く握った服に皺を残し、エリスは早足でネディムを追い抜き去って行った。

降雪に覆われたカルセドニー邸の晩餐は終盤にさしかかっていた。

親子の対面は無言のまま進み、料理のほとんどをたいらげた頃、先代当主は心ここにあらずな息子を前に、

「ろくに家に寄りつかないお前が、年老いた猫のように大人しくしている。いったいネディムになんと言われてここにきた」

父親に問われ、クロムは眠たげに眉を上げ、

「父に顔を見せれば、家を上げて我が君に仕えると約束したのだ」

「自由奔放なお前が、そのために意思を曲げるか……お前の見つけた主君は、それほどの者か」

クロムは不敵に笑みを浮かべ、

「あのお方こそ我が運命、そして天命」

「ふん、言い切るのだな。未だ何者でもない者に命運を賭ける、か……その愚かしさあってこそ我が子よ。父のことはもういい、お前は在るべき場所へ戻れ」

クロムは破顔し、

「そうか、ではさらばだッ」

颯爽と去ろうとする息子を、先代当主は呼び止める。

「待て、帰る前に土産を持っていけ」

クロムは顔を顰め、

「土産、だと?」

先代当主は使用人に手で合図を送る。

食卓に持ち込まれてきた大きな木箱が開かれると、中には上質な毛皮の外套が収められていた。

クロムは外套の表面に触れ、

「これは、いいものだ」

「いいどころではないぞ、傷一つない完全な状態で持ち込まれた狂鬼の毛皮、王に献上して余りあるほどの価値がある。これをお前の主に贈れ、カルセドニー家から、と伝えてな」

クロムは外套に目を釘付けにして、

「いいぞ、それはいい……我が君の喜ぶ姿が目に浮かぶようだ! 隠居した老いぼれとは思えない妙案ではないか」

夢中で妄想する息子を見つめ、先代当主はほくそ笑む。

「生まれた時から、お前の耳には待ての声が届かなかった。その言葉は凡人の耳を塞ぎ、足を 竦(すく) ませる。この世界で極一部の者だけが、真に己の声にのみ耳を傾けることができるが、お前は間違いなくその一人だ。信じる道を見つけたのなら振り返ることなく突き進め、武功を立て、主に取り入れ。その者が先の大物であればあるほど、お前の踏みしめた道は、すべてカルセドニー家の栄光となる」

クロムは盛大に破顔して木箱の中に手を入れた。

「このクロムが、我が君の天道を切り開いてみせようッ!!」

毛皮の外套を引きずり出した。

雲間から蒼天の兆しが差す、その日の朝。

ターフェスタ城の門前に多数の兵士達が隊列を組んで並んでいた。

シュオウは赤と黒の威厳ある軍服を纏い、前に居並ぶ集団を一望する。

目に映る者すべてを指揮下に置く身分となっても、しかし、前列を占めるターフェスタの輝士達の視線は、シュオウから離れた位置に身を置くエゥーデ・ボウバイト将軍に注がれていた。

「無関心を喜ぶべきか、否か」

隣に立つジェダの言葉に、

「どっちでもいい」

シュオウはさばさばと答える。

儀式張って敷かれた赤い絨毯の上を、奥から現れたネディムが滑るように進むと、兵士らの視線が寄せられた。

ネディムの手に赤い布がかぶせられ、その上には金細工を施した筒状の入れ物が載せられている。

ネディムがシュオウの前で足を止め、

「ターフェスタ大公殿下より下された遠征指令、及び出陣に際しての御言葉を預かりました、謹んでお受け取りください」

掲げられた筒の前で一礼し、シュオウは両手で恭しく受け取った。

「読んだほうがいいのか」

小声で聞くとネディムは頬を緩ませ、

「儀礼的な文言と、聖教の説教が綴られているだけです、寒いので後にまわすのが兵のためかと」

シュオウは頷き、中を開けないまま筒をジェダに手渡した。

その態度に、ボウバイト将軍の部下達が、訝ってシュオウを睨めつける。

彼らの態度を気にとめた様子もなく、ネディムは後方に手を流し、

「少数ですが、カルセドニー家に連なる輝士、そして当家が雇い入れた私兵の小隊を旗下にお加え願います。このネディム共々、力を尽くすこと、お約束いたしましょう」

ネディムの指し示す場所に、濁石兵を連れだった輝士の小隊が控えていた。

シュオウは、

「感謝する、ネディム」

ネディムはさらに、シュオウの後方へ視線を流し、

「それともう一つ、愚弟のクロムが閣下に贈り物をお渡ししたいと」

颯爽と現れたクロムは、膨らませた鼻の穴から勢いよく蒸気のような白い息を吹き出しながら、ネディムの隣に進み出て膝を折った。

「これをどうぞッ」

両手で差し出されたのは、見るからに良質な毛皮を用いて作られた外套である。

「俺に――」

クロムは顔を上げてにたりと微笑み、

「このクロムと、そして我が生家、カルセドニーからの贈り物であります、どうかお受け取りを、これこそ偉大なる我がき――むみみ――!?」

ネディムが片手ですっとクロムの口元を塞いだ。

「その言葉を人前で軽々しく言ってはいけないと教えたはずだろう」

小声で叱られ、クロムは口を塞がれたまま、うんうんと頷く。

ネディムは手を離し、クロムの手から外套をとって、

「どうぞ――」

シュオウは間に合わせに調達していた外套を脱いで、クロムから贈られた外套で身を包む。

クロムはさんさんと目を輝かせ、

「よくお似合いですッ」

シュオウは軽さと丈夫さを兼ね備えた上質な毛皮に触れ、

「ムラクモに置いてきた物に似てる……ありがとう、クロム」

クロムは声にならない甲高い音を喉から漏らし、懐で拳を握りしめた。

ネディムは一歩身をひき、クロムの隣で恭しく頭を垂れ、

「新生東征軍の発足、おめでとうございます。では司令官閣下、皆に出立の合図を――」

兵士達に向け手を差し伸べた。

シュオウは口を開いて硬直し、

「…………なんて言えばいい」

その時、

「ふん――」

控えていたエゥーデが鼻を鳴らし、

「――全軍出陣ッ!」

大声を轟かせた。

合図を機に、兵士の隊列が一斉に左右に割れ、中央に道を作る。

エゥーデは部下を引き連れてシュオウの前に立ち、

「……どうぞ、お先に行かれよ、司令官、どの」

年齢を忘れさせるほどの鋭い視線を真っ向から受け止め、シュオウは小さく頷き返す。

「そうする、副司令」

尊大に聞こえる返しを受け、エゥーデは苦々しく顔を歪ませた。

シュオウが用意された馬に乗り、歩みを進めて間もなく、

「先が思いやられるね」

ジェダの言った一言にシュオウは後ろを振り返り、好意的ではないボウバイト陣営から視線を受けとめる。

シュオウは硬い声で、

「忙しくなるぞ」

ジェダは涼やかな微笑を浮かべ、

「寝る間を惜しんで働くさ」

二人は視線を前に向けたまま、握り拳を重ね合わせた。